シャッフルワールド!!

夙多史

五章 異空間戦線(8)

 鎖に捕らわれてもがくドラゴンの背中、という非常に安定しない足場を蹴って俺は前方に跳躍した。
 僅か数メートルの距離。
 その間に棍を生成する。ここまで辿り着いてなんだが、俺の魔力はもう残り少ない。神鉄変幻棍はもちろん、なんちゃってグングニルも作れないだろうな。日本刀があと四・五本ってところか。
 だがそれでいい。俺はリーゼを倒したいわけじゃないからな。
「アハッ」
 武器を持って突っ込んでくる俺を見て、リーゼはなぜか嬉しそうに好戦的な笑みを満面に浮かべた。そして俺から距離を取るわけでもなく、同じように跳躍して突進する。
「ッ!」
 組み伏せるために棍を上段から振るうが、リーゼは僅かな身体の動きで紙一重にかわし、懐へ飛び込んできた。焦熱の黒炎を纏った拳が俺の眼前に迫る。だが、俺だって相手がリーゼならこうなることくらい予想していた。
 少し頬を焼かれたものの直撃は避け、左手を伸ばしてリーゼを掴む――ことは叶わず、直感的な獣じみた動きでリーゼは後ろに大きく跳び退った。
 悪魔っぽくなっても、獣っぽくなっても、わかってるんだな。俺の左手がなにか。
「アッハハ、壊れろ壊れろ!」
 楽しそうに叫ぶリーゼの周囲に小規模な魔法陣がいくつも展開された。時間差で放射させる黒炎を右にかわし、左にかわし、一歩でもリーゼに近づくために前進する。こんなの、セレスの光弾に比べれば威力はともかく速度は当たり前に遅いぞ。なによりも狙いが粗い。
 火炎放射が掌からの黒炎弾に切り替わる。威力は落ちるが速度と狙いの精密さが上がった。足場が悪いせいでかわし切れず、いくつかを棍で薙ぎ払う。
 リーゼは遊んでいるのか? 舐められたもんだが、できればそのまま舐め切ってくれれば助かるよ。
「……なんか、思い出すな」
 リーゼと初めて会った時だ。
「あの時も、こんな風に戦ってたよな」
 俺が異世界イヴリアに飛ばされ、リーゼに〝魔帝〟を討伐しに来た勇者と勘違いされて戦闘を吹っかけられた。たった数ヶ月前のことなのに、もう何年も経っているような気がする。
「リーゼ、お前は思い出さないのか?」
 左肩に当たりそうだった黒炎を棍で打ち上げるように払う。
「……」
 リーゼは無言で黒炎を放ち続けている。けれど、さっきまでの楽しそうな感じは消えていた。
「レランジェを紹介されて、二人でメシを食って、ヘンテコな二人組と戦わされて…………俺の、この世界にやってきて」
 黒炎の射出が片手から両手に増える。二倍の数になった黒炎弾の一発が脇腹を掠めた。く、流石に棍一本じゃ捌き切れないか。
 棍を捨て、両手に日本刀を生成すると同時に身を捻り、飛んでくる黒炎弾の群れを弾く。正直、左手で日本刀以外を生成するのはまだ怖かった。練度も低いし、右手に比べればナマクラだ。それでもリーゼの黒炎弾を逸らすだけなら充分に働いてくれる。
「リーゼ、忘れたわけじゃないんだろ? 楽しいことも、退屈なことも、辛いことも、全部覚えてるんだろ? わけのわからない力が暴走したくらいで忘れられるわけないよな?」
 俺が一歩踏み込むと、リーゼは一歩後退する。
 それを繰り返し、やがて〝竜王〟の頭部――行き止まりまでリーゼを追い詰めた。悪魔の翼は畳まれたまま、飛び立つ気配は見せない。
 黒炎弾も止んだ。
「リーゼ?」
 だらりと両腕を下げて俯くリーゼ。どうしたんだ、急に?
 魔力切れ、ということはありえない。リーゼは底なしに近い魔力量を持っているし、魔力還元術式のおかげで『消費する』ということを知らない。リーゼの存在自体が魔力の永久機関を実現しているんだ。
 怪訝に思った俺が一歩近づくと――
「……来ないで」
 その小さな唇から〝人〟の意志を感じさせる言葉が紡がれた。
「レージ! わたしに近寄らないで!」
 明確な拒絶。赤い両目の端に涙を浮かべた彼女は、とても辛そうに、寂しそうに叫んでいた。
「このままだと、わたしはレージを殺してしまう!」
「お前、本当は気がついてたのか?」
 いつからか? というのはわからない。最初は本当に破壊を楽しむだけの存在だったと思う。リーゼにそこまで高度な演技は無理だろうし、演技する意味がわからない。
