シャッフルワールド!!
一章 来る学園祭に向けて(7)
俺はつくづく頼まれると断れない性分なんだと思う。
特に誠意の籠った必死の懇願には首を横に振れない。誘波のアホみたく冗談にしか聞こえない頼みだったら容赦なく「却下だボケ」と言えるんだがな(結局はやらされる羽目になるんだけど)。
よって今回のセレスの要求に、俺は二つ返事でOKしてしまったんだ。
学園祭と同時に開催される監査官対抗戦。そのパートナーとして、俺はセレスを選んだ。セレスが欲しがっていた剣がなんなのかはまだ教えられてないが、そこにはとても深刻な事情があるに違いない。だったら、手伝わないわけにはいかねえだろ?
「――てことでリーゼ、悪いけど今回ばかりはお前と組むことはできないんだ」
「なんでよ? レージは〝魔帝〟で最強のわたしのものなのよ?」
「この際だからはっきり言っとくけど、俺はリーゼのおもちゃになった覚えはないからね」
えんやこらと汗だくになりながら上り坂を突破して学園に戻った俺たちは、それぞれが学際の準備を始めている教室に行く前に廊下でリーゼと鉢合わせた。リーゼも誘波から対抗戦のことを聞かされていたらしく、真っ先に俺をパートナーにするために待ち構えていたのだ。
リーゼとなら俺の現段階での最強生成武器――魔帝剣ヴァレファールが使える。そいつがあれば優勝の可能性も大きくなる。
だけどな、俺には先約がある。グレアムと同じく楽しむためだけに対抗戦に参加するリーゼとは組めないんだよ。
「零児は私のパートナーとなることを選んだのだ。〝魔帝〟リーゼロッテ、貴様がなにを言おうと無駄だ。零児は一度交わした約束を破るような者ではない」
「そんなの関係ないわ。零児はわたしと一緒にいればいいの」
「零児は貴様の奴隷ではない。少しは我がままを自粛するのだな。そんなのでは、いつまで経っても子供と変わらないぞ?」
「わたしは子供じゃないわよ! この騎士崩れ!」
「なんとでも言うといい。今回は決闘をするまでもなく結果が出ているからな」
気のせいか? セレスがなんか勝ち誇ったようにリーゼを見下してるぞ。そんなに敵視する〝魔帝〟の悔しがる顔を見るのが嬉しいのかね?
「悪いな、リーゼ。今回は諦めてくれ」
「むぅ、むむむぅ」
ぷるぷると握った両拳を震わせ、悔しさで赤く染めたほっぺを河豚みたいに膨らますリーゼ。心なしか上目遣いで睨んでくる紅瞳が潤んでいるな。くそぅ、ちょっとかわえぇ。
やがてリーゼは癇癪を起したようにダン! と床を踏み鳴らした。
「いいわよ! だったらお前たちはわたしの敵! 敵よ! けちょんけちょんに燃やしてあげるから覚悟しておくことね!」
リーゼは憤然と叫び放って全力疾走でどこかに去って行った。どうでもいいけど、『けちょんけちょん』と『燃やす』は日本語的に繋げてもいいのか? まあ、意思疎通アイテム――〈言意の調べ〉の変換ミスかもしれんけど。
あと、マズイな。リーゼを敵に回すと優勝が遠退く恐れがある。リーゼはどうせレランジェと組むだろう。他にいないからな。レランジェ本人は異界監査官になってないと言っているが、メンバー登録は勝手にされてるから出場しても問題ないし。
「零児、共に〝魔帝〟を討ち取ろう」
「それは目的に入れなくていいと思うぞ」
セレスの瞳は期待とやる気と俺にはよくわからない嬉楽に満ち満ちていた。
「やあ、お二人さん。今お帰りかな?」
唐突に背後から声をかけられた。振り返ると、そこには学園の制服の上から白衣を纏った背の高い変態女子――もとい郷野美鶴がお気楽な微笑みを浮かべて手を振っていた。
「まあ、そんなところだ」
俺は適当に答える。クラスメイトとはいえ、一応今は敵同士ってことになってるからな。あ、それを言うとセレスもか。
「どうだい、白峰君? 男子の女装喫茶は順調かい?」
「ぼちぼちな」
どんだけ頑張っても女子の男装喫茶に負けることは目に見えてるけどね。
