シャッフルワールド!!

夙多史

終章

「……ハッ!」
 目が覚めると、自宅の見慣れた光景が広がっていた。
 いつものベッド代わりのソファーで、いつものように毛布を被って寝ていたようだ。
 おかしい。俺は闇の森で倒れたはずなんだが……。
 とりあえず体を調べてみる。痛みはないし、どこにも傷はない。背中を擦ってみるが、リーゼに燃やしてもらった太刀傷も消えている。
「レージ」
 いつの間にか、リーゼが傍に立っていた。腰より長い綺麗な金髪に紅い瞳、ちっこい体にはやはり傷跡なんて見当たらない。
「リーゼ、お前、傷は大丈夫なのか?」
「傷? なんのこと?」
 きょとん、と小鳥のように首を傾げるリーゼ。
 え? まさか、夢オチ?
 どっから?
「それよりも、レージ、早く行きましょ」
 リーゼが俺の手を引っ張る。
「行くって、どこにだよ?」
「あそこ、あの川の向こう。なんかすっごく楽しそう」
「川?」
 前を見ると、確かに大きな川が流れていた。その向こうには楽園のようなお花畑が広がっている。――ってあれ? 俺、家の中にいなかったっけ?
 つーか、家の近くにこんな川あったっけ? いやあったような……あった気がする……あったな。うん、あった。
 よし、行くか。
 いやにリアルで痛々しい変な夢を見ちまったからな、あそこで思いっ切り遊んでスッパリ忘れよう。
 アハハハハ。
 エヘヘヘヘ。
『その気持悪い幻想が夢安定です、ゴミ虫様』
 うおっ!? なんかレランジェっぽい声が天から聞こえたようガビリゴハァッ!?

「――殺す気かッ!? ……ハッ!」
 目が覚めると、見慣れない部屋に寝かされていた。白い壁に白い天井。なにやら点滴器具と思われる物が俺の腕に繋がっていて、部屋全体が妙に薬臭い。
「なんだ夢か」
「いえ、現実安定です、ゴミ虫様」
 今度は天からではなく横から腹の立つ声が聞こえてきた。
 振り向くと、世界無愛想選手権で金メダルを取れそうなゴスロリメイドさんが屹立していた。他に人はいない。今思い出したが、どうやらここは異界監査局の医療施設のようだ。入院経験は一度しかないから普通覚えてないって。
「俺は……無事なのか?」
「はい、残念ながら。ゴミ虫様は三日ほど睡眠安定でした」
 三日も寝てたのかよ、俺。そして残念ってなんだよ壊すぞコラ!
「で? お前、俺になにかしたか?」
 嫌な予感がしたので、俺は半眼で訊ねてみる。するとゴスロリメイドさん――レランジェは首を横に振り、
「いえ、なにもしていない安定です。ただゴミ虫様をこっそり殺そうと思って魔導電磁放射砲弱を放ったところ、なぜか生き返ってしまった程度です」
「AEDかお前はッ!」
 ていうか、さっきの夢を思い起こせば俺まっすぐ死にに行ってたな。危ない危ない。こいつに感謝したくねえけど、仕方なく心の奥底を更に十キロほど掘り進めた位置で感謝してやろう。
「あまり大声を上げない方が安定ですよ?」
「痛ッ……」
 今更だが、俺は全身に痛みを覚える。よく見たら、体中包帯でぐるぐる巻きじゃないか。ホラー映画にミイラ男として出演できそうだ。
「ところでゴミ虫様に質問安定です」
「なんだよ?」
 ぶっきら棒に応答すると、レランジェは点滴器具を指差し、
「これを引っこ抜くと死にますか?」
「死なねえよッ! ――痛い!? き、傷口が開く……」
「傷口を開いて死亡安定です」
「お前さっき大声出すなって忠告してくれたよな! ――がふっ!? くそっ、これがこいつの作戦か……」
 もうツッコミはしない。もうしないぞ。やるとしても脳内。俺は学習する生き物なんだ。

 Trrrrn! Trrrrn! Trrrrn! 

