シャッフルワールド!!

夙多史

二章 監査官対抗戦・予選(5)

【WINNER!! 白峰零児&セレスティナ・ラハイアン・フェンサリル】

 実は触ると冷たいんじゃないかと思うほどの青色をした炎のエフェクトが、空中にその文字列を表示させた。本物の炎のように宙で揺らめく火文字は、この空間全てのオブジェクトを構築している魔導具――〈現の幻想〉が見せている幻だ。
 そして、俺たちがこの文字を見るのは三度目だった。
「なんでボクの言った通りに動かなかったんだ!」
「うっせえ! てめえがいちいちオレに指図するからやられたんだろうが! 耳障りなんだよ! オレ一人だったら勝ってたのによ!」
「はん。ボクだって君がいない方が戦い易かったさ」
「てめえ、帰ったら覚えとけよ」
「君こそ。君のせいで負けたとしっかり報告させてもらうよ」
 そこで仰向けに倒れ、お互いを罵倒し合いながら転送されていく男二人――第十八支局の代表チームだったか――を眺めつつ、俺は異界監査官の実状を改めて痛感していた。
 チームワークがまるでなっちゃいないんだ。
 確かに一人一人の力はかなりことやばかった。今の相手だって、一対一で戦って勝てるかと訊かれたら正直怪しい。勝ったとしても無事では済まないだろう。
 でも、お互いがお互いを一欠片たりとも信頼してないから、それぞれが暴走して結局足を引っ張り合ってしまう。一つ前に戦ったチームなんて、こちらがトドメを刺す前に仲間割れして自滅したほどだ。最初に戦ったバカップルが一番強かったぞ。
 なんにしてもこれで、個人個人で勝手に戦おうとするチームは運がよくなければ生き残れないことがわかったな。
「零児、次の地図が出たぞ」
 呼ばれて俺はそちらに視線をやった。銀細工のように輝く銀髪ポニーテールをふさぁと風に靡かせるセレスが、空中に表示された長方形の枠を見詰めている。
 枠の中には、これまで俺たちが通ってきたと思われる部分がマッピングされ、現在位置と、次に目指すべき方向が赤い矢印で示されている。これから先の未踏の地も細やかながら描かれているが、未だ全体の十分の一程度で他は真っ黒。この地図を全て埋めようと思ったら、最低でも十組は倒さないと無理だろう。
 こうやって勝ち進んでいるチームには行き先を示されるんだ。だから、全く戦うことなくゴールに辿り着くやつは恐らく出てこないだろうな。そういったところも、上がちゃんと調整してるみたいだ。
「思うんだが、この空間って絶対に学園の地下以上に面積あるよな。二時間歩いてまだ森を抜けねえし」
 ルール説明の時に見たゴールの風景は二箇所とも森じゃなかった。グランドキャニオンみたいな乾いた峡谷と、サバンナのような草原だったと俺は記憶している。
 異空間だからと言えばそれで終わりだが、もしかして俺らは同じ場所をひたすら歩かされているだけかもしれない。景色を作ってるものが〈現の幻想〉による幻だから、気づかれないようにいくらでも変化できそうだし。
「……気が滅入る」
「だとしても歩くしかないだろう。それより見ろ、零児。この先に湖があるらしいぞ」
「湖?」
 セレスが指差した地図の一点は青色の円形をしていた。川と思われる同じ色をした蛇行線がいくつも合流していることから、湖であることは確かなようだな。
「んじゃあ、そこで休憩にしようぜ。いい加減に疲れたし、喉もカラカラだ」
 幻の水でも、喉を潤した気分にはなれるさ。


