シャッフルワールド!!

夙多史

三章 監査官対抗戦・本選(8)

「あのう、セレスさん? そろそろ機嫌直してもらえないでしょうか?」
「ふん、知るものか。零児などデポトワールの海溝に沈んでしまえばいいんだ」
「ラ・フェルデ用語を出されても困るんですけど……」
 大闘技場の選手控室の片隅で、珍しく頬をぷっくり膨らませたセレスがツンとそっぽを向いた。
「ていうか、そんなに拗ねることなのか?」
「別に拗ねてなどいない。ただ、私がフリフリの可愛いドレスを嫌々着せられて給仕をしている間に、零児は〝魔帝〟と楽しんでいたのだろう? 相棒の私は放ったらかしで。それがなんというかその、気に入らないだけだ」
「やっぱり拗ねてるんじゃないか。俺が悪かったよ。綿飴あげるから許してください」
「そんなものに釣られるものか! 私を〝魔帝〟と一緒にするな!」
「とか言いながらちゃっかり受け取ってるし」
 セレスは俺に背中を向けて、はむっ、と焼け食いするように綿飴に食らいついた。「ん、甘い……」と感動の呟きを漏らしたことは聞こえなかったことにしよう。
 なんとなく、今これ以上つついたら聖剣で斬られそうだ。しばらくそっとして落ち着くのを待った方がいいかな。
「はぁ、明日までにはなんとかしねえと」
 大きな溜め息をついて俺は控室の外に出る。今からでも一緒に学園祭を回っていろいろ奢ってやれば少しは機嫌直してくれるかもしれないが――

 リーゼたちの試合は、既に始まってるんだ。

 俺は全ての試合を観るつもりでいる。優勝を狙うからには、敵情視察を怠るわけにはいかないだろ。
 特に、俺らの前にゴールしたっていう、第四十四支局の仮面野郎と布巻き女の試合はな。
 ベンチにも座らずに悠々と試合見物を決め込むそいつらは、暗闇の中で影魔導師である迫間と四条を倒している。下手すればグレアム以上に油断ならない相手だ。
 まあそれは俺の思い過ごしで、あっさり一回戦落ちするかもしれん。それならそれで、あの鷹羽の兄妹弟子らしい赤毛女のチームを警戒するだけだ。
 とりあえず今は、リーゼたちの試合に集中しよう。

