アカシック・アーカイブ
FILE-123 頼もしい援軍?
微細な、それでいて確かな空気の振動を幽崎は感じた。
その瞬間、幽崎を覆い隠していたミラードームに無数の罅が走り――文字通り粉微塵に砕け散った。
「あぁ?」
鏡の粉塵がキラキラと幻想的に舞い散る中、幽崎は呆然と眉を顰める。粒子レベルにまで砕かれた欠片は新たな鏡として復活できない。そのことには当然気づいていて、さてどうやって粉砕してくれようかと考えていた矢先の出来事だった。
「幽崎・F・クリストファー……不本意だが、うちのリーダーの判断だ。加勢する」
そう言って歩み寄って来たのは、筋骨隆々とした大柄な男子生徒だった。両の拳には鏡を粉砕したものと思われる術式の魔法陣を腕輪のように纏っている。
ランドルフ・ダルトン。
振動魔術を得意とする特待生の第十二位だ。幽崎が入学早々に下級悪魔の贄にした男だが、面白くないことに当時のことは覚えていないらしい。
「チッ、てめぇかデカブツ。余計なことしてんじゃねぇよ」
「それは悪かった。苦戦していたように見えたのでな」
「だったらその目は腐ってやがんぜ。いっそ潰しててめぇの厳つい顔でも可愛く見える義眼に変えちまえよ。リボンとかつけてなぁ!」
わざと怒らせるように罵倒する幽崎だが、腕を組んだランドルフは涼しい顔をしている。昨日会った時は幽崎にされたことを思い出しそうになって苦しんでいたのに、今はその兆候すら見せない。
実は完全に思い出したのか。
それともなにか精神的なロックがかかったのか。
どちらにせよ幽崎にとってはつまらない。彼に対する興味が一ミリたりともなくなってしまった。
一方で、ミラードームを破壊されたクラウディアは予備の手鏡を取り出しつつ新しく現れた大男を苦々しく睨んでいた。
「新手か? また新入生じゃないか。しかも私の鏡を一撃だと? 冗談じゃない。どうなってるんだ今年の新入生は!?」
「もう纏めてぶっ潰しちゃおうよ!」
上空で聖なる力が高まっていく。翼を輝かせたガブリエラが大規模な天使術を展開しようとしているのだ。
だが、彼女が術式を発動させるよりも先に一発の銃声が轟いた。直後、ガブリエラの正面で小規模の爆発が発生する。
「きゃあっ!?」
「ガブリエラ!?」
爆風で吹き飛ぶガブリエラは空中で何回転もしながらなんとか静止。天使術は中断され、翼の輝きも失ってしまった。
「ダルトン、幽崎、上級生相手に悠長にお喋りしている余裕はないぞ」
言い争っている幽崎とランドルフの下にコサック帽の女子生徒が駆けてきた。
ガブリエラを狙撃しただろう猟銃を抱えた彼女と幽崎に直接的な接点はないが、素性だけは調べて知っている。
特待生の第十三位――オレーシャ・チェンベルジー。ロシアの狩猟民族で魔弾の使い手だ。
ランドルフやオレーシャみたいなクソ真面目そうな優等生は幽崎の一番嫌いなタイプである。まだ意図して優等生ぶっているだけの黒羽恭弥の方がマシだ。
「フン、わらわらと俺んとこに集まんじゃねぇよ。余裕がねぇのはてめぇらだけだろうが。邪魔だ。足手纏いは消えろ」
「邪魔で足手纏いはどっちだ? 少なくとも、俺の魔術は鏡の魔術に対して強い」
「空を飛ぶ相手なら狙撃も有効だ」
「……チッ」
正論を説かれて幽崎は小さく舌打ちした。確かに天使相手に悪魔は不利なところもあるし、鏡の魔術を破るにしてもランドルフの振動以上の芸当はできない。
認めたくはないが苦戦していたのも事実。
ならばせいぜい上手いこと利用してやろう。