 その時、どこからか携帯の着信音が聞こえてきた。俺のか? と思ったが、どうやら音の発信源はレランジェの…………左手?
「そうでした。異界技術研究開発部に通話機能を設置していただいたのでした」
 どういう理屈なのかさっぱりわからん。あの変態集団のやることだから、こいつの左手が電話になっていても俺は驚かないね。
「ちなみに取り外し可能です」
 そりゃロケットパンチだからな、左腕が。
「取り外してみせんでいいから、さっさと出ろよやかましい」
「了解です。新しいあるばいと先のテンチョーから安定です」
 レランジェは握った左手の親指と小指だけを立てて耳にあてる。そう使うんだ……。
「どうやら電波が不安定のようですね」
 するとレランジェは逆の耳の裏を弄り、すっすっとアンテナらしきものを立て始めたぞ。こいつ、どこまで魔改造されるんだ?
「つーか、病室で電話すんな。廊下でしろ」
「ではこれを抜いてレランジェは退散安定です」
「抜くなッ! ――ガッ!? お、俺は馬鹿か……?」
 呻き悶える俺にレランジェは「いい気味安定です」とほざきながら病室を出ていった。あのガラクタ人形はいつかスクラップ置き場に捨ててやる。
「てか、あいつは一体なにしに来てたんだ?」
 そんなの決まってるか。俺を殺りに来たんだ。
 と――ガチャッ。
 ドアの開く音がした。もう戻ってきたのかと思ってそちらを見ると、
「はぁい♪ 呼ばれて飛び出る誘波ちゃんでーす」
「チェンジで」
 ドアの前でふんわりニコニコな笑顔を咲かせる十二単の少女を視界に入れた俺は、とてつもなくげんなりした顔をしているだろうね。
「クーリングオフは利きませんよぅ」
「なんて悪徳……危ない、また叫ぶところだった」
 メイドと着物のコンボとは、誰だよ俺に大声出させて殺そうと企んでるやつは。出て来い。刺してやるから。
「事後報告をしに来たんだろ。さっさと言え」
「あらあら、レイちゃんがそんな態度をしていると点滴に炭酸飲料を混ぜたくなります」
 やめろ! なぜにあいつもこいつも俺の点滴を弄りたがるんだ!
「……俺はどうやって助かったんデスカ?」
「むぅ、最後の方が若干引っかかりますけど、まあいいでしょう」
 誘波はパイプ椅子を引っ張り出して腰掛け、十二単の袖からどうやってるのかキンキンに冷えたペットボトルの緑茶を取り出した。長居する気満々だな。てか俺の分も寄こせ。
「気絶したレイちゃんたちを森の奥から助け出したのは、クロちゃんです」
「鷹羽が?」
「転移でパッパッて感じでした」
 誘波は豊満な胸の前で両手をサッサッと車のワイパーみたいに動かす。それは転移のジェスチャーかなんかか?
「ていうか、あいつ動けたのかよ」
「いえ、『動けるようになった』が正解です。望月ちゃんが逃げた後、私が呼んでおいた影魔導師連盟の応援が到着したのですよ。『混沌の闇』の侵蝕は彼らのおかげでなんとかなりました。ただ、しばらくあの地域には一般人を近づけない方がよさそうです」
「どういうことだ?」
 訝しげに訊くと、誘波は少し深刻な色を青い瞳に宿して口を開く。
「『次元の柱』が砕かれたからです」
 次元の柱。……確か望月もそんな単語を口にしていたな。そしてそれを、自分が圧し折ったのだと。
「すると、どうなるんだ?」
「『次元の柱』は世界を構築する大黒柱だと思ってください。それが砕かれると、次元の壁が崩壊して様々な世界が逆流し、混ざり合います。この現象はそのまま英語で『混合する世界シャッフルワールド』と呼んでいまして、当然、それが発生するとどの世界も無事では済みません」
「望月は、わざとそいつを引き起こそうとしてたってことか?」
「望月ちゃんというより、王国、ですね。シャッフルワールドを企てている組織は。スヴェンちゃんもそこにいるようですし」
「なんのために?」
「それは直接〝王様〟って人に訊いてみないとわかりませんねぇ」
「王国については?」
「目下、調査中です」
 わからないことだらけだ。やはりなんとしてでも望月はふん捕まえておくべきだった。
 誘波は一度ペットボトルに口をつけ、
「今は他の柱のおかげで安定していますが、柱が自己修復するまであの地域は頻繁に門が発生すると思われます。監査の強化をするべきでしょうね」
「俺に飛べと?」
「いいえ、そんなことすると私が楽しくありません。レイちゃんはいつも通り、ここで働いていてくださいね♪」
 今激しく左遷を歓迎したくなってきた。
「レンちゃんとルミちゃんは自分たちの責任から強く希望していましたが、却下しました。夜しか動けない二人が行っても制限多々ですし、二人を補うための人員を派遣するとどこかが監査官不足になってしまいますので」
「そうか。迫間と四条も無事みたいだな」
「はい。それぞれの病室でレイちゃんみたいにベッドに縛られています。容体はレイちゃんとレンちゃんが同等、ルミちゃんはまだ軽い方ですね」
 まあ、俺と迫間はバッサリいかれたからなぁ。
「そう言えば、二人からレイちゃんに言伝があります」
「ちゃんとしたものだろうな?」
 このアマが持ってくる言伝がまともなわけがない。俺は少々疑っていたが――
「『ありがとう』――だそうです」
「……」
 割と、まともだったな。
 つい口元が緩んじまうじゃないか。
「『自分たちで言いに来い』って伝えといてくれ」
「あはっ、わかりましたぁ」
 なにが楽しいのかふわふわな笑みを浮かべる誘波。気色悪いからやめてもらいたい。
「ん? そういや、リーゼは? あいつも相当な重傷だったはずだろ?」
「ああ、リーゼちゃんなら――」
 ドバン! 病室のドアが慌ただしく開いた。

