アカシック・アーカイブ

夙多史

FILE-11 新たな狂乱の幕開け

 幽崎・F・クリストファーは学院の居住区を堂々と抜け出して総合魔術学区――一年次から三年次までの学生が主に講義を受ける建物が密集している区画――へと足を運んでいた。

 入学式の件で謹慎処分を受けている幽崎が外出を許可されている範囲は狭い。外出するにしても必ず監視の教師が同行することとなっている。
 無論、総合魔術学区は範囲外だ。監視の教師は今ごろ幽崎の部屋がある寮周辺で『異常なし』と報告していることだろう。
 学院の教師はプロの魔術師であるはずなのにちょろ過ぎる。幽崎は思わず笑ってしまいそうだった。

 一応、人目にはつかないように道を選んで歩いている幽崎が焼却炉を設置してある学棟の裏へと回った時、ポケットのスマートフォンが小刻みに振動した。

「はぁ~い、もしもしこちら幽崎さんですよ~?」

 ふざけた調子で電話に出ると、少しの沈黙を空けて苛立った女性の声が聞こえた。

『なにをしている、幽崎』
「ん? なにってちゃんと探し物してるけど?」

 焼却炉の蓋を開けて中を覗き込みながら答える幽崎。当たり前だがこんなところにあるなんて微塵も思っていない。

『貴様のことは監視している。私にはただ歩き回っているようにしか見えん』
「そりゃあねぇ、散歩してるんだから当然だ」
『……ふざけているのか?』
「まさか。オバサンは俺になにをしてほしいんだ? 具体的な情報がない物に対して大規模な探知術式でも走らせれば満足か? 見つかるわけねぇだろ。逆に俺が見つかっちまうよ」

 探知の魔術は規模が大きくなればなるほど逆探知されることを前提に置いて使用しなければならない。不確定な現状で使用するのは自殺行為になるが……他の連中を燻り出すために使うのは有りかもしれない。
 どの道、その段階はまだである。

『学院都市全域を足で探るつもりか?』
「ピンポンピンポーン! 大☆正解! まさにそのつもりですよん。とりま三日もあれば把握できるだろうよ。そこからきな臭ぇとこを片っ端から潰していく」
『非効率的だ』
「俺は大好きだけどなぁ、非効率。そもそも効率重視で探せるならとっくに誰かが見つけてるんじゃねえか? くくっ、まあそれならそれで横取りすりゃ手間が省けるけどよぉ」

 実際、幽崎は自分で見つけなくてもいいと考えている。他に積極的な連中がいるならそいつらが見つけ出すのを待った方が楽だからだ。

「つかよぉ、もうかけてくんな。邪魔なんだよ。報告は俺の方からちゃんとやってやるから糞でもしながら待ってろ、オバサン」
『貴様――』

 向こうはなにか言いたげだったが幽崎は強制的に通話を切った。そのままスマートフォンにかけられていた術式も解除する。これで異空間の通話ができなくなった。

「ついでに、監視の方も消しとくか」

 幽崎は制服の上着を脱ぐと焼却炉に放り込んだ。組織から渡された物品には発信機となる術式が編み込まれていることはとっくに気づいていた。帰ったら他のも処分しておく必要がある。
 なんにしてもこれで自由の身になったと思った幽崎だったが、そうは問屋が卸さなかった。

「幽崎・F・クリストファーだな?」

 背後から高圧的な声がかけられた。

「ああ?」

 振り向くと、五人の男子生徒が幽崎を囲んでいた。そのうちの一人、制服の上からでもプロボクサーのように鍛え上げられた筋肉がわかる大男が口を開く。

「貴様は謹慎処分になったはずだ。なぜここにいる?」

 敵意剥き出しの男を前に、幽崎は「ひはっ」と楽しそうな笑いを零した。

「俺がどこでなにしてようがどうでもいいだろう? お前になんか関係あるのかぁ?」
「ある。貴様のような危険人物に学院内をうろつかれては、いつまた入学式の時のような事態が発生するかわからん」

