シャッフルワールド!!
四章 柩の魔王(6)
玉座までの距離を数歩で踏破し、生成していた日本刀を袈裟斬に振り下ろす。
渾身の一撃だ。手加減はしていない。殺したくないなんて甘い考えは捨てた。そうでもしなけりゃ世界は救われない。
魔王を斃す。俺は悠里みたいな勇者にはなれないし、なる気もないけれど、だからと言って太刀打ちできない相手だなんて思っちゃいない。
なのに――
「……なん」
現実は、想像以上に残酷だ。
俺が振るった日本刀の刃を、ネクロスは立てた人差し指だけで易々と受け止めやがったんだ。
いくら力を入れてもビクともしない。刃を受け止めているのに指の皮一枚たりとも切れてないのはなんでだ?
「ねえ、ふざけてんの?」
ネクロスは日本刀を受け止めていない方の手で頬杖をつき、退屈そうな視線を俺に向けた。
「『黒き劫火』の魔力を持ってるくせに、まさかこの程度が本気ってわけじゃないよね?」
ゾワリ、と。
まるで死神の鎌が首にかけられたかのように、底知れない怖気が冷や汗と共に溢れてくる。
「――くっそッ!?」
俺は左手にも日本刀を生成し、ネクロスの首を引き裂くように薙いだ。だが、それもやはり指一本で簡単に防がれてしまう。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
左右の刀で連撃を繰り出す。息もつかせない。我武者羅になったわけじゃなく、閃く刃の一撃一撃が急所狙いだ。
一発でも入れば! 少しでもダメージを与えられれば!
そんな願いは叶わない。
ネクロスが動かすのは、指を立てた片手だけだった。
「興醒めだね」
バキン! バキン!
ネクロスの指が切れる前に、俺の日本刀の方が両方とも砕けちまった。あり得ない。魔力で生成した日本刀だぞ。グレアムみたいに異常な腕力で叩き割ったわけじゃない。ただ防いでいただけで、刃が折れた。
絶望している暇は、ない。
折れたなら、また作れ。今度はもっと強く。
〈魔武具生成〉――トライデント。
長い柄の先にフォークに似た三本の刃が取り付けられた槍だ。鉾先が一つよりも三つある方が命中率や威力が向上するというステキな考えがコンセプトの武器。トライデントで受けた傷は治りにくいとも言われているな。
リーゼから奪った底なしの魔力をこれでもかと注ぎ込んだ。今度は簡単には折れないぞ!
「さっきよりはマシだけど――」
こいつ……ッ。
片手で、掴みやがった。
「まだ弱いよ。人間としては強い、せいぜいその程度だ」
くいっと槍が持ち上げられる。俺ごと。
次の瞬間、背中に激痛が走った。
「――かはっ!?」
胃から込み上げてきた血の塊を吐き出す。なにをされたのか気づいたのは、今の今まで目の前にいたネクロスが遠くなったのを視認してからだ。
投げ飛ばされた。ただそれだけ。
槍から手を放す隙も、投げられたと認識する暇もなかった。ネクロスが受け止めていたトライデントが光の粒子となって消えていく。
「ふぅん、手放すと形状を保てないんだね。アハハ、ずいぶんと脆い武器で僕を討ち取ろうとしてたわけだ!」
見た目はガキなのに……なんて力してやがるッ! ――いや、単純に力ってわけじゃないな。ネクロスの手は凄まじい濃度の魔力を帯びている。どうりで刃が通らないわけだ。
まさか、玉座に座ったままの相手に手も足も出ないなんて……。
これが魔王? ふざけてやがる。前にやってきたダンタリオンとかいう奴なんか比じゃないぞ。
このどうしようもない感覚はクロウディクスと決闘した時に似てるな。あの時も弄ばれたまま俺は負けちまった。
でも今回は……負けるわけにはいかないッ!