「で、女子代表の郷野様はこんなところでなにをされてるんですか?」
「ん? 白峰君、なぜか少し距離を置かれているように聞こえるゾ?」
「実際に置いてる」
「ははは、それは寂しいなぁ。……白峰君のアルコール漬け」
「なんかさらっと怖いこと呟かなかったか!」
「いやいや、安心するといいサ。アルコールは医療用を使うから」
「どこに安心する要素があるんだろうね!」
あまりこういう変なやつとは関わり合いになりたくないのが俺の正直な心情だ。いろいろ手遅れだというツッコミはなしでお願いします。
「美鶴殿、頼まれていた物は全て調達してきた。確認を」
セレスが両手のレジ袋を示す。
「おお、暑い中お疲れ様、セレスティナ君。後で見るよ。それよりもリーゼロッテ君を見なかったかい? 途中で抜け出したまま戻ってこないんだ」
なるほどね、郷野はリーゼを探してこんなところを彷徨っていたのか。郷野は意外と面倒見がいいんだよな。
「リーゼなら、さっきあっちの方に走って行ったよ」
「そうか。となると教室に戻ったかな? 教えてくれてありがとう、白峰君」
ニッコリ、と。
俺とほぼ同じ目線の高さから、郷野は屈託のない笑顔を向けてきた。俺はどう反応していいのかわからず視線を壁にやる。礼を言われるのは慣れてないんだ。
セレスが嘆息する。
「それにしてもリーゼロッテには困ったものだ。いつもいつも零児に迷惑をかけようとする」
「実際に俺に迷惑をかけてんのは着物とかメイドとかだけどな」
あいつらと比べたらリーゼの我がままなんて可愛いもんだ。
「……」
ん? 郷野が思案顔で俺たちを見てるけどどうしたんだ?
「そうだ。教えてくれたお礼と言ってはなんだが、白峰君」
と、怪訝にしていた俺の手を取った郷野が顔を近づけてくる。な、何事だ一体? オレイ? オレイってなんのことだよ? てか、こうして見るとこいつはこいつで美人だよなぁ……いやいやそんなことはどうだっていいぞ俺!
「……白峰君」
艶めかしく俺の名を呼ぶ郷野。じーっと、下手をすればお互いの唇が振れそうな距離で見詰めてきやがる。俺はわけがわからず硬直して動けない。
「み、美鶴殿! なにをしているんだ!」
セレスが慌てたように俺と郷野の間に割って入って引き裂いた。なんか知らんが助かったぜ、セレス。
奇行で俺を困らせた郷野はそんなセレスを見てニマァ、と人の悪い笑みを浮かべている。
「なるほどねぇ。そうかそうか」
なにやら一人で納得しているぞ。本気で意味わからんな、こいつ。一度精神科にでも行けばいいのに。
「お前は一体なにがしたかったんだ?」
「うむ、少々心理学的実験をね」
唐突に俺で実験しないでもらいたい。
「そういうわけだから、白峰君。学際中にどこか怪我をしたら保険委員長として私が手当てしてあげるゾ」
「それがお礼ってやつか?」
「そ。もちろん無料だゾ」
「え? なに? 普段は金取ってんのお前?」
「さあ?」
両掌を上に向けて郷野はあからさまに言葉を濁した。絶対こいつの前で怪我してるところを見せるわけにはいかない、と俺は決意する。対抗戦があるんだ。無傷ってのはたぶん無理だから。
「さて、私も教室に戻ることにしよう」
白衣のポケットに手を入れて研究者っぽく歩き始める保険委員長。だがその途中で立ち止まり、思い出したように俺たちを振り返った。
「あー、そうそう。もう一つ訊きたいことがあったんだ。白峰君とセレスティナ君はどこで合流したんだい? 示し合わせて一緒に学園を出たわけではないんだろう?」
好奇心を微笑みに含ませた郷野の質問に、俺とセレスは顔を見合わせる。
「美鶴殿が描いてくれた地図の丁度交差点の辺りだが……?」
セレスが答えると、郷野はさらに顔をニヤニヤさせる。
「ということは、お二人さんはそこからデートしてきたってわけかい?」
…………。
でぇと?
俺と、セレスが?
