シャッフルワールド!!

夙多史

三章 夏祭り大パニック(6)

 伊海学園一号館。異界監査局本局。
 その屋上に佇む和風の豪邸――法界院誘波の屋敷の一室で、俺はあの夏祭の現場で自分が見た全ての出来事を詳細に語った。
「街のパニックはしばらく収まりそうにないですねぇ」
 俺の話を聞き終えた誘波は、窓から街の景色を眺めつつ暢気な口調でそう呟いた。今回の件は本当に唐突過ぎて監査局の人払いや結界が間に合わなかったんだ。大勢の人々に緑化地区の焼失と、上空に出現した超巨大魔法陣を目撃されてしまった。
「どうやらニュースにはなっていませんね。日本の監査局の手際はアメリカも見習わないといけませんわ」
 母さんは室内に置かれた大型テレビのチャンネルを目まぐるしく変えながら、ほっと安堵の息をつく。今は街を封鎖し、局員たちが総出で正常化の処理を行っている頃だろう。あったはずの事象を人々の記憶や記録から徹底的に消去しなければならないのだ。
「そちらの方は時間がかかりますが問題ないでしょう」
 誘波が窓から離れて俺の目の前にちょこんと正座し、
「今、考えなければいけないことは……リーゼちゃんの身に起きた異変です」
 誘波は視線を縁側の方向へと投げる。そこでは浴衣姿のままのリーゼが退屈そうに足をブラブラさせていた。頭部に生えた二本の太い角と小悪魔のような尻尾もそのままだったが――
「レージ、これなんか変な感じがする。取って」
 自分の両手両足に施された封印具〈滅離の枷〉を嫌そうに外そうとするリーゼは、一度気を失ったおかげか正気を取り戻していた。
「あー、ダメだ。その封印具を外せばお前はまた暴走する恐れがある」
 コロコロと棒つきキャンディーを口の中で転がすアーティが気だるそうにドクターストップをかけた。ドクターと言っても博士の方だけどな。リーゼは「むー」と不機嫌顔だ。正直なところ、あの時アーティと母さんが現れなければどうなっていたかわからない。
「ていうか、なんであの場にアーティがいたんだ?」
「あー、誘波のたわけに酔った勢いで召喚されたのだ。私は人がわらわらいて鬱陶しい祭になど行きたくなかったというのに……」
 恨みがましい視線で誘波を睨むアーティ。誘波はどこ吹く風で受け流し、「まあまあ、たまにはいいじゃないですかぁ」とおっとり口調で言い返した。こいつには酒を飲ませない方がいいな。絶対。
「それはそれとして、あなたはなにを知っているのですか?」
 誘波が次に視線を向けたのは、リーゼのとは違う普通の手枷を嵌められたゴスロリメイドだった。
「レランジェちゃん」
 誘波はニコニコと柔らかい笑顔を見せているが、そこに漂う空気は尋問のそれだ。俺はこいつ以上に『恐い笑顔』を見たことがない。
 セレスに抑えられてここまで連行されたレランジェだが、リーゼが目覚めてからは特に暴れるようなことはなかった。なにかを悟ったように随分と大人しかったもんだ。ちなみにセレスは街の様子を見に行ってもらっている。局員だけじゃ対処できない事態が発生した場合、念のため。
「……隠すつもりはありません」
 レランジェは誘波をまっすぐに見つめて潔く口を開く。
「あのお姿は、マスターの本来のお姿安定です」
「本来の姿?」
 訊き返すと、レランジェは俺の方を一瞥して無表情のまま舌打ちした。いつものことだけど、なんで?
「マスターのお母上がご出産と同時にお亡くなりになられたことは、ゴミ虫様は知っていますね?」
「お前から聞いたな。つい数時間前に」
 俺がなにも考えず訊ねてしまったことだ。故にリーゼは母親のことをなにも知らない。様子からして特に憧れているようにも見えないが……その話がリーゼのあの姿となんの関係があるんだ?
「少々残酷なお話になりますが」
 そう前置きしてレランジェは一度リーゼを見る。アーティから貰ったのだろう棒つきキャンディーをペロペロと舐めながら、リーゼは所在なげに縁側でぼーっとしていた。
「マスターは、その溢れ出る膨大な魔力でお母上を食い破るようにして誕生されたのです」
「――ッ!?」
 俺は驚愕せざるを得なかった。リーゼは普通に生まれたわけじゃないのか。
 誘波は意味深に目を細め、母さんは出産時を思い出したのかお腹を擦り、アーティは興味深げにキャンディーを転がすのをやめた。
「食い破るって……リーゼは最初から、そんな凄い魔力だったのか?」
