シャッフルワールド!!

夙多史

五章 異空間戦線(5)

 当たれば即死級の凶悪な質量が凶悪な速度で俺と望月の鼻先を掠めて飛んで行った。
「「……っ!?」」
 ぶっ飛んできた物体は三階建てのビルのように見えた。ほとんど風圧に押し退けられるような形で神回避できたが、俺たちを掠めたそれは代わりに他のビルに真横から突き刺さり、まるでドミノ倒しのように連鎖的に倒壊させていく。
 そのあまりにも超絶した瞬間に俺たちは声も出せず呆然とし――数瞬後、呆然としている暇なんてなかったことを知る。
 ボガアァン!! と。
 眼下に聳え立つビル群の上層部分が次々と盛大に爆散したのだ。火薬による爆発もあるが、それだけじゃない。砂場に作った山を蹴り崩すように、なにか途方もない物理的な〝力〟で弾け飛んだビルもある。
 破壊されたコンクリートの破片は、高速の砲弾となって流星群みたく各地へ降り注ぐ。
 もちろん、俺たちの方にも。
「ちょっと! わんこさん抱えたままこんなの避けられないわよ!」
「そうだ転移だ! お前は迫間と同じように転移できるだろ!」
「できるけど影魔導術の〈転移ムーブ〉は『混沌の闇』を経由するからわんこさん死ぬけどいいかしら! いいわよね!」
「よろしくないです! 頑張って避けてください!」
 コンクリートの流星群をかろうじてかわしながらほとんど悲鳴で問答する俺たちだったが、やはり動きの鈍った望月には限界があった。
 ――ズガシュッ!
「きゃうっ」
 小さな破片が望月の側頭部に直撃してしまった。意外と可愛い悲鳴を上げた望月は――フッ。立体映像が途切れたように背中の影翼を消失させた。
 俺を抱えていた腕がぐったりと力を失う。
 ――え!? 気絶した!?
「ちょ!? 待て望月目を覚ませ落ちる落ちるっていうかもう落ちてるぅううううッ!?」
 高高度からの自由落下が始まる。パラシュートがあっても間違いなく助からない絶妙な高さから地面に叩きつけられれば、全てが終わっちまう。今回は下に桃色スライムクッションはないんだぞ!
 側頭部から血を流して失神している望月は、ダメだな。すぐには意識を取り戻しそうにない。
 二人仲良く頭から落下する。
 なにか! なにかないのか! ってなにもないよな空中こんなとこで!
 俺の〈魔武具生成〉じゃ巨大なクッションなんて生成できない。そもそも武具じゃない。
 万事休すか……?
 いや、諦めてたまるか! 武具しか作れないなら、剣でも槍でもその辺のビル壁に突き刺して助かってやる!
 でも俺だけ助かったんじゃ意味がない。まずは望月を……く、ちょっと離れていて手を伸ばしても全然届かない。
 ――仕方ない。迷えば死ぬだけだ。
〈魔武具生成〉――流星錘。
 まさかこの武具をこんなにすぐまた生成するとは思わなかった。落下中でやり難いが、どうにか振り回して望月の体にロープを絡めることに成功した。
 こっからが試練だな。
 できるできないを問える状況じゃない。
 落下の恐怖を無理やり振り払って意識を集中する。
 生成に必要なだけの魔力を、左手・・に流し込む。〈吸力〉というインプットがあるため、魔力の通り道は既に確保されていてわかりやすい。
 イメージする。散々特訓してきた左手の感触を想起させる。
 錬成。錬成。錬成。
 ここで魔力の刃を顕現!

〈魔武具生成〉――日本刀。

「で、できたっ」
 左手に出現した鈍色の刃に俺は思わず感動の声を上げた。
 この生成が偶然の成功だとしても構わない。とにかく今は落下を止めることが優先だ。これ以上の感動は後回しにしてコンクリートの壁に左手の日本刀を――
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
 ――振り下ろす。
 魔力で鍛えられた刃は易々と突き刺さってくれた。

 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ!!

