シャッフルワールド!!

夙多史

一章 来る学園祭に向けて(1)

 期末テストを終え、夏休みも間近に迫ったこの時期は伊海いかい学園全体が騒々しくなる。
 そう、全体だ。山一つ丸ごと買い取って建てられた無駄にクソ広い学園内が、どこもかしこも活気に満ち溢れてくる。
 なぜか? それはな、この時期に伊海学園の学園祭が開催されるからだ。初等部のチビどもから大学の兄ちゃんたちまで、全ての学生が三日三晩休む暇もなく騒ぎ倒す大イベント。これが盛り上がらないわけがない。……あ、もちろん良い子のみんなは夜中の祭には参加できませんよ。注意しろ。
 それと期末テストで一教科でも赤点を叩き出したやつは祭自体に参加できないからな。学園祭で皆がキャーキャー楽しそうに騒いでいる間、そいつには問答無用の補習地獄が待っている。さらに言えば、夏休みの半分を献上して冷房すらない拷問のような熱気を孕んだ教室でやっぱり補習三昧フルコース。これは死ねる。
 補習免除を受けている異世界人たちは羨ましいな。俺――白峰零児しらみねれいじは半分異世界人の血が流れてるんだから、その恩恵に預かってもいいと思うんだ。まあ、生まれも日本、育ちも日本だから申請したとしても笑顔で「あはは、帰れ」と言われるだけだが……。
 なんかこんなことを言ってると、俺が赤点取ったみたいに聞こえるな。悪いがその期待は裏切らせてもらう。俺はそんなヘマはやらかさない。苦手科目は英語だけだし、そいつも抜き打ちで奇襲されなければ平均点くらいは取れるんだ。
 それにほら、俺ってこの前大怪我して入院してただろ? 暇で暇で仕方なかったから勉強してたんだよ。そしたら平均八十点って自分でもビックリだ。普段は六十前後なのに。こんなに記憶力よかったっけ、俺?
 とにかく、テストのことはいい。終わったことだ。
 問題は学園祭――そして、今この二年D組の教室で勃発している二大勢力による争いだ。
「執事喫茶よ!」
「いいや! メイド喫茶だ!」
 俺のクラスは中央に置かれた机を仕切りに、窓側を男子、廊下側を女子で真っ二つに割れていた。理由は先程の主張でわかる通り、学園祭の出し物について男女がもめているんだ。
 学園祭実行委員の一人――癖毛でアホ面の桜居謙斗さくらいけんと率いる男勢力は、メイド喫茶を提案。邪な欲望がこれでもかってくらい滲み出ているな。俺を巻き込まないでもらいたい。
 対する女勢力は張り合うように執事喫茶を提案。フリフリの可愛い服を着たがってメイド喫茶に賛同する女子もいるかと思いきや、女性陣は満場一致で俺たちにウェイターの仕事をさせる気でいやがる。しかもなにやら男子のそれと大差ない欲望の眼差しまで向けているときたもんだ。このクラスの冴えない男子どもに執事の格好させてなにが嬉しいのかさっぱりわからん。
 ダン! と机の上に誰かが勢いよく飛び乗った。下手すりゃ小学生とも見間違えそうな小柄な女子生徒だ。
「お前たち、ヒツジキッサにするのよ。わたしがそうするって決めたんだからそうするの!」
 女王様のように男子たちを力強く威圧的に指差すそいつは、リーゼロッテ・ヴァレファール。通称リーゼ。腰よりも長い絹糸のような金髪に健康的な白肌、子供らしい愛嬌のある端整な顔をしていて、両の紅瞳はキラキラと興が乗って楽しそうに輝いているな。
 こいつは元々イヴリアって異世界に君臨していた〝魔帝〟なんだが、なんやかんやあって現在はこの学園の男子ロリコン率をオートで上げ続けている困り者だ。あっ、俺は毒されてないからな。勘違いするなよ。
「ヒツジキッサって楽しそうでしょ。お前たち私のために潔く諦めなさい。さもないと燃やすわよ?」
 やめとけよ、リーゼ。そんな傲慢で自分勝手な台詞をぶつけても、ウチのヘンタイどもが気持悪く喜ぶだけだぜ? あとお前絶対意味わかってないだろ。執事が『ヒツジ』になってたぞ。
「悪いけど、リーゼちゃん、今回ばかりはオレたちも譲れないんだ。他の女子はどうでもいい。だが! 俺たちはリーゼちゃんとセレスさんのメイド服姿を一目見なければ死んでも死にきれないんだぁあっ!」
