シャッフルワールド!!

夙多史

三章 競い合う紅白(1)

 うだるような炎天下の中、伊海学園の体育祭は幕を開けた。
 入場行進から始まり、開会式で高等部三年の体育祭実行委員長がスポーツマンシップ云々の宣言を終え、今は偉い人のありがたーいお話が延々と続いている。延々と続き過ぎて軽く熱中症になりそうだ。長話中の偉い人の耐熱耐寒性は異常。なんなのあの無敵タイム? もっと俺らのことも考えてください。
 やっとのことで解散された時には二・三人ほど倒れていた気がする。
 それから全校生徒でのラジオ体操を終え、誰もが長話に文句を言いつつそれぞれの陣営に戻って自分の種目が開始されるまで待機となった。
 伊海学園の体育祭は個人単位で紅白に分かれて競い合うわけで、俺たち白組はグラウンドの本部テントから見て左側だ。威風堂々と掲げられた白い虎の描かれた応援旗の下に集う仲間たちは、長話のダメージこそあれど士気は上々のようだな。
 対する正面の紅組も似たような盛り上がりを見せている。赤い龍が厳つく睨みを利かす応援旗。わいわいがやがやと騒ぎ倒す様子は、下手するとこっちよりも士気が高いかもしれん。
「よーしお前ら! 紅組なんてコテンパンに蹴散らしてやっぞー!」
「「「おーっ!!」」」
 いや、こっちはこっちで桜居が全体の士気を上げにかかっているな。あいつはまた郷野となんか賭けたらしい。まあ、俺は勝ち負けに拘るつもりはないからな。ほどほどに頑張ることにするよ。
「一週間、負けた方が勝った方の犬になる! オレたち白組の尊厳のためにも絶対勝つぞーっ!!」
「「「おーっ!!」」」
 やるからには勝たないとな! 負けとか俺のプライドが許さない的な感じでありえないよな! 頑張らないやつには相応の罰を!
「ていうか桜居てめえ!? なに勝手に俺たちまで巻き込んでやがんだ!?」
「馬鹿だな白峰。個人で努力しても組全体の勝ちには繋がらないんだよ。だったら全体に影響を広げるのは当然の選択だ」
 かけてもないエア眼鏡をクイクイさせて偉そうに言う桜居は、とりあえず一発殴ってもいいかな?
「俺は聞いてないぞ」
「くくく、お前に言えば全力で阻止にかかると思ったからな。だが考えてもみろ、白峰。勝てば紅楼やリーゼちゃんや郷野を好きにできるんだぜ?」
「……下衆の顔になってるぞ、桜居」
 なるほど、どうりで士気が上がっているわけだ。白組は下衆の集団だった。だが悠里やリーゼはともかく、あの憎たらしい郷野に命令できると思えば…………わ、悪くないな。
「ようこそ白峰、こちら側へ」
「ぐっ……だが、勝ってもあまり無茶なことはさせないからな!」
「わかってるわかってる。白峰、お前の働きには期待してるぜ」
 桜居はひらひらと適当に手を振って踵を返した。一年や三年、中等部の方でも士気上げに努めるようだ。あいつ白組の団長でもないくせにこういう時のリーダーシップは凄まじいよなぁ。
「私はあまり気の乗らない賭け事だ」
 声に振り向くと、体操着姿のセレスが難しい顔をして立っていた。太陽光を照り返すような美しい銀髪をいつも通りポニーテールに結い、額には白組のハチマキを回している。
「セレスも一応了承はしてるんだな」
「美鶴殿と悠里殿に押されて仕方なく、だ。〝魔帝〟の挑発に乗ってしまったのもある」
 勝負事の好きそうな連中に押し切られて頷かされるセレスさんの姿が脳裏にありありと浮かんでくる。意外とセレスはそういうとこ弱いよな。
「それにしても……」
 俺はセレスの姿をまじまじと見詰めた。普段見慣れている制服姿でも武装姿でもない、健康的なミルク色の肌を露出させた動き易い半袖ハーフパンツの体操着姿だ。元々モデルのようなプロポーションがさらに強調されて大変眼福で……もといスポーツ少女って感じだな!
「ど、どうしたのだ零児? なにかおかしいだろうか? ハッ! 後ろ前に着ているとか!」
「あ、いや、なんかセレスの体操着姿って新鮮だなって思って」
「なっ……ま、まあ、そうだな。普段の体育は男女別だからな。やはり、私みたいな騎士がこのような薄着など、変ではないか?」
