シャッフルワールド!!

夙多史

二章 監査官対抗戦・予選(6)

 なんだろう?
 柔らかくて、優しくて、温かい。
 そんな心地よい感覚が頭の裏から伝わってくる。
「うっ……」
「零児、気がついたか」
 俺の視界いっぱいにセレスの安堵した表情が映った。学園の制服の上から武装した戦闘モードだ。……ああ、そうか。俺はセレスと監査官対抗戦に出てたんだっけ。
「あれ? 俺どうして寝てたんだ?」
「そ、それはアレだ。この空間はどうやら定期的に地形というか、風景が変わるらしいのだ。零児はその変動時に、なんというか、頭を打ってだな」
 わたわたと慌てたように手振り素振りで俺の現状を説明するセレス。あー、誘波がそういうことを追加で言ってたような言ってなかったような……なんだか記憶が曖昧だな。頭打ったせいか?
「なんか俺、意識を失う直前に大変なものを見てしまったような気が――」
「気のせいだ! 絶対に気のせいだ! だから気にするな!」
「え? どうしてそこまで強く否定なさるんですかセレスさん?」
 若干顔も赤いぞ。熱中症になりかけてなきゃいいが。
「とにかく、零児はもう少しそのまま横になっていた方がいい」
 少し恥ずかしそうに、セレスは俺から視線を逸らした。
「!」
 そこで俺は気づいた。セレスの顔が上に見えるってことは、頭の後ろにあたってる人肌のやーらかい物体はまさか――膝的な枕!?
「わっごめん! すぐ退くから!」
「いいからそのまま寝ていろ!」
 押し返された。
 ありえんくらい夢のシチュエーションなんじゃねえかこれ? こんなとこをクラスの誰かに見られたら戦争が勃発するぞ。俺VS世界で。
 だが、ここは監査官対抗戦の予選会場。クラスのやつと遭遇するとしたらリーゼだけだ。それはそれで別の意味の頂上決戦に発展しそうな気がするけど。
 天は相も変わらず吸い込まれそうな真っ暗闇で不気味なのに、後頭部から伝わる柔らかい感触はなんとも言えないほど心地がいい。周囲は森から景色が変わった黄金色の原っぱ。目の前には幻じゃないから変わらなかった小さな湖。天国と地獄の境目かここは?
「……」
「……」
 き、気まずい! 会話が途切れると恥ずかしさしか残らねえぞ!
「その、零児、少し話しておきたいことがある」
 と、沈黙に堪え切れなくなったのかセレスが口火を切ってきた。しかし視線は俺じゃなく前方の湖に向けられている。その瞳が、スカイテラスで一瞬見たのと同じ憂いの色を帯びていることに俺は気づいた。……ただの世間話ってわけではなさそうだ。
 俺は静かに深呼吸して心を落ち着かせ、膝枕されていることを一旦頭の外に放り投げた。
「賞品の剣の話とか?」
「いや、それとはまた別件だ」
 別件? あの剣以外でセレスがこれほど真剣でどこか寂しそうな目をすることなんてあったっけ?
「言おうか言うまいか迷っていたのだが、この際だから言うことにした」
 セレスは覚悟を決めるように一泊の間を空け、