 物凄い勢いで火花を散らしながらコンクリートを削る日本刀。だがおかげで落下の速度は急激に衰え、やがてピタリと静止した。
「……ふう。た、助かった」
 ひとまずは、だが。
 ちらりと下を見る。流星錘が絡みついてぶら下がっている望月よりさらに先、地面まで残り数十メートルはある。影霊の望月は知らないが、人間の俺はここから落ちても死ぬだろうな。
 落下死は一時的に免れたが……ここからどうしよう?
「あそこの窓まで飛び移れるかな?」
 斜め下方向におよそ二メートル。窓ガラスは割れていてほとんど残っていない。よし、行けそうだ。まずは望月を投げ入れて――

 ボキンッ!

 壁に突き刺していた日本刀が、折れた。
「……うそん?」
 左手で初めて生成したから構築や練度諸々が甘かったんだ。右手だったらこのくらいで折れるような作りにはならなかった。
 落ちる。
 やばい、早くもう一回生成しないと!

「あー、まったく、無茶をする」

 呆れ声の幻聴を聞いたと思ったら、俺と望月の体に金属の触手がぐるりと巻きついた。
「これは……」
 見覚えがある。触手を目で辿ると、そこには円盤型の物体が宙に浮いていた。その円盤の上に立ってロング研究衣を靡かせる少女が、お馬鹿な子供でも見るような目で俺たちを見下ろしていた。
「アーティ!」
「あー、大方、ラ・フェルデ王にでも頼んで戻ってくるところまでは予想していたが、まさか望月絵理香を翼にするとは大胆なことを考えたものだ」
「悪い、助かった」
「あー、とにかく下ろすぞ」
 コロコロと棒つきキャンディーを口内で転がすアーティの操縦で(操縦桿らしきものは見当たらないが)、ゆっくりと円盤型清掃ロボ(?)が降下していく。

 地上に下りると、真っ先に望月の容体を診てもらった。
「あー、問題ない。私は医者じゃないから確信はないが、掠り傷のようなものだ。直に目覚める」
「そうか」
 コンクリートの破片を頭に直撃して掠り傷とは、望月はやっぱり見た目通りの少女じゃないんだな。
「あー、白峰零児、お前は敵と組んででもあの子を助けたいのか?」
「その質問はもう飽きた。この状況が答えだと言っておく」
 アーティも確認の意味で訊いたのだろう、特に不快そうにはせず軽く息を吐いただけだった。
 今度は俺が問う番だ。
「で? お前は俺たちの邪魔をするのか?」
 リーゼの殺害はアーティが唱えたものだ。当然、こいつは『殺害派』だろうな。助けてくれたのには感謝するが、ここで動きを封じられるわけにはいかない。
「あー、私はただのか弱い研究者だぞ。監査官を力づくで止められるわけがない。あの子の殺処分を唱えはしたが、一応中立のつもりだ。事の成り行きを見守るために私はここに留まっているのだからな」
 それを聞いて少しほっとした。てか確かに『か弱い』だろうけど、『ただの』じゃねえだろ。
「危ないな。ドラゴンに襲われたりしなかったのかよ」
「あー、あの程度の異獣ならばこの清掃ロボと〈幻想人形兵〉があればどうとでもなる」
 ガシャコンジャキン、と触手の先がミサイルの発射台みたいに変形した。
「やっぱそれただのお掃除ロボットじゃないよね! どう考えても物騒な意味でのお掃除ロボットだよね!」
「あー、そろそろ次の〈幻想人形兵〉を放った方がよさそうだな」
 うわー、無視された。
 アーティが具象させた三体の〈幻想人形兵〉は、マネキンに伊海学園の制服を着せたような個性のない姿だった。アレでも一応ドラゴンと戦えるだけの戦闘力があるのか。
「あー、討伐対象は竜型の異獣だ。エネルギーが少なくなったら私の下へ戻れ」
 それだけ命じてアーティは〈幻想人形兵〉を出陣させる。三体がそれぞれの方向に駆けて行くのを見て、俺はふと思った。
「なあ、〈幻想人形兵〉で誘波やグレアムを量産すればリーゼを殺さずに止められないか?」
「あー、この阿呆」
 阿呆って言われた。けっこういい案だと思ったんだが。
「あんな怪物クラスを今の技術で出力・量産などできるか。あー、いや、たとえ技術が千年進歩しても実現は不可能だろう。断言する。理論を細かく知りたいならば講義してやってもいいが?」
「……遠慮する」
 聞いている暇がどこにあると言うのか。
 俺は急いでリーゼを……あれ?
 遠くの空でぶつかり合う黒炎と風を見上げた俺は、それよりもずっと手前側のビルの屋上に人影を見つけた。
 人影は両手でなにかを構え、それを覗き込むような姿勢で上空のリーゼを狙っている。
 狙撃銃――『殺害派』だ!
「くっそ、やめさせねえと!」
「あー、待て白峰零児!」
 駈け出そうとした俺をアーティが清掃ロボの触手で止めた。
「なんでだよ! 邪魔するのか!」
「あー、違う! ここはあの二人の戦闘区域に入った! 危ないから脱出するぞ!」
 なにが、と訊く暇はなかった。

