シャッフルワールド!!

夙多史

四章 柩の魔王(1)

 グラウンドに出現した骸骨兵と巨人兵を掃討してから数十分が過ぎた。
 俺たちは一度監査局本部の一号館まで撤退し、この灰色の世界で動ける者たちだけで作戦会議を行うこととなった。
 正直、唐突過ぎてなにがなんだかさっぱりだ。
 俺たちはさっきまで普通に……いや普通かどうかは置いといて、体育祭で紅組と白組に分かれて、面倒ではあったけど楽しく盛り上がっていたはずだ。
 あのネクロスとかいう野郎がそれをぶち壊しにしやがった。
『柩の魔王』だかなんだか知らないが、あいつはあっという間に世界をこんなにしてリーゼまで攫っていった。
 幸い、やつはまだこの街の上空にいる。さっさと次元を渡られちまったらどうすることもできなかったが、そこにいるなら一発ぶん殴ってやることだってできるはずだ。
 これからその辺について会議するはずなんだが……こんなやばい状況だってのに、俺たち側の最高戦力である誘波は参加しなかった。
 現れなかったわけじゃない。
 行方不明になっているだけなら、まだ希望はあったんだ。
「……誰か教えてくれ。なんで、誘波まで灰色になってんだよ?」
 この場に誘波が運ばれてきた時は誰もが目を疑った。誘波は、この世界の一般人と同じく灰色に染まって人形や銅像みたいに動き出す気配がなかったんだ。
 おかしいだろ?
 誘波だぞ? あの法界院誘波だ。
 俺たちが動けるのにこいつが動けないはずがないだろ! 
「言ったでしょ。魔王の使う〈異端の教理ペイガン〉は対守護者用の封絶結界だって」
 恐らくこの場で最も状況を把握できているだろう悠里が真剣な表情で答えた。でもな、そんなざっくりな説明をされたところで俺の頭じゃ「そうかなるほど!」とはならないんだよ。
「それだ。今までは深く理解せずに聞き流していたが、〝守護者〟ってのはなんなんだ? 誘波やセレスがそれだってことはわかっちゃいるが、俺たちとなにが違うって言うんだよ?」
 いい加減に知る必要がある。
 今まで時々言われてきた〝守護者〟という存在の定義を、な。
「〝守護者〟っていうのは、世界そのものが生み出した最大の防衛機能よ。今回の魔王みたいな外敵の侵入や、他世界からの干渉・影響に対処して世界が滅びることを防ぐための存在。逆にこの世界が自分で滅びに向かおうとするなら動くことはないわ。人間で言えば白血球に近いわね」
 言葉通りの意味だった。誘波は生まれてからずっと世界を守るために戦ってきたんだ。異界監査局を作ったのも〝守護者〟としての存在理由からだろうな。
「セレスもそうなのか?」
「いや、私は幼い頃から普通の人として育った記憶がちゃんとあるぞ?」
「セレスさん自身は人間よ。〝守護者〟が宿っているのは彼女の剣ね。一口に〝守護者〟って言ってもいろいろあるの」
「そうなのか? 私の剣に、〝守護者〟が……」
 初めて知ったという顔でセレスは自分の握っている聖剣ラハイアンを見た。
「〝守護者〟は基本的に世界を支える柱の数だけ生まれるの。だから私たちは『柱の守護者』って呼んでいるわ。零児、あなたは彼女が異世界人だと思っているのかもしれないけれど、違う。彼女は紛れもなくこの世界で生まれた存在よ」
「誘波がこの世界の存在……? だからその〈異端の教理ペイガン〉ってやつの影響を受けちまったってわけか?」
「そう。〈異端の教理ペイガン〉が使われた世界に由来する存在である限り、〝守護者〟だろうと神様だろうと問答無用で無力化されるの。時が止まってるようなものだから、自力で破ってくれることも期待できないわね」
 俺は誘波を見た。鮮やかだった十二単はモノクロの写真みたいに色褪せてしまっている。鬼気迫る表情のまま固まっている誘波から『生』を感じられなかった。かといって『死』も感じない。くそっ、これじゃ本当にただの人形じゃないか。
 グラウンドでの戦いの中、どうして誘波が現れなかったのか理解できたよ。考えがあって来なかったわけじゃなく、動けなかったんだ。
「元に戻すには魔王が自分で解除するか、魔王を倒すしかないわ」
「結局、そこになるんだな」
 もはや平和的な解決策なんてないんだろうな。
 ネクロスをぶっ倒す。そうしなければ元の世界には戻れない。
 この灰色の世界が、元に……?
「……待てよ? 仮に魔王を倒せたとして、〈異端の教理ペイガン〉が解除されたらその間に破壊された街や人はどうなるんだ?」
「当然、その状態のまま元に戻るわ。腕が折れたなら折れたまま、足が捥げたなら捥げたまま、死ぬほどの怪我を負っていたら……死ぬ」
 悲しそうに悠里は目を伏せた。悠里も見たはずだ。グラウンドの周囲で逃げ遅れた一般生徒や教師たちが戦いに巻き込まれた様子を……。
「なんとかならないのかよ?」
「なるかもしれない。でもアタシはその方法を知らない。今はこれ以上被害が拡大しないように最善最速で魔王を討滅するしかないのよ!」
 叫び嘆くように言うと――きゅっ。悠里は悔しげに唇を引き結んだ。たぶん、これまで多くの異世界で同じような状況に出くわしたんだ。
 助かる方法を探して。
 どんな可能性の薄い方法でも試して。
 それでもダメで。
 だから、悠里は今すぐにでも魔王を討ち取りに飛び出したいはずだ。
 これ以上、誰かを、世界を傷つけないために。
「わかった。なら、無駄な会話なんてしてる暇はないな」
 一刻を争う。〝守護者〟についてはまだ一から十まで納得したわけじゃないが、大まかには理解できた。この話はここまでだ。
「まず、どうやってあの戦艦に乗り込むかだが……」
 監査局がヘリを飛ばしてもいいが、その程度の機動力じゃ撃ち落されるのがオチか。
「面倒臭えが、俺が〈転移ムーブ〉で連れて行こうか?」
「あたしが飛んで運んでもいいわね」
 集まった監査官の中から黒いコートを纏った二人が手を挙げて立候補した。
 迫間漣と四条瑠美奈だ。
「迫間、四条、お前らは動けたのか」
 影魔導師は純粋な地球人だと聞いている。こいつらは〈異端の教理ペイガン〉で灰色にならなかったのか?
「あたしたちの中には『混沌の闇』が混ざってるから、たぶんそのおかげよ。白峰零児、あんたがハーフで助かってるのと同じ理由」
「なるほど」
 となると、この場にはいないが望月絵理香も使える。俺が竜王の背中に飛び乗った時みたいにな。
 ……あれ?
「ちょっと待てよ迫間、確か影魔導師の〈転移〉は『混沌の闇』を経由するから普通の人はダメなんじゃないのか?」
「ん? ああ、その通りだが……なんで白峰が知ってるんだ?」
「望月から聞いたんだよ」
「あー……」
 迫間は面倒臭そうに肩を竦めて長い息を吐いた。
「普通にやったらダメだが、一時的に侵蝕を防ぐ魔導具ならある。ま、このコートがそれなんだが」
 自分のコートを指差す迫間。アレは影魔導師が日光の影響を防ぐためだけのものじゃなかったんだな。
「コートにも限りがあるから、転移組と飛んでいく組に分かれる必要があるわね。あたしが運べるのは一度に一人が限界だけど」
「レランジェも飛行安定です」
「よし、じゃあレランジェは自力で……え? お前、飛べたの?」
 俺は思わずレランジェを二度見してしまった。
「はい、先日、異界技術研究開発部で改良安定でした」
「お前、なんか日に日にハイスペックになっていくな」
 これじゃもうポンコツメイドとかって呼べないじゃないか。
 てかそんなことはどうでもいいから! ツッコミとかやってる状況じゃないから! あっちでグレアムが「俺的にジャンプすりゃ届くんじゃね?」とか言ってるけどツッコミませんよ俺は!
「えーと、手段はできたから突入するメンバーを選出して……」
 俺、悠里、レランジェ、セレスがまず第一陣かな? いや先にグレアムと特攻させて――あーくそっ! 苦手なんだよなこういうこと考えるの。誘波が無事ならあいつが全部やってくれるってのに!
 てか、誘波の代わりに指揮を執ってくれそうなアーティもいないな。あ、そういえばあいつには稲葉の治療を頼んでたんだった。
 悩む時間も惜しい。
「迫間、四条、まずは俺と悠里とセレスを運んで――」

