シャッフルワールド!!

夙多史

三章 監査官対抗戦・本選(9)

 監査官対抗戦・本選――一回戦第四試合。
 対抗戦二日目のラストを飾るのは、第三十二支局代表チームと第四十四支局代表チームの試合……のはずなのだが。
 第四十四支局の二人は既に配置についているけれど、第三十二支局の二人が一向に現れない。控室にもいなかった。というか、まずあのヴィルゲルムとかいうロボットが控室に入らないんだ(乗ってる赤ちゃんの名前ではないはず)。
 とっくに試合開始時間は過ぎている。このまま遅刻で不戦敗なんてマヌケなことにならないだろうな?
 俺がいい加減にその可能性を危惧し始めた時、空からロケットエンジンのような噴射音が聞こえてきた。
 ような、じゃないな。本当にロケットエンジンを翼みたいに背部に取りつけた人型ロボットが、ゆっくりと対戦フィールドに舞い降りてきたんだ。胸部にあるコックピットには、いつ「オギャー」と泣き出してもおかしくない赤ん坊がキリっとした表情で操縦桿を握っている。そしてロボットの肩には、くすんだ赤毛を後ろで束ねた黒ロングコートの女が立っていた。そいつは血色の刃をした大鎌を担ぎ、鋭い目つきを対戦相手に投げつけている。
 第三十二支局代表――ヴィルゲルムとウェルシー・ホーネッカー。遅刻した上に派手な登場しやがる。
『遅れてしまい申し訳ありません。ホーネッカー氏の捜索に手間取っていました』
 とても赤ちゃんとは思えない知的ボイスがロボの口辺りから響く。
「てめっ、ヴィルゲルム! 余計なこと言ってんじゃねえよ!」
『謝罪と遅れた理由ははっきりと述べるべきです、ホーネッカー氏』
 赤ちゃんに言い包められた成人女性は、くそっ、と悪態をつきながらロボの肩から飛び降りた。
『法界院氏、我々は失格になっていたりするのでしょうか?』
『あと五分遅れていたらそうなっていましたねぇ。セーフですよ、ヴィルゲルムちゃん』
『寛大な処置、感謝します』
 深々と実況席に向けて頭を下げるロボット。その下の赤毛女はバツが悪そうに鼻を鳴らしていた。お前が一番謝るべきだろ、と誰もが思ってるだろうね。
 と、第四十四支局代表の片割れ、布巻き少女・ゼクンドゥムが「キヒッ」と不気味な笑い声を漏らす。
「あんたら、そのまま遅刻して失格になった方がよかったんじゃない?」
「ああん?」
 あからさまな嘲笑を受けたウェルシーが額に青筋を浮かべて睨み返す。殺気が刃物のように研ぎ澄まされていて、気の弱い人間だとそれだけで失神、下手すれば心拍停止に陥りそうだ。
 大闘技場に一瞬の沈黙が下りる。
『それではお待たせしました。これより一回戦第四試合を始めたいと思います』
 誘波が開戦をアナウンスで告げ、空砲の花火が打ち上がった。実況席上のモニターに『BATTLE START』の文字が派手なアクションで表示される。
 先に動いたのは、第三十二支局の二人だった。
「やれ! ヴィルゲルム!」
『イエス。モードFOSを発動します』
 ガコン! ヴィルゲルムの両肩部分が開き、そこから四本のミサイルが天に向けて発射された。どこ狙ってんだと思ったが、俺はすぐにミサイルの役割を知った。
 上空で弾けたミサイルが、黒い粒子状の物体を拡散させて雲一つない青空を覆ったからだ。範囲は大闘技場を中心に半径一キロくらいか。普通の暗雲が太陽を隠すよりも暗い影が大闘技場を支配する。
 モードFOS。フィールド・オブ・シャドー。たぶんそんな感じだろうね。影魔導師のウェルシーがどうやって戦うのかとずっと疑問だったんだが……なるほど、日の下で戦えないなら、戦えるフィールドを変えてしまえばいいってことか。
 影魔導師は周囲に満ちた〝影〟を繰り、練り、操って戦う。しかし実態は、影を通してこの世界の別空間に存在する異世界――『混沌の闇ケイオス・ダーク』に干渉し、その混沌を抜き取って形ある情報を与え使役する。それが〝影霊女帝〟望月絵理香から聞いた影魔導師の力の真実だ。
 ウェルシーの足下から霧状の闇が噴き上がる。次の瞬間、ウェルシーはゼクンドゥムの背後で大鎌を振り被っていた。
 闇を纏い、黒いコートをはためかせ、大鎌を握る姿はまるで死神だ。ウェルシーは一片の容赦もなくゼクンドゥムの小柄な体を両断せんと凶刃を振う。
 だが、その刃は間に割って入った片刃の長大剣で受け止められた。漆黒鎧の仮面騎士――カルトゥムだ。
 耳を劈く金属音。衝撃が広がり粉塵が舞う。
 血色の大鎌に〝影〟が付加する。
「おらぁあッ!!」