「勝手にしろ。だが、うっかり巻き添えくらっちまっても俺は知らねぇがなぁ!」
☆★☆
ミサイルの爆撃で吹き飛んだ静流は、なにかに受け止められた感触に「おや?」と内心で首を捻った。
「まったく、なにをしているんだ。ボクらに勝った時の君はあんなもんじゃなかっただろう?」
静流を受け止めたのは、制服の上から黒いマントを羽織り、鍔広の三角帽子を被った小柄な少女だった。
睡蓮の花を模した杖――ロータスワンドに腰かけて空を飛ぶ、まさに『魔女』と形容するに相応しい格好をした彼女の呆れ顔を見て、静流は歓喜に表情を輝かせた。
「おお! ユーフェミア殿! 拙者と戦いに来たでござるか?」
ユーフェミア・マグナンティ。特待生の第九位にあたる魔女宗の黒魔術師である。
「違う! 君と戦る前に厄介な先輩を潰しておくんだ!」
「? 拙者は二人とも相手でよいでござるが?」
「ええい!? 話くらい通じてくれ戦闘狂が!? とにかくまずは協力してあのメガネ先輩を倒すんだ!? わかったか!?」
ユーフェミアはポイッと雑に静流を放り捨てた。静流は猫のごとく即座に体勢を整えて〈天翔ノ術〉で空中を蹴る。
静流としては共闘なんて不服なのだが、なにか言い返す前に戦闘機がこちらに向かって来るのが見えた。
「彼女一人でも面倒だというのに……わかりました。まとめてこのバトルフィールドから退場していただきます!」
どこか投げ遣りな口調が戦闘機から言い放たれるや、ユーフェミアと静流の双方に向けて追尾式のミサイルが発射された。
☆★☆
「伸っびろぉーっ!! 如意棒ぉーっ!!」
元気溌剌とした少女の声がレティシアとアレックスの間に割り込んできた。
否、割り込んだのは声だけでなく、長大化した棍棒が大地を割り砕くように振り下ろされた。
レティシアとアレックスは同時に後ろへと飛んでその一撃を回避する。
「何者デスか!」
「この声、如意棒って……まさか」
二人が空を見上げると、両足に金色の雲を纏った茶髪の少女が無邪気で楽しそうな笑顔を浮かべていた。
「やっぱり、曉燕さん!」
思わぬ援軍……だと思いたいが、この場では彼女とも敵同士。三つ巴になることを覚悟したレティシアだったが、身構える前に曉燕がアレックスを指差して悪戯っ子の顔をした。
「レティレティ、そいつはシャオが貰うからもう下がっていいよ!」
「えっ?」
言うや否や、曉燕は物凄い勢いでアレックスへと突撃を開始した。そのアレックスはというと、なにを勘違いしたのかやれやれと肩を竦めて白い歯を見せてはにかむ。
「オゥ、モテる男はつらいデース。でも残念ながらミーにはもうハートに決めたフィアンセが――」
「そいやっ!」
「問答無用デスか!?」
曉燕が棍棒を大上段から叩きつける。アレックスは紙一重で飛び退ったが、觔斗雲の機動力は並大抵ではない。曉燕は瞬時に方向転換して如意棒を振り回し、防御態勢を取るアレックスの肉体を激しく乱打する。
「これはなかなか……ハードなプレイデース」
アレックスも隙を見ては拳打蹴脚を繰り出す。それらを曉燕は如意棒で防ぎ、觔斗雲でかわし、間髪入れず次の打撃を叩き込む。
「なんなの……?」
一瞬で蚊帳の外に放り出されたレティシアは、周囲の状況を見て現在なにが起こっているのか判断するしかなかった。
「えっと……これ、共闘するってことでいいのよね?」
他の戦いが、あの幽崎ですらそういう雰囲気になっているのだから間違いない。間違いないと思うのだが、自分一人で楽しそうにアレックスと殴り合っている曉燕を見ると段々自信がなくなってくるレティシアだった。
