シャッフルワールド!!

夙多史

三章 監査官対抗戦・本選(4)

 いきなりでなんだが、俺は異界監査局という組織に精通しているわけではない。知らないことは円周率の十万桁目の数字はなんだと問われるくらいわからんし、知ってることは本当に些細な程度だと思う。
 つまり、異界監査局が所有するイタリアの円形闘技場コロッセオにも引けを取らないバトル施設の存在は知っていても、一体日本のどこに隠し持っているのかは見当もつかない。そもそも日本なのかも疑念すべき箇所だ。携帯も圏外だしな。
 昔、大闘技場の高所から辺りを見回したことがあるんだが、深森と山脈に囲まれていて集落の一つも見当たらなかったことを覚えている。アマゾンの奥地にでも行かなきゃこんな場所はないんじゃないか?
 地球観測衛星が高みの見物を決め込んでいる時代だ。こんな場所などとっくの昔に見つかっていなけりゃおかしい。
 と俺はそう思うわけだが、どうやらここには強力な『封印』が施されていて、普段は人が侵入することもなければ空から見つかることもないなんとも都合のいい地帯らしい。あ、これも知っているのは表面だけだぞ。なぜ封印されているのかまでは聞いたことすらないからな。
 まあ、今はそんな話なんてどうでもいい。白い部屋から強制転移させられた俺たちは、気づいた時にはこの世界文化遺産に登録を申請すれば二つ返事でOK貰えそうな大闘技場の対戦フィールドに出現していたんだ。
 次の瞬間――


 ワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!


 長径約二百メートル、短径約百六十メートルという楕円形のドでかい闘技場が、地鳴りが起こるほどの大歓声に包まれた。
 見回せば、対戦フィールドをぐるりと取り囲む観客席には甲子園の決勝時みたく大勢の観客で満たされていた。軽く万は超えてるんじゃないか?
 これは日本だけじゃない。世界中の異界監査局の局員や監査官、またはこの地球で暮らしている異世界人たちや、桜居のような『こちら側』を知る地球人が本選を観るために集ったのだ。こんなイベントをやってんのは日本だけだからな。
 開放されている天井部分には日除け処理が緻密に整えられており、観客席に真夏の直射日光が当たらないように設計されている。しかしこれだけの熱気を放出する観客席から熱中症患者が出ないわけがない。そこは抜かりのない監査局医療班が各所に待機していることだろう。
 恐らく、この観客たちの八割が『こちら側』を知る一般地球人と、監査局の保護を受けているだけの力なき異世界人で占められているはずだ。監査局員が残りのほぼ二割、余った0.なんちゃらパーセントが監査官って感じだな。
 もっと言うと、海外の監査局がこういう催しを開かない理由の一つに、希少な監査官を数日とはいえ担当地域から離れさせたくないってものがある。だから観客席にいる監査官たちは、予選敗退した日本の監査局所属のやつらでほとんどってことだ。
「壮観だな。ラ・フェルデの国立闘技場にも匹敵しそうだ」
 圧倒的な観客数に気圧されることなくセレスが感嘆する。もしセレスがこの場で武装制服ではなくメイド服だったら……羞恥心のあまり昇天しそうだ。無論、俺も女装姿でこの場に立たされたら腹切って死ぬ。迷いなく。
 現在、大闘技場では本選出場チームの簡単な紹介が行われている。ここが野球場だとすればスコアボードがありそうな位置に巨大モニターが設置されており、どこで盗撮したのか履歴書に貼っても恥ずかしくない顔写真がでかでかと表示されていた。今映っているあれは、銀髪翠眼の凛々しい美少女――セレスと、誰だあの鬱そうな面した冴えない野郎は? ……俺か。
「――って今思えば俺ら一番手じゃないか!? うわぁ、『見世物』って考えると盛り上げる自信ねえぞ」
「大丈夫だ、零児。戦闘が始まれば周りなど見えなくなる。気にせず自分のスタイルで戦えばいい」
「知った風に言うじゃないか、セレス。経験あるのか?」
「前に言わなかったか? ラ・フェルデでは聖剣十二将の互角試合がこういう見世物として行われるのだ。当然、聖剣十二将の私は出場経験がある」
 一回戦で敗れてしまったがな、とセレスは悔しそうに付け足した。

