シャッフルワールド!!

夙多史

一章 勇者の凱旋(2)

「ユウリちゃんの帰還を祝して乾杯でーす♪」
「え?」
「「「かんぱーい!!」」」
「え? あれ? えぇ?」
 シャンメリー入りのワイングラスがカシャカシャと打ち鳴らされる中、主役の位置に座らされた悠里は激しく混乱した様子でキョドキョドと首を左右に振っていた。唐突な宴会ムードについて行けていないみたいだな。
 悠里は俺たちに向けていた敵意をひとまず引っ込めてくれたが、気を許したわけじゃないんだろう。誘波の屋敷にお呼ばれしたかと思えばいつの間にか大宴会。しかも自分が主役ときた。俺だって混乱する。
 まあ、大宴会と言っても興味のないやつはさっさと帰っちまったけどな。アーティなんか真っ先にいなくなった。クロウディクスはノリノリだったが、アレインさんに捕まってお国に強制送還されてたし。
 この場にいるのは、俺、リーゼ、レランジェ、セレス、誘波、母さん、そして主役の悠里だけだ。
「はぁい、どんどん飲んでくださいねぇユウリちゃん」
「え? これ、お酒?」
「シャンメリーはノンアルコールですよぅ」
 誘波に薦められるままシャンメリーに口をつけるようなことはせず、悠里はじっとグラスの中で泡立つ透明な液体を見詰め、そして広々とした和室に並べられた和洋中華ごっちゃごちゃな料理たちを見渡す。
「変な薬とか、入ってないでしょうね?」
 警戒しながら問うと、また新しい料理を運んできたメイドさんが機械的な声で答える。
「安心安定です。毒が入っているのはゴミ虫様のグラスだけです」
「入れんな!?」
 とりあえず、このポンコツメイドロボは隙あらば俺に毒盛ろうとするのやめてくれませんかね? 壊されたいの? 喧嘩売ってんなら買うよ?
「ゴミ虫様って? え? そこの人のこと、よね? なんで毒?」
 幼馴染に『そこの人』とか言われてちょっと傷つきそうな俺がいます。いや、記憶ないのはわかってるんですけどね。それでもね……。
「ゴミ虫様は無類の毒好き安定です。毎日お風呂上りに『カァーッ! 長風呂の後の青酸カリは格別安定だぜ!』と仰っています」
「おい、嘘教えんな!? なんでビールみたいに毒物飲んでんだよ俺!?」
「昨夜は半数致死濃度を強めにボツリヌストキシンで一杯安定でした」
「安定してねえよ!? つかなんでお前この世界の毒物に詳しくなっちゃってんの!?」
「毒が大好物なんて、流石は魔王ね……」
「納得しちゃった!?」
 さては俺の毒殺要員を増やそうとしてないか? 毒が効かないって思われたら逆効果だぞ。だが悠里が俺への敵意を完全に払拭した後が恐いな。これからはもっと食事に気をつけよう。悠里の手料理とか食ったことないけど……。
 と――とたたたたっ。リーゼが骨付きフライドチキンを皿ごと抱えて俺に飛びついて来た。
「レージレージ! この肉美味いわよ! 食べなさい!」
「はむっ」
 口の中に無理やりフライドチキンを捻じ込まれる。な、なに? いきなりなに? 新手の窒息殺俺計画でもレランジェが吹き込んだのか?
「げほっ! なんだよリーゼ殺す気か!?」
 なんとか窒息は免れて突き放すと、リーゼはどこかムスッとした顔で俺を睨んできた。
「レージ、さっきからずっとそいつばっかり気にしてて面白くない」
 言って、失礼にも悠里を指差すリーゼ。ああ、俺が構ってやらなかったから退屈してたんだな。
「そう言ってやるな、魔て……リーゼロッテ。彼女は零児の友人・・だったのだ。しかも記憶を失っているのだから気にして当然だろう」
 危なく〝魔帝〟と言いかけながらもセレスがリーゼを諌めてくれた。そういや、セレスには悠里のことを少し話したことあったっけ。ところでなんで『友人』を強調したんだ?
