アカシック・アーカイブ
FILE-53 部室の改装
無事に退院できた恭弥は、普段通りに学院の講義を受け、当たり前のように探偵部の招集をくらっていた。
ただ、今回呼び出しを行ったのはレティシアではなく――
(全員集まったわね)
旧学棟の一室にある教壇の上にちょこんと立った、一匹のハツカネズミだった。
「エルナちゃん、今日はネズミなのな」
「……かわいい」
土御門がハツカネズミ――エルナ・ヴァナディースの頭を指でぐりぐりと撫でる。嫌そうに指を避けようとするエルナを、白愛がうっとりした表情で見詰めていた。
「ほえぇ、このネズミさん人間なんですかー?」
「セイズ魔術でございますね。ふむ、見た目は普通のネズミと見分けがつきません。かなり高レベルの術者だと見受けられます」
エルナとは初対面になるフレリアとアレクも、彼女の変身の完成度に感嘆していた。
(なんかまた人が増えてるけど……話を進めていいかしら?)
「ああ」
恭弥は頷く。人間の姿だったら頭を押さえていそうな仕草をするエルナは、もう人数が増えることについては諦めてしまった感があった。恭弥が許可していれば問題にしない。そういうことにされたらしい。
「あ、待って。先にあたしから重大発表があるわ」
レティシアがそう言って教壇の裏に回る。『重大』ということなので、エルナも無理に話を進めようとはせず、避けるように教壇の端へと寄った。
おほん、とレティシアはわざとらしい咳払いをする。
「この度、我が探偵部は正式な部活動として学院に認められました。部員も揃ったし、なにより先日の活躍が大きいと思われます」
なぜか敬語。そしてたいして重要でもなかった。なのに恭弥とエルナ以外の部員たちは「おー」と小さな歓声を上げて拍手喝采。やらないと文句が飛んできそうなので恭弥は拍手のフリだけすることにした。
そんな部員たちの様子にレティシアは満足そうな笑顔を見せ――
「そしてそして! ついに念願の部室を貰えたのよ! イェーイ!」
テンションのギアを二段階ほど上げてガッツポーズを取った。念願に思っているのはレティシアだけだというツッコミは控えておく。
「お、やったな。どこになったんだ?」
興味を示した土御門に、レティシアは「ふふん」と凹凸のない胸を張る。
「ここよ」
指で真下を差した。
「ん? ここって……」
「この教室、ということでしょうか?」
土御門と白愛が首を傾げる。恭弥もイマイチ意味を理解できずにいた。エルナが招集をかけた教室が偶然部室になった? 果たしてそんな奇跡は起こり得るのだろうか?
それともエルナは知っていてここを選んだのかもしれない。そう思ってハツカネズミに視線をやるが、彼女は頭を横に振った。
「違うわ」
レティシアも否定する。
「この旧学棟全部が、あたしたち探偵部の部室よ!」
両腕を大きく広げて告げられた真実に、この場の誰もが目を瞠った。
「それはそれは、学院もずいぶんと気前のよいことをしましたね」
ニコニコと微笑むアレクが感心したように言う。確かになんとも豪快な割り当て方だが――
「いや、処遇に困っていた建物を押しつけられただけだろう」
恭弥の推論はきっと間違っていない。なにせオンボロの旧学棟である。改築するにしても取り壊すにしても、そこそこ大きな建物のため馬鹿にならない費用がかかるだろう。その辺りを体よく丸投げされたとしか思えない。
「理由はなんだっていいわよ! とにかく、今度から堂々とここに出入りできるようになったってわけね」
今までも必要以上に堂々としていた気もするが……恭弥は深く考えないことにした。
「ま、いいんじゃないか? ずっとここ使ってたわけだし」
「そうですね。今から新しい場所に行くのもなんか混乱しそうですし」
土御門と白愛は賛同的だった。恭弥も特に文句はない。エルナも場所などどうでもいいだろう。
「えー、ここですかー? 埃っぽいのでティータイムがしづらいですー」