 狙撃手の人影が陣取っていたビルが、花火のように屋上から爆散したのだ。

「――ッ!? あれはさっきの」
 ビルを丸ごと吹き飛ばしたり、破壊していた者だ。今のはビルを屋上から叩き割ったような爆散の仕方だった。
「あー、まったく! あー、まったく! 好きに暴れてよいと言っても限度があるだろう! あの馬鹿たれ共が!」
 珍しくアーティが見てわかるほど憤慨したところで、発砲音からの発射音が響いた。
 発砲音は狙撃銃として、発射音は……おい、ミサイルらしき物体がこっちに飛んできたぞ!?
 なんか先端に作業着っぽいものが貼りついていたような気がしたが、目を凝らす間もなくミサイルは俺たちの頭上のビルに着弾。凄まじい轟音と共にビルは爆壊され、その瓦礫が雨霰と降り注いで――って危ねえ!?
 即座に望月を抱えた俺はアーティと共にその場を離脱した。
「なんなんだよ! 誰がこんな無茶苦茶に戦ってんだ! 他人のこと言えねえけども!」
「あー、それは」
 アーティが答えるまでもなく、その回答は難を逃れた俺たちの前にスタリと着地した。
「あなたたち、ここは危険ですわ! すぐに離れなさい!」
 オレンジがかった髪にタンクトップとジーンズのラフな格好をした女性――白峰・明乃・エレノーラだった。
 つまり俺の母さんだった。
「って、あら? 零くん?」
 パチクリと瞬きする母さんは、疲労が溜まっているのか、髪は乱れて少し息を切らしていた。
「なにやってんだよ、母さん」
 警戒するように目を細めて詰問する。
 だがそれは今さっきの戦いについてじゃない。
 母さんが肩に担いでいる、ドラグノフ狙撃銃についてだ。
「なんで、母さんがリーゼを殺そうとしてんだよ!」
 あの『殺害派』と思しき人影の正体は母さんだった。ドラグノフ狙撃銃――ソビエド連邦が開発した、最高有効射程八百メートルのセミオート狙撃銃――でリーゼを狙っていたのは間違いない。どう見ても黒炎の方の動きに合わせて照準が向けられていたからな。
「……そうですわね、零くんはリーゼさんを助けたいのですわね」
 母さんは全てを悟ったように告げる。俺がお姫様だっこで抱える気絶した望月についてはなにも言わない。
「アーティさんが仰ったように、わたくしもリーゼさんを殺す以外に方法はないと考えていましたの」
「だからって」
「残念ですが、零くん。割り切らないといけませんわ。今のリーゼさんは――凶暴な異獣と同じです」
「……」
 だから母さんは、あんなに可愛がっていたリーゼを殺すと言う。母さんは選んだんだ、世界を。
 俺はそこまで無情になれない。なりたくもない。
 リーゼをこの世界に連れて来てしまったのは俺だ。だから、俺だけは最後まで味方でいてやらないといけないんだ。
「零くん、どうしても退かないと仰るのならば、わたくしは邪魔をしますわよ」
 母さんが本気で立ちはだかる。
 それは、今までにないほど圧倒的な壁だった。
 だが、それでも。
 俺は。
「……そう、でしたら仕方ありませんわね」
 望月をそっと寝かせ、両手に日本刀を生成した俺を見て母さんは一瞬だけ瞠目するが、すぐに冷徹な教官の仮面を被って睥睨する。
「成長した零くんの実力を見せてもらいましょう」
 鷹のような眼光が俺を射る。圧倒的な気迫に押されそうになる。