 ウェルシーが裂帛の気合いと共に大鎌を振り切る。カルトゥムの剣が弾き返され、さらに〝影〟の衝撃破が第四十四支局の二人を薙ぎ飛ばす。
 しかし猛攻はまだ終わらない。ウェルシーは大鎌を片手に持ち直し、空いた方の手に〝影〟を集わせる。半液体状に見える純黒の物体が一瞬で帯状の形を成し、別々の方向にぶっ飛んでいる二人に絡みついた。
 影魔導術――〈束縛チェイン〉。四条の十八番だが、流石のあいつもあんな速度で術は使えないぞ。
「ヴィルゲルム!」
『イエス』
 ヴィルゲルムが〝影〟の帯に捕らわれている二人に両掌を翳す。その腕がガシャガシャガコンと組み変わり、大砲の砲口に似たフォルムへと変形した。
『高圧エネルギー噴射砲、発射』
 両腕の砲口から、一言でわかりやすく表すなら『ビーム』が飛び出した。おいおい、生身の人間にそんなSF兵器使うなよ。
 闇を切り裂く二条の閃光が二人を呑み込まんと奔る。〈束縛〉が光によって掻き消されるが、その時にはもう避けられる距離ではない。
「――くだらぬ」
 カルトゥムは両手持ちした片刃の長大剣を右肩上がりに、剣尖が下に来るように構え――
 ――ヴィルゲルムの放ったレーザービームを、たったの一閃で両断した。
 う、嘘だろ。光を斬るとかどんだけだよ。
 ゼクンドゥムは? と見れば、彼女の姿は影も形もなかった。光線を食らって消し炭になったのかと思ったが、違う。
「ちょーっとボクたちを舐め過ぎなんじゃないの?」
 身に纏った白い長布を風に靡かせるゼクンドゥムは、ヴィルゲルムの頭部に寛ぐようにして腰かけていた。一体いつの間に? あいつも転移ができるとか?
 ゼクンドゥムに気づいたヴィルゲルムが腕を人の手に戻して彼女を掴み取ろうとする。だが、ゼクンドゥムはふわりと空中に浮かぶと、嘲笑いながらヴィルゲルムの手を避けていく。顔に集るハエをなかなか払えない猿みたいだ。
「澄ましてんじゃねえよ! とっととくたばれ!」
 ヴィルゲルムが鬱陶しく纏わりつくゼクンドゥムを相手している間に、ウェルシーの大鎌とカルトゥムの長大剣が再び激突した。
 首を刈り取る勢いで振るわれる血色の刃を籠手で受け止め、カルトゥムはもう片手で握った長大剣を横薙ぎ。半円を描く刀身をウェルシーが避けたところに、薙いだ勢いを殺さぬまま大上段から叩きつける。
 ガィン! ウェルシーは大鎌の背でそれをガード。足下が陥没するほどの威力だったが、ウェルシーはなんともないように持ち堪えている。
 そのまま〝影〟の転移。
 カルトゥムの背後を取り、袈裟薙ぎに大鎌を振り下ろす。しかしその不意打ちもあっさり剣で防がれてしまった。
 ウェルシーがニヤリと笑う。瞬間、彼女の足下から〝影〟の槍が突き出した。
 それはカルトゥムの腹部を狙った刺突だったが、紙一重でかわされ鎧の一部を砕いただけで終わった。
「チッ」
 舌打ちし、ウェルシーは後ろに大きく飛び退る。それから周囲の〝影〟をありったけ集わせ、その場で大鎌を薙ぐ。すると、三日月状をした黒き大刃が無数にカルトゥムへと殺到した。
 仮面をしているから表情は読めないが、カルトゥムは特に焦った様子も見せず〝影〟の刃を捌いていく。
 そこに――
「死ね」
 ウェルシーが、やっちゃいけない発言をして大鎌を地面に突き刺した。
「――ッ!?」
 刹那、カルトゥムの周囲、四方八方の地面から〝影〟の刺が幾本も突出した。瞬きする間に黒い剣山ができ上がる。
 カルトゥムは……串刺しになっていた。いくつもの刺が漆黒鎧ごとその大柄な体を貫き、大量の血が流れ落ちている。けど、巧みに急所だけは外しているな。まだ死んじゃいない。
 鷹羽の兄妹弟子なだけあって〝影〟の操り方が相当に上手い。望月絵理香と比べても遜色ないんじゃないか?
「おい、離せよ!」
『ノー。お断りします』
 向こうもようやくヴィルゲルムがゼクンドゥムを捉えたようだ。巨大ロボは防御力皆無そうな布巻き少女を潰さない程度に力強く握り締め――
 ――地面に思いっ切り叩きつけた。
 大地が揺れたぞ、今。大丈夫かよ。
 カルトゥムもゼクンドゥムも完全にノックアウトしている。特にカルトゥムは早く治療しないとマジで死んじまうぞ。
 てか、負けたな。第四十四支局。あっさりってわけじゃなかったけど。
 まあ夜闇ほどではないにしろ、この影が満ちた戦場で一流クラスの影魔導師相手にここまで動けたのだから大したものだ。影魔導師としては二人で一人前の迫間と四条に勝つことも、全く不可能ってわけじゃなさそうだな。
 実況席の誘波が状況を再確認し、マイクを握る。
『一回戦第四試合はウェルシーちゃんとヴィルゲルムちゃんの勝――』

