アカシック・アーカイブ

夙多史

FILE-62 探偵部員たちの休日~レティシア・ファーレンホルスト~

 休日がやってきた。
 新入生たちにとっては、入学してから二度目となる休日である。

 レティシア・ファーレンホルストの朝は占いから始まる。目が覚めて顔を洗うと、ピンクのパジャマから着替える前に占いに使うタロットカードを取り出した。
 よくシャッフルされたカードを丸テーブルの上に円形を描くように並べる。一枚一枚に魔力を通し、術式を展開。ふわりと独りでに浮き上がったカードがレティシアを中心に円運動を開始する。

「……」

 瞑目し、集中する。占うのはもちろん、今日の自分の運勢である。これを毎朝行うことがレティシアの日課だった。
 一応、一般的な方法の占いもできる。複数枚のカードを十字や円や三角形などに展開する『スプレッド』などがポピュラーだろうか。
 だが、それは魔術師ではなくともできる方法だ。その分、的中率もがくんと下がる。稀に無意識のうちに魔力を練れる素人もいて『よく当たる』と評判になったりするが、ファーレンホルスト家の占術は別格だ。
『よく当たる』ではない。『ほぼ当たる』と言える。
 人探しなど具体的な特定を要求する占いだと候補がいくつも上がったりするが、漠然とした『今日の運勢』程度であれば確実だ。

「これ!」

 目を瞑ったままレティシアは宙を舞うカードの一枚を掴み取る。

「『THE HANGED MAN』――『吊られた男』の逆位置。限界。無一文。骨折り損。今日はなにをやっても空回り。外出を控えて大人しくしましょう。ラッキーカラーは赤。アンラッキーカラーは青……ふう」

 脳裏に浮かんだ占い結果を読み上げ、レティシアは一つ息を吐いてから宙を舞うカードを手元に集めた。デッキをテーブルの上に置き、窓際まで歩いてカーテンを開ける。
 外は清々しいほど爽やかな朝。陽光が目に染みる。青いジャージを着てジョギングしているどこかの誰かに心の声で『お疲れさま早く消えろ』と告げ、レティシアはカーテンを閉めた。

「『THE SLEEPING TWICE』――二度寝!」

 そのままベッドに超ダイブ。今日の運勢は最悪。結果にあったように大人しく寝て過ごすことにしたレティシアだった。

 しかし、一日中寝るなど難問過ぎた。
 元より予定があったのだ。

「あっ、今日は九条さんとショッピングする約束してたんだった」

 それに十六時からは探偵部のミーティングである。部長であり言い出しっぺであるレティシアが参加しないなど言語道断だろう。

 九条白愛とは九時半に総合魔術学区の中央駅前で待ち合わせしている。今が八時五十分なので二度寝している場合ではない。

「占い結果が酷いから今日はパス! ……なんて言えないわよね」

 相手はこの学院で初めてできた女友達なのだ。これが土なんとかっていうチャラ男との約束だったら余裕で連絡もなしにすっぽかしているだろう。そもそもあのチャラ男とショッピングデートするくらいなら舌噛んで死ぬ。
 レティシアは素早く学院の制服――休日も制服を義務づけられているわけではないが、そのまま部活に行くので――に着替えると、今日のラッキーカラーである赤色のリボンをつけて女子寮から飛び出した。

 運勢は最悪だが、気をつけてさえいればそこまで酷いことにはなるまい。

        ☆★☆

 白愛の住んでいる女子寮が同じなら駅までダッシュすることなんてなかったのに。
 そんな風に心中で愚痴を零しつつ、レティシアはギリギリ一分前に待ち合わせ場所へと到着した。

「レティシアさん、こっちです」

 真面目そうな九条白愛は当然のように先に来ていた。手を振って存在をアピールする黒髪の日本人少女にレティシアも笑顔を見せて駆け寄る。

「ごめんなさい、ギリギリになっちゃったわね」
「間に合っていますから謝らなくていいですよ。私も十分くらいしか待ってないので」

 十分前集合とは人間の鑑である。世の中には『時間にルーズ』なんて言葉が低次元に聞こえるほどの人間だっているというのに。

「あ、そのリボン可愛いですね」
「ありがと。今日のラッキーカラーなのよ」
「レティシアさんは綺麗な金髪をしていますから、赤色はよく映えますね」
「あたしも割とお気に入りだったりするわ。九条さんの黒髪も綺麗なんだからそのままってのも勿体ないわね。なにか似会う髪飾り選んであげる」

