アカシック・アーカイブ

夙多史

FILE-125 甲賀の秘奥義

 巨大な悪魔の竜が出現した光景を、甲賀静流とユーフェミア・マグナンティは遥か上空から俯瞰していた。

「あの竜は幽崎殿が召喚したでござるか? むむむ、強そうでござるな」
「全く恐ろしいね、新入生の主席様は。よくあんなデタラメを仲間に引き入れたもんだ」
「師匠の人柄でござる。フフンでござる」
「なぜ君が胸を張るのか疑問だけど、アレよりヤバイもんを召喚された上で退けた黒羽も大概だね」

 その頃のユーフェミアはそこにいるニンジャガールのせいで入院中だったのだが、オレーシャや曉燕から聞いた話だけでも冷や汗ものだった。
 まさか自分を病院送りにしたニンジャガールと共闘する日が来るとは夢にも思わなかったユーフェミアである。敵として対峙すればかなり厄介だが――

「ユーフェミア殿! できれば拙者たちもあの竜と手合わせ願いたいでござるな!」
「同意を求めないでもらえるかな!? ボクはあんなバケモノと戦うなんてごめんだよ!?」

 味方にしてもこの戦闘狂が危なっかしくて厄介なことには変わりなかった。

「あと余所見している暇なんてないからね! 来るよ!」

 ロータスワンドに腰かけて飛ぶユーフェミアはバイクのように体を傾けて方向転換する。直後、音速を超える戦闘機が先ほどまでいた場所を掠めた。
 衝撃波が荒れ狂う。
 黒魔術で障壁を作っていなければ一瞬で真っ逆さまだっただろう。

「チッ、メルカバーで戦闘機を操るとか、このメガネ先輩も充分バケモノの領域じゃないか」

 甲賀静流は……あちらも間一髪で宙を蹴って回避したらしい。飛行術は魔女術の中でこそ基本だが、箒や杖といった媒体を使わずに空を翔る彼女の術は実に興味深い。
 五行を使わない忍術は魔術よりも武術的な側面が強いように思える。八方分身もそうだ。ユーフェミアの予想でしかないが、アレは武術で言うところの『気』を分割して実体化させ、魔術により増幅することで本体とほとんど変わらない性能を実現させているのだろう。

「――ッて、味方の術を考察している場合じゃないね」

 旋回して戻ってくる戦闘機が機関銃を撃ち出した。ユーフェミアはマントの裏から一本の〈黒い柄の短剣アイセミー〉を抜いて投擲する。短剣を中心に風の渦が吹き荒れ、弾丸の雨を巻き込んで弾き逸らした。
 続いてロータスワンドに飛行術とは別の魔力を流す。先端の花弁がオレンジ色に輝き、空中に描かれた魔法陣から高熱の火炎が噴き出した。

「ふむ、やはり魔女宗の黒魔術ですか」

 戦闘機からメガネの先輩――フレデリック・ブラウンの声が響く。魔術の火炎は簡単にかわされた。戦闘機の強度を考えれば恐らくそのまま突っ込んでも然したるダメージはなかったと思うが、かなり慎重な性格をしているらしい。

「拙者も負けてられないでござる!」

 甲賀静流が胸の前で刀を持ったまま印を結ぶ。

「甲賀流忍術奥義――〈八方分身ノ術〉」

 能力はそのままに甲賀静流の身体が八つに増えた。あのチート忍術にはユーフェミアも何度苦戦したことか。味方であれば頼もしいことこの上ない。
 八人の甲賀静流は即座に散開すると、それぞれが印を結び、一言もずれることなく同時に言の葉を紡ぐ。

《木は天へと聳え、天は雷を木に落とす。甲賀流五行忍術――〈召雷樹〉》

 召喚された雷が樹の枝葉のごとく戦闘機を追って広がっていく。この術はフレデリックの戦闘機を捉えたことがあるものの、いくら八倍の威力となったとしても一度見せた術が二度も通じるとは思えない。
 案の定、フレデリックは雷の樹を見事にかわしていく。

《まだでござる! 金は木を切り倒し、代わりに雷をその身へと誘うでござる》

 だが、それは甲賀静流も理解していたらしい。八人が一斉に重ねるように別の印を結ぶ。すると、彼女たちの周囲に夥しい数の鉄色の物体が出現した。
 それが全て忍者の使う短剣――クナイであることをユーフェミアは悟った。

《甲賀流五行忍術・陰ノ縛技――〈金剋・雷鉄千網尽ノ術〉》

 数千はあるだろうクナイの群れが雷樹を貫き、さらに戦闘機を取り囲むように展開された。次の瞬間、クナイ同士が雷撃の線で結ばれ、立体的な網目状になって内部に閉じ込めた戦闘機に襲いかかった。

「これは……避け切れませんね」

 フレデリックは強引に包囲を突き破る。だが雷纏うクナイに焼き切られた戦闘機は崩れ落ち、瞑想の姿勢のままフレデリックは空中に投げ出された。
 そこをユーフェミアが狙う。

