シャッフルワールド!!

夙多史

五章 異空間戦線(4)

 ビルを出て一分で早速四体のドラゴンに囲まれた。
「だぁーもう! こっちは急いでんだよ!」
 俺は生成したクレイモアで群がってくるドラゴンを牽制しつつ、燃え盛る街の大通りをひた走る。こいつらは掃討しないといけないんだが、今はいちいち相手している暇はない。
 群れられて困るのはいつものことだけど、一体一体が雑魚とは言い切れないのも困ったところだ。ドラゴンにしては小柄で細身で機動力があるのも大変面倒臭い。どちらかと言えばワイバーンに近いな。
 いくら監査官の身体能力が常人離れしていると言っても、人間の脚力についてこられない飛竜はいない。
 つまるところ、振り切れない。
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
「邪魔だ!」
 雄叫びを上げて噛みついてきた一体の顔面を殴り倒すようにクレイモアで横から薙ぎ払う。首を斬り落とすつもりだったが、走りながらの無理な力加減だと硬い鱗に阻まれて打撃にしかならなかった。
 そして――後ろから二体。
 右後方からの噛みつきを捻った身でかわし、左後方から立ててきた竜爪をクレイモアで受け流す。圧倒的な強者として力任せに獲物を狩ってきたのか、このドラゴンたちは気配を絶つことをしないな。わかりやすいのは結構なことだが、こんなギリギリの攻防なんていつまでも続けられないぞ。
 俺を背後から強襲した二体が上空でUターンしている間に、残りの一体が正面から火炎を吐いてきた。
「望月も見失うし、踏んだり蹴ったりだ」
 もうやめた。
 流石に面倒臭過ぎる。
「どこまでも俺に喰らいついてくるってんなら、邪魔者から先に排除してやるよ!」
 迫り来る火炎を紙一重でかわし、加速。そのままクレイモアを真横に構え、ドラゴンと交差するタイミングで振り払う。竜爪で迎え撃とうとしたドラゴンだったが、その爪ごと叩き斬ってやった。
 叫ばれる断末魔を意識の外に追いやり、前方から襲撃してくる二体に集中する。後ろからもさっき薙ぎ払った一体目が突進しているようだ。
 クレイモアを強く握り直し、三体が間合いに入ったタイミングを見切る。
「鬱陶しいっ!」
 ガツン! と俺はクレイモアを地面に深く突き刺し、それを踏み台代わりに高く跳躍した。手放したことでクレイモアは霧散したが、前後から襲ってきたドラゴン三体は互いを避け切れず衝突。後ろからの一体が二体の爪と牙にやられて絶命するのを確認。
〈魔武具生成〉――斬馬刀。
 生成された長大で肉厚な重剣を落下と同時にドラゴンの背中にぶっ刺した。絶叫と竜血が飛び散るのも厭わず即座に次のクレイモアを生成。火炎を吐こうと鎌首をもたげていた最後の一体の喉笛に突き刺す。
 少々時間と魔力はかかったが、どうにか撃破できたな。
 本当はたとえ異獣でも殺しはしたくないんだけど、今回は仕方ないと割り切るしかない。『殺さない』戦い方はそれなりに難しいしな。
「ふう、もうこんな手間はかけたくねえな」
 俺はクレイモアを一振りして竜血を払うと、暗く濁った天を仰いだ。
「次は、見つからないようにしねえと」
 さっきは望月を追うことにいっぱいいっぱいであまり周りに気を遣わなかった。だからあっという間にドラゴン共に捕捉されちまった。今度は慎重に、物陰に隠れながら探した方がいいだろう。
 と――

 グァオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

 また近くからドラゴンの咆哮が轟いた。
「次から次に……そろそろ飽きろよ、くそっ!」
 見つかる前にビル群の隙間に身を隠す。直後、さっき倒したものよりも一回りほど大きいドラゴンが竜翼を羽ばたかせて飛んできた。アレは一対一でもちょっと苦戦しそうだ。
 割と鼻も利くらしいドラゴンに嗅ぎつけられては面倒なので、このままビルの隙間を塗って行動しよう。デカブツは狭い場所には入れないからな。
 そう判断して早急に立ち去ろうと踵を返したその時、雷鳴のような断末魔が風圧となって俺の背中を打った。
「なん……?」
 振り返る。視界の向こう、少し離れた瓦礫の上で、あのデカブツが血みどろになって地面に横たわっていた。
 ピクピクと痙攣するそいつの頭を踏み砕いてトドメを刺したのは、一組の男女だった。
「えーと、これで何匹目だっけ?」
「知らん。もう数えてられんよ」
「まったく多過ぎるわね。他の監査官にもたまぁーにしか合わないし、まさか仕事してるのってアタシらだけじゃないでしょうね? アタシもサボってお酒飲みたぁーい!」
「知らん。全員がこの広い都市内に散ってるんだ。狩猟場テリトリーが被ってないと鉢合わせはせんよ。あと酒はほどほどにな」
 億劫そうに遣り取りする二人。あいつらは確か……中等部の教員をしてる監査官だ。何度も顔を合わせたことはあるものの名前は知らない、そんな程度の知り合いだ。
 味方だから隠れる必要なんてないのだが、次の言葉で俺は姿を現すのを躊躇した。
「さっきまでこの辺を飛び回ってた『王国』の影魔導師、どこに行ったかわかる?」
「知っている。東の方へ向かったはずだ」
「そもそもなんであの子がこの空間にいるのよ」
「知らん。誰かが手引きしたのだろう。可能性として考えられるのは『王国』が〝魔帝〟を奪いに望月絵理香を解放して攻め込んできたことだが、それにしては状況に変化がない」
「てことは、誘波によってこの空間から追放されたらしい白峰零児か」
 ドキリ、と心臓が大きく跳ねた。
 いい勘してると言いたいが、俺の追放を知っているなら予想は容易だろう。
「あのやんちゃ坊主は〝魔帝〟を助ける『保護派』の代表みたいなもんだからねぇ。目的のために手段を選ばなくなった、いや、それしか手段を選べなかったと考えれば納得もいくわ」
「知っている。〝魔帝〟を救うには飛ぶしかない。望月絵理香の影翼を利用しようとして、結局は手綱を握れなかったのだろう」
「なんにせよ、『殺害派』のアタシらにとっちゃ邪魔者か。見つけ次第、捕えるわよ」
 ……これは、結構まずい。
 やっぱり味方のはずの監査官にも迂闊には近づけないな。さっさと退散しよう。
「それはそうと……そこでコソコソしてるやつ、誰? 隠れてないで出て来なさい」
「――ッ!?」
 気づかれた!
 なぜだ? 俺は物音一つ立ててないぞ。異能か? それとも単純に索敵能力に長けたやつなのか?
「知っている。『保護派』の連中だな」
 やばい、こっちに近づいてくる。
 速い! 逃げようと思う間もなく二人は残り数メートルまで接近し――

「おねえさまは殺させないユゥ!!」

 ピンク色の粘体に絡め取られた。
「は?」
 素っ頓狂な声をどうにか小声に抑え込めたのは奇跡だった。
「お前たちはドラゴンだけ狩っていればいいんだユゥ!」
 スタッと着地したそいつは、スライムに変化したピンクのツインテールで大の大人二人を拘束した少女だった。
 ま、マルファ……?
 いや、なんでお前ここにいるし。
「出たわね変態スライム!」
「知っている。お前にどれだけ『殺害派』の同士が捕縛されたことか」
 忌々しそうに吐き捨てる二人。どうやらマルファの存在は既に知れ渡っているらしい。知らないのはつい先程この空間に戻って来た俺と望月くらいか。
「こっちや、白峰先輩」
 と、後ろから声がかかった。
 振り返れば、口元で人差し指を立ててしーってやっている稲葉レトがいた。
「稲葉……?」
「話は後や、白峰先輩。あ、ウチは『保護派』やから安心しい。リーゼはん殺されるんはウチも嫌やから」
 そう言われ、稲葉に手を引かれるまま俺は適当なビルの中へ連れ込まれた。

 燃え尽きてすっかり廃ビルと化したそこのロビーには、稲葉以外にも数人の監査官が集まっていた。
 建物の焼け焦げた臭いに顔を顰めつつ話を聞くと、全員が『保護派』の連中らしい。しかも全員、学園の生徒だな。ついでに言えば後輩だ。あの教員の二人みたいな合理的な大人は、ほとんどが『殺害派』か我関せずの中立になっているのかもしれない。
「ぶっちゃけ、ウチらだけでどないしてリーゼはんを助けようか悩んどったとこなんや」
 心なしか英雄の凱旋とでも言うような希望の瞳で俺を見る後輩たちを代表して、俺との接点が一番多い稲葉がエセ関西弁で状況を教えてくれた。
「だろうな。相手は空でしかも誘波と〝竜王〟、助ける目標のリーゼとも戦いは避けられない」
「せや。あんな戦い、未熟なウチらなんかが束になってかかっても二秒で挽肉やで」
 それを言われると俺も挽肉にならない自信はないんだけど。
「どうしようもあらへん。せやからこっそり合宿所に忍び込んどったマルファはんと一緒に、ドラゴン退治と『殺害派』の無力化に専念しとったんや」
「懲りないな、あの変態スライム」
 誰のせいでリーゼが魔帝化したと思っているのか。脳味噌スライムは伊達じゃなさそうだ。悪い意味で。
「たはは。ま、まあ、マルファはんのことは置いといて、白峰先輩が戻って来たと噂で聞いてこうして駆けつけたんや」
「俺はそこまで希望の星ってわけじゃないと思うぞ」
「そんなことあらへんよ。白峰先輩は飛ぶ手段を引っ提げて戻ってきたやろ。それだけでも充分ウチらにとっては希望の星や。それに白峰先輩ならなんとなく、やってくれそうな気もするし」
 うんうんと後輩たちが頷く。望月を連れてきたことに恨み言の一つでも言われるかと思えば、そんな様子は微塵もないな。『敵を味方に引き入れた』って部分を素直に評価してくれたんだろうか?
「そんなわけで、ウチらは全力で白峰先輩のサポートに回ろうかと思ってんねん。構わんやろか?」
「ああ、それはありがたい。けど、無茶はすんなよ。挽肉にされても俺は責任取らないからな」
「そこまで死ぬ気にはなってへんよ」
 ニカッとはにかむ稲葉。セレスは中立でレランジェの補佐に回ってしまったから、彼女たち協力は素直に嬉しい。俺もついつい頬が緩んで――

