シャッフルワールド!!

夙多史

三章 過去への執着(3)

 捜査の基本は聞き込みだ。
 俺は警察関係者じゃないから実際どうなのかは知らないが、恐らく間違ってはいまい。いつぞやに見た刑事ドラマでもそんなことを言っていた気がするし。
 そんなわけで学園の制服に着替えた俺は、城旅館下の温泉街へ行き、客をよく見ている店の人中心に聞き込みを開始した。
「すみません、人を捜してるんですけど、黒い服を着て、背が大体このくらいで――」
 と俺は温泉まんじゅう屋のおっちゃんに手で捜し人の身長を示す。

「――長い金髪をした女の子を見ませんでしたか?」

 ああ、そうさ。俺が今捜してるのは影魔導師の女じゃない。リーゼだ。でなけりゃこんな人の往来が激しい大通りで人捜しなんかしていない。裏を掻かれる可能性がないとも言えないが、それでも影魔導師の女にとってはリスクが高いはずだからな。
 温泉街の郊外を捜索中に、気づいたらリーゼがいなくなっていたんだ。たぶん興味を惹かれるものを見つけて蝶々を追いかけるように逸れたのだろうが……いろんな意味で子供すぎるな、リーゼは。そこが可愛いところでもあり、面倒臭いところでもあるんだけど。
 首を横に振る温泉まんじゅう屋のおっちゃんに礼を言い、とりあえず温泉まんじゅうを一個だけ買って店を立ち去る。
「ゴミ虫様、マスターは見つかりましたか?」
「まったくこんな時に迷子とは、足手纏いにもほどがあるぞ、〝魔帝〟リーゼロッテ」
 店を出たところでレランジェとセレスが合流してきた。一応手分けして捜していたのだが、二人とも手掛かりなしのようだ。どちらの捜索も。
「いや、どうもこの辺には来てないみたいだな。リーゼは目立つから、来ていれば誰かが絶対に覚えてるはずなんだけど……」
 誘拐なんて単語が脳裏を過ったが、リーゼを攫えるやつなんてそうそういない。スヴェンの仲間がリーゼを狙ってるとしても、わざわざこんなところまで追いかけてきたとは思えないし。
「ゴミ虫様がきちんと見ていないからマスターが迷子不安定になられたのです。責任取って斬首安定です」
「こんな時だけ責任転嫁すんじゃねえよ! 本来のリーゼのお守役はお前だろうが!」
「チッ」
「舌打ちして目を反らすな!?」
 お前が迷子になればよかったのに。……やば、迷子のレランジェを想像したら笑ってしまいそうだ。
「とにかく、もう一回分かれるぞ。いいか、さっきも言ったけど、お前らはなるべく人のいないところを捜すんだ。止めるやつがいないからってあまり騒ぎを起こさないでくれよ」
「そこなんだが零児」とセレス。「あの〝魔帝〟のことだ。騒がしい場所を捜せば見つかるのではないか?」
「ああ、だから俺が人の多い場所を捜索する。こんな場所だと、お前らはいるだけで騒ぎになりそうだからな」
 ゴスロリメイド服のレランジェと、制服の上から武装したセレスはリーゼ以上に目立つ。そんな二人が揃えば、なんかのイベントと勘違いされて人が大勢集まってきてしまう。身動きが取れなくなる前にさっさと散開すべきだ。
「じゃ、俺は向こうを捜してみるから。――おっと、そうだ」
 踵を返そうとして、俺は手に持っているものを思い出してセレスを向く。
「セレス、これやるよ。俺はいらねえから」
 そう言って俺は温泉まんじゅうの袋をセレスに手渡した。自分で食ってもよかったけど、セレスは昨日なんとなく物欲しそうにしてたからな。
「い、いいのか? もらったからには、返せと言われても返さないぞ?」
「いいよ。返せって言うくらいならもう一個買うさ」
 俺に確認を取ったセレスは、ぱああぁ、とその整った顔に向日葵のような笑顔を輝かせた。なんとも嬉しそうだ。余程食べたかったのだろう。

 そんなこんなで、俺はいいことした気分に浸りつつ二人と別れた。
 こうして迷子のリーゼを捜すの、前にもやったような気がする。デジャブか? いや違うな。
 あの一件以来、リーゼは自分の魔力がマルファを惹きつけると学習したようで、俺が言わなくても自然に魔力の気配を抑えるようになった。普段であれば素晴らしいことなんだが、こういう場合にはちょっと困る。どうせリーゼ本人は自分が迷子だなんて自覚はないんだろうね。
 俺が今歩いている場所は様々な食事処や和菓子店が並ぶ美食街道。美味そうな香りに誘われてリーゼが来てるかなって思ったんだが、それらしい気配はない。ハズレか。
 と――

 Prrrrrn! Prrrrrn! Prrrrrn!