「絶対的強者の余裕を見せたせいで噛みつかれてくたばった魔王はけっこういるけど、僕は敢えて余裕振ろう。噛みつけるものなら噛みついてみなよ!」
俺とネクロスの丁度中間に棺桶が出現する。その蓋が重たい音を響かせて開き……なんか出て来たな。骸骨兵か? 巨人か? いやサイズ的に巨人は無理か。
棺桶から這い出て来たのは――死体だった。
動く死体、ゾンビだ。
「君はまだ僕を相手にするには早い。僕に挑むにはまず彼に勝ってみることだ」
ゾンビは頑丈そうな鎧で身を包み、魔剣や聖剣の類だと思われるロングソードを握っている。年齢は俺と同じくらいか。魔王の部下にしちゃ、装いが禍々しくないな。
どっかの国の兵士、または――
「勇者……?」
俺は下の階で見た地獄絵図を思い出した。ゾンビ化した人が同じ世界の人を襲っている絵だ。
最悪最低な予想は――
「よくわかったね。これは僕が一つ前に滅ぼした世界の勇者だよ。一番新しいコレクションさ」
当たっていた。胸糞悪いことに。
ネクロスは死体を操れる。世界を侵略し、殺し、殺した人間を操ってまた侵略する。想像しただけで吐き気がしそうな魔王だ。
「まあ、安心するといい。もう武器にも彼自身にも守護者の力は宿っていないからさ」
「守護者の力?」
セレスの聖剣みたいなものか? いや、そんなことより。
「お前、人の命を……死んだ人を――」
「言いたい事はわかる。これまで散々言われてきたからね。だが、そんなの生者のエゴだ。死者ってのは最終的になんでもいいから生き返りたいのさ!」
「そんなこと」
「わかるんだ。なぜなら、僕は死者たちの無念が集まって化生した魔王だからね!」
ネクロスが語尾を強く言い放つと、勇者ゾンビが俺目がけて突進してきた。
速い! ゾンビとは思えない速度だ! 俺は突き出されたロングソードを転がってかわし、再び槍を生成して勇者ゾンビを薙ぎ払う。
だが、勇者ゾンビは高く飛んでそれをかわすと、ロングソードを大上段に構えて俺の頭上へと降ってきた。
ボガァン!! 爆発にも似た音を轟かせて床が大陥没した。間一髪で避けなかったらぺしゃんこじゃ済まなかったぞ。
「アハハ! ほらほらもっと気をつけなよ。死体は力のリミッターが働かないから、君なんて一発でも喰らえば、ポン! だ」
手で破裂を表現するネクロス。嫌なこと言ってくれるが、あの勇者ゾンビが映画やゲームに出てくるようなノロマじゃないってことはよくわかったよ。
パワーとスピードがやばいってだけなら戦いようはある。
そういう戦闘はグレアムと何度も繰り返してきたからな。
「どこの誰だか知らないが、俺があいつから解放してやるよ」
俺は生成したばかりの槍を捨てる。
〈魔武具生成〉――萬力鎖。
鎖分銅とも呼ばれる捕縛武具だ。鎖の両端に分銅を取りつけた単純な作りをしていて、投擲して敵を絡め取ったり、分銅部分をぶつけて打撃を与えたり、敵の攻撃を受け止めて防ぐことにも使える。鎖を掌に納めて長さを悟らせないようにするのが極意だが、相手がゾンビならあんまり関係ないかな。
それを、右手と左手に一本ずつ。
盛大に振り回し、無策にも跳びかかってきた勇者ゾンビの剣を握っている方の手に絡みつけた。一瞬だけ動きを封じた勇者ゾンビの顔面に、悪いと思いながらもう一本の萬力鎖を叩き込む。
頭部が爆ぜ跳ぶほどの衝撃。
だったはずが――
「マジか。口で受け止めやがった」
鎖を掴まれる。俺は即座にそっちの鎖を手放し、もう一本の鎖を手繰り寄せて勇者ゾンビを引き込んだ。
勇者ゾンビはされるがままに……いや、俺の引く力も利用して噛みつこうとしているな。だが、片手が使えないからバランスが崩れてるぜ。
日本刀を生成。すれ違い様に勇者ゾンビの首を刎ねた。
赤い飛沫を撒き散らし、首を失った勇者ゾンビの体は糸が切れたように倒れ、そして動かなくなった。
「まあ、見世物としてはまあまあかな」
ネクロスは勇者ゾンビが倒れても全く焦りを見せない。玉座に腰かけたまま足を組み、俺の戦闘を俯瞰して楽しんでやがる。
「じゃあ次は――」
ニヤァ、とネクロスが嫌らしく表情を歪めた瞬間――今度は無数の棺桶が大広間を埋め尽くすように出現した。
「……」
俺は、声も出なかった。
さっきの勇者と同じか、それ以上の力があると思われるゾンビたちが次々と棺桶から這い出て来たんだ。
これが全部、他の世界の勇者や英雄だってのか? 冗談きついぜ。
「さてさて、君は何体倒せるかなぁ?」
ひしめく勇者ゾンビの群れは、まさに絶望的な光景だった。
渾身の一撃だ。手加減はしていない。殺したくないなんて甘い考えは捨てた。そうでもしなけりゃ世界は救われない。
魔王を斃す。俺は悠里みたいな勇者にはなれないし、なる気もないけれど、だからと言って太刀打ちできない相手だなんて思っちゃいない。
なのに――
「……なん」
現実は、想像以上に残酷だ。
俺が振るった日本刀の刃を、ネクロスは立てた人差し指だけで易々と受け止めやがったんだ。
いくら力を入れてもビクともしない。刃を受け止めているのに指の皮一枚たりとも切れてないのはなんでだ?