 姦しく会話に花を咲かせる二人。ちなみにショッピングにはフレリアも誘っていたのだが、なにやら午前中は用事があるとかで断られてしまった。錬金術の名誉教授に会って工房を見学するとかなんとか……勉強熱心なことである。
 その予定は今頃オールキャンセルされたなどとは露知らず、二人は駅に入ると切符を買って丁度到着していた電車に乗り込んだ。

「今さらなんですけど、この学院ってもっとファンタジーな世界だと思っていました」

 席に座ると、白愛がおもむろに感想を呟いた。

「電車や車じゃなくて鷲獅子グリフォンに引かれたチャリオットが跋扈しているとか?」
「そこまでじゃないですけど、街だけ見ると表の世界とあんまり変わらないなぁって」

 魔術学院とはいえ現代社会の都市である。電気の代わりに魔力でなんでもかんでも補ってしまえるわけではない。そんな技術があればそれは『魔術』ではなく『魔法』である。
 魔術師が科学を使ってなにが悪い? ある意味、この学院はその考えを体現していると言えるだろう。

        ☆★☆

 総合魔術学区から約十分。

 レティシアと白愛は第一商業区で電車を降りた。ショッピングをするなら一番物が揃っていると思われるこの学区のモールが最適解だ。
 駅から出るや目の前に立ち並ぶ店、店、店。

「わぁ、なんだか東京の銀座みたいですね」
「日本には行ったことないからわからないけど、フランクフルトのショッピングモールに近いかしら?」

 田舎者のように周囲を眺める二人は、実はまだ一度も第一商業区へは来たことがなかったのだ。

「とりあえず、適当に見て回りましょう」
「そうですね」

 目の前に宝石箱が散らばっているかのごとく、レティシアも白愛も心を弾ませてショッピング街へと歩を進めた。

 だが、忘れてはいけない。
 今日のレティシアの運勢が『最悪』であることを。

「ねえ、君たち暇?」
「うっは、マジ上玉。俺たちと一緒に遊ばない?」

 駅を出て十メートルも歩かないうちに、ヤンキーっぽい上級生の男二人に絡まれてしまった。

「あの、えっと……」
「女子二人で第一商業区こんなところにまで来てるんだから暇なわけないでしょ?」

 ナンパされて戸惑う白愛を庇うように、レティシアはキッと男たちを睨みつける。ついてない。ナンパは稀にされることはあるが、だいたいいつも一人の時だ。よりにもよって耐性のなさそうな白愛といる時にナンパされるとは……。