「申し訳ありません、悠里さん。わたくしの義理娘むすめたち……もとい彼女たちが騒がしくて」
「いや、騒がしいのは嫌いじゃないけど……」
 ふわふわした笑顔を向ける母さんに悠里の表情は少し引き攣っていた。いやそれよりも――
「ねえ、母さん? 今不穏な単語が聞こえた気がするんだけど?」
「気のせいですわ」
「そ、そうか。だよな」
 凛とした声で気のせいと言われたら、気のせいなんだろう。うん。
「ていうか、あなたたちはなんなの? そもそもここは、どういう世界なわけ?」
 まだ一切料理に口をつけていない悠里が表情を真剣にして訊ねた。わけもわからないまま宴会が始まったもんな。俺たちはよくても、悠里はとても盛り上がれる状況じゃないんだ。
「地球、もしくは日本という言葉に覚えはありませんかぁ?」
 悠里の気持ちを察したのか、一番はしゃいでいた誘波が落ち着いたおっとり声で問う。悠里は目を瞑って少しばかり逡巡し――
「…………あるような、ないような」
 曖昧な答えを返した。
 まあ、全くない、と答えられるよりはいい。曖昧ってことは、記憶のどっかに引っかかるところがあるんだ。それをどうにかこうにか引っ張り出せないものかな。
「ユウリちゃんの生まれた世界がここなのですよぅ」
「アタシの生まれた世界……帰ってきた……?」
 悠里は吟味するように言葉を呟く。そこには思い出そうとしている努力が見えた。失った記憶を毛ほども気にしていなかったら、あんな風に悩んだ顔はしないよな。
「あっ、証拠でしたらここにありますわ」
 すると、母さんがいつの間にか用意していた紙袋から分厚い冊子を何冊も取り出した。
「零くんが生まれた時から昨日のことまで余すとこなくバッチリ収録してあるアルバムですわ」
「や、やめろよ母さん。そんなものどっから持ってきたんだ恥ずかしいだ……え? 昨日のことまで? 余すとこなく?」
 おかしい。母さんは四年ほどアメリカに行っていたはずだ。その空隙をどうやって埋めてたんだ? 家に隠しカメラとか設置してないよね? ……と思ったら、誘波が不自然にそっぽを向いて下手糞な口笛を吹いていた。そうかお前が共犯か。
「悠里さんもちゃんと写っていますの。小っちゃい頃の零くんはとても可愛かったのですのよ」
「アケノ殿! その辺り私にも詳しく!」
「セレス!?」
 どういうわけか急にセレスが鼻息を粗くしてアルバムに喰らいついた。なんなんだ? みんな俺の恥ずかしい過去を肴に一杯やる気なの? 泣くよ?
「ほら、ここに写っているのが悠里さんです。こっちにも写っていますわ。ここにも。うふふ、小さい頃から二人はよく一緒でしたものね。お母さん懐かしいですわぁ♪」
「あー、うん、確かにアタシっぽい……」
 写真を見ながら悠里も納得気味に頷いてるな。眉がハの字になってちょっと困惑しているから、記憶は戻らないみたいだが……。
 あんまり見たくないが、悠里のためだ。俺もコメントできる写真があるかもしれんし、ちょっと探してみるか。
 悠里が掘った砂場の落とし穴にまんまと嵌って泣いている幼稚園児の俺。あったなー。
 悠里と木登り勝負して負けた上に降りられなくなって泣いている小一の俺。あったなー。
 悠里と一緒に海に遊びに行って波に攫われ無人島で一人泣いている小三の俺。あったなー。
「写真撮る暇あったら助けろよ!? あとなんで泣いてるとこばっかなんだよ!?」
 俺こんなにしょっちゅう泣いてたのか? 今の自分が見て引くレベルの泣き虫具合なんですけど!
「アハハ、これレージなの? 今より全然弱そう!」
「当たり前だろ! 笑うな!」
「……このゴミ虫様なら簡単安定そうですね」
「なにが!? お前もし過去に行けたら幼い俺になにする気!?」
 異界技術研究開発部の皆さん、頼むからタイムマシンだけは開発しないでください。俺の存在が消える!