 セレスは僅かに頬を主に染めてなんかもじもじし始めた。あんまり見るのも失礼か。誰だって見られ続けると意味もなく恥ずかしいもんな。
「いや、変か変じゃないかって言えば、変じゃないし普通以上に似合ってると思うが……」
「似合って!? くっ、せめて胸当てを! 胸当てを着けさせてくれ!」
「なんでだよ!?」
 鎧なんて装備したら熱されて大変なことになるぞ。しかし顔が真っ赤だ。長話のせいで熱射病になってんじゃないの?
 セレスが鎧を取りに更衣室へ走り出しそうになるのを止めていると――
「なにしてんねん、白峰先輩? 開始前の準備運動やったらウチも一緒にやるで?」
 下手糞な関西弁で声をかけられた。
 紫がかった黒髪に天真爛漫な笑顔を浮かべる後輩――稲葉レトである。稲葉も当然体操着姿だが、こちらは普段から体操着にジャージだからなんの新鮮味もないな。
「稲葉、丁度いい! セレスを止めてくれ!」
「ほえ?」
「ううぅ、止めるな零児! レト殿! 体操着が似合っているなら鎧で隠さないといけないのだ!」
「だからなんでだよ!?」
 稲葉の協力もあって五分ほどでセレスのよくわからん暴走を抑えられた。ホントよくわからん。たぶんきっと全部暑さのせいだろう。そういうことにしておこう。
「レト殿も白組だったのだな」
 水筒のお茶を一口飲んで落ち着いたセレスが稲葉のハチマキを見て言う。
「せや。桜居先輩の言葉とちゃうけど、ウチらが勝てば紅組に言うこと聞かせられるんや。ぐふふ、せやから頑張って勝とうな」
 気合い充分に拳を握る稲葉。桜居と気が合うだけあってこういう時の笑い方がなかなかに下衆いなぁ。
 と、その手首にキラリと光る白いブレスレットが目に入った。
「やっぱ稲葉もそれ着けられたんだな」
 俺の手首にはもちろん、セレスの手首にも同じブレスレットが嵌められている。周りを見ればポツポツと同じやつらがいるな。
「当然の処理やと思うけど、これ着けてると体が重うなった気ぃしてなんか嫌やわぁ」
 鬱陶しそうに言う稲葉に、俺も全面的に同意する。これは平均的な地球人よりも能力の高い異世界人を抑制するための封印具だ。身体能力は下がり、異能力もほとんど使えなくなる。修行の時に着けられた〈滅理の枷〉――その簡易版ってところだな。
「休憩中くらい外したいよな」
「う~ん、外そ思ても鍵はアーちゃんが管理しとるさかい、体育祭が終わるまではどうしようもあらへんわ」
 アーちゃんとは異界技術研究開発部第三班班長――アーティ・E・ラザフォードのことだ。一応稲葉のクラスメイトということになっている。
「アーティ殿も体育祭に参加されるのか?」
「アーちゃんは紅組やけど、参加はせえへんな。いつも通り研究室に籠っとるわ」
 だろうな。あの引き籠り予備軍の研究者が運動会的な行事に参加するとは思えん。体力なさそうだし。
 となると、封印具を外すには異界技術研究開発部まで行かないといけないのか。面倒だな。
「白組が勝てばアーちゃんを最低一週間は授業に引っ張り出せるんや。むふふ、燃えてきたで!」
 友達想いなのか嫌がらせがしたいのかよくわからん笑みを零す稲葉だった。超絶嫌そうな顔をするアーティを鮮明に思い描けるから困る。
 と――

 ピンポンパンポーン!
【男女混合障害物競争に出場される選手は所定の位置に集合してください。繰り返します。男女混合障害物競争に――】

「あ、これ俺の出る競技だ」
 無駄話をしている間にもうプログラムが進んでいたようだ。これの前には百メートル走や中等部の十人十一脚とかあったけど、全く見てなかった。
 得点は……む、僅差で紅組が勝ってやがる。これはちょっと巻き返さないとな。一週間も郷野や悠里の奴隷になるなんてごめんだ。
「ちょっと行ってくる」
「待て、零児。私も出るのだ。一緒に行こう」
 俺とセレスは稲葉に見送られながら席を離れると、男女混合障害物競争のスタート位置へと歩いて行った。

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