 血の涙を流しそうな桜居の猛烈な喝破に、後ろに控える男子どもが「そうだそうだ!」と鬨の声を上げる。なんて欲望に忠実なんだ。お前ら、少しは女子を丸め込む努力をしろよ。めちゃくちゃ引かれてるぞ?
「メイド服とはアレのことだろう? その、レランジェ殿が普段着ている王族や貴族に使える侍女の制服。だが騎士の私がそんな可愛い――じゃなくて、従者の服などき、き、着られるわけが……」
 女性陣営の隅っこで赤面してぼそぼそと呟いている生徒がいる。セレスだ。本名はセレスティナ・ラハイアン・フェンサリル。銀細工のような輝かしい長髪をポニーテールに結い、整った顔立ちに翠色の凛々しい瞳をした綺麗系美少女だ。スレンダーながらも出るところは出たプロポーションは、外国人モデルとも引けを取らないな。
 彼女は異世界ラ・フェルデからこの世界に迷い込んできた聖剣十二将とかいう騎士様らしい。元の世界に帰りたい一心で俺と同じ異界監査官をしているのだが、これまで一度も不安や弱音を吐いたことがない。学園では布を巻いて背中に背負っている超長剣――聖剣ラハイアンを制御するには常人離れした精神力が必要とか言っていただけに、セレスはメンタル面で強いんだ。
「とにかく! 学園祭と言えばメイド喫茶と相場が決まってるだろう!」「そんなベタなことやっても新鮮味に欠けるわ!」「ベタすなわち王道だ! なにが悪い!」「私たちがメイド服なんて着たらあんたら見惚れて働かなくなるでしょ!」「そうよそうよ!」「いやそれはない」「リーゼたんとセレスたんなら話は別ですが」「あんですって!」「わたしの言うこと聞かないと燃やすわよ!」「ボクは白峰くんのメイド服姿が見たいんだ!」「ちょっと待て今おかしいやついたぞ!」
 一体誰だ。巧みに声変えやがって。この二年D組には変装上手な怪盗でも住んでんのか? まったく、自分で自分のメイド服姿を想像して吐き気を催しちまったじゃないか。
 まあ、そいつはいつか見つけ出してシメるとして……この纏まり感皆無なクラスメイトたちは放っておいたら老衰するまで口論を繰り広げそうだ。だから俺から提案してみようと思う。さっさと終わらせて帰りたいしな。
「どっちも喫茶なんだから一緒にすればいいんじゃないか?」
 よし、我ながら完璧な提案だ。これで万事解決。さてと、帰り支度でもするかな。
「わかってないなぁ、白峰君は。そんな稚拙な案を採用するくらいなら最初からもめてなどいないサ。どちらか片方だからこそ意味があり、面白みがあるんだゾ? 混ぜるな普通」
 全否定された。
 女子側の一人が前に出て、机とドッキングしたように屹立するリーゼの横に並んだ。肩辺りまで伸ばした髪に小振りの整った輪郭、しかし身長は百七十五センチある俺と差ほど変わらず、腕を組んで持ち上がった胸は……でかい。同年代の女子と比べても成長著しいぞ。こいつを初めて見た時なんか教育実習の大学生かと思ったくらいだ。
 だって白衣着てるんだぜ? 制服ならともかく、あの体つきでそんなの纏っていたら化学かなにかの先生だと思うだろ。
 俺は白衣の女子生徒を呆れ目で睨む。
「もう普通でいいじゃねえか、郷野」
 こいつは郷野美鶴こうのみつる。「なんで白衣着てるんだ?」と問うたら「保健委員長だからだ」と真顔で答える変人だ。頭沸いてんじゃないのか? なんで誰も注意しないんだと思ったが、よくよく考えれば別のクラスに常時黒衣を羽織った変人が二人もいる。制服さえ着ていればあとはなにを追加してもいいのか? 涙が出るほど自由な校風だなここは。
「白峰君、今なにか私に対して無礼なことを考えているだろ? 保健室にしょっ引くゾ?」
「エスパーかお前はっ!」
 てかやめてほしい。こいつは『悪魔の保健委員長』とかいう絶対に関わりたくない謎の異名を学園内に轟かせてるんだよ。俺は普段異界監査局の医務室を利用するから知らないが、なんでも郷野の治療を受けるとなにかしらのトラウマを植えつけられるらしい。一応、郷野は地球人で一般人なんだけどな。たぶん。
「私にはクラス代表の実行委員として学園祭を盛り上げる義務があるんだ。それは桜居君も同じ。普通のことではこの戦争、勝ち残れないゾ?」
「そうだ白峰! オレらは実行委員の矜持に懸けてつまらないことはできないっ! 全力でぶつかって叩き潰すんだ!」