「もうすぐ、私は自分の世界――ラ・フェルデに帰ることになるかもしれない」

 重大な内容を言の葉として紡いだ。
「……」
 ……俺は馬鹿か?
 あったじゃないか。セレスがそんな顔をする話が。
 普段あまり彼女の方から言わないから、失念しかけていた。
 セレスの一番の願いは帰郷だ。嬉しいはずなのに、なんでそんな悲しげな顔してるんだよ。
「夢を見たんだ」
 俺が黙っていると、セレスの方から続きを語り始めた。
「はっきりとは覚えていないが、陛下が私の夢に現れて、迎えに来ると仰られた」
「えっと、夢オチ?」
「真面目に聞いてくれ」
 俺は額に軽くチョップを食らった。軽くと言っても金属製のガントレットでやられたから普通に痛い。
「だけどな、夢に現れた王様が迎えに来るって言っただけで、現実でそうなるとは思えねえよ。正夢や予知夢って言葉もあるが、相手は次元の向こうなんだぞ。どうやって迎えに来るって言うんだ?」
 まさかこの世界に繋がる『次元の門』の出現を予測できるとも考えられんし。
「零児には信じられないかもしれないが、陛下は次元を渡る術を持っておられるのだ」
「なに?」
 次元を渡る術、だと? それって……
「ラ・フェルデもこの世界と同じで、異世界との繋がりが強いのだ。だからこそ、私はあの時、自分が異世界に飛ばされたのだとすぐに悟れた。〝魔帝〟と決闘したのも、陛下と同じ力を持つ悪意ある者が私を招いたのだと思ったからだ」
 割と常識人なセレスがすぐにこの世界に適応していった理由はそういうことだったのか。いや、そんなことよりも――
「その陛下ってやつは、本当に〝次元渡り〟ができるんだな?」
「私は何度も次元を渡られる陛下のお姿を拝見している」
「そうか、〝次元渡り〟の能力者がいるなら納得だ」
「零児、こんな突拍子もない話を信じるのか?」
「ん? ああ、昔ちょっといろいろあってな。そういう能力者がいることは知ってんだ」
 俺ははぐらかすように曖昧に答えた。〝次元渡り〟は俺にとっても、相棒だったあいつにとっても思うところがあるんだよ。
 幸いセレスは追及してこなかった。こちらの想いや事情を汲み取って、空気を読んでくれたんだ。
「とにかく、近いうちに陛下がこの世界に来られるはずだ。もしかしたら別れの挨拶もできぬまま私は国に帰ることになるかもしれない。だから、今、零児にこのことを伝えておきたかった」
「そっか……寂しくなるな」
 この監査官対抗戦が、セレスが異界監査官でいられる最後の時間なのだろう。剣のこともあるが、セレスは『今』の一瞬一瞬を大切な思い出として心に刻んでおきたいんだ。きっと。
 だとしたら、俺が腑抜けてちゃいけない。この対抗戦、絶対に勝ち上がってやる。
 俺は上体を起こす。今度ばかりはセレスも押し戻したりはしなかった。
「でもよかったな、セレス。帰れる可能性が生まれて」
「あ、ああ……そうだな」
「俺、手伝ってやるって言っときながらなにもできなかったな」
「そ、そんなことはない! 私は零児と出会えてよかったと思っている。……あっ、無論、他の皆もだぞ!」
「リーゼもか?」
「〝魔帝〟は別だ」
 そこはやっぱり嫌ってるんだな。時々仲よさそうに見えるんだけど、あれは俺の目の錯覚なんだろうか。

「おねえさまが、なんだってユゥ?」

「「――ッ!?」」
 闘気を孕んだ幼い声。直後、黄金色の草叢の中から二本のピンク色をした触手が飛び出した。
「アレは」
「零児、避けるんだ!」
 俺とセレスは同時に左右に転がってそれを避ける。さっきまで俺たちがいた場所にピンク色の触手が深々と突き刺さった。
 チッ。俺は唐突な敵の登場に舌打ちする。まったく、空気を読み過ぎだぜ。
 セレスと真面目な会話をしていたせいか、それとも膝枕で気が動転していたせいか、はたまた意識が完全覚醒してなかったせいか、とにかく俺は敵の接近に気づかなかった。腑抜けてる場合じゃないって決めたばかりなのに、なんて様だ。
 あのピンク色の物体に、独特の語尾をつけた喋り方をするやつを俺は一人しか知らない。
「マルファだな」
「よくわかったユゥ」
 ピンク色の触手が黄金色の草叢に引っ込む。そこから、ピンクブロンドの長いツインテールをした十歳くらいの女の子が立ち上がった。暖色系のワンピースに、紫に近い桃色のくりっとした大きな瞳をしている。彼女はセレスとほぼ同時期にこの世界へと迷い込んできた異世界人で、こんな愛らしい姿をしているが、正体は〝魔帝〟をも恐怖させるスライムという摩訶不思議な存在なんだ。
「お前、準監査官として教習中のはずだろ? なんで対抗戦の予選会場にいるんだよ?」
 見習いはいくら実力があっても参加できないのに。
 それに、マルファは一人だ。相方は隠れてるのかもしれんが、少なくとも他に気配は感じない。
 マルファは膨らんでるのかどうかもわからない胸を偉そうに張り、言う。

「マルファは、『えねみー』とかいう役なんだユゥ」

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