 試合が始まってそれなりに経過しているが、趨勢はどちらにも傾いていなかった。
「いい加減に燃えなさいよ!」
 リーゼは突き出した掌の先に中規模魔法陣を展開、そこから焦熱の黒炎流を放射する。
「おチビちゃんはとんでもない量と質の魔力を持ってるようだけど、それ故に力技にばかり偏ってうまく扱い切れていない。だからこそ――」
 リーゼと対する薔薇服の優男――第六支局代表のルノードは、迫る〝魔帝〟の炎をフランベルジェの波打つ刃で掬い上げるように薙いだ。
「――簡単に絡め捕れる」
 そのフランベルジェに、ルノードを食らうはずだった黒炎が綿飴の製造過程のように巻き取られた。
「返すよ」
 黒炎を纏ったフランベルジェが振り下ろされる。完全にルノードの支配下に置かれた黒炎が刃から離れ、怒涛と化してリーゼを襲う。リーゼはその場を動くことなく、ただ腕を払っただけで自分の炎を打ち消した。
「フン、わたしの炎でわたしが燃やせるわけないでしょ」
 くだらなそうに鼻息を鳴らすリーゼだったが――
「……知ってる」
 額にある第三の目だけを見開いた美女――ラシュリーが突撃を仕掛けてきた。カールスタイルの金髪を靡かせ、お姫様ドレスを着ているとは思えない駿足で一息にリーゼとの距離を詰める。
「レランジェ」
「了解です、マスター」
 主の声に従い、今まさにリーゼの首根っこを鷲掴もうとしていたラシュリーの腕を、駆けつけたレランジェが弾いた。
「……邪魔」
 ラシュリーは両掌に黒紫色の球体を生成してレランジェに放つ。エネルギーが渦巻いているような球体。感じからして魔力の塊だ。それも相当な量が凝縮されている。少しでも触れればただでは済まないぞ。
 しかし、その魔力弾もリーゼの炎に呆気なく焼き消される。
 飛び退くラシュリー。入れ替わりにルノードが入ってフランベルジェを振う。
 魔工機械のレランジェが剣を腕で防ぎ、その陰からリーゼがいくつもの黒炎弾を射出させる。だが、全ての黒炎はルノードが一睨みしただけで明後日の方向へと逸れてしまった。
「無駄だよ。僕の術式が発動している限り、君たちの手から離れた〝意思ある力〟が僕に届くことはない」
「ふぅん、よくわかんないけど面白いじゃない」
 瞬速で振るわれるルノードの剣を飛んで跳ねてかわしながら、リーゼは笑っている。楽しそうだな。俺にはない感覚だ。
「マスター、目です。両目に術式が刻まれています」
「おやおや、もうバレたみたいだね」
 ルノードは身体を後ろに反らしてレランジェの手刀を避ける。俺からは見えないが、粘っこい笑みを浮かべるやつの両目に術式があるらしい。瞳に魔法陣でも描かれているのだろう。
「……ルノード、蹴散らさすから離れて」
 急激にラシュリーの魔力が高まるのを感じた。瞬間、ぼこりと彼女の足下の地面が盛り上がる。隆起する土塊は対戦フィールドの三分の一を日陰にするほど巨大化し、目に見える速度で形を変えていく。
 逞しい二本足に反して両腕は細く、地面をのたうつ尻尾は丸太よりも太い。鋭い牙の並んだ大口は鋼鉄ですら噛み砕きそうで、大きく広げられた巨大な双翼が西にやや傾いた太陽を覆い隠している。
 全体的にトカゲに似たフォルム……いやいや、ドラゴンってアリかよ。
「あはっ! イヴリアでよく狩ってた一番強い魔獣に似てるわね」
「見かけ倒し安定です」
 土塊のドラゴンが繰り出す踏みつけを、バックステップで難なくかわすリーゼとレランジェ。続いて振り回されたテールアタックもその場で飛んで回避する。いきなり登場したドラゴンに驚愕したのは俺と観客くらいかよ。
 あのドラゴンの土人形は、頭に乗っているラシュリーが魔力を注いで動かしているようだ。一般的なイメージとは違うが、ゴーレムの一種と見て間違いない。ここでこんな切り札級のものを出したということは……ついに勝負をかけてきたな。
 バチィ!!
 スパーク音が轟く。ドラゴン・ゴーレムの足下で青白い光が閃いたかと思えば、光線状のプラズマが落雷のような轟音を発して迸った。それはドラゴン・ゴーレムの胴体を貫通し、その巨体をガラガラと崩壊させる。
 レランジェの魔導電磁放射砲だ。また威力上がってないか? 電気技は地面に効かないってルールは完全無視かよ。てかこれじゃドラゴンが呆気なさ過ぎだろ。
「……嘘?」
 ドラゴンだった土塊の山に生き埋めにされていたラシュリーが、ゾンビのように這い出てきた。第三の目が驚愕に見開かれている。
「……何者?」
「魔工機械安定です」
 素っ気なく答えたレランジェは、その右手に備えた兵器の照準を再びラシュリーに合わせ、
「トドメです」
 容赦なく、もう一発ぶっ放した。あれだけの威力を誇るのになんつう充填速度だ。
「させないよ」
 間に割って入ったルノードがフランベルジェを横薙ぎし、青白いプラズマ光線を真横に弾いた。軌道を変えられた魔導電磁放射砲は、観客席の直下の壁にぶつかって消える。
 これは俺の予想だが、ルノードの術式は視界に捉えたあらゆる攻撃に対し、そこに込められた意思を乗っ取って攻撃自体の方向を捻じ曲げるのだろう。でも意思の塊である〝人〟そのものには効果がなく、強力な攻撃だと乗っ取れたとしても操るまでには至らない。その欠点を補助するために使われているのがあのフランベルジェ。そんな感じかな。
 ラシュリーは先程のドラゴン・ゴーレムのように、魔力を流した無機物を自在に操れるといったところか。魔力弾を撃てるほどの魔力制御能力もある。
