アカシック・アーカイブ

夙多史

FILE-29 疑い視線

 辻斬り事件については恭弥も小耳には挟んでいた。
 毎晩、外を出歩いていた新入生を襲っては病院送りにしている通り魔。学院からは夜間の外出を控えるように通達もされていた。
 多くの人間は危険が我が身に降りかかるまで他人事に思っているだろう。だからそんな通達に律儀に従う者も少ない。恭弥も無視していた。被害がなくならないわけである。

 第五階生――恭弥たちより四年離れた上級生であるルノワ警部が状況を語る。

「辻斬りは連日連夜発生している。軽傷で済んでいる者が多いが、中には無残にも斬り殺されていた生徒も少なくない」

 重い口調で言われたが、特待生ジェレーターたちが動揺するようなことはなかった。とはいえ、死人が出ていることを恭弥は今初めて知った。パニックを避けるためか、その点は報道されていなかったようだ。

「そして昨夜、ついに特待生ジェレーターの一人が被害に遭った」

 今までテキトーに聞き流していた全員の視線がルノワに向く。

「つまり、今この場にいない人がその被害者ってことかな?」

 発言したのは特待生第四位のグラツィアーノ・カプアだ。こんな話をしている中でもニコニコとした爽やかな笑みを浮かべている。

「全員ではない。辻斬りの被害者はユーフェミア・マグナンティだ。ランドルフ・ダルトンは先日の悪魔事件の被害者だが、同一犯の仕業である可能性は捨て切れない。ファリス・カーラは現在都市外に出ている。彼女は今回の事件とは無関係だろう」

 特待生ジェレーターに都市外に出る権限はないはずだが、ファリス・カーラはなにか特別なのだろうか?

新入生ニルファイトの中にも魔術を扱える者は大勢いる。なのになぜ君たちだけが特待生ジェレーターに選ばれているのかわかるか?」
「格が違うんでしょ? ただ魔術が使えるだけの素人とは」

 レティシアがつまらなそうに答えた。ルノワは鷹揚に頷く。

「その通りだ。辻斬り犯は君たちと同じ新入生だと思われる。それも特待生ジェレーターを倒してしまえるほどの実力者だ。特待生ジェレーターとて必ずしも戦闘能力が高いわけではないが、ユーフェミア・マグナンティは魔女宗ウィッカの黒魔術師。戦いは寧ろ専門になる」
「回りくどいな。ハッキリ言ったらどうだぁ? てめぇらはつまり俺らの中に犯人がいるんじゃねぇかって疑ってるわけだろ?」

 幽崎が態度の悪い座り方のままルノワ警部を睨め上げた。その狂気的な視線を怯むことなく受け止めたルノワ警部も流石は第五階生である。

「被害者の証言によると、犯人はマフラーで顔を隠した黒髪の少女だったそうだ」
「そんなら俺ら男子は関係ないだろ。くだらん。帰っていいか?」

 逆立った銀髪の少年――第十位のリンフォード・メドウズが立ち上がって退室しようとするのを、ルノワの取り巻きの刑事二人が入口を体で塞ぐようにして止めた。リンフォードは舌打ちして着席する。

「我々は魔術師だ。姿を変える術を持っている可能性だってある。例えば――」

 そこで一度区切り、ルノワはある一点に視線をスライドさせる。

「黒羽恭弥、君の扱うガンド魔術は確か変身ができたはずだ」

 瞬間、全員の視線が一気に恭弥へと殺到した。

 ――そう来たか。

 恭弥は腕を組んだ姿勢のまま表情は変えずに内心で溜息を吐く。当然、恭弥は辻斬りなどではない。だが困ったことに、それを証明するアリバイがないのも事実だ。

「ちょっと待ちなさいよ!? 恭弥が犯人だって言うの!? 変身するくらいならあたしにだってできるわよ!?」

 ガタッと椅子を倒して立ち上がったレティシアが恭弥の代わりに抗議した。

「落ち着きたまえ、レティシア・ファーレンホルスト。あくまで例えばの話だ」

 ルノワはどうどうと両手を縦に振って額に怒りマークを浮かばせたレティシアを諫める。だがすぐに目を鋭くさせると、もう一つの重要な情報を開示した。

「しかし、ユーフェミア・マグナンティからの証言で犯人は『忍術』を使うこともわかっている。忍術は日本固有の術式だ。黒羽恭弥、日本人の君が使えても不思議はない」

 忍術。
 忍の者が諜報・窃盗・戦闘・逃走などに使う特殊な技法のことだ。その多くは魔術ではなく技術だが、中には妖術や仙術や気功などを取り入れ魔術として昇華させた術もあると聞く。

「あれ? キョーヤはガンドの術者じゃなかったのですかー?」
「お嬢様、彼は黒羽様がガンドの他に忍術も習得しているのではないか、と疑っているのです。お嬢様がルーン魔術と錬金術の両方を使えるように」
「う~ん、それならアレクと戦った時に使ってませんか? はむはむ」
「ふむ。温存していた、とすればだいぶ癪に障りますね。あとお嬢様、いい加減食べるのをやめてください」

 この場の空気にそぐわないのんびりした遣り取りをするフレリアとアレク。そんな主従――特に生徒でもないアレクの存在にルノワは疑問符を浮かべたが、関係者だと判断したのかなにも指摘しなかった。
 代わりに話を続ける。

「ちなみに今年の新入生に忍術を使う者は記録されていない。悪いが、学院警察には君が犯人という前提で動いている者もいる。今ここで無実を証明できるか?」
「無理だな。夜はいつも一人だ。時間の無駄だろうが、家宅捜索をしたければ勝手にすればいい」

 証拠なんて出てくるわけがない。恭弥が犯人である証拠も、犯人でない証拠も。もちろん、恭弥がBMAのエージェントだという証拠も。

「だったら真犯人を捕まえて突き出してやるわ! あたしたち探偵部で!」

 立ち上がったままのレティシアが自分自身を親指で指した。

「探偵部? そんな部活は聞いたこともないが……?」
「ふふん、これから申請するところよ!」

 やたらと自信満々に平地な胸を張って部活の申請書類を見せびらかすレティシア。その様子を見る回りの目は大変冷ややかだったが、ルノワだけがこの状況を吟味するように瞑目した。

「そうか。頼む前からやる気になってくれたのなら話が早い」
「どういうこと?」

 訊ねるレティシアには答えず、ルノワは恭弥を見る。その目は先程までの犯人を見るようなものではなく、どこか申し訳なさそうな感情が込められていた。

「黒羽恭弥、犯人扱いの発言をしたことを謝罪する。少なくとも俺は、君が犯人かどうかは証拠が出るまで疑わないつもりだ」

 深々と頭を下げて謝罪すると、彼は改めて集まった特待生ジェレーター全員を見回した。

「この場に君たちを集めたのは犯人を決めつけるためじゃない。辻斬り犯の捜索に協力してもらいたいからだ。それが本当の、正式な理由になる。協力してもいいと思う者だけ残ってくれ」

 そうして、特別緊急会議は一旦お開きとなった。

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