シャッフルワールド!!

夙多史

一章 来る学園祭に向けて(2)

 とても正気の沙汰とは思えん。
 女子が男装喫茶をするのはいいとしても、俺らが女装喫茶やるとか誰得だ? 自慢じゃないが、ウチのクラスには女装の似合う中性的な顔をした男子なんていないんだぞ。対する向こうにはセレスや郷野といった男装の似合いそうなやつらがいる。勝敗は火を見るよりも明らかだ。
 だのに桜居のあの自信はなんだ? あいつはあの後「案ずるな、全てオレに任せておけ」と頼もしいことを言い放ってどこかに走り去って行ったんだ。去り際に白い歯をキランと光らせたりなんかして、今月で一番ウザかった。
 おかげで解散になって帰宅できたことには文句ないが……今年の学園祭は激しく不安だな。仮病でも使おうか。
「それでね、『ダンソウキッサ』っていう楽しそうなことやることになったの!」
「それはよかったですね、マスター」
 リビングのソファーに寝転がった俺のすぐ傍では、リーゼが従者のゴスロリメイド――レランジェに学園祭のことを嬉しそうに語っていた。この無表情極まるメイドさんは魔工機械人形っていう要するにロボットなんだが、心なしか微笑ましく主と会話のキャッチボールをしているな。まるで実の親子みたいだ。
「うん! いろんな服着れるってミツルが言ってた。楽しみ♪」
「それは素晴らしいことですね。では、レランジェもお手伝い安定です」
「あ、ダメ。これはクラスのみんなだけでやる『ルール』だから、レランジェは手伝っちゃダメよ」
「そ、そんな、マスターがレランジェを拒絶なさるとは……」
 レランジェは頭上に『ガーン』という文字が浮かんできそうなほど仰け反り、
「これはどういうことでしょう? いえ、そんなの決まっています。ゴミ虫様のせいですね。射殺安定です」
 ガシャリ。
 レランジェが対面のソファーの裏からライフルの銃口を俺に向けた。
「ラハティL-39!? 対戦車ライフルじゃねえかそんなもんこっち向けんな危ねえじゃ済まねえよっ!? つーかどっから取り出したんだその重火器は!?」
「いえ、レランジェは魔工機械安定ですので」
「だからなに!? それが全ての答えに繋がると思うなよ!」
「武装侍女レランジェ安定です。『戦うメイドさんは萌えの境地』だと異界技術研究開発部で拝聴しました。これよりゴミ虫様抹殺任務を遂行します」
「寧ろ俺より先に開発部の変態どもを抹消して来いよっ!?」
「レランジェなにそれカッコイイ!」
「了解です、マスター。頭ですね」
「言ってねえよっ!?」
 ドォン!! 凄まじい轟音を響かせてラハティL-39が火を噴いた。
 が、扱い慣れていないレランジェはその反動で尻餅をついてしまった。結果、弾丸は俺の側面ギリギリを通り過ぎて後ろの壁を貫通、瓦解させた。
 ……血の気が引いたぞ。
 家が崩れなかったのは幸いか。……いや、そもそもこの暴言暴力メイドが事あるごとに俺の命を狙わなければ被害なんて出ないはずなんだ。幸いもなにもあったもんじゃない。誰が出すんだよ、壁の修理費。
「凄い凄い! レランジェ、それわたしにもやらせて!」
 はしゃいだ声にそちらを見ると、リーゼが対戦車ライフルの威力に感心したように瞳をキラッキラさせていた。巨大ロボデュラハンやロケットパンチにも反応を示していたところを鑑みるに、リーゼは少年みたいな心を持ってるんだな。
「少々お待ち下さい、マスター。これは予想以上の衝撃です。先程の構えでは不安定でしょう。まずレランジェがコツを発見する安定です。次こそはゴミ虫様の頭を――」

 ピンポーン!

