シャッフルワールド!!

夙多史

一章 来る学園祭に向けて(5)

「「「「大兄貴ぃ~!!」」」」
 不良たちが情けない声を上げて俺たちの横を通り過ぎ、現れた作業着の青年の後ろに隠れるように集った。
「おゥ、お前ら的によく無事だったな。こいつら相手によ」
 作業着のポケットに両手を突っ込んだ青年が俺とセレスに笑みを向ける。その笑みには狂気めいたものを感じるが、どこか友人に向けるフレンドリーさも含んでいた。
 歳は二十歳くらい。マロンクリームみたいな色をした髪は、前髪で右目を隠すように伸ばされている。それ鬱陶しくないのか?
「大兄貴、空から降ってきたように見えたんスけど」
「どこにいたんですかい?」
「あァ、俺的にそこのスポジムの四階だ」
「そっから飛び降りたんスかっ!?」
「大兄貴マジぱねぇッス!」
 なんか物凄く慕われてるな。それはともかく、俺と作業着男が知り合いだということは間違いないんだ。
「……なんでお前が出てくるんだよ、グレアム」
 こいつはグレアム・ザトペック。スタンディアとかいう世界からやってきた異世界人で……俺やセレスと同じ異界監査官だ。
 問うと、作業着男――グレアムは大げさに首を振った。
「悲しいねェ。つれないこと言うんじゃねェよ、零児。俺様とお前の仲じゃねェか」
「気持ち悪い発言は控えろ」
「ん? あァ、確かにそうだ。俺様とお前の間に音声的なもんは必要ねェ。言葉なら拳から聞いてやるぜ」
「俺に肉体言語での会話を求めるな!」
「さっきから先輩に向ける言葉にしちゃあなってねェな。だがまァ、俺的にお前なら許す」
 困ったことに、俺はこいつに気に入られているみたいなんだ。理由は、戦闘では基本的に武器を使った接近戦しかできない俺と自分が似ているから。なんで俺って変なやつばっかりに好かれるんだろうね。勘弁してくれ。
 セレスが戸惑った様子で俺を見る。
「零児、この者は確か、監査官ではなかったか?」
「ああ、よく覚えてたな、セレス。こいつはあんまり監査局に顔出さないんだけど、何度か会ったことあるっけ?」
「いや、一度だけだ。私がこちらの世界に来たばかりの頃、〝魔帝〟との戦闘に割り込んできた者の中にいたと記憶している」
 やっぱりあの時だけか。グレアムは一応校務員として仕事してるはずなんだが、俺も学園では数えるほどしか目撃したことがない。
「それよりも、なぜ監査官のあなたが不良たちのリーダーをしているのか聞かせてもらいたい」
 セレスは探るような眼光でグレアムを射る。いつでも剣を抜ける構えまでしてるぞ。セレスは監査官を正義の味方かなにかだと思い込んでるようだから、小悪党に『大兄貴』と慕われているグレアムのことを信用できないってことか。返答によっては、たぶんセレスは迷いなくグレアムを斬る。
 そんなセレスにグレアムは全く臆することもなく、ククッ、と忍び笑いを漏らしてから言の葉を紡ぐ。
「いいねェ、その目。その殺気。ここは俺的にお前を怒らせて戦り合いてェところだが、残念なことに俺的にそういう頭で考えることは苦手なんだ。――ん? いや待て、それだと俺的にバカだということになんのか? バカと天才は紙一重なんてこの世界じゃあ言われてるみてェだがよ、俺的に自分が天才だとは思っちゃいねェわけよ。つまり天才じゃねェってこたァバカからも遠いってことになるんじゃねェかと思うんだ。となると俺的には――」
「長い長い長い! お前はどこに話を持っていこうとしてんだ!」
 俺が止めなければ延々と意味不明な独り言が続くところだった。迫間がいたら「面倒臭え」って絶対言ってるだろうな。
「おいそこのお前」グレアムは振り返ってスポーツ刈り野郎を指差し、「……えーとお前的に誰だっけ? まあいいや。俺様はバカなのか? 天才なのか? 答えろ」
「あ、はい。大兄貴はもちろん天才です」
「つーことは俺的にバカってことにもなんのか? ぶっ倒すぞてめェ!」
「えーっ!?」
 絶望に顔を青くするスポーツ刈り野郎の胸座を掴み、グレアムはその百九十センチはあろうかという巨体を片手で軽々と漫画みたいに投げ飛ばした。り、理不尽だ……。
「悪ィな、嬢ちゃん。なんつうか、俺様もどうしてこいつらが俺様の子分になってんのかよくわかんねェんだ」
 何事もなかったかのようにこちらに向き直るグレアム。なんか背後であんたの子分たちが「大兄貴ぃ~」と嘆き声を上げてるけど、いいのか放っといて?
「どういう意味だ?」
 セレスがさらに険のある視線を向ける。
「よくわかんねェもんはよくわかんねェ。気づいたらこうなってたんだよ。俺的にはそれしか言えねェなァ。んなことより一戦交えようぜ? この前は瑠美奈のチビ助がさっさと捕縛しちまって戦えなかったからよ」
「なるほど、痛い目を見ないと口は割らないか。零児、すまないが私の独断でこの者に制裁を加えさせてもらう」
 さらっ。セレスが背中の超長剣――聖剣ラハイアンの布を解き、鞘から抜いて中段に構える。それを認めてグレアムは愉快そうに表情を歪めた。
「待てよお前ら! 監査官がこんなところで騒動なんて起こすなよ! 俺らはそれを止める側だぞ!」
 あと後ろの不良ども、お前らも「大兄貴やっちまってくだせぇ!」とかって煽ってんじゃねえよ! もう一回タコ殴りにすっぞコラ!
「だったら零児、お前的にも参戦しろ。俺様たちを止めるためにな」
「だぁーもうこの戦闘狂がっ!」
 戦闘を数ある娯楽の一つとカウントするリーゼと違い、このグレアムは生粋の戦闘マニアなんだ。戦闘鬼と言ってもいい。『どんな問題も殴って解決!』ってキャッチコピーがつきそうな異界監査官だから、誘波も滅多にやつを呼ぶことはしないんだとか。
 ていうか、俺らが騒いでるせいで周りから人が消えている。セレスはそれを見越して剣を抜いたのか。好都合っちゃ好都合だが、遠くからパトカーのサイレンが聞こえ始めるのも時間の問題だな。
「行くぞ!」
「やめとけセレス! そいつはマズい!」
 俺の静止の声など聞いちゃいない。セレスは超長剣に光を纏わせ、ポケットに手を入れたまま余裕に構えるグレアムへと突進する。
 ――が。