 どちらも強い。特にルノードはリーゼたちにとって相当厄介だぞ。
「立てるかい、ラシュリー?」
「……平気」
 ルノードはお姫様にするような仕草でラシュリーに手を差し伸べる。なんかレランジェ辺りから忌々しげな舌打ち音が聞こえたのは、俺の耳が過剰反応しているせいかもしれん。
「……ルノード、あの二人、強い」
「だね。だけど心配はいらないよ。君がその目を開くような事態にはならない」
 気障っぽい口調で優しくそう語りかけ、ルノードはラシュリーを立たせる。気になること言ったな。目が開くとどうなるんだ?
「マスター、まずはあの女から狙う安定……マスター?」
 倒し易い方から確実に潰していこう、そんな作戦を持ちかけようとしたレランジェだったが、隣にいたはずのリーゼは忽然と姿を消していた。
 ルノードの背後の空間が、突如として黒く炎上する。
「転移!?」
 ルノードが気づいた時にはもう遅い。黒炎から飛び出したリーゼが、紅い瞳を楽しげに煌めかせてルノードの美麗な横面に爪先を食い込ませた。アクロバティックなジャンピングキック。無論、そのミニあんよは黒々と燃える灼熱の業火を纏っていた。
「がはっ!?」
 吐血し、機関車のように顔から煙を吹きながら地面と水平にぶっ飛ぶルノード。と、その先にすかさず回り込んだレランジェが片足をすっと上げ――
 ――ドゴン!
 大地が罅割れるほどの踵落としを、ルノードの頭部にお見舞いした。
 スカートなのに自重してもらいたい。いや、別にあいつのなんて見たくもないんだけどさ。――ってそうではなく!
 ……死んだろ、アレ。
 土煙で見えないけど、頭とかグシャッてなってないだろうな? ザクロの果実を踏みつけたみたいに。やば、想像したら吐き気が……。
 俺がつい片手を口にあてたその時、土煙の中からむくりと人影が起き上がった。
「なぜ、立てるのですか?」
 身構えるレランジェに、頭から血を流すルノードがニヤッと嗤う。
「生憎と、僕は普通の体ではなくてね。ある程度の傷ならすぐ治癒する。そういう術式を魂に刻んでるのさ」
 超速再生能力だと? 妖怪かあいつは? でも、フラついているところを見るにノーダメージってわけではなさそうだな。
「刻印魔術師。それが僕の肩書きでね。形のあるなしに問わず、いろんなものに術式を刻んで使役できるのさ。ああ、安心するといい。刻印術には手間がかかるからね。即席で編んだ術式を臨機応変に戦闘で使えるわけじゃないんだよ」
 とか言っておきながら、恐らくはいくつもの刻印を前もって準備しているはずだ。あの両目やフランベルジェ然り。
「ついでに言うと、僕の魂はとある場所に預けてある。そうしないと体が術式に堪えられないからね。よって、僕は死ぬこともない。遠慮せず全力を出すといい」
 超速再生に加えて不死身って……誰だよあんなチートを対抗戦に参加させたやつは!
「よく喋りますね。余裕安定ですか? あなた様の体がどうだろうと関係ありません」
 レランジェは落ち着いたいつもの無表情でそう返した。
「なんだって?」
「この戦いは相手を戦闘不能にすれば勝利安定です。いくら死なない体で再生ができるとはいえ、見たところ痛みや疲労などは残るようですね。殺せなくとも倒せないわけではない、レランジェはそう考えます。要は――」
「燃やせばいいのよ!」
 リーゼの声は空から響いた。
 見上げれば、もがき暴れるラシュリーをふん捕まえたリーゼが落下していた。黒炎の転移で上空に移動したのだろう。
 なんのために?
 決まっている。その手に捕まえている三眼の美女を地面に叩き落とすためだ。リーゼが転移をあんな風に使うとは……誰の入れ知恵だろうね。
 案の定、リーゼはラシュリーをルノード目がけて放り投げた。さらにそこへ特大の黒炎を追撃で放射する。え、えげつねぇ。
「ラシュリー!?」
 ん? ルノードの表情が一変したぞ。
 とんでもない跳躍力で飛び上がったルノードがラシュリーを受け止め、フランベルジェを構えて切迫する黒炎の奔流を睨みつける。だが――
「――なっ!?」
「……っ!?」
 絶句するルノードとラシュリー。それもそうだ、リーゼの黒炎は一方向だけじゃない。周囲の空間に無造作に展開された数多の魔法陣から射出されてるんだ。
「大丈夫、殺しちゃダメだから手加減はしてるわ」
 レランジェの隣に転移したリーゼが小悪魔的笑みで言った。やってることは悪魔でさえ泣いて謝りそうだけど。
 空を黒く塗り潰す炎から、ぼとり、と焦げ臭そうな塊が落ちてくる。
 かろうじて原型を留めている状態のルノードは……すげーな、あんな状態でも生きてるよ。意識はないみたいだけど。
 待て、ラシュリーがいないぞ。空の黒炎は晴れたが、そこにも当然存在してない。まさか焼滅させたんじゃなかろうな?
 俺だけでなく観客たちからも不安の気配が伝わる中――ヒラリヒラリ。
 ルノードが装着していた真紅のマントが舞い落ちてきた。どこにも焦げ跡すらないマントが地面に触れた瞬間、光輝く紋章のような図がそこに浮かび上がった。あれは、ルノードの刻印術か?
 すると、輝く紋章から紫色の豪奢なドレスが吐き出される。ラシュリーだ。どういう理屈かは知らんが、マントに仕込まれていたルノードの刻印術で一時的に別空間にでも退避していたのだろう。
 額の目で無残に転がるルノードの姿を確認したラシュリーは、静かにリーゼを見やる。降参するのかと思いきや――