「おっと誰か来たみたいだな。俺は出迎えてくるからお前らそれ仕舞っとけよ」
 俺は神の助けとばかりに玄関へと駆け込んだ。なんか背後から「チッ!」と盛大な舌打ちが聞こえたけど、まあ気のせいさ。
 しかし絶好のタイミングの救いだった。今日は誰かが来る予定なんてないから、訪問販売の営業マンとかかな? なんにしても命の恩人だ。感極まってなにか買っちまうかもしれん。

 ピンポンピンポンピンポン!

 ん? 鳴らし方が雑になったぞ? 常識ある社会人はそんなことはしないと思うが……。
「はいはい、どちら様です……か?」
 玄関の扉を開けると――伊海学園高等部の制服を着た二人組がそこにいた。一人はかったるそうな顔をして頭を掻く少年、もう一人はリーゼと張り合えるくらいちんちくりんだが、とある一点の膨らみが圧倒的に勝っている少女だ。二人とも夏場だというのに真っ黒なロングコートをマントみたいに羽織っている。
「よっ、白峰」
 と少年が気さくに挨拶する横で、
「遅いのよアンタ! チャイム鳴らしたら五秒で出なさいよ!」
 チビ女が無茶苦茶言って大きな黒い瞳で俺を上目遣いに睨んできた。さてはチャイム鳴らしてたのはこいつだな。
 俺はどっと押し寄せてきたなんとも言えない倦怠感に嘆息しつつ、
「呼んだ覚えはないぞ、迫間、四条」
 こいつらは迫間漣はくまれん四条瑠美奈しじょうるみな。影魔導師とかいう地球人の異能力者であり、俺と同じ異界監査官でもある二人だ。激しく面倒事の予感がする。
「なによその『また影魔導師の事件に巻き込むつもりか』っていう疑いの目は?」
「違うのか?」
「違うわよ」
 四条がちゅくんと唇を尖らせた。
「ああ、アレだ。今回は影魔導師連盟が今後どうするかとか、その他諸々をお前に伝えに来たって感じだ。前の件があって、いろいろ面倒臭いことになってたからな」
 迫間が頭をガリガリ掻きながら面倒そうに説明してくれた。前の件ってのは、あの温泉リゾートでのことだ。迫間と四条の先輩にあたる望月絵理香もちづきえりかが、過去の恋人を取り戻すためにいろいろ画策していた事件。だがその裏には『王国レグヌム』とかいう組織が関わっていて、望月の行動で彼の地に存在していた『次元の柱』が圧し折られちまったんだ。『次元の柱』ってのは、世界を構築する大黒柱みたいなもんらしい。
 まあ、それは横に置いとくとして――
「なんでまた俺に?」
 そういう報告は誘波にだけしてれば後は勝手に伝わるはずだ。日本本局所属の監査官がそれを知らないわけがない。
「お前言っただろ? 礼は自分たちで言いに来いって。そのついでだと思ってくれ」
 確かに俺は入院したばかりの頃に誘波にそんな伝言を頼んだ。でもあれは冗談のつもりだったんだがな。まあいいか。
「そういうことだから、お邪魔するわよ」
「お、おい」
 四条が俺の許可もなくズカズカと中へ入り込んできた。かと思えばリビングの扉の前で立ち止まり、長い黒髪を揺らして俺に振り返る。
「あたしはミルクティーね。冷たいの。大至急」
「ここは喫茶店じゃねえよ」
 相変わらずムカつくチビだった。
「おい迫間、あいつはお前の連れなんだからなんとか言ってくれ」
「ん? ああ、そうだな。じゃあ俺はアイスコーヒーをブラックで頼む」
「お前もかっ! ホントに礼を言いに来たんだよな!」
 ミルクティーもコーヒーも偶然ストックがあったので、俺は渋々とそれらを作って盆に乗せてリビングに向かう。なにこれ? 学園祭の予行演習かなんか?
「まだまだね。そんな実力であたしに勝てると思ってんの?」
「むむむぅ~。おかしいわ。〝魔帝〟で最強のわたしがこんなやつに……」
「マスター、頑張ってください。そこです。そこでB技を発動安定です」
「……」
 リビングでは……リーゼと四条が対戦格闘ゲームに興じていた。レランジェは最近TVゲームのやり方を覚えたリーゼの後ろでエールを送っており、迫間は俺愛用のソファーに寝そべって漫画雑誌を読み耽っている。