「その騎士チスの言う通りネ」
「客人なんてカボチャ思うといいアル」

 ぴょん。しゅたっ。
 軽業師のような動きで二着の赤いチャイナドレスが宙を舞い、俺たちの前に躍り出た。
 中国風狐耳少女の双子――第二十八支局代表、リャンシャオとチェンフェンだ。
 間違えないように確認すると、三つ編みポニーテールが姉のリャンシャオ、三つ編みツインテールが妹のチェンフェン……で合ってるはず。髪型まで同じだったら本気でどっちがどっちかわからないくらい、この双子は似てるんだ。
「そうか、あんたらが俺たちの本選最初の相手だったな」
 言うと、双子は狐耳をピコピコ動かした。うっ、やばい。触ってみたい……。
「最初の相手、はちょっと間違いネ」
「あん? なにがだ?」
 リャンシャオの発言に眉を寄せた俺に、チェンフェンがニシッと笑って答える。
「最初で、最後の相手アル」
 ……。
 この狐女ども、戦意剥き出しのギラついた目をしてやがる。やる気も自信も満々。こいつらだけに言えることじゃないが、間違いなく、予選で俺らが戦ったどの相手よりも強い。
 油断はできない。でも怯んだ様子を見せるわけにもいかんし、こちらもちょっと余裕ぶっとくか。
「あんたらが、俺たちに本気を出させるほどの相手だといいんだけどな」
 即興で考えた適当な台詞を聞いた双子は顔を見合わせ、同時に犬歯を剥いて笑い、声を揃えて言う。
「「面白いこと言うアル、レイ・チャン」」
「違う! その名前は決定的に間違ってる!」
「香港の人アルか?」
「違うっつってんだろ! えっと……ポニテだからリャンシャオか。俺は日本人とのハーフだっ!」
 ああ! 恐れていた事態が! あそこで観客たちに気前よく手を振っている着物のアホのせいで中国人と間違えられちまった!
「零児、動揺するな。確かにこの者たちは強いだろう。だが、我々も力を合わせれば負けることはない」
「うん、セレス、いいこと言ってるけど俺の心境は読み間違ってるからね」
 俺たち、実はぐだぐだだな。対する双子は会話を引き継いだり一字一句同じこと言ったりと、どうもお互いの心が強く通じ合っている。激しく不安になってきた。
「負けはしない、ネ。レイ・チャンの相棒トンフオは自信過剰アル」
 お前らが『自信過剰』とか言うな……えっと、チェンフェンか。
「事実を言ったまでだ。我々は負けない」
「へぇ、じゃあニーはどんな武器使うヨ?」
「見てわかるだろう? 剣……ッ!?」
 ニシシ、と悪戯っ子ぽく笑うチェンフェンに訊かれたセレスは、背中に手を回して絶句した。俺も思わず目を丸くする。

 聖剣ラハイアンが、消えていた。

 いやそれはおかしい。ここへ転移して来た時には確かにセレスは背負っていた。その辺に落としたのかと思って俺は地面を探したが、学校のグラウンドと同じ砂が敷き詰められているだけでなにも落ちていない。
「探し物はこれアルか?」
 シャリリ。鞘と刃が擦れ合う音が聞こえた。
 バッ! と俺とセレスは地面から視線を前に戻す。そこには、自身の身長よりも長い剣を、敵将の首を討ち取った足軽兵よろしく片手で掲げるリャンシャオの姿があった。
 い、いつの間に?
 この狐女、なにをやったんだ?
 俺もセレスも、盗られたことに全く気づかなかったぞ。
「二人ともキツネにつままれた顔してるアル」
 俺らを馬鹿にしてケラケラ笑うチェンフェン。
「綺麗な剣アル。是非コレクションに加えたいネ」
 うっとりと聖剣を見詰めるリャンシャオ。
「か、返せ!」
 我に返ったセレスがリャンシャオからラハイアンを引っ手繰る。意外にも素直に返してくれたことに俺は驚きつつ、
「あんたらも、賞品の剣を狙ってるのか?」
 剣をコレクションしてるみたいだから訊いてみた。もしもそうなら一層負けるわけにはいかないな。
「そうアル」リャンシャオはコクンと頷くが、「でも、第二候補ネ」
「第二候補?」
 賞品はチームに一つではなく二つまで選べることになっている。そうしないと余計な争いを生みかねないからだ。だから第一も第二もそんなに変わらんと思うが……。
「剣集めが趣味なのはリャンシャオだけヨ。ワタシたちは姉妹で同じ物を狙ってるネ」
 それは、と溜めを作り、双子の狐耳姉妹は恍惚とした表情で同時に口を開いた。

「「世界の高級食材盛り合わせ!!」」

 キャー、と『言っちゃった』的にテンションを跳ね上げる姉妹。
「見たことない食材いっぱいあったヨ!」
「満漢全席作るネ! あれ夢だったネ!」
「腕の見せ所アル!」
「んん~、楽しみ過ぎて妄想が止まらないヨ!」
 ……あ、そっすか。
 一気に心がドライになった俺は、両手を頬にあててあれやこれやを想像している彼女たちをジト目で見詰める。声も同じだからどっちがなにを喋ってるのかさっぱりわかんね。
 と、そうこう騒いでるうちに開会式(?)が終わったようだ。
 適当に時間を過ごしていた予選通過者たちに誘波がふわふわした笑顔を向ける。
「では、皆さんは一度選手控室に入ってください。その後すぐに一回戦第一試合を開始しますので、レイちゃんチームとリャンフェンちゃんチームは準備をお願いします」
「「名前混ざってるネ!」」
 軽くショックを受けたらしい双子の同時ツッコミは笑顔で風に流し、誘波は続ける。
「なお、一回戦第三試合以降はお昼休みを挟んで午後二時からとなります。午前中に試合のない方々は、控室後方にある転移魔法陣で学園に戻っても構いません。ご自由に過ごしてくださいね」

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