シャッフルワールド!!

夙多史

四章 聖剣と魔剣(6)

 異常気象じゃないかと思うほど不自然に暗雲が広がり始めた空から、馬鹿にしたような不敵な笑いが降ってきた。
「アッハハハハハハハハハッ! 凄い、凄いよ! まさに絶景だね! アレがこの世界を支えている四本の大柱の一つってわけか。――キヒッ、なんて砕き甲斐がありそうなんだ!」
 闘技場の上空に浮遊し、両腕両脚を大の字に開いて高らかに哄笑するそいつは、白い布を羽衣のように裸体に巻いた少女だった。
 日本異界監査局第四十四支局代表の片割れ――ゼクンドゥムだ。なんであいつ、あんなところにいるんだよ?
 いやそれもだが、世界を支える柱だって?
「まさか、アレが『次元の柱』なのか!?」
 この世界を、この次元を安定させる大黒柱のような物。それが『次元の柱』だと聞いている。『柱』というのは比喩表現だと思っていたが、あそこに出現している巨大な空間の歪みは本当に柱そのものじゃないか。
 なんだろうと、もう対抗戦なんてやっている場合じゃないことだけはわかる。
「まったくギリギリだったね。今日中にアレをこちら側に引き出せなきゃ、来年まで持越しになるところだったよ」
「お前、一体何者なんだ? 今の歪震はお前がやったのか?」
 白布を靡かせ浮遊するゼクンドゥムに、俺は警戒しながら訊ねる。その声はきちんと届いたようで、ゼクンドゥムは無邪気そうでいてどこか酷薄な笑みを浮かべて振り返った。
「さあ、どうだろうね? ボクは単にアレを見た感想を述べただけだけど?」
「はぐらかすな! ギリギリだったとか、来年まで持越しとか、そういう怪しい台詞が聞こえたぞ?」
「あれれ? 聞こえちゃった? 参ったなぁ」
 全然参った様子なくヘラヘラ笑うゼクンドゥム。飄々としていて掴みどころがない。
 と――
「さっきからなに言ってんのか俺的によくわかんねェが、てめェ、せっかく楽しいところだった俺様の戦いに水差すんじゃねェぞあァ!」
 グレアムが、天に向かって咆哮した。するとゼクンドゥムは、ぷっ、と吹き出して腹を抱え爆笑する。
「アッハハハハハハッ! お兄さん面白いねぇ。まだこんなくだらない大会を続けるつもりなんだ? でも、ボクらはちょーっと付き合いきれないかなぁ」
「あァ?」
 ゼクンドゥムのふざけた態度にグレアムは左目を細める。対するゼクンドゥムは全く怯むことなく笑みをあからさまな嘲笑に変え、