「あいつと同じ姿、たぶんもう戻らない。『声』が止まないの」
 リーゼの頭の中に響く声ってやつか? 封印が完全に解かれてしまったから、今まで以上に酷くなったんだろう。
 それがなんなのかは今でも不明だ。ヒントなんてないんだ。俺が知れるわけがない。レランジェならあるいは正体を知っているかもしれないが、マスターの身の危険に関することを隠す意味はないよな。
「最初は『壊せ』ってだけだった。でも今は『壊せ』『殺せ』『奪え』『襲え』『降せ』『燃やせ』って、わたしの声でわたしじゃない誰かが言ってるの! そいつに体を勝手に動かされて、レージの声が聞こえるまで、わたしはわたしの中の奥で眠ってた」
 ぎゅっとリーゼは拳を握る。自分じゃどうしようもできないことに対する怒りや悔しさ、そして一種の諦念のような感情がそこにはあった。
「でもわかる。あっちが本当のわたし。赤ちゃんの時にあいつが封じた、本来の・・・魔帝・・〟」
「本来の、〝魔帝〟……?」
 確か、レランジェがそんなことを言っていたな。リーゼの父親――アルゴス・ヴァレファールが赤ん坊のリーゼに施した封印で〝魔帝〟の象徴である角やら尻尾やらが消えた、と。
 なるほど、赤ん坊の頃に封じられたからこそ、あんな風に理性を感じない欲望のまま行動する人格に塗り替わってしまうんだ。
「今のわたしは偽物ってことね。あっちが本当なんだから、偽物のわたしはいつか全部消えてしまうわ」
 どこかヤケクソ気味に、リーゼは『偽物』を強調した。
「もう、わたしがわたしでいられる時間もたぶん、少ない。わたしじゃないわたしに乗っ取られてレージを、みんなを、世界をめちゃくちゃにするのなんて嫌! 楽しかった世界をわたしの手でつまらなくするくらいなら、このまま殺された方がマシ!」
 なんだって?
 殺された方がマシ、だと?
「なにを……」
「自分じゃ死ねない。でもレージじゃわたしを殺せない。イザナミなら、わたしを殺してくれる」
 なにを言っているんだ、リーゼは。
「だからレージは帰っ――」
「ふざけんなよ!!」
 必死の形相で叫ぶリーゼの言葉を、俺はさらに大きな声で遮った。ビクッと肩を跳ねさせて驚くリーゼに、俺は一歩歩み寄る。
「れ、レージ……?」
「リーゼの言う通りだ。俺はリーゼを殺せない。だけど誘波にも殺させない。俺はお前を、今のお前を助けるためにここまで来たんだ! 偽物? 本物? そんなの知るか! あーいや、確かにお前は偽物だよ。俺が知ってるリーゼは、そんな程度のことで生きることを諦めるやつじゃねえ! 無邪気で、前向きで、自分が負けることなんて微塵も考えない、そんなどこにでもいる普通の女の子だ!」
 実際どこにでもいるかは不明だが、今はそういう問題じゃない。このまま俺の思ってることを言わせてもらう。
「あの正気を失ったお前が〝魔帝〟の本性で、理性のない赤ちゃんのままだってことはわかった。だけど生きてきた時間で言えばお前の方が圧倒的に長いんだぞ。どっちが本物かを決めなきゃなんねえなら、絶対に今のお前の方だろ! リーゼロッテ・ヴァレファール!」
「!?」
 愛称じゃなくてフルネームで呼ばれたリーゼがハッと目を見開いた。だが、このくらいで改まるほど物わかりがよければ苦労はしない。
 リーゼは首を横に振る。
「でも、わたしはもうすぐ消えてなくなるのよ! わたしがわたしじゃなくなって、思い出も全部消えて、みんな殺してみんな壊して、世界を再生できないくらいめちゃくちゃにして最後はわたしも一人で死――」
「だったら!」
 最後まで言わせない。悲しい台詞は言わせちゃいけない。
「だったら、お前を呑み込もうとしてる〝魔帝〟を俺が呑み込んでやるよ!」
 作戦では呑み込むのは魔力になるんだが、〝魔帝〟の封印が解かれた時、禍々しい魔力が溢れ返った。リーゼの魔帝化とその魔力はたぶん関係している。だからきっと、魔力がなくなれば〝魔帝〟の本性とやらに呑まれることはないはずだ。
 リーゼは少しポカンとしていたが、すぐに目を伏せて否定する。
「……無理」
「無理じゃない」
「無理! だって」
 諦めたように言って、リーゼは天を仰いだ。