 ………………………………………………………………ナンデオ前ラ全力デ寛イデンノ?

 どうしよう? 今から飲み物をホットに変えてこようかな? 百度くらいの。
「お? 悪いな、白峰。助かったぜ。面倒臭いことに喉がカラカラだったんだ」
「そのまま脱水死すればいいのに」
「は?」
「いやなんでもない。ただの心の声だ」
「本音じゃないか」
 億劫そうにツッコミながらも、迫間はしっかりアイスコーヒーを引っ手繰って一気に飲み干した。
 ふと視線を盆に落とすと、いつの間にかミルクティーが消えていた。俺はリーゼとの対戦で盛り上がっている四条を見る。彼女の脇に空になったティーカップがあった。行動が瞬速過ぎるだろ! どんだけ喉乾いてたんだ!
 絶対にその黒コートが暑さの原因だよ。よく熱射病にならないな。
「白峰、おかわりを持って来てちょうだい」
「その前に話をしろ!」
 こいつらの態度からわかる。俺に礼を言う気なんてさらさらねえな。まあ、誘波を仲介して一度は伝えられたから改めてしなくてもいいけどね。
 俺が怒鳴ったからか、四条が不服そうに体ごとこちらに向き直る。てか、仮にも女なんだから床に胡坐掻くなのはやめてもらいたい。微妙に目のやり場に困る。
 仕方ないわね、と四条が腹の立つ前置きをし、説明を始める。
「影魔導師連盟は、『王国』に対して異界監査局を全面的にバックアップする。そう決まったのよ。向こうには望月先輩――〝影霊女帝〟がいるからね。連盟も無視できないってわけ」
「具体的にどうするかはまだ決まってないようだが、背中を預けて共闘するってことはなさそうだぜ。そんなことができるほど俺ら影魔導師の時間的縛りは緩くないんだ。面倒臭えだろ」
 影魔導師はその能力の特性上、夜もしくは暗闇の中でしか満足に戦えない。共闘するにしても、条件が限られてるんだ。
 それでも協力してくれるのならありがたい。異界監査局と影魔導師連盟は、元々は協力関係と言うよりは不可侵関係だったようだし。どちらにも繋がりのある迫間や四条や誘波が異例なんだろうね。
「なるほどな。なんだろうと頼もしいぜ。それから?」
「ん? これだけよ」
「なんですと?」
 俺が続きを促すと、四条の口から淡泊な答えが返ってきた。
「ぶっちゃけるとたまたま近くを通ったから涼みに来たのよね。漣、冷房の温度二度下げて」
「へいへい」
「いや帰れよお前らふざけんな!」
 なんで居座る気満々なんだ。そんなことするやつはどっかの着物女だけで間に合ってんだよ。
「リベンジよ真っ黒女! 今度こそコテンパンのぐちょぐちょにしてやるわ!」
「望むところよ! 吠え面掻きなさい」
「マスター、ファイト安定です」
「ほどほどにしとけよ、瑠美奈。面倒臭えから」
「あたしの辞書に手加減って文字はないわ」
「もう勝手にしてください……」
 うんざりしてげんなりした俺は、この空間にいても疲れるだけなので近くのコンビニまで避難することにした。

 その後――
 ゲームに勝てず癇癪を起したリーゼがリビングを全焼させたと知り、俺は諸手を地につけて出かけたことを後悔するのだった。

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