アカシック・アーカイブ

夙多史

FILE-118 万が一の手筈

 旧学棟――探偵部会議室。

「さて、参りましょうか」

 モニターがフレリア・ルイ・コンスタンの退場を映したその瞬間、アレク・ディオールは音もなく立ち上がって踵を返した。

「待て、どこへ行くんだ?」

 その雰囲気にどこか危険なものを感じた土御門が呼び止める。アレクは首だけで振り返り――ニコリと完璧な作り笑いを浮かべた。

「無論、お嬢様をお迎えに」
「フレリアさんがどこに転送されたかわかるのですか?」

 白愛が自分の焦りを必死に押し殺した声で訊く。転送先をワイアット・カーラ側で操作できるとすれば、〈全知の公文書アカシック・アーカイブ〉を狙う一人であるフレリアがどこに飛ばされたのか知れたものではない。少なくとも敵の手中であることだけは間違いないだろう。
 フレリアが転移のルーンを刻めばアレクは瞬時に彼女の下へ行けるかもしれないが、敵がそこまでマヌケなら苦労はしない。大会のバトルフィールドのように阻害されてしまうのがオチだ。
 アレクは片眼鏡モノクルを軽く持ち上げる。

「おおよそは。私も黒羽様も、万が一のことを考えなかったわけではありません。事前に可能な限り調査し、いくつか候補を絞り込んでおります」

 恐らく、この場にいないエルナが既に行動を開始しているだろう。味方の誰かが脱落した場合、そういう手筈になっている。戦場に乱入できない以上、いざとなればアレクも救出活動に参加させてもらうつもりだった。まさか最初の犠牲者が自分の主人だとは内心で苦笑したくなる思いである。
 土御門や白愛たちにこの話をしていなかったのはそういう危険を冒させないためであるのだが……それは恭弥の提案だ。アレクとしては、ここまで巻き込んでしまったのだから彼らにも手伝ってもらうのが道理だと考えている。
 土御門清正も九条白愛も〈世界樹の方舟アーク・セフィラ〉の子供たちも、戦闘以外が絡めば非常に優秀な力を持っているのだから。

 戦闘はアレクが受け持てばいい。
 だから――

「ですが……そうですね。彼らに案内していただく方が確実かもしれません」
「えっ?」

 アレクが静かな殺気を放った瞬間。
 会議室の窓ガラスが一斉に砕け散り、魔術的に武装した黒ずくめの兵隊が雪崩れ込んできた。

「貴様ら! そこを動くな!」

「ワイアット・カーラの私兵か……ッ!?」

 土御門が奥歯を噛む。数は十人。外にも控えていると考えればもう少しいるだろう。杖や刃物だけでなく、拳銃やサブマシンガンまで向けられていては迂闊に動くこともできない。

「これはこれは珍しいお客様でございます。しかし困りましたね。この人数だと、ティーカップの数が足りるでしょうか?」

 お茶など出す気など欠片もないアレクが慇懃無礼にそう言う。その間にもワイアット・カーラの私兵たちはじわじわと迫り、アレクたちは次第に壁際へと追い詰められていった。
 ワイアットが大会参加者以外を放置するはずもない。いつか必ず襲撃されるとアレクは予想していた。それが自分の主人が脱落したタイミングというのは腹立たしくも納得である。救出行動を取られる前に捕縛した方が余計な被害を出さなくて済むからだ。
 今頃は他の組織――〈蘯漾〉や〈ルア・ノーバ〉のところにも別動隊が派遣されていることだろう。

「と、取り囲まれています!?」
「どうするの、お兄さんたち?」
「……ッ」

世界樹の方舟アーク・セフィラ〉の子供たちが背中合わせになって警戒する。土御門が護符を、白愛が大幣を取り出して構えた。

「動くな! 武器は捨てろ!」

 敵の一人が怒号と共に拳銃を発砲した。威嚇ではない。銃弾は一番目立つ大幣を握った白愛の眉間へと正確に飛んだ。こちらの生死は問わないと指示されているのだろう。一人を撃ち殺すことで見せしめにするつもりだ。

「手癖の悪いお客様ですね」

 だが、銃弾が白愛に届くことはなかった。白い手袋を嵌め直したアレクの人差し指と中指に挟まれる形で受け止められていた。

「貴様ッ!?」

 ナイフを構えた二人が魔術により強化された動きでアレクへと切迫する。閃く銀色をアレクは最小限の動作だけでかわし、掌底で彼らの顎を突き上げた。
 弧を描いて吹っ飛んだ二人は脳を揺さ振られ、そのまま呆気なく昏倒した。それを見届ける前にアレクはサブマシンガンのトリガーを引こうとした一人の背後へと転移。手刀を叩き込んで気絶させる。

「おやおや? そんなものですか? 我々もずいぶんと舐められているようです」

 立て続けに三人も倒され、兵隊たちに動揺が走った。残り全員がたじろぎ、アレクから一歩後ずさる。

「アレクのお兄さん、すごい……ッ」
「かっこいいです!」
「……ッ」

 無邪気に目を輝かせる子供たちに恭しく一礼し、アレクは一歩、敵に向かって踏み込んだ。

「ご安心ください。皆様には指一本触れさせません。すぐに片づけますので」

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