「もうすぐアレが完成するから!」

「アレって……?」
 俺も空を見上げるが、暗雲で覆われているだけで特になにも…………ん? なんだ? なにか黒いゆらゆらしたものがあるぞ。なんかの文字のような図形のようなものが広がって――
「なっ!?」
 気づいた。暗い空に紛れて、巨大過ぎて逆によく見なければわからないほどの魔法陣が展開されていたんだ。
 黒炎の魔法陣。明らかにリーゼの魔力還元術式だ。
 でかいってもんじゃない。たぶん、いや間違いなく、この空間全域に渡る範囲だぞ。あんなのを発動されたら空間ごと消し飛んじまう。これだけの魔法陣を作り出すのには相当な時間がかかったはずだ。
 あの誘波と戦いながら、リーゼはそれをやってのけたって言うのか?
 これほどの魔力が放出されていたら、地上にいた俺たちは気づかなくても、直接リーゼと対峙した誘波は気づいたはずだ。
 そうか、だからこそ誘波は焦っていたのかもしれない。消耗していただけじゃなく、早く魔法陣の発動を阻止することに焦燥してグレアムの接近すら感知できなかったんだ。
「止められないのか?」
「アレを作ってるのはわたしじゃない。わたしじゃどうにもできない!」
「なら話は早い」
 え? という顔をするリーゼが視線をこちらに戻した時には既に、俺はもう彼女に手が届くくらい接近していた。
「〝魔帝〟の本性……アレを作り出しているお前の魔力を、俺が全部奪ってやる」
 日本刀を捨てる。フリーになった両手を強張る小さな肩に置き、そっと抱き寄せる。
 羞恥心はない。そんなものを感じている場合じゃない。
 魔力を吸い上げるのは左手ではなく――
「リーゼ、こっちを向け」
「レージ、一体なに――んぐっ」
 俺は、リーゼの唇に自分の唇を強引に重ねた。


「エネルギーを吸うために一番適している人体の箇所は、口ですわ」
 あの時、熱風が吹き荒ぶ中、母さんは自分の唇を押さえて静かにそう告げた。
「わたくしたち吸魔の人種は左手からもエネルギーの吸収が行えますが、その本質はやはり口からですの。相手の体に牙を立てて吸い上げても構いませんが、それよりも口と口との接触が最も強力ですわね。あっという間に相手の力を奪ってしまいますわ」
 理屈はわからないでもなかった。食べ物を摂取するのも口だ。だからそこが〈吸力〉の本質だと言われても違和感はなかった。けれど、口と口との接触ということは――
「要するに、零くんがリーゼさんとキスをするのですわ」
 こういうことだった。
「これは危険な賭け。わたくしのような純血の吸魔がそのようなことをすれば、一瞬で自分の魔力容量をオーバーして死に至ります。それに〈吸力〉で吸い上げるのは対象に含まれるあらゆるエネルギーですわ。生命力がなくなれば当然相手も死ぬでしょう。だからわたくしは、愛する夫とすらキスをしたことがありませんの。まあ、口づけという概念はこちらの世界に来て初めて知ったことですが」
 残念そうに溜め息をついた母さんは、本当はしたいんだな。父さんとキスを。言われてみれば、そういうシーンを俺は一切見たことがなかった。
「とにかく、地球人とのハーフの零くんならもしかするかもしれませんわ」


 ハーフの底知れない魔力許容量と、劣化を利用する完全な賭け。
 誰かとキスなんてしたこともない俺にはぶっちゃけ半信半疑だったが(練習で試すわけにもいかないし)、どうやらこれは……本物だ。
「んぅ~~~~っ」
 口を塞がれて呻くリーゼだが、次第に目がトロンとなって体が弛緩し、俺に身を預ける形になる。
 心を許したとかそんなんじゃない。実際に力が抜けているんだ。
 俺に、とてつもない魔力をとてつもない速度で吸われているからな
 一秒とかからず俺が普段マッサージをしながら左手から〈吸力〉する量を超えた。魔力が俺の中に堰を切ったように流れ込んで蓄積されていくのがわかる。
 魔力疾患時のように熱や痛みは感じない。
 だが……なんて、禍々しいんだ。俺の魔力へと変換し切れず溜まっていく部分が、吐き気を催すほど気持ち悪い。悪意と破壊衝動が渦巻いている。
 意識が飛びそうだ。そうなったら確実に俺は呑み込まれる。