いやまあ、確かに喫茶店とかに二人で入ったりしたけど……もしかして傍から見たら俺らってカップルと思われてたりするのか? ちゃうねん、ありえへんて。
……よし、落ち着こう。取り乱すな俺。思わず関西弁を使ってるぞ。これは言い方の問題だ。一緒に行動したことを郷野は『デート』と表現したに過ぎない。向きになって反応することこそ郷野の思惑だ。平常心平常心。
ぷしゅーっ。
機関車が蒸気を噴き上げたような音が聞こえた。恐る恐るそちらを見ると――セレスが赤のペンキを頭から被ったように全身を紅潮させて目を渦巻にしていた。
「でぇと……私が……零児と……でぇと……?」
かあぁぁぁ。
なんか譫言のように呟いてまた一層赤面しているぞ。セレス、壊れてないか?
「あははははははははははははっ! やっぱり面白いな、セレスティナ君は」
郷野は腹を抱えて大爆笑。しまった、やつの狙いは端からセレスだったんだ。セレスがなんでここまで狼狽してるのかは知らないが、早く現実に引き戻してやらないとぶっ倒れて悪魔の保険委員長の生贄になっちまう。
「セレス、落ち着け。深呼吸だ。デートじゃない。デートじゃない」
俺はセレスを宥めようと肩を揺さぶるが――
「れ、零児……い、いやぁああああああああああっ!?」
――絶賛取り乱し中のセレスに頭を掴まれて顔面を壁に叩きつけられた。
そのまま乙女のように駆け去っていくセレス。ずるずると顔を壁で擦って廊下に倒れこむ俺。……もう、おうち帰りたい。
「おやおや、白峰君。早速怪我をしたかい?」
「いえ全然! これっぽっちも! めっちゃピンピンしてます!」
俺は光速で立ち上がって元気なことをジェスチャーで郷野に示す。幸い、鼻血も出てなかった。
「そうかい? う~ん、久々に執刀できると思ったのに残念だよ」
「執刀する意味は絶対ないよねっ!?」
こいつが悪魔と呼ばれる所以の末端を見た気がした。この諸悪の根源、どうしてくれようか。
「さてと、今度こそ私は教室に戻るよ。桜居君がとんでもないことをやらかすみたいだからね。こちらもうかうかしていられないのサ」
そう意味深なことを言い残して、郷野も廊下の奥に消えていった。
白衣が完全に見えなくなってから、俺は呟く。
「桜居が、なんだって?」
特に誠意の籠った必死の懇願には首を横に振れない。誘波のアホみたく冗談にしか聞こえない頼みだったら容赦なく「却下だボケ」と言えるんだがな(結局はやらされる羽目になるんだけど)。
よって今回のセレスの要求に、俺は二つ返事でOKしてしまったんだ。
学園祭と同時に開催される監査官対抗戦。そのパートナーとして、俺はセレスを選んだ。セレスが欲しがっていた剣がなんなのかはまだ教えられてないが、そこにはとても深刻な事情があるに違いない。だったら、手伝わないわけにはいかねえだろ?
「――てことでリーゼ、悪いけど今回ばかりはお前と組むことはできないんだ」
「なんでよ? レージは〝魔帝〟で最強のわたしのものなのよ?」
「この際だからはっきり言っとくけど、俺はリーゼのおもちゃになった覚えはないからね」
えんやこらと汗だくになりながら上り坂を突破して学園に戻った俺たちは、それぞれが学際の準備を始めている教室に行く前に廊下でリーゼと鉢合わせた。リーゼも誘波から対抗戦のことを聞かされていたらしく、真っ先に俺をパートナーにするために待ち構えていたのだ。
リーゼとなら俺の現段階での最強生成武器――魔帝剣ヴァレファールが使える。そいつがあれば優勝の可能性も大きくなる。
だけどな、俺には先約がある。グレアムと同じく楽しむためだけに対抗戦に参加するリーゼとは組めないんだよ。
「零児は私のパートナーとなることを選んだのだ。〝魔帝〟リーゼロッテ、貴様がなにを言おうと無駄だ。零児は一度交わした約束を破るような者ではない」
「そんなの関係ないわ。零児はわたしと一緒にいればいいの」
「零児は貴様の奴隷ではない。少しは我がままを自粛するのだな。そんなのでは、いつまで経っても子供と変わらないぞ?」
「わたしは子供じゃないわよ! この騎士崩れ!」
「なんとでも言うといい。今回は決闘をするまでもなく結果が出ているからな」
気のせいか? セレスがなんか勝ち誇ったようにリーゼを見下してるぞ。そんなに敵視する〝魔帝〟の悔しがる顔を見るのが嬉しいのかね?