「ユウリちゃん、なにか思い出しませんかぁ?」
「う~ん……ごめん、よくわからないわ」
 誘波が確認を取ったが、悠里はやはり首を横に振るだけだった。こんな簡単に思い出せるならもうとっくに思い出してるよな。
「でも、この世界がアタシにとって特別だってことはなんとなく感じたわ」
「まあ、今すぐ無理して思い出さなくても大丈夫ですよぅ。ゆっくりそのうち、でいいのです」
 そうだな。あんまり無理すると逆に頭がイカれるかもしれん。どうにか思い出してほしいけど、その点は俺も誘波に同感だ。
 けど、悠里の考えは違うようだった。
「次はあなたたちのことを教えてくれる? そこの人がアタシの幼馴染だってことはアルバムの通りなんだろうけれど、他の人はアタシとどういう関係だったの? 友達?」
 少しでも多く情報を得たいのだろう。悠里は真剣な眼差しで俺たち見回す。仕方ないな。幼馴染相手だとなんか変な感じだけど、自己紹介をしようじゃないか。――嫌な呼び名が固定される前に!(切実)
「なあ、『そこの人』ってのやめてくんない? 俺には白み「ゴミ虫様」って名前がある――っておいコラいらん言葉被せんなレランジェ!?」
 糾弾するとレランジェはバッ! と勢いよく無表情の顔を背けた。こんにゃろ……。
「シラミゴミ虫……」
「やめて!? 白峰零児だからシラミでもゴミ虫でもないから!?」
 シラミゴミ虫とか過去最大級のイジメ呼称だと思います! そして呼ばれ続ければなんだかんだで慣れてきて疑問もなく返事してしまうところまで見えた。
「冗談よ。わかったわ。じゃあ、『零児』って呼べばいいの?」
「ああ、それで頼む」
 よかった普通だ。ん? 待って。普通に呼ばれることが滅多にないとかそれ普通なの? まあいいか。普通は最高です。
 続いてぐいっとリーゼが控え目な胸を張る。あ、なんか嫌な予感……。
「わたしは魔てもごっ!?」
 あっぶねー。リーゼの口をフライドチキンで塞がなかったら、アンチ魔王の悠里の前で〝魔帝〟を名乗るとこだった。
 代わりに俺が紹介する。
「こいつはリーゼロッテ・ヴァレファール。あっちのアホメイドはレランジェ。そんでそこの銀髪の騎士様が」
「セレスティナ・ラハイアン・フェンサリルだ。我々三人は初対面だが、よろしく頼む、悠里殿」
「うーっ!? うーっ!?」
「ええ、よろしく。ところでその子、なにを言おうとしたの?」
 悠里がフライドチキンを詰め込まれてうーうー言ってるリーゼを怪訝そうに見る。
「あー、えっと、リーゼお嬢様は気高い御身分であらせられるから『奴隷』とか言い出しかねないんだ。記憶のないお前に『奴隷だった』とか言われちゃシャレにならん」
「ふぅん……」
 納得できない様子だったが、悠里はそれ以上踏み込んで来なかった。空気読んでくれてありがとう。許してくれ。これはお互いのためなんだ。
「わたくしは零くんの母親の白峰・明乃・エレノーラですわ。悠里さんは小さい頃から娘同然に見守っていたのですが、覚えていないのですね」
「……ごめん」
 しゅん、と俯く悠里。母さんは苦笑すると、「仕方ありませんわ」と言って座った。入れ替わりにド派手な十二単をヒラヒラさせて誘波が立ち上がる。
「そして、私は日本異界監査局局長の法界院誘波です。ユウリちゃんは監査局の監査官だったので、言わば上司ですねぇ」
「異界監査局?」
 悠里が小鳩のようにキョトンと首を傾げる。
「この世界は少々不安定でして、よく『門』が開いてしまうのです。そこからやってくる異世界人を保護したり、脅威と戦ったりする組織のことですよぅ」
 簡単にだが誘波が真面目な説明をした。珍しい。こういう時はだいたい嘘八百を並べて俺にツッコませるのに。流石の誘波も、これ以上余計な情報で混乱させるのはよくないと思ったんだろうね。
 ふぅん、と悠里が唸る。
「世界の守護者がトップの組織ってことは……『正義の味方』ってことでいいのかしら?」
「感じ方は人それぞれです。ですが、少なくとも世界を守る組織であって害なす組織ではありませんねぇ。『正義』だと言えば、『正義』になります」
 誘波が言うと、悠里は目をキラッとさせて勢いよく立ち上がった。
「わかった! 昔のアタシがそこに所属していたのなら、もう一度入る! いいでしょ?」
「もちろんですよぅ。というか、ユウリちゃんの席はちゃーんと残っているのです」
 悠里ならそう言うだろうな。誘波も勧誘する手間が省けたってもんだろ。最初から狙っていた可能性も否定できんが……。
「では、次は悠里さんのお話を聞かせてください。わたくしたちは昔の悠里さんのことしか知りませんの。異世界で、どのようなことをされていたのですか?」
「あ、それは俺もめっちゃ気になってた」
 母さん、ナイス。今の悠里を知らないままじゃ、俺たちは自分の知っている悠里を押しつけることになっちまうからな。
「うん、いいわ。全部話すと長くなるから要所要所でよければ」
 そう前置きして、悠里は語り始める。
「アレは私が目覚めた最初の世界。なぜかいきなり魔王の城の中にいたんだけど、そこで出会った気弱で影の薄い勇者と一緒に魔王を退治して……」
 聞かされる悠里の物語。
 話し方は簡潔としていたが、内容はかなり壮大だった。いくつもの次元を超え、数々の魔王と戦い、魔族以外とも戦い、人々から讃えられ、異世界の仲間と友情を育み、そして別れる。
 俺が想像していたよりもずっと凄まじい経験を悠里はしていた。とても一年とちょっととは思えないほど体験談。
 悠里は記憶をなくしても、異世界に飛ばされても『正義の味方』――勇者をしていたんだな。

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