シャッフルワールド!!

夙多史

一章 二人の影魔導師(2)

 帰宅するやいなや、俺はカバンを放り捨ててリビングのベッドを兼任しているソファーへと身を投じた。
 疲れた。今日はまた一段と疲れた。リーゼとセレスの喧嘩を止めてその隙に補習授業をお去らばしようかと算段していたんだが……まあ捕まったわけで。俺になんの恨みがあるのか、あのゴリラはその後たっぷり二時間もノンストップで補習を続けやがったんだ。しかも俺だけ。
 時計を見ると午後七時を回ろうとしている。どおりで太陽が沈みかけているわけだ。
「それにしても、よくもまあ宣言通り一週間で直せたもんだな」
 ソファーに仰向けに寝そべった俺は感嘆の呟きを漏らした。先週、スヴェンという眼鏡野郎がリーゼの魔力を狙って襲撃してきたのだ。それだけならまだ被害は少なかったが、スライムが乱入したり、五十体を越える機械仕掛けの首なし巨人が出現したりと、状況がかなりカオスになった。そこでブチ切れたリーゼが辺り一面を消し飛ばしちまったから、異界監査局が昨日まで総力を挙げてせっせと修復作業に取り掛かっていた次第だ。
 多少の違和感はあったものの、〈現の幻想〉という〝質量ある幻〟を生み出す魔導具のおかげで一般には知られていない。そこは流石の異界監査局だ。気づきかけた一般人には記憶操作くらいしただろうけど。
「帰っていたのですか、ゴミ虫様。それならそうと死んでくれればよかったのですが」
 リビングの扉付近から冷ややかな声で失礼な言葉が飛んできた。気だるく首を動かしてそちらを見やると、ゴスロリのメイド服を着た能面のように無表情な女が立っていた。灰色の瞳が鬱陶しそうに俺を見詰めてくる。
「今日はもう突っ込む気力もねえよ……」
 このメイドの名はレランジェ。リーゼがイヴリアから連れてきた専属の侍女であり、御主人様の魔力を充電して稼働する魔工機械人形とかいうやつだ。そう、言うなればロボット。見た目や仕草が人間とそう変わらないものだから、時々忘れそうになるけれど。
「本日は異界技術研究開発部からいただいたこの魔導書を基に夕食を作成してみました。毒味をお願いします」
「本当に毒とか入ってねえだろうな?」
 この人形には前科があるから警戒せねばならない。だが、彼女が持っている『クッキングシーカー』とかいう週刊料理雑誌を見てなにかを作る場合にはそういったことはなかった。だから今回はひとまず安心だろうね。
「…………入っていない安定です。馬鹿な御主人様ですね」
「よーし毒味はしない! 理由はその間と、お前が俺をありえない代名詞で呼んだからだ」
 チッ! とあからさまな舌打ちが人形らしい整った唇から聞こえた。そういえば、こいつはこの世界に来た初期頃から日本語や英語を読めていたな。どうせ異界技術研究開発部辺りがインプットでもしたんだろうと予測できるから追及しないけど。
「んで、リーゼはどこだ? 先に帰ってるはずだが?」
「いえ、マスターはまだお戻り安定ではありません。……ゴミ虫様が御一緒ではなかったのですか?」
「は? だってあいつ、先に補習終わって――!?」
 そこで俺は自分の迂闊さに気がついた。リーゼを狙ったスヴェンには恐らくバックアップしていた仲間がいる。当然そいつらも魔力の永久機関であるリーゼを欲しがっているはずだ。いつ襲われてもおかしくない彼女を、俺は一人にしてしまったことになる。
 目新しいものに対して興味全開にするリーゼのことだから、寄り道しまくって迷子になっている可能性も充分考えられる。が、なんにしても一度最悪の事態を想像してしまうと一気に不安が込み上げくるってもんだ。
「畜生、疲れたなんて言ってられねえ。リーゼを捜さねえと!」
 リーゼの強大な魔力はある程度近づけば感知できる。しかし、だからと言って闇雲に街を奔走するわけにもいかない。まずは誘波に連絡をつけるべきだ。そう考えて買い換えたばかりの携帯電話に手を伸ばしたその時――

「レージぃいっ! レージぃいっ! た、助けっ!?」

 リーゼの悲痛な叫び声が耳に届いた。

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