「悪いな、リーゼ。今回は諦めてくれ」
「むぅ、むむむぅ」
ぷるぷると握った両拳を震わせ、悔しさで赤く染めたほっぺを河豚みたいに膨らますリーゼ。心なしか上目遣いで睨んでくる紅瞳が潤んでいるな。くそぅ、ちょっとかわえぇ。
やがてリーゼは癇癪を起したようにダン! と床を踏み鳴らした。
「いいわよ! だったらお前たちはわたしの敵! 敵よ! けちょんけちょんに燃やしてあげるから覚悟しておくことね!」
リーゼは憤然と叫び放って全力疾走でどこかに去って行った。どうでもいいけど、『けちょんけちょん』と『燃やす』は日本語的に繋げてもいいのか? まあ、意思疎通アイテム――〈言意の調べ〉の変換ミスかもしれんけど。
あと、マズイな。リーゼを敵に回すと優勝が遠退く恐れがある。リーゼはどうせレランジェと組むだろう。他にいないからな。レランジェ本人は異界監査官になってないと言っているが、メンバー登録は勝手にされてるから出場しても問題ないし。
「零児、共に〝魔帝〟を討ち取ろう」
「それは目的に入れなくていいと思うぞ」
セレスの瞳は期待とやる気と俺にはよくわからない嬉楽に満ち満ちていた。
「やあ、お二人さん。今お帰りかな?」
唐突に背後から声をかけられた。振り返ると、そこには学園の制服の上から白衣を纏った背の高い変態女子――もとい郷野美鶴がお気楽な微笑みを浮かべて手を振っていた。
「まあ、そんなところだ」
俺は適当に答える。クラスメイトとはいえ、一応今は敵同士ってことになってるからな。あ、それを言うとセレスもか。
「どうだい、白峰君? 男子の女装喫茶は順調かい?」
「ぼちぼちな」
どんだけ頑張っても女子の男装喫茶に負けることは目に見えてるけどね。
「で、女子代表の郷野様はこんなところでなにをされてるんですか?」
「ん? 白峰君、なぜか少し距離を置かれているように聞こえるゾ?」
「実際に置いてる」
「ははは、それは寂しいなぁ。……白峰君のアルコール漬け」
「なんかさらっと怖いこと呟かなかったか!」
「いやいや、安心するといいサ。アルコールは医療用を使うから」
「どこに安心する要素があるんだろうね!」
あまりこういう変なやつとは関わり合いになりたくないのが俺の正直な心情だ。いろいろ手遅れだというツッコミはなしでお願いします。
「美鶴殿、頼まれていた物は全て調達してきた。確認を」
セレスが両手のレジ袋を示す。
「おお、暑い中お疲れ様、セレスティナ君。後で見るよ。それよりもリーゼロッテ君を見なかったかい? 途中で抜け出したまま戻ってこないんだ」
なるほどね、郷野はリーゼを探してこんなところを彷徨っていたのか。郷野は意外と面倒見がいいんだよな。
「リーゼなら、さっきあっちの方に走って行ったよ」
「そうか。となると教室に戻ったかな? 教えてくれてありがとう、白峰君」
ニッコリ、と。
俺とほぼ同じ目線の高さから、郷野は屈託のない笑顔を向けてきた。俺はどう反応していいのかわからず視線を壁にやる。礼を言われるのは慣れてないんだ。
セレスが嘆息する。
「それにしてもリーゼロッテには困ったものだ。いつもいつも零児に迷惑をかけようとする」
「実際に俺に迷惑をかけてんのは着物とかメイドとかだけどな」
あいつらと比べたらリーゼの我がままなんて可愛いもんだ。
「……」
ん? 郷野が思案顔で俺たちを見てるけどどうしたんだ?
「そうだ。教えてくれたお礼と言ってはなんだが、白峰君」
と、怪訝にしていた俺の手を取った郷野が顔を近づけてくる。な、何事だ一体? オレイ? オレイってなんのことだよ? てか、こうして見るとこいつはこいつで美人だよなぁ……いやいやそんなことはどうだっていいぞ俺!