 だが、負けられない。
「リーゼは殺させない」
「いいえ、世界のために処分しなければなりませんわ」
俺的に・・・くだらねェ・・・・
 瞬間――ドゴォオオオン!! と。
 アスファルトの地面に巨大なクレーターを形成して、三階分ほどもある砕けたビルの塊が落ちてきた。
 その何十トンあるかわからない大質量が、グラリと持ち上がる。
「〝魔帝〟の嬢ちゃんを殺さねェと世界を救えねェ? 確かにそうかもしれんがなァ、そいつは今の話・・・じゃあねェんだろォ!!」
 ボロッボロに焼け焦げた作業着を纏うグレアム・ザトペックだった。両手で持ち上げたコンクリートの塊を母さんに向かってぶん投げた。
 亜音速で空中を走るそれを、母さんは即座に生成した対空ミサイルで迎撃する。
「しぶといですわね。対戦車ミサイルを五発ほど生身で受けているはずですのに」
 左手の〈環力〉で魔力を節約しつつ、母さんはうんざりと肩を落とした。この辺でキチガイな戦闘を繰り広げていた二人。その跳弾で俺たちは撃墜されたってわけかよ。
「グレアム、どういうことだ?」
「あァ、零児もいたのか。お前的に見りゃわかんだろ? 誘波が戦り合っちゃいるが、あの様子的に殺さずとも意識を奪うくらい時間をかけりゃできる」
 クロウディクスは誘波とリーゼが相打つと言っていた。だが、グレアムの戦闘観察眼は本物だ。神剣を通して情報を仕入れているクロウディクスより、現場を実際に見ているグレアムの方が信用できる。
 つまり――
「リーゼを今ここで殺す必要なんてない……?」
「あー、後を考えろ白峰零児。この空間で処分しなければ被害に遭うのは本来の空間だ」
「だったらその被害を出さねェようにすりゃいい話だ」
「あー、〝魔帝〟リーゼロッテは『王国』の狙いの一つだ。それを潰す意味もある」
「嬢ちゃん的にそこが本音じゃねェのか?」
「あー、軽口は慎め小僧。〝魔帝〟リーゼロッテは監査局にとっても重宝する戦力だぞ。そのような狡い計略で命を摘むほど私は愚者ではない」
 アーティは中立と言っているが、やはり考え方は合理的な『殺害派』だ。
 そしてグレアムはどうやら俺の味方らしい。リーゼを狙撃銃で狙っていた母さんを、今までずっと邪魔してきたんだろう。
 俺は両手の日本刀を手放すと、望月を抱え直した。
「グレアム、母さんの足止めを任せられるか?」
「あァ? 零児的に馬鹿を言うな。てめェの母ちゃんとは最初から俺様の喧嘩だ」
 両手のトンファーを構えてグレアムは母さんを睨む。その凶悪な笑みが頼もしいよ、大兄貴。
「お待ちなさい、零くん」
 走り出そうとした俺を母さんが止める。もちろん、はいなんですか? と立ち止まってなどいられない。追って来ようにも、グレアムの壁は母さんと同じくらい厚いんだ。合宿一日目で引き分けたことがそれを証明している。
 だから、親の言うことを無視して俺は行くぞ。
 構わず走り始めた俺だったが――

「先程はリーゼさんを殺す以外に方法はないと言いましたが、零くん一人が大きなリスクを負う覚悟がおありでしたら、その限りではありませんわ」

 背中に突き刺さった希望の言葉に、立ち止まらざるにはいられなかった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品