「あら? わんこさんてば意外と人望あったのね。へえ」

 すぐに溜息に変わった。
「……望月、頼むから勝手に行動しないでくれ」
 いつの間にか正面の砕けた窓の桟に、黒セーラー服の少女が艶めかしく足を組んで座っていたのだ。
「追いかけて探すのにどんだけ苦労したと思ってんだ?」
「ふふっ。だってわんこさんたちの決闘、長引きそうだったんだもん」
 燦々と輝く血色の瞳で妖艶に笑う望月は、ひょいと窓の桟から飛び降りて歩み寄って来た。『王国』の執行騎士――〝影霊女帝〟望月絵理香の登場に稲葉を含む後輩たちが緊張した面持ちで身構える。
「安心して。あなたたちもわかっている通り、今の私はわんこさんの味方よ」
 敵意がないことを示すように望月は軽く手を振った。そしてどこか優しげな微笑みすら浮かべて、
今の私は・・・・、ね♪」
「不穏な台詞は謹んでくれないかな!?」
 見ろよ! 一度安心しそうになった後輩たちがまたビビってるじゃねえか!
 そんな後輩たちの反応を楽しむように一人一人に顔を近づけて遊ぶ望月を見ていると、どうしようもない不安が込み上がってくる。
「……白峰先輩、ホントにこの人利用して大丈夫なんやろか?」
「……手痛いしっぺ返しは覚悟しています、稲葉後輩」
 つい敬語で返してしまうほどには、俺も困惑していた。
 その素敵恐怖笑顔を後輩たちに振り撒いて脅していた望月がくるりと振り返る。
「それでわんこさん、準備はもういいのかしら? 私もそろそろドラゴン狩りにも飽きてき――」
 ドガシャァアアアアン!!
 望月の言葉を遮るように、コンクリートの壁を盛大にぶち抜いてピンク色の物体がロビーに転がり込んできた。
「マルファはん!?」
 スライムの再生力のおかげか目立った外傷はないものの、仰向けに倒れた彼女は酷く汚れた姿をしていた。
「あ、『保護派』の人たち発見――って、アタシらの教え子ばっかりじゃないの」
「知っている。白峰零児と望月絵理香の姿も確認した」
 じゃりじゃりと砕けた壁の欠片を踏み締めて穿たれた大穴から現れたのは、中等部の教員の二人だった。
「……きゅう、気をつけろユゥ。あいつら普通に強いユゥ」
 なんとか意識を保っていたマルファが目を回しながら警告する。
 強い? 当然だろう。
 監査官はそのほとんどが異能を持つ異世界人だ。俺や稲葉のようなハーフや、純血の地球人である影魔導師もいるにはいるが、割合としては少ない。
 その異世界人がこの世界の人間に物を教えられる立場――教師になれるということは、そいつらは例外なく十年以上の古株だ。死の危険性が高い監査官を十年以上も続けられるのは、充分に強者の証になるだろう。
 耐性豊富なマルファでもこの様だ。あの二人は本当に強い。
「白峰先輩、ここはウチらに任せて先に行きぃ!」
 稲葉と後輩たちが俺と望月を庇うように立ち塞がる。
「私が相手してもいいけど? ドラゴンよりはよっぽど楽しめそう」
「……いや、大丈夫だ。任せよう。負けてもせいぜい補習室送りだろうからな」
「そう、残念」
 脱出ルートを示し合せる間も惜しんで俺と望月は裏口へ走った。一応建物内の出入口を最初に確認しといてよかったぜ。望月もその辺は抜かりなかったようだ。
「行かせないわよ」
 女教員の方が一瞬で後輩たちを飛び越えて追って来る。が――
黄雷装纏おうらいそうてん――」
 黄色の稲光が迸る。
「――瞬神剛破しゅんしんごうは!」
 稲葉が雷速の剛拳をその背中に叩き込んだ。しかし、背後から強襲された黄雷纏う右拳を女教員は片手で難なく受け止めてみせる。黄雷が感電しているというのに、女教員は苦悶の表情一つ浮かべない。
「高等部の生徒は担当外だけど、今日はきつーく指導しなきゃいけないみたいね!」
「そらおおきに。ウチも簡単に捕まるつもりはないで!」
 本格的に戦闘が始まる。
 その轟音を背後に、俺と望月は裏口から飛び出した。
「飛ぶわよ、わんこさん」
「おう」
 望月は羽交い絞めでもするように俺の両脇に腕を入れて抱え、影翼を羽ばたかせて一気に飛翔する。
 俺たちは黒炎と風が鬩ぎ合う景色を見据える。
 このまま一気に、リーゼと誘波の下へ――そう思ったところだった。

 三階建ての鉄筋コンクリートの塊が、亜音速でこちらに吹っ飛んできたのは。

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