「……白峰君」
艶めかしく俺の名を呼ぶ郷野。じーっと、下手をすればお互いの唇が振れそうな距離で見詰めてきやがる。俺はわけがわからず硬直して動けない。
「み、美鶴殿! なにをしているんだ!」
セレスが慌てたように俺と郷野の間に割って入って引き裂いた。なんか知らんが助かったぜ、セレス。
奇行で俺を困らせた郷野はそんなセレスを見てニマァ、と人の悪い笑みを浮かべている。
「なるほどねぇ。そうかそうか」
なにやら一人で納得しているぞ。本気で意味わからんな、こいつ。一度精神科にでも行けばいいのに。
「お前は一体なにがしたかったんだ?」
「うむ、少々心理学的実験をね」
唐突に俺で実験しないでもらいたい。
「そういうわけだから、白峰君。学際中にどこか怪我をしたら保険委員長として私が手当てしてあげるゾ」
「それがお礼ってやつか?」
「そ。もちろん無料だゾ」
「え? なに? 普段は金取ってんのお前?」
「さあ?」
両掌を上に向けて郷野はあからさまに言葉を濁した。絶対こいつの前で怪我してるところを見せるわけにはいかない、と俺は決意する。対抗戦があるんだ。無傷ってのはたぶん無理だから。
「さて、私も教室に戻ることにしよう」
白衣のポケットに手を入れて研究者っぽく歩き始める保険委員長。だがその途中で立ち止まり、思い出したように俺たちを振り返った。
「あー、そうそう。もう一つ訊きたいことがあったんだ。白峰君とセレスティナ君はどこで合流したんだい? 示し合わせて一緒に学園を出たわけではないんだろう?」
好奇心を微笑みに含ませた郷野の質問に、俺とセレスは顔を見合わせる。
「美鶴殿が描いてくれた地図の丁度交差点の辺りだが……?」
セレスが答えると、郷野はさらに顔をニヤニヤさせる。
「ということは、お二人さんはそこからデートしてきたってわけかい?」
…………。
でぇと?
俺と、セレスが?
いやまあ、確かに喫茶店とかに二人で入ったりしたけど……もしかして傍から見たら俺らってカップルと思われてたりするのか? ちゃうねん、ありえへんて。
……よし、落ち着こう。取り乱すな俺。思わず関西弁を使ってるぞ。これは言い方の問題だ。一緒に行動したことを郷野は『デート』と表現したに過ぎない。向きになって反応することこそ郷野の思惑だ。平常心平常心。
ぷしゅーっ。
機関車が蒸気を噴き上げたような音が聞こえた。恐る恐るそちらを見ると――セレスが赤のペンキを頭から被ったように全身を紅潮させて目を渦巻にしていた。
「でぇと……私が……零児と……でぇと……?」
かあぁぁぁ。
なんか譫言のように呟いてまた一層赤面しているぞ。セレス、壊れてないか?
「あははははははははははははっ! やっぱり面白いな、セレスティナ君は」
郷野は腹を抱えて大爆笑。しまった、やつの狙いは端からセレスだったんだ。セレスがなんでここまで狼狽してるのかは知らないが、早く現実に引き戻してやらないとぶっ倒れて悪魔の保険委員長の生贄になっちまう。
「セレス、落ち着け。深呼吸だ。デートじゃない。デートじゃない」
俺はセレスを宥めようと肩を揺さぶるが――
「れ、零児……い、いやぁああああああああああっ!?」
――絶賛取り乱し中のセレスに頭を掴まれて顔面を壁に叩きつけられた。
そのまま乙女のように駆け去っていくセレス。ずるずると顔を壁で擦って廊下に倒れこむ俺。……もう、おうち帰りたい。
「おやおや、白峰君。早速怪我をしたかい?」
「いえ全然! これっぽっちも! めっちゃピンピンしてます!」
俺は光速で立ち上がって元気なことをジェスチャーで郷野に示す。幸い、鼻血も出てなかった。
「そうかい? う~ん、久々に執刀できると思ったのに残念だよ」
「執刀する意味は絶対ないよねっ!?」
こいつが悪魔と呼ばれる所以の末端を見た気がした。この諸悪の根源、どうしてくれようか。
「さてと、今度こそ私は教室に戻るよ。桜居君がとんでもないことをやらかすみたいだからね。こちらもうかうかしていられないのサ」
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