「もう、ボクらの監査官ごっこは終わりってことだよ」

 冷酷な声でそう告げた。
 瞬間――ドゴォン!! と実況席の方から痛烈な爆発音が轟いた。続いて凄まじい暴風が激しく逆巻いて天に昇る。今度はなんだ? 誘波がなにかと戦っているのか?
 突然の爆発と大竜巻に、観客たちが悲鳴を上げて我先にと逃げ出していく。監査局員が避難誘導しているようだが、わけがわからないままではパニックは収まらない。
 一気に恐怖で騒然となる闘技場。おかげで後ろで気絶していた稲葉が「な、なんや? なにが起こっとるんや?」と目を覚ましたが、構ってなどいられない。
「おい! お前なにを――」
 俺は実況席から暗雲立ち込める上空に視線を戻すが、
「――い、いない!?」
 そこに浮遊していたはずのゼクンドゥムは忽然と姿を消していた。
 俺はもちろん、セレスやグレアムも視線を彷徨わせ、白布を巻いた特徴的な少女を捜す。だが、どこにも見当たらない。闘技場の向こうにでも飛んで行ったのだろうか?
 そう思った時、眼前の空間がぐにゃりと渦を巻くように歪んだ。
 空間の歪みから歩み出てきたのは布巻き少女――ゼクンドゥム。そしてやはりというか、彼女の傍らに並ぶ漆黒鎧の騎士だった。もう仮面をつけていないそいつは――
「カーイン師匠!?」
 セレスが叫んだ。元聖剣十二将にしてセレスの剣の師――カーイン・ディフェクトス・イベラトールは、氷刃のような眼光で悲痛な表情をする弟子を睨み据えている。
「師匠、その剣は……」
 セレスの視線がやつの握っている物体に向けられる。それは昨日まで振るっていた長大剣ではなく、紅の反射光を不気味に放つ銀刃の片刃大剣だった。
 魔剣ディフェクトス。
 堕ちた聖剣。
 先の実況席で起こった戦闘は、あいつが魔剣を奪うためのものだったようだ。しかし、実況席には誘波がいたはずだ。あの最強の風使いが易々と敵を逃がすとは思えないが……?
「いやぁ、危なかったねぇ、カルトゥム。ボクが助けなかったら八つ裂きにされてたんじゃないの?」
「……」
 からかうように上目遣いで長身を見上げるゼクンドゥムを、カーインは静かに一瞥しただけでなにも言わない。
 すると風が舞い、俺たちとあの二人の丁度中間地点に鮮やかな十二単が出現した。薄緑色のウェーブヘアーを風に躍らせ、日本異界監査局本局長の法界院誘波は、こんな時でも変わらぬおっとり笑顔で目前の敵に言葉を放つ。
「正直、あなた方を侮っていたようです。私の追撃から逃れた今の術は、ただの転移ではありませんね?」
「へぇ、気づいたんだ。流石だね。そうだよ。〈夢回廊〉って言ってね、ボクの世界ゆめとこの世界とを繋ぐ扉を開いてるだけさ。アレだね、なんとなく『次元の門』に似てるかな」
 日本異界監査局のトップに対し、上から目線でゼクンドゥムは語る。ユメと世界を繋ぐ? なにを言ってるんだあのボクっ娘は?
「〝次元渡り〟……とは違うようですね」誘波は落ち着いた息を吐き、「まあいいでしょう。とにかく混乱している人が多いのではっきりさせましょうか。あなた方が何者で、なぜ存在しないはずの第四十四支局を名乗っているのかを」
 ……え?
「誘波、お前なにを言って――ッ」
 ズキン。頭の奥に刺すような痛みが走った。
 それは忘れていた大切ななにかを、あと少しで思い出せそうな感覚。
「思い出してください、レイちゃん。日本異界監査局に『4』と『9』はありません」
「! そうか、欠番だ!」
 誘波の言葉で、俺の靄がかった記憶が一気に明快になった。
 セレスが眉を曇らす。
「どういうことだ零児? 欠番とはなんだ?」
「ああ、病室やマンションとかで縁起悪くて飛ばしている番号のことだ。『4』は死を、『9』は苦を連想するからな。日本の監査局も同じで、そういう数字が刻まれてる支局は存在しないんだ」
