アカシック・アーカイブ

夙多史

FILE-27 五人目の部員

 その二人は唐突にやってきた。
 恭弥たちが勝手に借りて会議を行っていた旧学棟の講義室の入口を塞ぐように、『ルーンの錬金術師』フレリア・ルイ・コンスタンとその従者であるアレク・ディオールが立っている。
 恭弥から昨日の戦いのことを聞いていた全員が席を立って警戒態勢を取った。

「俺には関わるなと言ったはずだが、なんの用だ?」
「あれ? そうでしたっけ?」

 睨みを利かす恭弥だが、フレリアは相変わらずのほほんとした笑顔を浮かべているだけだ。なにを考えているのか掴めない。

「まあ、落ち着いてください。今回は、戦いに来たわけではありません」

 アレクが諸手を上げて戦意がないことを示しながら恭弥たちを窘めた。どこか澄ました笑みが信用ならないが、昨日のように敵意を向けているわけではない。

「あのぅ、これってなんの集まりなんです?」

 緊張感など行方不明になっているフレリアが小首を傾げて訪ねた。

「探偵部の会議よ。部員が一人足りなくて申請が通らなくて困ってるの」
「ほぇ~、それは大変ですねー」

 レティシアが一度恭弥と視線を交わしてから答えると、フレリアは本当に大変そうなものを聞いたように目を丸くした。
 アレクがクスリと笑う。

「探偵部、ですか。黒羽様も顔に似合わず愉快な活動をされているようで」
「ほっとけ」

 恭弥だって好きでやっているわけではない。あくまでカモフラージュのつもりだった。まさかレティシアがここまで本気で活動するとは……。

「おいおい大将、本当にこいつらが昨日大将をボコにした奴らなのか?」
「ああ、間違いない」
「黒羽くんを狙って来たんじゃないのでしたら、一体なにを……?」

 マイペースを貫くフレリアとアレクに土御門と白愛は警戒の眼差しを向けている。胡散臭く思っているかもしれないが、フレリアはともかくアレクの強さは尋常じゃないのだ。

「それはお嬢様からご説明いただきます」

 アレクが白愛たちにニコリと微笑みかけてから主人を見ると――

「探偵部……なんだか面白そうですね。わたしも入っていいですかー?」
「あら? 興味があるならここにサインして貰える? フルネームよ」
「はい。わかりましたー」
「やったわ! 部員確保よ!」

 なんかサインさせられていた。

「これで私も探偵さんですね。――謎は全て解けた! ワトソンくん、犯人は君だ! こんな感じですかねー?」
「あの、ワトソンくんが犯人になっていますよ?」
「あれ?」

 精一杯低い声を出して名探偵の真似事をしていたフレリアに、アレクは眉間を指で揉みながら溜息をついた。

「……お嬢様、ご説明を」
「あ、そうでした」

 やっと思い出したかのように胸の前で両手を合わせるフレリア。アレクもアレクでマイペースなお嬢様を御し切れていない様子である。

「ここの皆さんは『全知の公文書アカシック・アーカイブ』を探しているんですよね?」

 初めにそう言うと、フレリアは今までのほんわかした笑顔を消した。のんびりと間延びしていた口調も心なしか引き締まる。

「黒羽恭弥とレティシア・ファーレンホルストの協力関係。そこにわたしも混ぜてくれませんか?」
「「なっ!?」」

 恭弥とレティシアが声を揃えて絶句した。白愛はなにを言われたのか理解できない顔でキョドっており、意外にも一番冷静だった土御門が鼻で笑った。

「フレリアちゃんだっけ? うちの大将をボコっておいてそりゃないんでねえの?」
「その件については謝ります。アレクはまだ納得していませんが、私は皆さんとは争う意味がないと判断したのです」

 はっきりと、強い意志を込めてフレリアは言う。土御門はそれ以上なにも返さず、代わりにレティシアが少し小馬鹿にしたような口調で――

「協力関係って言っても見つけるまでよ? その後は敵。奪い合いが始まるの。あなた、そこんとこちゃんとわかってる?」
「え? なんでですかー?」
「いや、なんでって」

 唐突に引き締めていた表情がふにゃけたフレリアに、レティシアは面食らったように目を白黒させた。

「『全知の公文書アカシック・アーカイブ』って、誰か一人しか使えないものなんですかー?」

 何気なく投げかけられたその問いに――

「……」
「……」
「……」
「……」

 誰も、答えることができなかった。

「わたしは真理の到達――『賢者の石』の生成法を知りたいだけです。それ以外はどうでもいいので、知識さえ得られれば後は皆さんの好きにしてくださって構いません」

 またもはっきりした声で言われ、困惑する恭弥たちは顔を見合わせた。

「……確かに、『共有する』なんて考えたこともなかったわ。あたしも知りたいことが一つあるだけよ」
「オレと白愛ちゃんは大将を手伝ってるだけだし」
「はい、私もそれ自体に興味はありません」

 皆、奪い合いをすることの意味のなさに気づいた。
 いや、気づかされた。

「黒羽様、あなたはどうですか? お嬢様が描く協力関係は、一人でも独占欲があると破綻してしまいます」

 アレクが片眼鏡の奥の瞳を眇める。この場で最も強大な組織を背後に持つ恭弥に問いかける。

「そういう考えもあるだろう。俺も一つどうしても閲覧したい記録がある。だが、『全知の公文書アカシック・アーカイブ』は危険な魔導書だ。その後は俺たちが回収して破棄または封印させてもらう」

 個人的に狙っているだけなら共有もできる。だが、組織的な意図が絡んでいる場合はそうじゃない。複数の組織が狙っているとなれば少なくともそれらの衝突は免れないだろう。
 この場に、恭弥たちBMA以外の組織的勢力があればの話であるが。
 レティシアだけは自分の所属を明かしていないが、今の発言からしても個人で動いているのは見え見えだ。

「あなた方が世界征服にでも乗り出さなければよいのですが」
「今さらそんなことする意味はないだろう」

 冗談めいて茶化してくるアレクに恭弥は肩を竦めた。

「じゃあ、決まりでいいですね?」

 フレリアがふんわりと微笑む。なんだかんだで五人目の部員も見つかり、ようやく表向きの活動ができるようになったわけである。

「そういうことなら早速申請書類を――」

 ピンポンパンポーン!

『これより特別緊急集会を行います。特待生ジェレーターは至急、職員棟五階の会議室に集合してください。繰り返します。特待生ジェレーターは至急――』

 レティシアの気合の入った声は機械的なアナウンスに遮られた。

「なに? 特待生ジェレーターだけの呼び出し?」
「なにかあったのですかねー?」
「……」

 この場にいる三人の特待生ジェレーターは、怪訝そうに眉を寄せて窓の外を見るのだった。


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