「お前らはなにと戦ってるんだ?」
 伊海学園の学園祭に順位を競うようなイベントなんてなかったはずだぞ?
「さあ、余計な横槍が入ったが談義の続きと行こうか、桜居君」
「望むところだ。絶対にメイド服を着せてやる」
 ダメだこいつら。もうなんとかする気力も失せるぜ。俺は諦念の吐息を漏らして窓から外を眺め、我関せずを決め込むことにした。
「メイド喫茶やコスプレ喫茶といったものは誰もが思いつき誰かが実行している。ダブりは避けるべきだと私は思うよ」
「ふん。例えダブろうが、リーゼちゃんとセレスさんがいる我がクラスは質の上で並ぶ者なんていない! 執事喫茶なんてピンポイント過ぎるものでは満足に集客できないことを知れ!」
 桜居も郷野も元気だなぁ。リーダーに合わせて相槌を打つように「そうだそうだ」「そうよそうよ」と喚くクラス全体がやる気に満ち満ちていやがる。他のほとんどのクラスは俺が退院する前にテキトーに催し物を決め終わっているというのに。俺らもテキトーでいいじゃねえか。
「メイド喫茶!!」
「執事喫茶!!」
 どうでもいいけど、なぜ喫茶に拘るし。他の選択肢はなかったのか? まあ、俺はもう発言しないけどね。このまま決まらずに学園祭を終えても一向に構わん。
 そうなると青春を謳歌してないみたいで少々残念ではあるが、生憎と俺は学園祭の間は暇じゃないんだ。あの恒例行事・・・・・・が今年もあるのだとしたら、俺はそっちに参加させられると思うからな。
「メイド喫茶だと言っている!」「執事喫茶に決まっているわ!」「メイドだ!」「執事よ!」「メイド!」「執事!」「メイド!」「執事!」「メイド!」「執事!」「メイド!」「執事!」「メイド!」「執事!」「メイド!」「ヒツジ!」「メイド!」「執事!」
 もはや論述の欠片も見当たらないただの押しつけ合いになってないかコレ。学園祭の時期じゃなければ変態クラスだ。そしてリーゼ、面白がって一緒に騒いでるんじゃない。また『ヒツジ』になってるぞ。
「では、勝負で決めてはいかがでしょう?」
 ん? どっかで聞いた、しかしクラスメイトではないおっとり声がした気がする。
 俺が窓の外から教室内に視線を戻すと……一瞬でその異物を発見できた。
「こういうのはどうですかぁ? 一日目のみ男子は女装喫茶、女子は男装喫茶を開いてその収入で勝敗を競うのです。勝った方が二日目以降の主導権を握れますよぅ」
 教壇に立つ、平安時代からタイムスリップしてきたような鮮やかな十二単を纏った少女がにこやかに生徒たちを見回していた。薄い緑色のウェーブヘアーに青い瞳の異世界人――日本異界監査局局長の法界院誘波ほうかいいんいざなみ(偽名)だ。
「え? どうして理事長がこのようなところに?」
 郷野が目を丸くして呟く。ああ、そうだ。あの着物女はあろうことか学園の理事長でもあらせられる。トップがこんなのだから郷野が白衣着ても文句言われないんだろうね。
 どうしてやつがいるのか? そんなこと――俺が知るか。どうせ面白全部で首突っ込んできたんだろ。無視だ無視。
「衣装や大道具などはこちらで用意しますので、どちらが勝っても『準備できてない』という状況にはしませんよ。どうですか? 面白い提案だと思いますが、乗ってみませんか?」
 教室内がざわめく。唐突な理事長の登場にも困惑している上に、そんな提案を持ちかけられたのだから当然だろう。ていうか、ずっと思ってたけどウチの担任どこ行った?
「勝負なら受けて立つわ」
 騒然とする教室内に、リーゼの声が凛と響く。このお嬢様は楽しげなことには一切迷いがないな。あとセレス、困ったように俺を見るな。別の問題が発生するかもしれんだろ。
 すると、誘波は表情を一層にこやかにさせた。
「リーゼちゃんならそう言うと思ってましたぁ♪ 他の方はどうです?」
 男子と女子はそれぞれの陣営で仲間たちと顔を見合わせ、続いて中央の机に偉そうに立っているリーゼを見、それから対面する敵勢力とアイコンタクトを取って力強く頷く。

「「乗った!」」

 桜居と郷野が代表して同時にそう叫んだ。

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