ただ一人、フレリアだけが彼女らしい理由で苦言を呈した。
「あーうん、まあ汚いのは認めるわ。そこはちゃんと掃除しないとね」
レティシアは周りを見回して苦笑いする。フレリアには命を救われた恩があるためか、どうも強く出られない様子だった。
だが、自分のペースを決して乱さないフレリアお嬢様はただ文句を言うだけでは終わらない。
「あと見た目が可愛くないです。改装してもいいですか?」
「え? フレリアさんの私財で?」
まさかの提案にレティシアは目を丸くした。
「いいえ、わたしが自分で改装します」
当然のように告げると、フレリアはカバンからメモ用紙とボールペンを取り出し、全てのページにルーンの記号を書き殴った。
「アレク、これを建物全域の適切な位置に貼って来てください」
「かしこまりました」
メモ用紙を受け取ったアレクは恭しく一礼すると、シュッ! と瞬間転移でその場から消え去った。
従者を見送り、フレリアは呆然とする部員たちに振り向く。
「すぐに終わりますので、ちょっと皆さん外に出ていてくださーい」
☆★☆
恭弥たちが旧学棟の外に閉め出されてから数分後、準備を終えたフレリアとアレクも建物から出てきた。
「それでは始めまーす」
ふわっとした笑顔で言うや、フレリアはルーン文字の刻まれた金属片――ブラクテアートを旧学棟に向けて放り投げた。
瞬間――ピカァアアアアアアアアッ!! と建物全体が爆発するんじゃないかと危惧するくらい激しく発光した。
咄嗟に目を庇った恭弥たち。
光が収まってから見た物は、先程までの旧学棟ではなかった。
「これは……」
誰もが愕然とする。全体的にピンク色に塗装され、角ばっていたところは丸みを帯び、壁などはぬいぐるみのようなふわふわとした材質に変わっていた。
至るところに向日葵やチューリップなどの花をデフォルメしたような装飾が施され、心なしか甘い匂いまで漂ってくる。
これをルーン魔術と錬金術で一瞬にして実行したことは驚きだが――
「なあ大将、さっきまで趣ある建物だったのが、目が痛くなるくらいファンシーになったんだが……オレら、ここに毎日通うのか?」
「もしそうなら探偵部を抜けることを考える必要があるな」
流石の土御門もこればかりは死んだ魚のような目で眺めていた。
「フレリアさんアウト! この見た目は女子のあたしからしてもアウト!」
「えー」
「……私は可愛いと思いましたけど」
不満そうに頬を膨らますフレリアに白愛が苦笑しながらフォローを入れていた。
「可愛いのはほら、男子が困るでしょ? だからカッコイイ感じにして」
「カッコイイ感じですかー?」
レティシアに言われて、う~ん、と悩むフレリアだったが、ほんの数秒でデザインが決定したらしい。
「わかりましたー」
ブラクテアート第二球目。振り被って――投げた。
再びピカァアアアアアアアアッ!! と強烈なフラッシュが放たれた後、旧学棟はその姿を変えていた。
「これは……」
確かに格好よくはなったのではないかと思う。
思うが――
「なあ大将、さっきまでメルヘンでファンシーだった建物が、一気にラスボスのダンジョンみたいな城になったんだが……オレら、ここに毎日通うのか?」
「もしそうなら毎回ラスボスに挑む覚悟が必要になるな」
と、恭弥の胸辺りから半透明の少女がぬっと顔を出す。
「ククッ、なんじゃ汝ら? わしのために城を用意してくれたのかの?」
「ラスボス出た!?」
「フレリアさんツーアウト! この見た目は勇者が攻略に乗り込んで来そうだからアウト!」
「えー」
「……私はさっきの方が好きでした」
二度目のダメ出しに唇を尖らせるフレリアに、白愛も流石に今回はフォローできなかったようだ。
「もっと普通な感じにして! もう可愛いとかカッコイイとかはいいから!」
「普通な感じですかー?」
ブラクテアート第三球目。振り被って――投げた。
三度目のピカァアアアアアアアアッ!!