 ――壊せ――

 頭の中に『声』が響いた。
 俺の声だった。だけど俺の意志じゃない。なるほど、こいつが〝魔帝〟の本性ってやつか。

 ――壊せ殺せ刺せ斬れ引き裂け襲え貪れ奪え踏み躙れ打ち砕け喰らえ燃やせ吸い尽くせ侵せ搾り取れ噛み千切れ縛れ圧し折れ捥ぎ取れ倒せ降せ呑み込め薙ぎ払え磨り潰せ壊せ殺せ刺せ斬れ引き裂け襲え貪れ奪え踏み躙れ打ち砕け喰らえ燃やせ吸い尽くせ侵せ搾り取れ噛み千切れ縛れ圧し折れ捥ぎ取れ倒せ降せ呑み込め薙ぎ払え磨り潰せ壊せ殺せ刺せ斬れ引き裂け襲え貪れ奪え踏み躙れ打ち砕け喰らえ燃やせ吸い尽くせ侵せ搾り取れ噛み千切れ縛れ圧し折れ捥ぎ取れ倒せ降せ呑み込め薙ぎ払え磨り潰せ壊せ殺せ刺せ斬れ引き裂け襲え貪れ奪え踏み躙れ打ち砕け喰らえ燃やせ吸い尽くせ侵せ搾り取れ噛み千切れ縛れ圧し折れ捥ぎ取れ倒せ降せ呑み込め薙ぎ払え磨り潰せ壊せ殺せ刺せ斬れ引き裂け襲え貪れ奪え踏み躙れ打ち砕け喰らえ燃やせ吸い尽くせ侵せ搾り取れ噛み千切れ縛れ圧し折れ捥ぎ取れ倒せ降せ呑み込め薙ぎ払え磨り潰せ壊せ殺せ刺せ斬れ引き裂け襲え貪れ奪え踏み躙れ打ち砕け喰らえ燃やせ吸い尽くせ侵せ搾り取れ噛み千切れ縛れ圧し折れ捥ぎ取れ倒せ降せ呑み込め薙ぎ払え磨り潰せ壊せ殺せ刺せ斬れ引き裂け襲え貪れ奪え踏み躙れ打ち砕け喰らえ燃やせ吸い尽くせ侵せ搾り取れ噛み千切れ縛れ圧し折れ捥ぎ取れ倒せ降せ呑み込め薙ぎ払え磨り潰せ壊せ殺せ刺せ斬れ引き裂け襲え貪れ奪え踏み躙れ打ち砕け喰らえ燃やせ吸い尽くせ侵せ搾り取れ噛み千切れ縛れ圧し折れ捥ぎ取れ倒せ降せ呑み込め薙ぎ払え磨り潰せ壊せ殺せ刺せ斬れ引き裂け襲え貪れ奪え踏み躙れ打ち砕け喰らえ燃やせ吸い尽くせ侵せ搾り取れ噛み千切れ縛れ圧し折れ捥ぎ取れ倒せ降せ呑み込め薙ぎ払え磨り潰せ壊せ殺せ刺せ斬れ引き裂け襲え貪れ奪え踏み躙れ打ち砕け喰らえ燃やせ吸い尽くせ侵せ搾り取れ噛み千切れ縛れ圧し折れ捥ぎ取れ倒せ降せ呑み込め薙ぎ払え磨り潰せ壊せ殺せ刺せ斬れ引き裂け襲え貪れ奪え踏み躙れ打ち砕け喰らえ燃やせ吸い尽くせ侵せ搾り取れ噛み千切れ縛れ圧し折れ捥ぎ取れ倒せ降せ呑み込め薙ぎ払え磨り潰せ壊せ殺せ刺せ斬れ引き裂け襲え貪れ奪え踏み躙れ打ち砕け喰らえ燃やせ吸い尽くせ侵せ搾り取れ噛み千切れ縛れ圧し折れ捥ぎ取れ倒せ降せ呑み込め薙ぎ払え磨り潰せ――

 こ、これは気が狂いそうだ。リーゼはずっとこんなのに堪えていたのか? さっきはこんなことって言っちまったが、キツイ。リーゼがあんなに弱気になるのもわかる気がするよ。
 でも――
 ――黙れよ。
 俺は〝魔帝〟じゃない。お前は俺の一部になったんだ。黙って俺の魔力に統合させろ!
 いくら頭の中で喚こうが、俺の中に入った以上お前はやがて消える。それまで俺は堪えるぞ。堪えて堪えて堪えて、なにがあってもお前にこの身を預けたりはしない! 絶対にだ!
 と――