 カッ!

 今までどんなことがあろうとも閉じられていた両目が、大きく開眼した。
 額の目は青い瞳をしているが、開かれた双眸は黒紫色の輝きを不気味に放っている。彼女の表情からはどことなく怒りが滲み出ていた。
「マスター、警戒安定です」
「フン、やっと本気ってことね」
 好戦的な紅眼で睨み返すリーゼ。と、その小さな体からなにやら煙状の輝きが漏れ始めたぞ。リーゼには似つかわしくないどこか神聖な雰囲気を持つその光は……ラシュリーの掌に凝集されていく。
「え? なにこ……れ……」
 くらり。
 あれだけ元気いっぱいだったリーゼが、突然地面に突っ伏した。
「マスター!?」
 珍しく動揺を見せたレランジェが主の体を抱き起す。既にリーゼから漏出していた輝きは収まり、全てラシュリーの掌に集い球状の光となっている。
 どうなってんだ? あいつはなにをしたんだ?
 やがてレランジェが顔を上げる。視線を向けたのはラシュリーではなく、モニターの下に設置された実況席にいる誘波だった。

「マスターが、息をしていません。心臓も停止しています」

 ……へ?
 俺はレランジェの言葉をすぐには理解できなかった。
 息もなく、心臓が止まっている。つまり――
 リーゼが、死んだ。いや、殺された。
「あいつやりやがったッ!」
『止まってください、レイちゃん!』
 勢いのまま対戦フィールドに飛び出そうとした俺に、誘波からいつになく強い口調でストップがかかった。
 観客たちも騒然としている。
『ラシュリーちゃん、どういうことですか?』
 再び両目を閉ざしたラシュリーに、誘波が実況席から問い詰めた。
「……大丈夫。死んでない」
 ラシュリーは若干申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
「……魂を抜いただけ。仮死状態。戻せば生き返る」
 魂を、抜いた? なにを言ってるんだあの女?
「彼女は〝魂吸の魔眼〟っていう特殊な目を持っていてね。その両目で見詰め合った相手の魂を問答無用で抜き取ってしまうんだ」
 だいぶ自己再生の進んだルノードが意識を取り戻し、倒れたまま説明する。
「抜き取った後の魂は制御できるけど、抜き取ること自体は本人の意思じゃどうにもならないらしいよ。だから、ラシュリーはいつも両目を閉じてるんだ。それと、僕の魂は彼女に預かってもらっている」
 そうか、だからあの時、血相を変えてラシュリーを死守したのか。魂のないルノードが動いているのは、なんらかの刻印術なのだろう。
 なんだろうと、リーゼが助かると知ってどうやら俺の中で爆発した激情は落ち着いたようだ。自分でも不思議なくらい怒ったと思う。
 にしても、仮死状態。これは殺害にカウントされるのかね?
 誘波の判断は、
『それなら問題ないですね。試合を続行してください』
 だと思った。
「いや、僕は降参するよ。おチビちゃんの炎で受けた傷は治りが遅いみたいで、しばらく動けそうにないからね。それに、ラシュリーに目を使わせるつもりはなかった。アレは殺したのと同じだよ」
『よろしいのですか、ルノードちゃん?』
「ああ、対抗戦には第六支局長の出世のために参加させられたようなものだしね。僕に未練はないよ」
 賞金は惜しいけど、とルノードは少し悔しそうに付け加えた。
「……降参。この目は、機械には効かない」
 両目を閉ざしたラシュリーも諸手を上げた。このまま戦ってもルノードは動けないし、ラシュリーだけではレランジェに勝てないだろう。賢明な判断だな。
『わかりました。では、三回戦はリーゼちゃんとレランジェちゃんのチームの勝利です』
 誘波が勝敗を宣言し、歓声が沸く。その後、ラシュリーは掌上に浮かばせていたリーゼの魂を体に戻してくれた。
 リーゼはすぐに生気を取り戻した。けれど意識はまだなく、ルノードと共に医療班に運ばれていった。レランジェとラシュリーもそれに同行する。
「ちょっと心配だな。あとで様子を見に行くか」
 言いつつ、俺は視線だけを横にずらす。そこには、リーゼたちの試合をなんの感慨もなく観戦していた二人組がいる。
 漆黒鎧の仮面の騎士と、布巻き少女。カルトゥムとゼクンドゥム、だっけ?

 リーゼの様子見は次の試合が終わってから、になるな。

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