「メルカバーが解けるのを待っていたよ、メガネ先輩」

 射出された火球がフレデリックの脇を掠めた。そこに隠し持っていた魔力結晶が一つ、炎に焼かれて砕け散る。

「まずは一つだね」 

 魔力結晶に当たったのは単なる偶然だったが、さも狙い通りだとでも言うようにユーフェミアは笑みを浮かべた。

「このまま後輩に嘗められるわけにはいきません。仕方ありませんね」

 落下の始まるフレデリックが再び瞑想した。作り出された戦闘機を見て、甲賀静流たちが面白くなさそうに唇を尖らせる。

《またそれでござるか? そろそろ見飽きてきたでござる》
「いや、違うぞ甲賀!」
《む?》

 機関銃の射撃音。
 だがそれは目の前の戦闘機から放たれたものではなかった。甲賀静流の分身たちの後ろから、七機の戦闘機がそれぞれの分身を撃ち抜いたのだ。
 ハチの巣にされた分身たちがマヌケな音を立てて消えていく。

「い、一瞬で分身たちを消されたでござる!?」
「ちょっと待て。メルカバーって、瞑想して神の戦車に乗り込むっていう魔術だったはずだよね?」

 的確に分身だけを消し去ったフレデリックの観察眼にも驚きだが、ユーフェミアはそれ以上に戦闘機が合計八機あることに戦慄していた。

「あのメガネ先輩、自分が乗ってない複数の戦闘機も同時に操っているのか!?」
「まあ、これはガブリエラのフィールドの恩恵があってこそですが」

 フレデリックが乗り込んだ戦闘機はユーフェミアたちから距離を取っている。司令塔として戦いには加わらないつもりなのだろう。

「ユーフェミア殿! 後ろでござる!」

 甲賀静流の声にハッと正気づく。背後からミサイルが迫っていた。即座に短剣を投げて風の障壁を生み出すが、遅い。
 爆発がユーフェミアの障壁を打ち破り、無防備になった体を容赦なく叩き飛ばした。

「がっ!?」
「ユーフェミア殿!?」

 意識を失ったユーフェミアはロータスワンドを手放し落下していく。

「安心してください。死ぬほどの火力はありません。殺してしまうと失格ですからね」

 一機の戦闘機がユーフェミアを回収するために追っていく。だが既に意識を取り戻していたユーフェミアはロータスワンドを手元に引き寄せ、再び飛翔して今度は戦闘機との鬼ごっこになった。

「強いでござる。これほどの強者と戦えて拙者は嬉しいでござるよ」

 空中に立ったまま、甲賀静流は日本刀を握った手に力を込めた。少し震えているように見えるのは武者震いというやつだろう。あの戦闘狂が恐怖を感じるとは思えない。

「でも、ユーフェミア殿は拙者の大切な友でござる。よくもユーフェミア殿をやってくれたでござるな! 戦いの中で楽しさや悔しさよりも怒りを覚えたのは初めてでござるよ! 仇を討つでござる!」
「うん、待って!? ボクまだ負けてないんだけど!?」

 違った。なんか勝手に倒されたことにされていた。

「見せてやるでござる!」

 言うや否や、甲賀静流は素早く跳躍して司令塔の戦闘機へと突撃した。だがすぐに他の戦闘機が回り込んでくる。
 機関銃の銃撃を日本刀で弾き、さらに加速して戦闘機群を突き抜けると――両手の日本刀を鞘へと戻した。

「納刀――〈円天〉」

 急停止した甲賀静流は左足を軸に、右足で円を描くように一回転する。すると不可視の力場が円形に広がった。
 円の中には八機の戦闘機全てが収まっている。

「刀を仕舞った? それにこれは、結界ですか?」

 なにをする気かわからないのはユーフェミアも同じだが、慎重なフレデリックは得物を手放した敵をこれ幸いと狙うような真似はしない。まずは結界と思われる力場から離れるため指令を出すが――

「把握したでござる!」

 その前に、甲賀静流が再び刀の柄へと手をかけた。

「甲賀流忍術秘奥義――〈斬空・崩月閃ノ術〉!!」

 刹那。
 両手で二振りの日本刀が抜刀されたかと思うと、円形の力場の中に入っていた全ての戦闘機が真っ二つに斬断された。
 空間ごと斬り裂いたような見事な切れ目。

「馬鹿な……」

 フレデリック本人はほぼ無傷だった。
 しかし彼の制服は八つ裂きにされ、あちこちに隠していたはずの魔力結晶が全て斬られていたのだ。

「円の中に取り込んだ物体を……いや、違うね」

 悪い癖だと自覚しつつも、思わず考察してしまうユーフェミア。今の術は恐らく、円の中のを掌握し、一刀の下に斬り伏せる奥義だろう。

「ハハハ、まったく、特待生ジェレーターでもない新入生ニルファイトにそんなものを見せられたら自信を失くしそうだ」

 いつか彼女と一対一で戦って勝利する。諦めるなど論外だが、その目標が少し遠ざかった気がした。

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