 休憩所ってもんはどんなことをするにも必須だと思う。ぶっ通しで走らなきゃいけない長距離マラソンにだって給水所があるだろ? この対抗戦の予選も、適度な場所に休憩できるような環境が配置されていなけりゃおかしい。
 で、今俺の目の前にある湖がそれだったらしい。視界内に収まる程度の小さな湖だが、岸辺に立てられた木製の看板にこう書かれてたんだ。
『ここの水は本物です。ご自由にお使いください』
 水面は一体なんの光を反射しているのかキラキラと煌めき、水は透き通っていて冷たい。看板の横に紙コップが箱詰めされて積まれていることから、どうやら飲み水にもなるらしいな。助かったぜ。
「ほら、セレス」
 俺は早速二人分の紙コップに水を汲んで片方をセレスに手渡す。セレスは恭しくそれを受け取った。
「ありがとう。休める時にしっかり休むことは大切だな」
「そうだな。特にこういうサバイバル的な状況だとなおさらだ」
 もう三回も監査官のチームを相手にしたんだ、疲れてないと言えば嘘になる。ゴールに近づくにつれて鉢合わせる敵チームも強力になっていくだろうし、これからは体力を計算に入れて慎重に進む必要がありそうだ。
 コップ三杯の水分を補給し終えると、俺は「ぷはぁー」とビールを飲み干したサラリーマンみたいな息を吐いた。なんか無性に『生き返る』って言葉を口にしたい気分だ。
「もう少しここで休んでいこうぜ」
「あ、ああ、そ、それがいいな」
 ――ん?
 どこか挙動不審な返事に振り向くと、セレスはなにやらしきりに袖の臭いを嗅いだり、汚れを気にしたりしていた。
「なにやってんだ、セレス?」
「そ、その、ずいぶんと汗を掻いたし、汚れたなと思って」
 そういえば、あまり気にしてなかったが俺も汗だくでボロボロだな。強い敵が徘徊するダンジョンを攻略してるようなもんだから当然だ。……一度気にしたら制服のべたつきが激しく気持ち悪い。替えがあったら着替えたい。武装してるセレスなんか特にそうだろうね。
「零児、私は汗臭くないか?」
「そうか? 気にならないけど」
「う、気にならないってことは、やはり少しは臭うのだな……」
 あれ? なんでそんなマイナス思考なんだ? 全然臭くなんてないのに。寧ろいい匂いだと思うが……それを口にしたらヘンタイ扱いされそうなんで黙ってるけど。
「こんな時にどうかと思うのだが、少々、水浴びがしたい。零児、悪いんだが――」
「み、水浴び!? わ、わかった。俺はその辺に隠れてじゃなくて見えないところで敵が来ないか見張りをしてるよ」
「――気絶していてもらえないか?」
 チャキ。
 セレスが、聖剣の柄に手をかけた。
「俺ってそんなに信用ないの!?」
 心外だ! 俺は紳士なのに! ヘンタイという名はついてない紳士なのに! そりゃあセレスの裸に興味がないと言えば嘘になゲフンゲフン! 俺は紳士。俺は紳士。
「絶対に覗くんじゃないぞ。私はこんなことで予選敗退になるのは御免だ」
「つまり覗いたら俺が死ぬんですね」
 デュエットがソロになって反則負けなんですね。うん、落ち着こう俺。言ってる意味がわかりません。
 俺はそそくさと森の中へ逆戻りし、適当な木の陰で凭れ座る。直後に耳に届く、ガシャガシャという武装を解除する音。流石に衣擦れの音までは聞こえてこない、そんな距離。
 ……。
 …………。
 ………………。
 やばい、そわそわする。
 なにこの状況? どうしてこうなった?
 まだ予選は終わってないんだぞ。今水浴びをしたところで、どうせすぐに汚れてしまうことはセレスもわかってるはずなのに……これはたぶん、男にはわからんタイプのアレだろうね。
 バシャバシャ、と水が跳ねる音。
 セレス、泳いでるのか? ――いや、いつぞやにカナヅチだと言っていたからそれはない――って危ない! 意識がそっちに持って行かれる! よし、こういう時は九九を詠唱して魔神が召喚できるかチャレンジだ。
「いんいちがいち、いんにがに……」
        ・
        ・
        ・
「はちいちがはち、はちにじゅうろく……」
 三ループ目の八の段に突入。そろそろ魔神出てくんじゃねコレ?
 と、その時――

 ビュオォオオオオオオオオオオン!!

 雄叫びのような唸りを発し、気を抜くと飛ばされそうな突風が空間全体に浸透する勢いで吹き荒れた。巻き上がる砂や石に俺は思わず目を閉じ、腕で顔を庇う。
 敵襲か!? くそっ、セレスが無装備の今はマズイぞ!
 というか、セレスは大丈夫なのか? 心配になった俺は強風の中を懸命に立ち上がる。
 瞬間――ピタリ、と嘘だったかのように風が止んだ。
「え?」
 目を開けてみて俺は絶句した。
 深く薄暗い森の中だった周囲の景色が、小麦畑のような黄金色の原っぱに変わっていたからだ。腰の辺りまで背のある小麦だかススキだかよくわからない植物が、さらさらと微風にその穂を揺らしている。
「どういうことだ? まさか、どっかに転移したのか?」
 戸惑いながら周囲を見渡す俺は、十数メートルほど離れた場所に立つセレスと目があった。
 ――全裸の。
 雪のような白い肌にしなやかな曲線美。出るところは出て、引っ込んでいるところは引っ込んだモデル体型の彼女は、いつもはポニーテールに結った銀髪を下ろし、腕をクロスさせるようにして女子特有の柔らかな膨らみを隠していブハッ!?
「あ、あわ、あわわ……」
 かぁあああああああああああああああっ。
 タコが茹でられたように白かった全身を真っ赤に染め上げるセレス。そのまま涙ぐんだ表情で落ちていた聖剣を拾い、幽鬼のようなゆらりとした動きで俺との距離を詰めてくる。
「セレス、ちょっと待て! 不可抗力! これどう考えても不可抗力!」
「わ、わわわ」
「わわわ?」
「忘れろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!?」
 裂帛の絶叫と共に、ゴチィイン!! と俺は脳天に聖剣をぶち込まれて昏倒した。聖剣が鞘に入ってなければ死んでたぞ。

『あー、言い忘れていましたが、この空間内の風景は一定時間ごとに変動する設定になっています。なので最初に見せたゴールの周囲の景色を頼りに探しても無駄ですよぅ』
 天から降ってくるおっとり声が沈みゆく意識の中に届く。
 最初に、言って……。

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