「なあ大将、さっきまで魔王が住んでそうだった城が、なんか日曜夕方のアニメに出て来そうな一軒家になったんだが……オレら、ここに毎日通うのか?」
「もしそうなら全員に海産物のコードネームをつける必要があるな」
「オレは大将にネタが通じたことにビックリだ」
恭弥も魔術師になる前は日本で普通の子供として暮らしていたのだ。そのくらいの国民的有名作品なら知っている。
「フレリアさんスリーアウトチャンジ! この見た目は探偵とは無縁の超平和時空に放り込まれそうだからアウト!」
「えー」
「私は日本の実家を思い出して落ち着ける気がします」
その後も何度かリトライを繰り返し――
結局、元の学棟を補強したような形で事無きを得るのだった。
ただ、今回呼び出しを行ったのはレティシアではなく――
(全員集まったわね)
旧学棟の一室にある教壇の上にちょこんと立った、一匹のハツカネズミだった。
「エルナちゃん、今日はネズミなのな」
「……かわいい」
土御門がハツカネズミ――エルナ・ヴァナディースの頭を指でぐりぐりと撫でる。嫌そうに指を避けようとするエルナを、白愛がうっとりした表情で見詰めていた。
「ほえぇ、このネズミさん人間なんですかー?」
「セイズ魔術でございますね。ふむ、見た目は普通のネズミと見分けがつきません。かなり高レベルの術者だと見受けられます」
エルナとは初対面になるフレリアとアレクも、彼女の変身の完成度に感嘆していた。
(なんかまた人が増えてるけど……話を進めていいかしら?)
「ああ」
恭弥は頷く。人間の姿だったら頭を押さえていそうな仕草をするエルナは、もう人数が増えることについては諦めてしまった感があった。恭弥が許可していれば問題にしない。そういうことにされたらしい。
「あ、待って。先にあたしから重大発表があるわ」
レティシアがそう言って教壇の裏に回る。『重大』ということなので、エルナも無理に話を進めようとはせず、避けるように教壇の端へと寄った。
おほん、とレティシアはわざとらしい咳払いをする。
「この度、我が探偵部は正式な部活動として学院に認められました。部員も揃ったし、なにより先日の活躍が大きいと思われます」
なぜか敬語。そしてたいして重要でもなかった。なのに恭弥とエルナ以外の部員たちは「おー」と小さな歓声を上げて拍手喝采。やらないと文句が飛んできそうなので恭弥は拍手のフリだけすることにした。
そんな部員たちの様子にレティシアは満足そうな笑顔を見せ――
「そしてそして! ついに念願の部室を貰えたのよ! イェーイ!」
テンションのギアを二段階ほど上げてガッツポーズを取った。念願に思っているのはレティシアだけだというツッコミは控えておく。
「お、やったな。どこになったんだ?」
興味を示した土御門に、レティシアは「ふふん」と凹凸のない胸を張る。
「ここよ」
指で真下を差した。
「ん? ここって……」
「この教室、ということでしょうか?」
土御門と白愛が首を傾げる。恭弥もイマイチ意味を理解できずにいた。エルナが招集をかけた教室が偶然部室になった? 果たしてそんな奇跡は起こり得るのだろうか?
それともエルナは知っていてここを選んだのかもしれない。そう思ってハツカネズミに視線をやるが、彼女は頭を横に振った。
「違うわ」
レティシアも否定する。
「この旧学棟全部が、あたしたち探偵部の部室よ!」
両腕を大きく広げて告げられた真実に、この場の誰もが目を瞠った。
「それはそれは、学院もずいぶんと気前のよいことをしましたね」
ニコニコと微笑むアレクが感心したように言う。確かになんとも豪快な割り当て方だが――
「いや、処遇に困っていた建物を押しつけられただけだろう」
恭弥の推論はきっと間違っていない。なにせオンボロの旧学棟である。改築するにしても取り壊すにしても、そこそこ大きな建物のため馬鹿にならない費用がかかるだろう。その辺りを体よく丸投げされたとしか思えない。
「理由はなんだっていいわよ! とにかく、今度から堂々とここに出入りできるようになったってわけね」
今までも必要以上に堂々としていた気もするが……恭弥は深く考えないことにした。
「ま、いいんじゃないか? ずっとここ使ってたわけだし」
「そうですね。今から新しい場所に行くのもなんか混乱しそうですし」
土御門と白愛は賛同的だった。恭弥も特に文句はない。エルナも場所などどうでもいいだろう。
「えー、ここですかー? 埃っぽいのでティータイムがしづらいですー」
ただ一人、フレリアだけが彼女らしい理由で苦言を呈した。