 ブレザーのポケットに入れていた携帯が鳴る。いつものように誘波かと思ったが、着信音が違う。訝しく思った俺はとりあえず携帯を開くと、画面には相手の番号だけが表示されていた。誰だ?
「もしもし?」
『あー、白峰か?』
 寝起きの低血圧人間よろしく言葉の端々からだるさを滲ませた声が聞こえてきた。
「その声は迫間だな。てか、俺の携帯番号教えたっけ?」
『誘波から聞いた』
 あの着物バカは詐欺師にも俺のプライバシーを売りそうだから怖い。
「んで、なんの用だよ?」
『ああ、なんつーか、今非常に面倒臭いことになってんだ。だから白峰、すぐに来てくれないか?』
「なんでだよ、また俺を巻き込む気か?」
『あーいや、巻き込まれてるのはどちらかと言えば俺の方なんだが……』
「はい?」
『とにかく、面倒臭えだろうけど、第三駐車場近くの遊技場にいるから来てくれ』

 ――プツッ。

 一方的に切りやがった。
 携帯を仕舞い、天を仰ぎ、俺は深く長く溜息を吐く。
 このまま無視するわけにもいくまい。俺はポケットに乱雑に突っ込んでいたパンフレットを開いて現在位置を確認する。
 第三駐車場は……そう遠くない。
 リーゼ捜しのついでに行ってみるだけ行ってみるか。我ながら随分とお人好しだと思う。目の前の困っている人を放っておけない幼馴染――紅楼悠里の影響なのかもしれん。本当にあいつ、どこの異世界をほっつき歩いてんだろうね。さっさと帰って来い。
 などと余計なことを考えているうちに遊技場に到着した。
 都市にあるようなゲームセンターとは違い、学校の体育館を少し小さくしたような二階建て施設には、卓球やダーツやビリヤードといった体を動かす室内遊戯が中心に置かれているようだ。小規模な温泉も付属しており、汗を掻いてもすぐに洗い流せる仕組みになっているらしい。
「もう充分わかったでしょ? アンタの負けよ」
「これまでのは練習よ! だからもう一回勝負しなさい! ようやくコツを掴んできたわ。この〝魔帝〟で最強のわたしがいつまでもお前なんかに負け続けるなんてありえないんだから!」
「ちょっと、まだやる気? いい加減にしてよ。あたし眠いんだから」
 なにやら卓球場の方が騒がしい。というか、聞き覚えのありすぎる声が二つほど耳を打ってくるんですけど。気のせいじゃないよな。
 あー、いるいる。黒コートを羽織った黒髪ロングのチビと、魔女のコスプレみたいな黒衣を纏った金髪ロングのチビが。ついでに両者共好戦的な性格ときた。今更かもしれんが、けっこう似た者同士だよなぁ――って!
「リーゼ! お前こんなところでなにやってんだよ! 捜したんだぞ。心配かけんな」
 注意。この場合の心配はリーゼ本人よりも、リーゼの被害に遭うだろう人々のことを指す。間違えないように。
「あ、レージ」
 こちらから見て卓球台の奥側にいるリーゼが俺に気づき、親に迎えに来てもらった幼稚園児みたいな無邪気な笑顔を咲かせる。くっ、そんな可愛い顔されると怒りづらいじゃないか。卑怯だ。訴えてやる。勝てないと思うけど。
「ちょっとアンタ! さっさとこの子引き取りなさいよ! こっちは徹夜明けに五回も試合やらされて……ふあぁ」
 怒り口調で捲し立ててきた四条は言葉の途中で大きな欠伸を掻いた。咄嗟に卓球のラケットで口元を隠す四条だが、だらしない顔はもろ見えだった。その様子からして徹夜明けというのは本当らしい。となると、四条たちは今までずっと犯人捜索をやってたってことになる。ご苦労なことだ。
「そんで、一体なにがどうなってこの二人が卓球なんてやってんだ?」
 俺は壁に凭れて半開きの目で様子を見守っている迫間に訊ねた。リーゼや四条より、こいつの方が会話は成り立つんだよ。面倒臭がり屋なことを含めても。
「あー、要点を纏めて言うとだな。俺たちはここの向かいにある安宿に泊ってて、そこには風呂がないからここへ入りに来て、面倒臭いことにここの温泉狭い割に人いたんだよ。ん? これ関係ねえや。それで温泉から出て帰ろうとしたところで瑠美奈がその子とぶつかって、口喧嘩になってホント面倒臭かったぜ。えーと、それからどうしたっけ? ああ、そうそう、喧嘩に拳が出そうだったんで、決着はなんかのゲームでつけようぜって俺が言ったんだ」
「よし、要点を纏めろ」
 説明がぐだぐだすぎた。どの辺りが纏められてるのか誰か教えてくれ。俺にはわからん。
 迫間の評価につけ加えよう。会話は成り立つ。しかし説明は下手糞だ。四条に訊けばよかったと今更ながら後悔する俺。
 まあいい。得られた情報から適当に整理する。偶然リーゼと四条が肉体的に衝突し、昔の不良みたくイチャモンなんかつけて喧嘩に発展しそうになった。そこで迫間が卓球で決着をつけるように促した。ざっとこんなとこだろう。
 リーゼも四条も猛犬のように凶暴だから、ブレーキ役の迫間がいてくれて助かった。そこは感謝してやる。卓球に関して全くの無知なリーゼにフェアじゃない提案を持ちかけた部分はいただけないけどな。
「もう一回勝負しなさいよ!」
「嫌よ。パパが迎えに来たんだからアンタは帰りなさい」
 誰がパパか!
「白峰零児! アンタ保護者なんだから早くどうにかしてよ! う、ダメ……くらくらしてきた」
 試合では勝っている四条だが、精神面では参っているようだ。室内が明るすぎるために影魔導師の力も使えないのだろう。もし使えるなら空飛ぶなり転移なりで楽々と逃げられるからな、こいつらは。
 仕方ない。こういうことは桜居の方が得意そうなんだけど――
「四条、すまないがあと一回勝負してやってくれ。リーゼも、勝っても負けても次で終わりだぞ」
 四条がわざと負けてくれれば話は速いのだが、まあ、こいつの性格上それは無理な相談だ。
 二人とも俺の提案に不満そうにむくれながらも了承してくれた。