 これは日本ラブな誘波が決めたことだ。あいつら以外に『4』や『9』のついた支局を見かけなかったのに、なんで気づかなかったんだ。
 あまりにどうでもいいから忘れていた? ……違う、忘れていたんじゃない。第四十四支局が存在する、そんな偽の情報を俺は疑うどころか当然だと思っていた。
 まるで生まれた時からそういう世界で暮らしていたかのように。
「ひゅー♪ 凄いじゃない、着物のお姉さん。ボクの夢から自力で抜け出せていたなんてね」
 パチパチとゼクンドゥムの柏手が虚しく響く。
「夢の中だと、どんな無茶苦茶な設定でも真実になる。〈白昼夢〉――あんたたちは起きたまま、一部でボクの作り出した夢を見ていた。そういうことさ。簡単に言えばね」
「洗脳ってことか?」
 訊くと、ゼクンドゥムは見た目相応の少女らしい無邪気な笑顔を俺に向ける。
「似てるけど違うよ。夢だって言ってるでしょ。現実じゃありえないことでもなんの疑いもなく受け入れてしまう。そういう世界に誘っているんだ。まあ、難しく言ってもわかんないよね。でも、お兄さんは一度実体験してるはずだよ?」
「実体験? 四回戦のことを言ってんのか?」
「あれ? まだ気づいてないの? おっかしいなぁ、とっくにあの夢は破棄してるのに」
 人を小馬鹿にした態度がいちいち癇に障るな。誘波も大概だが、こいつは悪意がある分さらにその上を行くぞ。
 ゼクンドゥムは自転車の手信号をするように左手を真横に上げ、
「お兄さん、こういうの、見たことない?」
 突然、その手の先に黒髭をふんだんに蓄えた熊のような大男が現れた。赤い帽子とサングラスをかけ、キノコを食べると背が伸びるという不思議な体をした配管工っぽいツナギを着たそいつは――
「なっ!?」
 紛れもなく、桜居がどこぞから連れてきたメイクアップアーティストのドイーさんだった。
 だが、あのドイーさんは生きているという感じがしない。というより、切れかけの立体映像みたいに姿が不安定にぶれている。
「待てよ。じゃあ、あの女装喫茶の異常なまでのクオリティーは……」
「そう、ボクが見せていた夢さ。いやぁ、現実は吐き気がするほど酷くって、なのにみんな可愛い可愛いって……ぷはっ! 危うく腹筋が崩壊するところだったよ」
 なんて嫌な性格してるんだ、こいつ。桜居はもちろん、あの時の喫茶に訪れた人はみんなこいつの夢とやらを見せられてたってのか? 桜居の知り合いってのも、そういう設定の夢だったってことか? 冗談だろ?
 と言っても、今思えばあの女装クオリティーは不自然なところだらけだ。中には背が縮んでたようなクラスメイトもいた気がするぞ。
「アッハハハ! 当分は思い出しただけで笑えそうだ。あ、そんな怖い顔しないでよ。学園祭ってものを盛り上げるのに貢献してあげたんだから感謝してよね。暇潰しだったけど」
 このガキ、どこまで人を馬鹿にすれば気が済むんだ。
 と、爆笑するゼクンドゥムの脇を不可視の刃が掠めた。少女の白髪が数本、ハラリと散る。
 誘波の風刃だ。
「お喋りもいいですけど、そろそろ正体を明かしてはどうですか? いえ、こちらから訊ねましょうか」
 ニコニコした笑顔に鳥肌物の恐ろしさを含ませ、誘波は詰問の言葉を紡ぐ。
「あなた方は、あそこに見える『次元の柱』を壊すために乗り込んできた『王国レグヌム』の先兵、違いますか?」
『王国』――〝魔帝〟の、リーゼの循環する底なしの魔力を欲し、先の温泉地で『次元の柱』を一本圧し折った謎の組織。
 やっぱり、こいつらもそうなのか?
 キヒッ、とゼクンドゥムの口の端が吊り上がる。
「そうだと言ったら?」
 その言葉が、答えだった。
「言っても言わなくても、私たちのすることは変わりません」
 既に確信を持っているのだろう誘波が、なにかに合図を送るように細腕を上げる。