 勝負は、一瞬で決まった。

 セレスの左から右へ流す光の剣閃を、グレアムは作業着の背中に仕込んでいた二つ一組の銃みたいな握り部分がついた打撃武器――トンファーの片方で易々と弾いた。そのままほぼゼロ距離まで肉薄し、抵抗する間も与えずセレスを押し倒す。左手で握られたトンファーがセレスの首を強く圧迫し、「あうっ」と苦しそうな呻き声が漏れた。
「ハッハァーッ! 嬢ちゃん的にこんなもんか? そうじゃねェよなァ? そうだとしたら悲しくて虚しいだけだもんなァ。聖剣なんちゃらって言うくれェだ。もっと俺様を楽しませろよ!」
「う……く、こいつ、なんて力……」
「俺的には別にいいんだぜ? 特殊能力とかバンバン使ってもよ。嬢ちゃん的にはなにが使えんだ? 魔法か? 超能力か? その光ってる剣はどっちでもないとかか? 時に魔法と超能力の違いってなんだ? 俺的にはさっぱり区別がつかんわけなんだが、やっぱ魔力的ななんかが関係してんだと俺様は思ってんだよな。まあ、俺的にはどうでもいい疑問ではあるんだが――ん?」
 狂喜的に独り語りを続けるグレアムの首筋に――チャキリ。俺が〈魔武具生成〉という近接武具を生み出す能力で作った日本刀の刃を添えた。