その瞬間、幽崎を覆い隠していたミラードームに無数の罅が走り――文字通り粉微塵に砕け散った。
「あぁ?」
鏡の粉塵がキラキラと幻想的に舞い散る中、幽崎は呆然と眉を顰める。粒子レベルにまで砕かれた欠片は新たな鏡として復活できない。そのことには当然気づいていて、さてどうやって粉砕してくれようかと考えていた矢先の出来事だった。
「幽崎・F・クリストファー……不本意だが、うちのリーダーの判断だ。加勢する」
そう言って歩み寄って来たのは、筋骨隆々とした大柄な男子生徒だった。両の拳には鏡を粉砕したものと思われる術式の魔法陣を腕輪のように纏っている。
ランドルフ・ダルトン。
振動魔術を得意とする特待生の第十二位だ。幽崎が入学早々に下級悪魔の贄にした男だが、面白くないことに当時のことは覚えていないらしい。
「チッ、てめぇかデカブツ。余計なことしてんじゃねぇよ」
「それは悪かった。苦戦していたように見えたのでな」
「だったらその目は腐ってやがんぜ。いっそ潰しててめぇの厳つい顔でも可愛く見える義眼に変えちまえよ。リボンとかつけてなぁ!」
わざと怒らせるように罵倒する幽崎だが、腕を組んだランドルフは涼しい顔をしている。昨日会った時は幽崎にされたことを思い出しそうになって苦しんでいたのに、今はその兆候すら見せない。
実は完全に思い出したのか。
それともなにか精神的なロックがかかったのか。
どちらにせよ幽崎にとってはつまらない。彼に対する興味が一ミリたりともなくなってしまった。
一方で、ミラードームを破壊されたクラウディアは予備の手鏡を取り出しつつ新しく現れた大男を苦々しく睨んでいた。
「新手か? また新入生じゃないか。しかも私の鏡を一撃だと? 冗談じゃない。どうなってるんだ今年の新入生は!?」
「もう纏めてぶっ潰しちゃおうよ!」
上空で聖なる力が高まっていく。翼を輝かせたガブリエラが大規模な天使術を展開しようとしているのだ。
だが、彼女が術式を発動させるよりも先に一発の銃声が轟いた。直後、ガブリエラの正面で小規模の爆発が発生する。
「きゃあっ!?」
「ガブリエラ!?」
爆風で吹き飛ぶガブリエラは空中で何回転もしながらなんとか静止。天使術は中断され、翼の輝きも失ってしまった。
「ダルトン、幽崎、上級生相手に悠長にお喋りしている余裕はないぞ」
言い争っている幽崎とランドルフの下にコサック帽の女子生徒が駆けてきた。
ガブリエラを狙撃しただろう猟銃を抱えた彼女と幽崎に直接的な接点はないが、素性だけは調べて知っている。
特待生の第十三位――オレーシャ・チェンベルジー。ロシアの狩猟民族で魔弾の使い手だ。
ランドルフやオレーシャみたいなクソ真面目そうな優等生は幽崎の一番嫌いなタイプである。まだ意図して優等生ぶっているだけの黒羽恭弥の方がマシだ。
「フン、わらわらと俺んとこに集まんじゃねぇよ。余裕がねぇのはてめぇらだけだろうが。邪魔だ。足手纏いは消えろ」
「邪魔で足手纏いはどっちだ? 少なくとも、俺の魔術は鏡の魔術に対して強い」
「空を飛ぶ相手なら狙撃も有効だ」
「……チッ」
正論を説かれて幽崎は小さく舌打ちした。確かに天使相手に悪魔は不利なところもあるし、鏡の魔術を破るにしてもランドルフの振動以上の芸当はできない。
認めたくはないが苦戦していたのも事実。
ならばせいぜい上手いこと利用してやろう。
「勝手にしろ。だが、うっかり巻き添えくらっちまっても俺は知らねぇがなぁ!」
☆★☆
ミサイルの爆撃で吹き飛んだ静流は、なにかに受け止められた感触に「おや?」と内心で首を捻った。