「はい。マスターは赤子の時点で既にアルゴス様にも匹敵する魔力を持っていたのです。赤子故に制御もできず暴走し、危うく世界イヴリアの半分が一晩で黒炎の海に呑まれてしまうところでした」
 話を聞くだけでゾッとした。想像すれば想像するほど地獄と呼べそうな光景が鮮明になって鳥肌が立つ。
「危うく、ということは、そうはならなかったのですね?」
 誘波が問う。レランジェは静かに頷いた。
「アルゴス様がマスターの力を封印することで事態は安定しました。その際に〝魔帝〟の象徴とも呼べる角や尻尾も消え、『人間』と変わらないお姿になったのです」
 本来の力を封じられていて尚、リーゼはアレほどの力を持っていた。そう考えると本来の力がどれほどのものか俺にはさっぱり想像できんぞ。緑化地区で見せた力なんて一欠片ほどもないんじゃないか?
「アルゴス様が施した封印はマスター自身の魔力で維持されます。そのため封印が解けるとすれば、マスターがお亡くなりになるか、魔力が枯渇するかのどちらかになります。そしてマスターの魔力が枯渇することを恐れたアルゴス様は、魔力還元術式も同時に組み込んだのです。いずれマスターが己の意思で力を制御できる日が来ることを望まれて」
 これは、ちょっと思い違いをしていたぞ。魔力還元術式は魔力疾患を引き起こす呪いみたいなもんだと思ってたが、実際はもっとやべえもんの封印の一部だったなんて……。
 ん? なんかおかしいぞ?
「ちょっと待てよ。リーゼが本来の力を封印されてるのはわかったが、なんでそれが解けたんだ? 魔力が枯渇したことなんて一度もないだろ」
「忘れたのですか、レイちゃん」
 誘波が呆れたように俺に言う。
「リーゼちゃんは、一度死んでいます。仮死状態でしたが」
「あっ!」
 思い出した。監査官対抗戦でのことだ。ラシュリーってやつの〝魂吸の魔眼〟で魂を抜かれ、リーゼは確かに仮死状態になっていた。
「あー、仮死だから解印も不完全だったといったところか」
「マルファちゃんに対する過度なストレスが起爆スイッチになったのでしょう」
 なんてマヌケな理由で解かれたんだ、封印。もうマルファにも〈滅離の枷〉つけとけよ。いや、あいつは異能じゃなくて体の特性だから意味ないのか。
「マスターの封印はまだ完全に解けていない安定です」
「? どういうことだ?」
 首を傾げる俺に、レランジェは蔑むような舌打ちをする。だからなんで?
「あのお姿がまだ不完全だからです」
「あー、もっと化け物じみてくるのか。それはそれで興味深いが、死ぬ覚悟までして見たいものではないな」
 あくまで研究対象とでも言うように呟くアーティをレランジェは無表情で睨んだ。
「大丈夫です。角と尻尾が生えていてもリーゼさんは娘にしたいくらい可愛いですわ。寧ろ萌えですわ!」
「母さんは黙ってて!」
 リーゼをフォローしたつもりなのだろうけど、ずれてるよ母さん。
「なあ誘波、リーゼをこのあとどうするつもりなんだ? 〈滅離の枷〉で暴走は落ち着いたが、ずっとあのままってわけにもいかないだろ?」
 訊くと、誘波は困ったように人差し指で顎を持ち上げた。
「う~ん、しばらくは様子見になると思いますねぇ。どうにか封印を修復できないでしょうか?」
 後半部分の問いはアーティに向けられたものだった。
「あー、未だ不完全というのであれば恐らく可能だろう。ただし、どのくらい時間がかかるかは解析してみないとわからない。その間、あの子に自由はなくなるが大丈夫か?」
「大丈夫じゃないだろうな。退屈もリーゼにとってストレスだ」
 解析のために束縛されて、そのせいで封印が完全に解けてしまっては元も子もないだろ。
「あー、となると、あの子を薬で眠らせつつ毎日少しずつ進めるしかなくなるが?」
 少々強行的な方法をさらりと言ってのけるアーティ。だが――
「その方がいいかもしれないな」
 無理やり縛りつけるよりは知らない間に終わっていく方がいいに決まっている。特にリーゼにとっては。
「ではでは、一旦話はまとまったということで」
 誘波がゆったりと立ち上がると――カシャン。レランジェに嵌められていた手枷が勝手に外れた。
「レイちゃんたちは、合宿の続きを予定通り行います」
 実際はまだ始まってすらいない強化合宿があったことを、俺はすっかり忘れていた。

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