 ピキッ。

 え?
 その時、俺の視界が罅割れた。比喩ではなく、本当に目の前の景色に亀裂が走り、ガラスが砕けるように一気に瓦解したんだ。
 な、なにが……。
 なにが起こったんだ?
 わけがわからず頭がくらっとする。砕け散った後の視界には、元の変わらぬ闘技場の景色が広がっている。
 だが、決定的に違う箇所が一つだけ映っていた。

「あ……がっ……」

 女性の呻き声。
 そこには、血塗れになったウェルシーがカルトゥムにアイアンクローを食らっている姿があった。
 視線を左にシフトさせると、ガラクタのように動かなくなったヴィルゲルムが倒れている。その背には、ゼクンドゥムが白布をはためかせて超然と佇んでいる。
「なんでだ。さっき、あいつらが勝ったじゃないか……?」
 困惑しているのは、どうやら俺だけじゃないらしい。この場にいるカルトゥムとゼクンドゥム以外の全員が俺と同じ光景を、つまりウェルシーたちが勝利した直後に視界が砕ける様を見たようだ。
「キヒッ。やあ、観客の皆さん。ボクの夢からは覚めたかな?」
 ゼクンドゥムが得意げに笑ってそう言った。完全に人を馬鹿にした笑みだ。
 夢……だと? そんな馬鹿な。俺はずっと起きていたはずだ。
「幻術、ではないのか?」
 俺の隣で観戦していたセレスが呟く。
「ラ・フェルデにも多少なりそのような術者がいる。今のはなんとなくだが、その手の力と似ていた」
 セレスは難しい表情をして腕を組んでいる。幻術について考察しているのかと思ったが、セレスの視線はカルトゥムを捉えているようだった。さっきの台詞からして、幻術をかけたのはゼクンドゥムと思われるが。
「あの剣技……まさか……いやそんなはずは……」
 なんかセレスは聞き取り難い声でぶつぶつ言っているな。三回戦前の不機嫌さはどこかに吹っ飛んでしまっているご様子。そんなにあのカルトゥムが気になるのか? まあ俺も気になってるけど。

『い、一回戦第四試合はカルトゥムちゃんとゼクンドゥムちゃんの勝利です』

 今度こそ誘波がジャッジを告げ、対抗戦二日目はなにがなんだかよくわからないまま幕を閉じた。
 観客たちがいそいそと退散していく。
 そんな中、セレスだけがずっと漆黒鎧の騎士を睨みつけていた。

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