「あーうん、まあ汚いのは認めるわ。そこはちゃんと掃除しないとね」
レティシアは周りを見回して苦笑いする。フレリアには命を救われた恩があるためか、どうも強く出られない様子だった。
だが、自分のペースを決して乱さないフレリアお嬢様はただ文句を言うだけでは終わらない。
「あと見た目が可愛くないです。改装してもいいですか?」
「え? フレリアさんの私財で?」
まさかの提案にレティシアは目を丸くした。
「いいえ、わたしが自分で改装します」
当然のように告げると、フレリアはカバンからメモ用紙とボールペンを取り出し、全てのページにルーンの記号を書き殴った。
「アレク、これを建物全域の適切な位置に貼って来てください」
「かしこまりました」
メモ用紙を受け取ったアレクは恭しく一礼すると、シュッ! と瞬間転移でその場から消え去った。
従者を見送り、フレリアは呆然とする部員たちに振り向く。
「すぐに終わりますので、ちょっと皆さん外に出ていてくださーい」
☆★☆
恭弥たちが旧学棟の外に閉め出されてから数分後、準備を終えたフレリアとアレクも建物から出てきた。
「それでは始めまーす」
ふわっとした笑顔で言うや、フレリアはルーン文字の刻まれた金属片――ブラクテアートを旧学棟に向けて放り投げた。
瞬間――ピカァアアアアアアアアッ!! と建物全体が爆発するんじゃないかと危惧するくらい激しく発光した。
咄嗟に目を庇った恭弥たち。
光が収まってから見た物は、先程までの旧学棟ではなかった。
「これは……」
誰もが愕然とする。全体的にピンク色に塗装され、角ばっていたところは丸みを帯び、壁などはぬいぐるみのようなふわふわとした材質に変わっていた。
至るところに向日葵やチューリップなどの花をデフォルメしたような装飾が施され、心なしか甘い匂いまで漂ってくる。
これをルーン魔術と錬金術で一瞬にして実行したことは驚きだが――
「なあ大将、さっきまで趣ある建物だったのが、目が痛くなるくらいファンシーになったんだが……オレら、ここに毎日通うのか?」
「もしそうなら探偵部を抜けることを考える必要があるな」
流石の土御門もこればかりは死んだ魚のような目で眺めていた。
「フレリアさんアウト! この見た目は女子のあたしからしてもアウト!」
「えー」
「……私は可愛いと思いましたけど」
不満そうに頬を膨らますフレリアに白愛が苦笑しながらフォローを入れていた。
「可愛いのはほら、男子が困るでしょ? だからカッコイイ感じにして」
「カッコイイ感じですかー?」
レティシアに言われて、う~ん、と悩むフレリアだったが、ほんの数秒でデザインが決定したらしい。
「わかりましたー」
ブラクテアート第二球目。振り被って――投げた。
再びピカァアアアアアアアアッ!! と強烈なフラッシュが放たれた後、旧学棟はその姿を変えていた。
「これは……」
確かに格好よくはなったのではないかと思う。
思うが――
「なあ大将、さっきまでメルヘンでファンシーだった建物が、一気にラスボスのダンジョンみたいな城になったんだが……オレら、ここに毎日通うのか?」
「もしそうなら毎回ラスボスに挑む覚悟が必要になるな」
と、恭弥の胸辺りから半透明の少女がぬっと顔を出す。
「ククッ、なんじゃ汝ら? わしのために城を用意してくれたのかの?」
「ラスボス出た!?」
「フレリアさんツーアウト! この見た目は勇者が攻略に乗り込んで来そうだからアウト!」
「えー」
「……私はさっきの方が好きでした」
二度目のダメ出しに唇を尖らせるフレリアに、白愛も流石に今回はフォローできなかったようだ。
「もっと普通な感じにして! もう可愛いとかカッコイイとかはいいから!」
「普通な感じですかー?」
ブラクテアート第三球目。振り被って――投げた。
三度目のピカァアアアアアアアアッ!!
「なあ大将、さっきまで魔王が住んでそうだった城が、なんか日曜夕方のアニメに出て来そうな一軒家になったんだが……オレら、ここに毎日通うのか?」
「もしそうなら全員に海産物のコードネームをつける必要があるな」
「オレは大将にネタが通じたことにビックリだ」
恭弥も魔術師になる前は日本で普通の子供として暮らしていたのだ。そのくらいの国民的有名作品なら知っている。
「フレリアさんスリーアウトチャンジ! この見た目は探偵とは無縁の超平和時空に放り込まれそうだからアウト!」
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