アカシック・アーカイブ

夙多史

FILE-22 屋上ティータイム

 幽崎・F・クリストファーは寮の自室でスマートフォンを弄っていた。
 解除した異空間同士の通話術式を再構築。一日に一度、幽崎は面倒臭いと思いながらも義務的に定時連絡は行っているのだ。

「もしもし? おはこんばんにちは、こちら幽崎さんです。本日も特に進展なし。以上。はい、お疲れ様でしたぁ」
『待て幽崎!』

 いつも通りテキトーに報告して通話を切ろうとした幽崎を電話相手の女性は強い口調で呼び止めた。

『貴様、既に何日経ったと思っている。いつまでも進展なしで許されるわけないだろう?』
「俺は俺のペースで楽しくやってんだ。結果は出すって言ったろぉ? 心配しなくても進展はないが準備は進めてるよ」
『準備だと?』
「ああ、楽しい楽しい次の『遊び』の準備をだ。上手くいけば、それで目的のブツも見つかるかもなぁ」

 クツクツと嗤う幽崎。女性は不気味なものと相対したような恐怖と気味悪さを含んだ声で返す。

『なにをやろうとしている?』
「ひ み つ♪」

 顔の横で指をチッチッチと振る。

「そんなわけでぇ、数日後の果報を昼寝でもしながら楽しみに待ってろよ、オ バ サ ン」

        ☆★☆

 錬金術。
 現代科学の発展に大いに貢献している化学的試作を意味することもあるが、それはあくまで狭義的であり、どちらかと言えば魔術としての側面の方が大きい。
 金属以外の物質の錬成。人間の肉体や魂の創造。最終的な目標の一つに物質を完全な存在に変える『賢者の石』への到達がある。
 それら現代科学では成し得ない部分を化学的ではなく魔術的に試作している点が科学者と錬金術師の違いだろう。

 その魔術的な部分をルーン魔術で成功させているのが彼女――『ルーンの錬金術師』フレリア・ルイ・コンスタンだ。
 知らない名前ではなかった。
 寧ろ、魔術界においてはファーレンホルスト家よりも有名かもしれない。

「フランス王家の宮廷錬金術師がなぜ今さらこの学院なんかに入学している?」

 恭弥は魔術管理局の特殊諜報員である。顔は公には出回っていないため今まで見たことはないが、これほどの有名人の名前を知らないわけがなかった。
 フランス王家直属の宮廷錬金術師の一人に過去最年少で選ばれたコンスタン家の才女。
 一般生徒なんてものではない。恭弥は落としかけていた警戒レベルを一気に跳ね上げた。

「あれ? わたしのこと知ってたんですか? はい、紅茶淹れましたー」

 フレリアは魔法瓶から紅茶を注いだティーカップを恭弥に差し出した。恭弥は受け取るが、すぐには口をつけない。見た目や香りはなんの変哲もないアールグレイだが、中になにが仕込まれているかわかったものではないからだ。

「冷めると美味しくないですよー?」

 なかなか飲もうとしない恭弥に怪訝そうにしながら、フレリアは自分も同じ魔法瓶からティーカップに紅茶を注いで口をつけた。
 ……問題はないようだ。

「なぜお前のような人間がここにいる?」
「あ、お砂糖ですね。甘くないと飲めない人でしたか」
「魔術師としての勉学以外になにか目的があるのか?」
「ミルクは用意していません。紅茶にミルクなんて邪道です」
「話を」
「クッキーもあるんですよー。よく知りませんけど高級なやつですー。はむはむ」
「……」

 ダメだこいつ。
 悪い意味で自分のペースを乱さないタイプだ。
 これは紅茶を飲まないと話が進まない気がしたので、恭弥は仕方なくティーカップの中身を啜った。角砂糖を五個ほど入れてから。
 ――……美味い。
 意外と味はよかった。

「真理の探究です」

 恭弥が紅茶を飲んだことを見ると、フレリアはクッキーをポリポリと齧りながら何気なく口を開いた。

「王宮に閉じ籠っていてもできることには限界があるんですよー。だからわたしはこの学院に入学したのです」
「フランス王家の錬金工房を捨ててまで入学する価値が?」
「はい。もぐもぐ……ここには王宮にない資料や施設もたくさん……すすぅ……ありますしー、こくん……なによりアレが見つかれば『賢者の石』への答えにまで辿り着けると……はむり……思ってます」

 飲み食いしながら喋らないでもらいたい。

「アレとは?」
「『全知の公文書アカシック・アーカイブ』ですー。知ってますか?」
「いや……」

 やはり、彼女もそうだった。
 だが、彼女は恭弥やレティシアたちと少し違う。自分の身分を全く隠そうとしていないのだ。馬鹿なのか、罠なのか。判断に困るところだった。
 警戒する恭弥にフレリアは屈託のない嬉しそうな笑顔を見せる。

「えへへ、わたし、こうやって同年代の誰かとお茶しながらお喋りするのって初めてなんですー。最初は邪魔かなと思ったんですけど、意外と楽しいものなんですね」

 恭弥との会話(?)のどこに楽しみを見出したのかまったくもって理解できないが、とにかくフレリアは馬鹿……もとい、自分を偽って他人を騙せるような人間ではないことだけはわかった。
 恭弥のことも微塵も警戒していない。こちらの邪魔にならないのならば放置しておいても問題なさそうだ。
 そう判断し、恭弥が立ち去ろうとした時だった。

「大変申し訳ございませんが、楽しいティータイムはそこまでにしていただきます」

 ゴッ!! と。

 若い男の声が聞こえると同時に、恭弥は真横から直撃した衝撃に砲弾のごとく吹き飛んだ。
 階段室から叩き落された恭弥の体が屋上のコンクリートの床に大穴を穿つ。

「アレク!?」

 今やっと気づいたらしいフレリアが叫ぶ。彼女を庇うように立ったのは、燕尾の執事服を纏った青年だった。

「お嬢様、お下がりください。奴は危険です」

 青年はそう言うと、片眼鏡モノクルの奥の瞳に宿した明確な敵意を恭弥が落ちていった大穴へと注いだ。

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