「理解してますか? あなたたちは、ここにいる日本異界監査局の精鋭全員を敵に回すのですよ?」

 そこでようやく、俺は気づいた。
 とっくに蛻の殻になっているはずの観客席。そこに、未だ多くの人影が残っていることに、だ。
 人影たちは誘波の合図に従うように次々と対戦フィールド内に飛び降り、俺たちの後ろまでやってくると適当に立ち止まった。
 ざっと百人。大闘技場の規模から考えれば少なく見えるが、こいつら全員が対抗戦に参加していた異界監査官だ。注視すればどこかで見た顔もちらほらとあるな。
「ふぅん、ずいぶんと備えがいいじゃない?」
 百の猛者たちからの敵意ある視線を浴びながらも、ゼクンドゥムの余裕は崩れない。カーインも相変わらず何も言わず、ただ視線だけを動かして警戒するように周囲に睨み利かせている。
「当然です」
 誘波は自慢げに割と主張のある胸を張り、
「この地に存在する『次元の柱』は、祝ノ森にあった物とは違って世界の大部分を支えている四柱の一つです。それを守護するためにこの地には強力な封印が施されていますが、封印は強力過ぎる故にたった一年で緩んでしまいます。矯正にかかる時間は三日。柱の破壊を目論むあなた方が狙ってくるとすれば、そこしかありえません」
 この大闘技場がなんで封印されているのかさっぱり知らなかったが、そういう理由があったのか。これまでの俺なら言われたところでピンと来なかっただろうが、実物を目撃してしまえば納得せざるを得ない。
「――ってちょっと待てよ誘波! 三日ってことは、毎年やってる監査官対抗戦は……」
「はい。柱を守護するための戦力をこの地に集めるためですよ、レイちゃん」
 そうか。対抗戦のような興味を引くイベント事にでもしない限り、個人を優先して動く監査官が集うわけがない。中にはグレアムのような戦闘キチも多いと聞くし、対抗戦はそんな強者を揃えておくには持って来いってわけだ。
「今年の対抗戦をチーム戦にした最大の理由は、『王国』の存在が明らかになったためです。もしも『王国』が攻めてきた場合、より多くの戦力が必要でしょうから」
 見た感じ、ここにいる俺たち以外の監査官はみんな事情を知っている風だ。だからと言って知ってて対抗戦に参加したわけではなく、直前に誘波に告げられたってところか。恐らくはなにかしらの交換条件をつけて。
「アハッ! なるほどなるほど。でもそこまで推測しておきながら、ボクらを放置してたのはどうしてかな?」
「正直、あなた方が上手だったり、『王国』という存在が曖昧で確証なく動くことができなかったという理由もありますが……状況を見てわかりませんか? あなた方を袋のネズミにするためです」
 異界監査官が百人。しかも一人一人が雑魚じゃない。予選のルールやチーム戦だったことも考慮すると、予選通過者以上の実力者だってゴロゴロいるはずだ。もしかして俺たちになにも言わなかったのは、俺たちの挙動からその狙いを敵に悟らせないためだったのかもしれない。
「たった二人……いえ、もう何人かお仲間が隠れているようですけど、舐められたものですね。それとも、『王国』という大層な名前の割に人員不足なのですか?」
 誘波にしては珍しく、からかいとは違う挑発的な口調で言う。
「これ以上はコソコソやって成功できることではありませんよ。大人しく捕まるのであれば、私の楽しい楽しい質問会だけで済ませてあげます♪」
 拷問会の間違いだろ、そんなツッコミを俺が口に出そうとした直前――ぷはっ! とゼクンドゥムが息継ぎをするかのように盛大に噴き出した。
「アッハハハハハハッ! あー、ダメ。もうダメ。おかし過ぎて頭トんじゃいそうだよ」
 堰を切ったような大爆笑。ゼクンドゥムは腹を抱えて前屈みになり、目尻に涙まで浮かべてやがる。今のどこに笑いのツボがあったんだ?
「あんた馬っ鹿じゃないの? ボクらがなんのために監査官ごっこやってたと思ってるのさ? 仲間が柱を出現させるまでの暇潰し? 違う違う」
 おかしそうに嗤いながら顔の前で手をヒラヒラさせ、ゼクンドゥムは告げる。