「どけ! 〝魔帝〟リーゼロッテ! 私の見舞いが先だ!」
「フン! レージはわたしのものだからわたしが先よ!」

 魔王と聖騎士のコンビが二人三脚をするようにピッタリくっついて登場しやがった。相変わらずお前ら仲いいな。頼むからうるさくしないでくれ。傷に障る。
「零児、傷は大丈夫なのか?」
「さっき殺されそうになってたけどな」
 言うと、セレスは銀髪ポニテを揺らして頭上に『?』を浮かべた。
「レージ!」
 ピョン! リーゼが勢いよく俺に飛び乗って痛ったぁあああああああっ!?
「り、リーゼお嬢様、なんであなたそんなに元気なんですか?」
「ふふん、だってわたしは〝魔帝〟で最強よ?」
 偉そうに小さな胸を張るリーゼ。あー、はいはい。治癒能力が凡人の俺たちとは全然違うってことか。〝魔帝〟だから。
「〝魔帝〟リーゼロッテ! そんなことをすればレージの容体が悪くなるだろう! 降りるんだ!」
「問題ないわ。わたしのレージはこのくらいじゃ壊れない」
「いえ壊れそうです。降りてください。お願いします」
 懇願すると、リーゼは子供みたいに渋々と降りてくれた。俺はお前の特等席か。
「レージ、なんかよくわかんないけど、わたしすっごくスッキリした。レージがわたしの炎であいつ焼いてくれて、なんかよくわかんないけどスッキリしたの」
 よくわかんないなら伝えようとしなくていいぞ。いやでもそんな嬉しそうに大きな紅眼を光らせる顔は可愛いからいいけどよ。うん、俺はロリコンじゃないぞ間違えるな。
「もういいだろ、〝魔帝〟。次は私が話す番だ」
「お前最初に話したじゃない」
「アレは挨拶のようなものだ」
「ふぅん、じゃあもういいわね」
「よくないと言っている!」
「じゃあ勝負する?」
「いいだろう」
「だからどうしてそうなるんだ! ていうかうるさいから黙ってくれないかなお前ら!」
 俺はもう傷に響くことも構わず叫んでいた。レランジェや誘波も大概だが、こいつらが揃う方が俺にとって最大の死亡フラグだ。
「あらあら、モテモテですねぇ、レイちゃん。私も加わってもいいですか?」
「お前はどっか飛んで行けよ風らしく!」
「ではゴミ虫様を毒殺安定ですね」
「思い出したように戻ってくんなポンコツメイド! そしてその怪しい瓶はどこから調達してきやがった返してきなさいッ!」

 その後、俺の入院期間が延びたことは言うまでもない。

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