『よく聞け虫けらども! この『柩の魔王』ネクロス・ゼフォン様から大事なお報せだよ!』

 指示を出そうとした時、件の次空艦から街全体に響き渡るようなアナウンスが聞こえた。すぐさま俺たちは作成会議を中断して窓の傍に集まる。
『お前たちの中に僕の花嫁の魔力を奪ったやつがいるはずだ! 僕はそいつに用ができた!』
 リーゼの魔力を奪ったやつ……俺のことだ。
『この次空艦の真下に転送魔法陣を用意した。自分で乗り込むならそこから来るといい。大丈夫、罠だなんてつまらないことはしないよ。僕は正面からそいつを叩き潰して花嫁に魔力を返してあげるんだ』
 なんだ、わざわざそっちから門を開いてくれたってわけか。さっきまでの時間が無駄になったな。ありがた過ぎて涙が出て来そうだよ。
『ゲーム……そう、ゲームをしよう! どうせ殺すなら楽しく殺すのが僕の流儀なんだ! お前たちには花嫁を取り戻すチャンスを与える。僕はお前たちの誰かが奪った花嫁の魔力を奪い取る。タイムリミットは……そうだな、くくく、この街が破壊されるまでってのはどうかな?』
「なっ!?」
 街全体に響くトチ狂った愉しそうな少年の言葉に俺は絶句した。やつは街を破壊すると言った。俺たちが速やかに魔王を倒して被害を出さないようにすると決めた街を。
「零児、見ろ!?」
 セレスが指を差して言う。言われなくても見えているさ。次空艦の先端が開き、そこから巨大な砲身が伸びてきたんだ。
「まずいわ!」
 砲身に砂色の光が収束していくのを見て悠里が叫ぶ。
「あの野郎、なにをする気――」

 瞬間、砲身からとてつもない砂色の光線が射出され、街の向こうに連なっていた山々をごっそり消失させた。

「……まじか?」
 誰もが放心した。
 開いた口が塞がらなかった。
 あんなの撃たれたら、タイムリミットなんてすぐじゃないか!
『今撃った魔力砲を使えば一瞬だね。けど、それじゃつまらないでしょ? 街の破壊は僕の兵隊に任せよう。抵抗はいくらしてくれたって構わない。どの道、僕の気まぐれで消し飛ぶんだからね。くくくっ、アハハハハハハハハッ!』
 まるでこちらの絶望した顔でも見えているように、ネクロスは愉快そうに哄笑してやがる。
『それじゃあ、待っているよ。花嫁の魔力を奪った誰かさん』
 プツンとアナウンスが切れた途端、次空艦から夥しい数の棺桶が飛び出し始めた。その棺桶から骸骨兵やら巨人兵やらが次々と街に降りていく。
 まずい。
 非常にまずい。

 もう、作戦会議なんてしてる場合じゃなかった。

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