「そこまでにしろ、グレアム。もう決着はついただろ。セレスの負けだ」

 言うと、グレアムはフッと口元を微笑で緩めてセレスからトンファーを離し、作業着の背中に仕舞う。それから三歩下がって俺に問うてきた。
「そんじゃ次は、零児的に俺様の相手をしてくれるってか?」
「冗談じゃない。誘波に素手で一撃入れるような怪物と喧嘩する気なんてねえよ」
「――ッ」
 セレスの息を呑む気配が伝わる。昔、グレアムは誘波と試合ったことがある。たった一撃入れただけで結局は負けたんだが、それでもあの着物怪人相手だと偉業だ。セレスが驚くのもわかるな。
「そう言うなって。俺的にお前となら楽しく戦れると思ってんだぜ? せっかくそれを生成したんだから使わねェと魔力ってやつの損だろ?」
「嫌だね。お前には俺が戦闘を楽しむような人間に見えるのか?」
「俺的に見える」
「マジで!?」
 どんだけ節穴なんだあいつの目は!
「それでしたら、公式の場で戦えばいいのではないですかぁ?」
「まあ、そういう『試合』だったら考えなくもないが……って」
 やばい、俺の嫌な予感センサーが『ピンポンパンポン! カトリーナもビックリな大型ハリケーンが接近してますよ!』って勢いで警報を鳴らしている。よし、総員退避! どこでもいいからとにかくこの場を離れるんだ! 死ぬぞ!
 と、一陣の風が舞う。
「どこへ行こうとしているのですかぁ、レイちゃん? そっちは学園の方向ではありませんよ?」
 くっそ逃げ遅れたか。俺の目の前に鮮やかな十二単を纏った少女――ハリケーン・イザナミーが上陸。……もとい、日本異界監査局局長様がお見えになられやがった。
 派手な少女の派手な登場に不良たちがびっくらこいているが、構ってなどいられない。
「なにしに来たんだよ、誘波」
「あらあら、レイちゃんたちの喧嘩を止めにきたに決まってるじゃないですかぁ」
 胡散臭い。こいつが現れたら毎回碌なことにならないのは経験上確実なんだよ。
 グレアムが嬉しそうに言う。
「おう、誘波。公式っつうこたァ、今年もアレやんのか?」
「ええ、もちろんです。恒例行事ですから」
 おっとりと微笑み返す誘波も実に楽しそうに声が弾んでやがる。
「公式? なんの話をしているのだ、誘波殿」
 セレスがまだ痛むらしい喉を擦りながら立ち上がった。ちょっと心配だったが、攻撃らしい攻撃は受けてないから大丈夫そうだな。
「あら、セレスちゃんは初めてでしたね。これのことです」
 誘波は掌の上に小さなつむじ風を発生させ、そこからどういう仕組みなのかA4サイズのビラを二枚取り出した。そして駅前のチラシ配りの人よろしく一枚をグレアムに、もう一枚をセレスに手渡した。
 ビラに視線を落とす二人。するとグレアムはニィと悪魔的に表情を嬉々とさせたが、セレスは困惑顔で俺を見てきた。なんか上目遣いで瞳を縋るように潤ませて頬を染め、バツが悪そうにもじもじとしている。いやまあセレスがなにを言いたいのかはわかってるけど……か、可愛いな。綺麗じゃなくて可愛いぞ。
「その、零児、なんというか、言いづらいんだが……」
「はいはい、読んでやるよ」
「うっ……す、すまない」
 セレスは申し訳なさそうに目を伏せた。彼女はまだこの世界の――というか日本語をあまり読むことができないんだ。英語は母国の言語と似ているとかで割と得意らしいのだが、漢字はからっきし。この前の期末テストでも現国と古文はリーゼにすら負けてたからなぁ。
 俺はセレスから紙を受け取ると、トップにある表題を読んで「やっぱりか」と呟きを漏らす。
「零児、なんと書いてあるんだ?」
 セレスが俺に密着して紙を覗き込む。いやお前、読めないんだから覗いてもしょうがないだろ。柔らかそうな膨らみがあたりそうであたらないっ!
 あと近くにある銀髪から汗とは違うレモンのようないい香りがするなぁ……いかんいかん! 変な気分になる前に俺は自分から離れ、紙に書いてあることをさっさと口にした。

「『監査官対抗戦のお知らせ』――だとさ」

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