「どのくらいの戦力があればあんたらを殲滅できるか分析するためだよ!」

 言うや否や、ゼクンドゥムの背後の景色が大きく渦を巻いた。
「〈夢回廊〉――開通」
 ゼクンドゥムがその場で手刀を薙ぐと、背後の空間の渦に変化が生じた。今まで見せていたものとは違う。渦の中央が白み、次第に歪みを押し退けて広がっていく。
 空間に穿たれた白い穴。そこからガシャガシャと金属の擦れる音が聞こえたかと思えば、完全武装した兵隊が整然と行進して出てきた。その数、百は優に超えてるぞ。
「なっ、なんだこいつら!?」
 訓練された動作でカーインの後ろに整列する兵隊たちに、俺だけじゃなく他の監査官たちも愕然としている。誘波は少しだけ目を見開いたようだが、すぐに落ち着きを取り戻していた。
「それだけですか?」
「まさか。いいよ二人とも、もう出てきても」
 余裕の笑みを満面に浮かべたゼクンドゥムがどこかに呼びかける。
 瞬間――ガガガガガガガッ!!
「今度はなんだ!?」
 またも歪震かと思ったが、これは地鳴りだ。なにかが地面を突き進んでいるような、そんな削岩音。
 整列している兵隊たちの右翼の地面が激しく隆起する。大地を爆発させて現れたのは、両手にドリル状の槍を握る西洋騎士のような出で立ちをした、首のない青いフォルムの巨大機械人形だった。
 まさか――
 ――嘘だろ?
「ふむ、ようやく表舞台というわけか。裏方も決して嫌いなわけじゃないけど、まったく待ちくたびれたよ」
「お前、スヴェン!?」
 機械巨人の本来なら首がある位置に立つ燕尾スーツの青年――スヴェン・ベルティル。かつて本局所属の異界監査官をしていた、リーゼの魔力に目をつけたマッドサイエンティスト。生きているとは聞いていたが、なんでここで出てくるんだよ!
 スヴェンは紳士然と眼鏡の位置を直して俺を見る。
「久し振りだね、白峰零児。また会えて嬉しいよ」
「……くっ、俺は全然嬉しくないんだけどな!」
 スヴェンの首なし機械人形デュラハンが飛び出してきた地面の大穴から、同じデザインで一回り小さな機械人形たちが蟻の巣をつついたようにわらわらと這い出てくる。何体いるんだよ、キショイぞ。
 それでも、敵の増員はまだ終わらなかった。
 兵隊たちの左翼。そこの空間に、唐突に切れ目が入った。それも一度に複数箇所。
 切れ目は綺麗な楕円形に広がり、その奥はゼクンドゥムの〈夢回廊〉とは真逆のドロドロした闇が蠢いている。
 アレは、『混沌の闇』の〝穴〟だ。どうしてこんな昼間っからと思って天を仰ぐと、歪震と『次元の柱』が出現した影響か、分厚くドス黒い雲が日光を遮断していた。
〝穴〟から零れる闇と共に、粘土細工で作ったような不細工で多種雑多な姿をした獣が飛び出してくる。全身真っ黒で眼だけが赤く爛々と輝いている獣たちは――影魔導師の間で影霊レイスと呼ばれる異獣だ。
 となると――
「ふふっ」
 怖気の走る不気味な笑いが聞こえた瞬間、影霊たちに囲まれるような位置に闇が噴き上がった。
 その中から現れる、巨大な影。五メートルを超える全長は筋肉質で、ワニのような頭部にノコギリのような鋭い牙、背中から生えた蝙蝠のような巨翼と、ドラゴンのような長い尻尾には見覚えがあり過ぎる。
 そんな悪魔のごとき異形の肩に、黒いセーラー服を着た長髪の美人が腰掛けている。彼女は周囲の影霊と同じ赤く煌めく双眸を俺に向けて、気さくに手を振った。
「はぁい、監査局のわんこさん。こんにちはぁ♪」
「望月絵理香……」
 やめてくれよ。冗談にしてはきつ過ぎだろ。俺はなんか悪い夢でも見てんのか? だったら早く覚めてくれ。頼む!
「なるほど、大闘技場周辺でコソコソしていた動物さんはお二人でしたか」
 わけもわからず現実逃避したくなった俺を、誘波の言葉が引き戻した。

『闘技場の近くにいた動物さんたちと戯れていました』

 あの時の台詞は、俺をからかうための嘘じゃなかったのか。
「キヒッ。どうしたのかな? 着物のお姉さんと作業着のお兄さんはともかく、後ろの人たちはさっきまでの威勢がどっかに飛んでっちゃってるね」
 まあ無理もないけどね、と付け足して軍団の先頭に立つゼクンドゥムは右後方を手で指し示す。
第八柱執行騎士オクタウム・エクエス、〝機奏者〟スヴェン・ベルティルの率いる機械人形が五十機」
 次に左後方を見る。
第六柱執行騎士セクストゥム・エクエス、〝影霊女帝〟望月絵理香の率いる中・上級影霊が百五十体」
 くるっと優雅にターンをして後方を向く。
「さらに第四柱執行騎士カルトゥム・エクエス、〝剣神〟カーイン・ディフェクトス・イベラトールの率いる魔装騎兵団が三百人」
 最後に俺たちに向き直り、両手を大きく広げる。
「そしてこのボク、第二柱執行騎士ゼクンドゥム・エクエス。通り名は〝夢幻人〟。人々の悪夢から生まれたボクに固有名称はないから、これまで通りナンバーゼクンドゥムで呼んでね♪」
 愛らしさの奥にそれが霞んで見えるほどの悍ましさを感じさせるゼクンドゥムは、俺たちに見せつけるように二本の指を立て、
「ボクらの任務は二つ。一つ目はそこに見えてる『次元の柱』を破壊すること。二つ目は第六柱が口を滑らせたことでボクら『王国』の存在を知ってしまった日本異界監査局を、主力が集結するこの機に叩き滅ぼすこと」
 無邪気な表情で、とんでもなく残忍な言葉を吐いた。

「唐突で申し訳ないけど、ちょっと戦争とかやっちゃおうか、日本異界監査局の皆さん」

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