 ――………………後悔しろ――

 ――………………お前は『魔王』の力を取り込んだ――

 ――………………もはや人間とは呼べん――

 ――………………全てを我に預けておけば楽になれたものを――

 ――………………どうしても我に支配されたくなければ――

 ――………………この力、己の意志で使いこなしてみるがよい――

 それは、朦朧とする意識の中で聞こえた幻聴だったのかもしれない。
 あれがなんだったのかはわからないが、それっきり『声』は聞こえなくなった。
 気がつけばリーゼは俺の腕の中でぐったりと意識を失っていた。その頭に角はなく、その背中に翼はなく、そのお尻に尻尾はない。
 元の、俺たち人間と同じ姿に戻っていた。
 上天で揺らめいていた黒炎の魔法陣も消えている。
「……やった、成功」
 言いかけた瞬間だった。
〝竜王〟を縛っていた〝影〟の鎖が引き千切られたのは。
 豪快な唸りを上げ、唐突に躍動した竜頭は、その上に立っていた俺たちをゴミクズのようにあっさり払い除けた。
「ぐっ……」
 空中に放り出された俺は……なにもできない。リーゼの魔力を根こそぎ奪った反動か、指一本動かせない。それでもリーゼは抱いたまま放さなかった。

 ――グァオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

 咆える〝竜王〟は、まるで主を取り返すようにまっすぐ俺たちに突っ込んできた。大気を揺るがす羽ばたきが暴風を生み、空中をたゆたう塵芥のごとく俺たちを弄ぶ。
〝竜王〟が大口を開く。こいつ、リーゼごと喰らうつもりか!
 させない。
 けど体が動かない。

「まったく、レイちゃんもグレアムちゃんも無茶をし過ぎです」

 呆れた言葉と共に、さらなる暴風が吹き荒れ〝竜王〟の巨体を押し退けた。
「あとでお説教しますから、覚悟してくださいねぇ」
 ふわり、と。
 俺とリーゼを優しい風が包んだ。周りを見れば、力尽きたらしい望月も向こうで風に包まれている。あいつは敵だけど、礼は言っておく。ありがとな。
「私のお説教は校長先生のお話以上にながぁ~いですよぅ」
 空中に浮遊する十二単の少女は、ゆっくりと降下を始める俺たちをどこか安堵した目で見詰めて、嬉しそうに微かに口元を緩めた。
「誘波、後は頼む」
「いいえ、私は〝竜王〟ちゃんを抑えるだけです。トドメは私の仕事ではありません」
「?」
 不思議に思っていると、風に乗って別の声が届いた。
『よくやってくださいました、ゴミ虫様』
 レランジェだ。
『あとはこのレランジェにお任せ安定です』
 居場所は探すまでもなかった。遠く、生き残っているビルの中で一番高いところの屋上に『それ』があった。
 ミサイルの発射台に似た、いくつもの砲門が積み重なったような巨大な物体が設置されていたのだ。どこから持ってきたんだあんなもの? アーティや母さんの仕業ってわけじゃなさそうだし……。
『これはレランジェが変形した姿安定です』
「おかしいよね!? どう変形したら質量まで変わるんだよ!? マルファか!?」
『異界技術研究部のお方たち仰っていました。変形はロマンだと』
「あいつら変態のくせになんでもできるな!?」
 しかも威力は見た目以上だった。
 無数の砲門から射出された光線が途中で一条に束ねられ、闇を跳ね除ける超巨大な光の槍となって宙を奔る。誘波の風に捕らわれていた〝竜王〟はブレスで応戦するが――
「抵抗なんてさせませんよぅ」
 誘波の風が〝竜王〟の火炎を横から煽ぎ、その軌道を光槍から逸らした。
 光槍が〝竜王〟を貫く。
 けたたましい断末魔が空間全域に響き渡る。
 一瞬で息絶えた〝竜王〟は落下することなく、他のドラゴンたちと違い闇のような黒い粒子となって霧散消滅した。
 凄まじいが、呆気なかった。
 けど、どうなってるんだ? 〝竜王〟の死に方は普通じゃなかったぞ? まるで影霊みたいな……いや、そういえば前に一度見たことがあるぞ。
 かつて『次元の門』から現れ、この世界を侵略しようとして迫間に斬られたあの――

 ――………………覚えておくがよい――
 ――………………これが、『魔王』となった者の末路だ――

 消えたと思っていた『声』が、最後にそれだけ俺の頭の中で響いた。

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