「ねえ、ふざけてんの?」
ネクロスは日本刀を受け止めていない方の手で頬杖をつき、退屈そうな視線を俺に向けた。
「『黒き劫火』の魔力を持ってるくせに、まさかこの程度が本気ってわけじゃないよね?」
ゾワリ、と。
まるで死神の鎌が首にかけられたかのように、底知れない怖気が冷や汗と共に溢れてくる。
「――くっそッ!?」
俺は左手にも日本刀を生成し、ネクロスの首を引き裂くように薙いだ。だが、それもやはり指一本で簡単に防がれてしまう。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
左右の刀で連撃を繰り出す。息もつかせない。我武者羅になったわけじゃなく、閃く刃の一撃一撃が急所狙いだ。
一発でも入れば! 少しでもダメージを与えられれば!
そんな願いは叶わない。
ネクロスが動かすのは、指を立てた片手だけだった。
「興醒めだね」
バキン! バキン!
ネクロスの指が切れる前に、俺の日本刀の方が両方とも砕けちまった。あり得ない。魔力で生成した日本刀だぞ。グレアムみたいに異常な腕力で叩き割ったわけじゃない。ただ防いでいただけで、刃が折れた。
絶望している暇は、ない。
折れたなら、また作れ。今度はもっと強く。
〈魔武具生成〉――トライデント。
長い柄の先にフォークに似た三本の刃が取り付けられた槍だ。鉾先が一つよりも三つある方が命中率や威力が向上するというステキな考えがコンセプトの武器。トライデントで受けた傷は治りにくいとも言われているな。
リーゼから奪った底なしの魔力をこれでもかと注ぎ込んだ。今度は簡単には折れないぞ!
「さっきよりはマシだけど――」
こいつ……ッ。
片手で、掴みやがった。
「まだ弱いよ。人間としては強い、せいぜいその程度だ」
くいっと槍が持ち上げられる。俺ごと。
次の瞬間、背中に激痛が走った。
「――かはっ!?」
胃から込み上げてきた血の塊を吐き出す。なにをされたのか気づいたのは、今の今まで目の前にいたネクロスが遠くなったのを視認してからだ。
投げ飛ばされた。ただそれだけ。
槍から手を放す隙も、投げられたと認識する暇もなかった。ネクロスが受け止めていたトライデントが光の粒子となって消えていく。
「ふぅん、手放すと形状を保てないんだね。アハハ、ずいぶんと脆い武器で僕を討ち取ろうとしてたわけだ!」
見た目はガキなのに……なんて力してやがるッ! ――いや、単純に力ってわけじゃないな。ネクロスの手は凄まじい濃度の魔力を帯びている。どうりで刃が通らないわけだ。
まさか、玉座に座ったままの相手に手も足も出ないなんて……。
これが魔王? ふざけてやがる。前にやってきたダンタリオンとかいう奴なんか比じゃないぞ。
このどうしようもない感覚はクロウディクスと決闘した時に似てるな。あの時も弄ばれたまま俺は負けちまった。
でも今回は……負けるわけにはいかないッ!