「まったく、なにをしているんだ。ボクらに勝った時の君はあんなもんじゃなかっただろう?」
静流を受け止めたのは、制服の上から黒いマントを羽織り、鍔広の三角帽子を被った小柄な少女だった。
睡蓮の花を模した杖――ロータスワンドに腰かけて空を飛ぶ、まさに『魔女』と形容するに相応しい格好をした彼女の呆れ顔を見て、静流は歓喜に表情を輝かせた。
「おお! ユーフェミア殿! 拙者と戦いに来たでござるか?」
ユーフェミア・マグナンティ。特待生の第九位にあたる魔女宗の黒魔術師である。
「違う! 君と戦る前に厄介な先輩を潰しておくんだ!」
「? 拙者は二人とも相手でよいでござるが?」
「ええい!? 話くらい通じてくれ戦闘狂が!? とにかくまずは協力してあのメガネ先輩を倒すんだ!? わかったか!?」
ユーフェミアはポイッと雑に静流を放り捨てた。静流は猫のごとく即座に体勢を整えて〈天翔ノ術〉で空中を蹴る。
静流としては共闘なんて不服なのだが、なにか言い返す前に戦闘機がこちらに向かって来るのが見えた。
「彼女一人でも面倒だというのに……わかりました。まとめてこのバトルフィールドから退場していただきます!」
どこか投げ遣りな口調が戦闘機から言い放たれるや、ユーフェミアと静流の双方に向けて追尾式のミサイルが発射された。
☆★☆
「伸っびろぉーっ!! 如意棒ぉーっ!!」
元気溌剌とした少女の声がレティシアとアレックスの間に割り込んできた。
否、割り込んだのは声だけでなく、長大化した棍棒が大地を割り砕くように振り下ろされた。
レティシアとアレックスは同時に後ろへと飛んでその一撃を回避する。
「何者デスか!」
「この声、如意棒って……まさか」
二人が空を見上げると、両足に金色の雲を纏った茶髪の少女が無邪気で楽しそうな笑顔を浮かべていた。
「やっぱり、曉燕さん!」
思わぬ援軍……だと思いたいが、この場では彼女とも敵同士。三つ巴になることを覚悟したレティシアだったが、身構える前に曉燕がアレックスを指差して悪戯っ子の顔をした。
「レティレティ、そいつはシャオが貰うからもう下がっていいよ!」
「えっ?」
言うや否や、曉燕は物凄い勢いでアレックスへと突撃を開始した。そのアレックスはというと、なにを勘違いしたのかやれやれと肩を竦めて白い歯を見せてはにかむ。
「オゥ、モテる男はつらいデース。でも残念ながらミーにはもうハートに決めたフィアンセが――」
「そいやっ!」
「問答無用デスか!?」
曉燕が棍棒を大上段から叩きつける。アレックスは紙一重で飛び退ったが、觔斗雲の機動力は並大抵ではない。曉燕は瞬時に方向転換して如意棒を振り回し、防御態勢を取るアレックスの肉体を激しく乱打する。
「これはなかなか……ハードなプレイデース」
アレックスも隙を見ては拳打蹴脚を繰り出す。それらを曉燕は如意棒で防ぎ、觔斗雲でかわし、間髪入れず次の打撃を叩き込む。
「なんなの……?」
一瞬で蚊帳の外に放り出されたレティシアは、周囲の状況を見て現在なにが起こっているのか判断するしかなかった。
「えっと……これ、共闘するってことでいいのよね?」
他の戦いが、あの幽崎ですらそういう雰囲気になっているのだから間違いない。間違いないと思うのだが、自分一人で楽しそうにアレックスと殴り合っている曉燕を見ると段々自信がなくなってくるレティシアだった。
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