 誠実で真面目な顔で幽崎を弾劾する男。幽崎はこの時点で彼がただの一般生徒だと悟った。
 悟ってしまえば興味もなくなる。

「正義ごっこは余所でやれ。俺は忙しいんだ。見逃してやるからさっさと消えろ」
「そうはいかん。俺は学院を卒業した後、BMAのエージェントとなることが約束されている身だ。貴様のような危険人物を放置する理由がない!」

 BMA――魔術管理局(the Bureau of Magic Administration)。

 魔術世界における警察のようなものだ。あらゆる組織・派閥に対し中立であり、不正・犯罪を取り締まっている。
黄金の夜明け団ゴールデン・ドーン』崩壊後、その魔術理論を取り込んだ無法組織が乱立したことで、それらの組織を纏め、または断罪するために設立されたと聞く。
 魔術世界にルールを布き、現在まで瓦解することなく管理してきた実績ある組織。当然、そこには多くの実力者が所属している。
 犯罪魔術結社〈血染めの十字架ブラッディクロス〉に所属する幽崎にとっては最も聞きたくない名前の一つだった。

「ひゃはっ、管理局たぁまた御大層なもん出してきたな。お前にそこでやっていける実力なんてあんのかぁ?」
「証明してやろうか? 俺はランドルフ・ダルトン。当然、貴様と同じ特待生ジェレーターだ。他の四人も特待生とまでは行かなくとも、それなりの腕は立つ。貴様に勝ち目はない!」

 叫び、まずランドルフ自身が幽崎へと突撃してきた。肉体強化の術式を使用しているのか、人間離れした速度で切迫した彼の拳を幽崎は紙一重でかわす。
 背後にあった焼却炉が殴られ、一瞬で塵と化した。

「ひゅー♪」

 余裕ぶって口笛を吹き、飛び退りながら数本のナイフを同時に投擲する幽崎。ランドルフは片手を振るってナイフを弾き、すぐさま追撃を仕掛けようとするが……その足がピタリと止まった。
 まるで地面に縫いつけられているかのように。

「なんだ? 足が……」
「ありがとう、丁度焼却炉の中身を処分したかったんだ。燃やす手間が省けた。その礼と言っちゃなんだが――」

 ランドルフだけではない。彼の仲間全員がその場に棒立ちとなって動けないでいる。
 彼らの足元。
 そこには先ほどランドルフが弾いたそれぞれのナイフを中心点に、禍々しい輝きを放つ魔法陣が幾重にも描かれていた。

「これは……?」
「いいこと思いついたんでなぁ、お前ら、使って・・・やるよ」

 パチン指を鳴らす。すると、ランドルフたちは底なし沼にでも入ってしまったかのように地面に沈んでいく。

「うわっ!? な、なんだこれは!?」
「騒ぐなよぉ。お前たちは『贄』だ。黙って食われてろ」

 必死にもがくランドルフたちだが、抜け出すことは叶わずやがて完全に地面へと呑まれてしまった。

 そして数秒後――
 彼らの沈んだ場所から黒い塊が浮上してきた。

「下級だが、雑魚魔術師一匹につき一体か」

 それを見て幽崎は愉快げに嗤う。

「今日の遊びは昨日より楽しいぞってな! ヒャハハハハハハハハッ!」



 そんな学棟裏での事件を、屋根にとまっていた一羽のカラスが眺めていた。

 ――……まずいことになったわね。

 カラス――エルナ・ヴァナディースがそう思って飛び立とうとした直前、ヒュッとナイフが真横を掠めた。
 幽崎がニヤケた顔でこちらを見ている。

 ――こいつ!?

「視線を感じたと思ったら、なんだカラスか。だがまあ、見られたからには殺しとくか?」

 ゾクリ。
 おぞましい殺気を幽崎から感じたエルナは、普通のカラスを演じながら逃げるように飛び去った。

 ――早く恭弥に知らせないと! あいつはやばいわ!

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