「絶対的強者の余裕を見せたせいで噛みつかれてくたばった魔王はけっこういるけど、僕は敢えて余裕振ろう。噛みつけるものなら噛みついてみなよ!」
俺とネクロスの丁度中間に棺桶が出現する。その蓋が重たい音を響かせて開き……なんか出て来たな。骸骨兵か? 巨人か? いやサイズ的に巨人は無理か。
棺桶から這い出て来たのは――死体だった。
動く死体、ゾンビだ。
「君はまだ僕を相手にするには早い。僕に挑むにはまず彼に勝ってみることだ」
ゾンビは頑丈そうな鎧で身を包み、魔剣や聖剣の類だと思われるロングソードを握っている。年齢は俺と同じくらいか。魔王の部下にしちゃ、装いが禍々しくないな。
どっかの国の兵士、または――
「勇者……?」
俺は下の階で見た地獄絵図を思い出した。ゾンビ化した人が同じ世界の人を襲っている絵だ。
最悪最低な予想は――
「よくわかったね。これは僕が一つ前に滅ぼした世界の勇者だよ。一番新しいコレクションさ」
当たっていた。胸糞悪いことに。
ネクロスは死体を操れる。世界を侵略し、殺し、殺した人間を操ってまた侵略する。想像しただけで吐き気がしそうな魔王だ。
「まあ、安心するといい。もう武器にも彼自身にも守護者の力は宿っていないからさ」
「守護者の力?」
セレスの聖剣みたいなものか? いや、そんなことより。
「お前、人の命を……死んだ人を――」
「言いたい事はわかる。これまで散々言われてきたからね。だが、そんなの生者のエゴだ。死者ってのは最終的になんでもいいから生き返りたいのさ!」
「そんなこと」
「わかるんだ。なぜなら、僕は死者たちの無念が集まって化生した魔王だからね!」
ネクロスが語尾を強く言い放つと、勇者ゾンビが俺目がけて突進してきた。
速い! ゾンビとは思えない速度だ! 俺は突き出されたロングソードを転がってかわし、再び槍を生成して勇者ゾンビを薙ぎ払う。
だが、勇者ゾンビは高く飛んでそれをかわすと、ロングソードを大上段に構えて俺の頭上へと降ってきた。
ボガァン!! 爆発にも似た音を轟かせて床が大陥没した。間一髪で避けなかったらぺしゃんこじゃ済まなかったぞ。
「アハハ! ほらほらもっと気をつけなよ。死体は力のリミッターが働かないから、君なんて一発でも喰らえば、ポン! だ」
手で破裂を表現するネクロス。嫌なこと言ってくれるが、あの勇者ゾンビが映画やゲームに出てくるようなノロマじゃないってことはよくわかったよ。
パワーとスピードがやばいってだけなら戦いようはある。
そういう戦闘はグレアムと何度も繰り返してきたからな。
「どこの誰だか知らないが、俺があいつから解放してやるよ」
俺は生成したばかりの槍を捨てる。
〈魔武具生成〉――萬力鎖。
鎖分銅とも呼ばれる捕縛武具だ。鎖の両端に分銅を取りつけた単純な作りをしていて、投擲して敵を絡め取ったり、分銅部分をぶつけて打撃を与えたり、敵の攻撃を受け止めて防ぐことにも使える。鎖を掌に納めて長さを悟らせないようにするのが極意だが、相手がゾンビならあんまり関係ないかな。
それを、右手と左手に一本ずつ。
盛大に振り回し、無策にも跳びかかってきた勇者ゾンビの剣を握っている方の手に絡みつけた。一瞬だけ動きを封じた勇者ゾンビの顔面に、悪いと思いながらもう一本の萬力鎖を叩き込む。
頭部が爆ぜ跳ぶほどの衝撃。
だったはずが――
「マジか。口で受け止めやがった」
鎖を掴まれる。俺は即座にそっちの鎖を手放し、もう一本の鎖を手繰り寄せて勇者ゾンビを引き込んだ。
勇者ゾンビはされるがままに……いや、俺の引く力も利用して噛みつこうとしているな。だが、片手が使えないからバランスが崩れてるぜ。
日本刀を生成。すれ違い様に勇者ゾンビの首を刎ねた。
赤い飛沫を撒き散らし、首を失った勇者ゾンビの体は糸が切れたように倒れ、そして動かなくなった。
「まあ、見世物としてはまあまあかな」
ネクロスは勇者ゾンビが倒れても全く焦りを見せない。玉座に腰かけたまま足を組み、俺の戦闘を俯瞰して楽しんでやがる。
「じゃあ次は――」
ニヤァ、とネクロスが嫌らしく表情を歪めた瞬間――今度は無数の棺桶が大広間を埋め尽くすように出現した。
「……」
俺は、声も出なかった。
さっきの勇者と同じか、それ以上の力があると思われるゾンビたちが次々と棺桶から這い出て来たんだ。
これが全部、他の世界の勇者や英雄だってのか? 冗談きついぜ。
「さてさて、君は何体倒せるかなぁ?」
ひしめく勇者ゾンビの群れは、まさに絶望的な光景だった。
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