「いいじゃんいいじゃん、君たち新入生でしょ? 俺ら超親切だから案内してあげるよ?」
「美味い店知ってんだ。奢るからさ」

 しかも、こういう連中は突き放したところでしつこい。この二人も例に漏れず、スルーして歩き始めた二人にくっついてくる。

「今時そんな低知能なナンパで釣られる女子なんていないわよ。諦めて文章練り直してから再チャレンジすることをオススメするわ」
「ちょっと、レティシアさん!?」

 きつく言い放ったレティシアを白愛がハラハラした様子で見る。もちろんわざと煽っている。相手が逆上して襲いかかってくれば正当防衛で返り討ちにしてやればいい。

「ツンツンしてるとこも可愛いねえ」
「尚更一緒に遊びたくなってきちゃったよ」

 この程度の挑発では逆効果だったらしい。

「いい加減にしなさいよ? 上級生だからって、これ以上しつこいと――」

 ならば脅して蹴散らせばいい――そう考えて腰に手を伸ばしたレティシアだったが、そこにあるはずの掴もうとした物がないことに気がついた。

 ――うそ、カード忘れて来ちゃった……。

 最悪である。レティシアにとってタロットカードは魔法使いの杖だ。なければただの女の子でしかない。

「しつこいと、どうするんだ?」
「生意気な一年が俺らに勝てるかな?」

 レティシアが青い顔をするのを見て、ナンパ男たちはさらに舞い上がった。
 こうなったらもう手段は一つしかない。

「九条さん」
「はい?」
「逃げるわよ!?」
「はいぃいッ!?」

 白愛の手を引いて全力ダッシュするレティシア。躓きそうになりながら白愛も頑張って走ってくれた。

「あ、待てコラ!?」
「逃がすと思ってんのか!?」

 ナンパ男の一人が懐からライターを取り出す。魔術的な刻印がされたそれは着火と同時に劫炎を生み出した。蛇のようにうねる炎がレティシアと白愛を追いかけ――
 そして、弾かれたように消し飛んだ。

「下級生の女の子を野蛮な魔術で捕らえようとは、品のない先輩たちで泣けてくるよ」

 走るレティシアたちと入れ替わるようにして、金髪の美男子がナンパ男たちの前に立ちはだかった。
 美男子の周囲は無数の数列が帯状に束なって渦を巻いている。

「ああ? なんだお前は?」
「通りすがりの探偵、と言っておこうかな」

 数字を従えた美男子――グラツィアーノ・カプアは爽やかに微笑むと、

「かっこつけてんじゃねえよ!? ごふうっ!?」
「ヒーロー気取りかこの野郎!? ぶぎゃっ!?」

 魔術を打ち消されたため素手で殴りかかってきたナンパ男二人を、受け流すような格闘術で一瞬にして沈黙させた。

「さて、大丈夫かい? レティシア・ファーレンホルスト、九条白愛」

 白目を剥いて気絶するナンパ男たちから目を反らし、グラツィアーノはあくまで爽やかに二人の安否を問う。

        しーん。

 二人は立ち止ることなく逃げて行ったらしい。

「……まあ、いいけどね」

 苦笑すると、グラツィアーノもその場から立ち去った。

        ☆★☆

「さっきのカプアくんですよね!? 放って逃げちゃってよかったんですか!?」
「いいでしょ別に。あたしたちがいても邪魔よ」

 悔しいことに、グラツィアーノ・カプアはレティシアよりも順位の高い特待生ジェレーターだ。順位だけ見ればあの黒羽恭弥よりも上である。あの程度の上級生に敗れることはないだろう。

「それよりせっかくのショッピングなんだから、さっきのことなんて忘れてパーッと楽しむわよ!」
「いいんでしょうか……」

 いいも悪いもそれが目的なのだからなんの問題もない。悪い運勢を引っくり返す勢いで遊び倒すのだ。

 そんな矢先だった。

「あれ? レティシアさん、あそこ」
「どうしたの? ――って、あれ恭弥じゃない?」

 なにかを見つけた白愛にならってそちらを見やると、人混みに紛れるようにして見知った黒髪の少年が角を曲がっていた。
 彼も一人というわけではなく、チョコレート色の肌をした幼い少女を連れていた。

「アルちゃんと一緒にいましたね……」
「悪魔の王と二人でなにやってんのよ?」

 気になる。
 気になる。気になる。気になる。

 もはやショッピングなどどうでもよくなり、二人は気づくと彼の後を追っていた。

 人混みの中を早足で縫うように歩いていく恭弥とアル=シャイターン。
 なんとかはっきり視認できる距離まで近づくと褐色少女――アル=シャイターンの嬉しそうに弾んだ声が聞こえてきた。

「こっちじゃこっち! 急ぐのじゃお兄ちゃん・・・・・

「「お兄ちゃん!?」」

 驚愕のあまり二人揃って叫んでしまった。幸い気づかれてはいないようだが――

「黒羽くんが……おに……おにい……」
「悪魔の王になんて呼び方させてんのよあいつ!?」

 恭弥が趣味でそんなことをさせているとは思えないし思いたくないが、残念ながらこれは現実で夢じゃない。

「九条さん」
「はい」
「尾行するわよ!」
「はい!」

 迷いはなかった。

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