 両者が卓球台の位置につき、視線を交差させる。
 速やかに試合が終わるように、勝負は一点先取のサドンデスだ。
 サーブは四条がリーゼに譲った。余裕の顕れだろう。
 球を受け取ったリーゼは舐められるのが面白くないのか、キッと四条を睨む。
 空気が張り詰める。ガンマンの早打ち勝負を見守るような緊迫感が俺にも伝わってくる。
 リーゼが球を宙に放った。
 そして、シェークハンドで握ったラケットを大振りに振り切った。
 バチィン!!
「きゃうっ!?」
 弾丸のように空を裂いた球は四条のオデコにクリティカルヒット。どんだけ威力があったのか、背中から引っ繰り返るように転倒した四条は額を抑えて「う~」と唸っている。大丈夫か?
「やった倒した! ねえレージ、わたしの勝ちでしょ?」
「倒したって……射的ゲームじゃないんだから。お前の負けだよ、リーゼ」
「なんでよ?」
「卓球台に触れてすらいないからな。ルール的に負けなんだよ」
 この試合にサーブミスなんてルールは適用されない。リーゼは納得できないと言うように頬を膨らませた。ハムスターみたいだ。
「ちょっとアンタたち、勝ち負けよりも先にあたしに謝りなさいよっ!」
 迫間に支えられながら四条が犬歯を剥いて怒鳴ってきた。額に球の痕がくっきりと赤く残っている。
「悪い悪い。つか、五回も試合やっといてちゃんとルールを教えてなかったお前らにも非があるんじゃないか?」
 言ってやると、迫間は苦笑し、四条はバツが悪そうにそっぽを向いた。
「まあ、なんにしてもこれでこの騒動は終わりだ。俺らだってまだ捜索が――」
 俺の言葉は、最後まで続かなかった。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

「「「――ッ!?」」」
 突如、隕石でも落下したような凄まじい振動が俺たちを襲ったのだ。
 地震とはなにかが違う。大地がというよりも、空間全体が激しく揺れ動いているような、そんな違和感を覚える。
 揺れは十秒程度で収まったが、俺にとっては一分以上揺れていた感覚だった。
「まさか今の、歪震わいしんか!?」
 歪震ってのは、次空が大きく歪んだ際に〝元へ戻ろうとする力〟が働くことで生じる空間振動のことだ。一般人には地震との区別はつかないだろうが、俺たち監査官には感覚的にわかる。俺は知らないが、リーゼがこの世界に渡ってきた瞬間にも歪震は起こっていたらしい。
 原因は間違いない。あの女だ。
「こりゃ、寝てる暇はなさそうだな。面倒臭え」
「そのようね。行くわよ、漣。薄暗い森の方ならあたしたちも力は使えるわ」
「どうせ誘波から連絡が来るだろうが、それを待ってからじゃ遅い。リーゼ、俺らも行くぞ」
「え? なに? なんなの?」
 困惑するリーゼの手を引き、俺は迫間と四条に続いて遊技場を飛び出した。

 歪震の二次災害。それは津波や土砂崩れではなく――『次元の門』の大量発生なんだ。

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