アカシック・アーカイブ

夙多史

FILE-12 協力関係

 恭弥がレティシアに連れて行かれた場所は、教室のある学棟からは少し離れた位置にある古びた煉瓦造りの建物だった。
 今は滅多に人の出入りがない旧学棟。その一階の端にあった資料室と思われる部屋に入ったところで、レティシアはようやく安堵の息をついた。

「ここなら誰にも聞かれないわ」
「こんな場所、よく知っていたな?」

 恭弥は室内を見回す。長年掃除がされていない部屋は埃が積もっており、角には蜘蛛の巣も張っていた。

「あたしのパパとママが昔この学院で働いていたの。それでちっちゃい頃にたまについて行っては探検して、よく迷子になって怒られてたわ」

 昔を懐かしむようにレティシアは言うと、倒れていた椅子を立ち上げて軽く埃を払ってから腰を下ろした。

「ここは昔、新聞部の部室として使われていた部屋よ。今は新聞部自体が潰れちゃってるみたいだけどね」
「なるほど」

 どうりで大量のファイルやら書籍やらがぎっしり詰め込まれた本棚が乱立しているわけである。処分はされず、そのまま建物ごと放棄されたような感じだ。

「お昼休みも限られてるから早速本題に入るわ」

 レティシアは視線で恭弥にも座るように言う。恭弥も椅子を起こして埃を払い、彼女と対面するように座った。

「まず、お互いにどこのスパイでどういう目的なのかは詮索しないこと」

 恭弥が話を聞く姿勢になったことを認め、レティシアは先に前提条件を口にした。

「一つ確かなことは、あたしもあんたも『全知の公文書アカシック・アーカイブ』が狙いってこと。それだけわかってれば手を組めると思わない?」
「思わないな。お互いに信用がない」
「そうね。慎重なのはいいことよ。だけど、単独ソロで活動してても限界があるわ。壁にぶちあたったり、他の勢力に潰されたりね」
「今、俺がお前を潰すかもしれないとは考えないのか?」
「それはないわね。だって――」

 くすっとレティシアは笑うと、制服の内ポケットから一枚のカードを取り出して見せた。天使らしき白い翼を広げた女性が大きな時計の文字盤を包み込んでいるイラストが描かれていた。

「『WHEEL OF FORTUNE』――『運命の輪』。ターニングポイント。チャンスの到来。あんたはあたしの『運命の人』なんだから」
「……どういう意味なんだ?」

 そこがイマイチ、というか全くわからない。カードの意味が、ではない。彼女がなにを思って『運命の人』だなんて恥ずかしいことを平然と口にしていることでもない。
 その『運命の人』というのが恭弥である意味がわからなかった。

「ああ、もしかして恋愛的な意味だと思った? 違うわよ。それなら『THE LOVERS』が出てるわ。あんたはあくまであたしの目的を達成させてくれる人ってこと。そこんとこ勘違いしないでね?」

 レティシアは釘を刺すように言って恭弥の鼻の頭を指で軽く突いた。こちらが勘違いしていると勘違いしているのは彼女の方ではないか、とは思ったが面倒そうなので言わないことにした。

「悪いけど、あんたのことは勝手に占わせてもらったわ。結果、あんたは無意味に他人を害するような人じゃないってわかったの。あたしはあたしの占いの結果を信じる」
「占術師か」
「そう。よく当たるわよ? なんなら今日の運勢を占ってあげよっか?」

 レティシアはそう言うと、再び制服の内ポケットからカードを取り出した。今度は一枚ではなく、束で。

 タロットカード。
 一から十までの数札、四枚の人物札をスートとした四スート五十六枚の小アルカナと、寓意画が描かれた二十二枚の大アルカナに分けられる合計七十八枚のカードである。
 遊戯や占いに用いられ、カード一枚一枚に数多くの意味が込められている。当然、魔術師が魔術を使う道具として活用されることも少なくない。

「レティシア・ファーレンホルスト……なるほど、ファーレンホルスト家は占術の名家だと聞いている。どうやら『本物』らしいな」

 ファーレンホルスト家はタロットのみならず、古今東西あらゆる占術を取り入れた魔術師の家系だ。その影響力は魔術界だけでなく一般の占い業界にも知れ渡っており、よく名前を騙った偽物が出没することでも有名だったりする。
 占いには興味のない恭弥でもその名を耳にしているほどだ。

「路上で小銭稼いでるチンケな詐欺師と一緒にしないでもらいたいわね。――って、あたしの正体バレてるし!?」
「隠してなかっただろう?」

 初めから堂々と名乗っていたのは彼女の方だ。てっきり偽物か別人かと思わせるためかと思っていたが、どうも素だったらしい。

「これじゃフェアじゃないわ! あんたの名前も教えなさい!」
「……黒羽恭弥だ。名前くらい調べればわかるだろ?」

 ちょっと迷ったが、恭弥は大人しく学生証を見せた。レティシアは恭弥の提示した学生証をじっと見詰め――

「本名?」
「さあな」
「まあいいわ。恭弥ね」

 疑ってかかってきたことには少し見直した。もっとも、恭弥の本名には間に『ヴァナディース』が入る。偽名と言えば偽名なのかもしれない。
 名乗ったところで本題に戻る。

「それで、どうするの? あたしと手を組む? 言っとくけど、たぶん『狩り』はもう始まってるわよ?」
「? どういうことだ?」

 レティシアの言葉に恭弥は眉を顰めた。

「今朝、恭弥と同じ日本人の……誰だっけ? えーと……あ、あど……あー、そうそう、阿藤脇道」
「横道だと思うぞ?」
「どっちでもいいわよ。とにかくそいつがボッコボコにされて路地裏のゴミ捨て場で発見されたらしいわ」

 そろそろ恭弥は忘れかけていたが一応まだ覚えていた。阿藤横道。あの性格だから復讐に来るかと思っていたが、また誰かに喧嘩を吹っかけて返り討ちにあったのだろうか?
 それとも――

「まだわからないけれど、新入生の実力者を狙った犯行だとすれば他の勢力が潰しにかかっていると考えるのが妥当よ。特にあたしたち特待生ジェレーターは全員リストに入っているでしょうね」

 その可能性は、低くない。
 入学式の時に恭弥が感じただけでも数人、魔術師の素人にしては異質な連中がいた。対面したからわかるが、まさにレティシアもその一人である。

「恭弥はあの実力だから心配してないかもだけど、相手だって徒党を組んでるかもしれない。利害が一致してる者同士、協力関係を結ぶことは悪いことじゃないと思うけど?」

 あくまで一致している間の協力関係。
 それから先についてはお互いの自由。譲るもよし、奪い取るもよし、自分の願いだけを叶えて逃げるもよし。
 脆い関係だが、それ故にやり易い。

「そうだな……」

 本音を言えばエルナに相談したいところだが、ここは乗ってもいいかもしれない。
 恭弥がそう考えた時だった。

 ゔぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!

 機械の駆動音と動物の雄叫びが混じり合ったような、底冷えする咆哮が轟いた。
 それが何事かと思う間もなく。
 元新聞部部室の壁を突き破って、蠢く真っ黒い塊が侵入してきた。

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