アカシック・アーカイブ

夙多史

FILE-02 フィンの一撃

 阿藤が叫んだ瞬間、前方の床に強烈に光り輝く方陣が展開された。
 その中央から――ぬぬっと、二メートルほどもある人型の巨体が生えてくる。上半身裸で焦げ茶色の肌。八本の腕にはそれぞれ曲刀が握られており、鬼のように恐ろしい面の口から紫色の瘴気じみた湯気が溢れている。

「阿藤家の式神だ!?」「あいつ、こんなところで出しやがった!?」「……」「あのフードの奴死んだぞ」「……」「ねえ、ここも危ないんじゃないの?」「離れろ、巻き込まれるぞ!?」「……」

 危機感を覚えた者から距離を取っていく。これでもまだ無関心を貫く者も多数いるが、阿藤とフードの少年の周囲には被害に遭っていた少女一人だけが残された。

「君も下がって」

 フードの少年に言われ、恐怖で涙目になっていた少女は返事をする暇もないと言わんばかりに逃げ去った。

「奴を殺せ、〈八手羅刹〉!」

 阿藤はフードの少年を指差し、召喚した式神に命じる。式神――〈八手羅刹〉は命じられるままに八本の曲刀を構えてフードの少年に襲いかかった。
 阿藤家は術者の力が強ければ強いほど多くの腕を持った〈羅刹〉と呼ばれる式神を操れる。現頭首の〈百手羅刹〉には遠く及ばないものの、阿藤横道は実力だけは同世代の魔術師の中でも頭一つ抜き出ていた。

 だから。
 故に。
 この場にいる誰もが、フードの少年が数秒後にバラバラの惨殺死体となって転がる光景を幻視した。
 が――

「おい、気安く人を指差すなよ」
「ああ?」

 すっと、フードの少年は慌てることなく逃げようともせず逆に〈八手羅刹〉を指差した。

「こうなる」

 刹那――ドゴォオオオン!! と。

 フードの少年の指先から放たれたとてつもない衝撃と轟音が、襲い来る八本腕の巨体を弾き飛ばした。

「はえ?」

 阿藤は状況を理解する暇もなく吹っ飛んできた巨体に巻き込まれ、廃ビルの壁に背中から強かに叩きつけられた。自慢の八本腕が変な方向に曲がった〈八手羅刹〉が光の粒子となって消え去っていく中、阿藤はどさりと倒れてピクリとも動かなくなる。
 爆風でフードが取れた少年は、冷めた目で阿藤が完全に意識を失っていることを確認すると、特になにも言わずクルリと踵を返した。

 そのまま唖然とする周囲の中に溶け込み、適当な壁に凭れて静かに腕を組んだ。
 話しかけようとする勇者が立候補してくる前に――ぽわっ。
 唐突に、フロントの奥の壁に幾何学的な紋様が浮かび上がった。
 魔法陣だ。

新入生ニオファイトの皆さーん、こちらがGMAへの「ゲート」となっておりまーす! どうぞ、お一人ずつお通りくださーい!』

 魔法陣の奥から響いてきた女性の声に周囲の注目が逸れる。この時を待っていたとでも言うように、少年少女たちが一斉に魔法陣の方へと移動を始めた。魔法陣は次第に大きく展開され、放たれる輝きも強くなっていく。
 フードを被り直した少年もそちらに向かおうとすると――

「〈フィンの一撃〉」

 目の前を通過しようとした、左耳にピアスをつけた茶髪の少年がふいに立ち止まってそう呟いた。

「共感魔術の一種だな。相手に人差し指を向けることで体調を崩させる〈ガンド撃ち〉だっけ? その超強力版で直接的なダメージを与える術……初めて見たぜ」

 茶髪ピアスの少年はフードの少年の魔術をそこまで看破すると、振り向いてニカッと人懐っこい笑みを浮かべた。

「よっ、大将。あんた今時珍しい魔術を使うなぁ。しかも相当極めてるときた」

 誰だか知らないが、十年来の友人のようなノリで絡んでくる。スルーするのは簡単だが、この手の輩はこちらが相手をするまで付きまとってくるだろう。

「それはここが日本だからだ。北欧の方じゃ割とポピュラーだぞ」
「あ、そうなの? まあいいや」

 とりあえず相手することにしたフードの少年に対し、茶髪ピアスの少年はカラコロと軽薄に笑った。

「オレは土御門清正つちみかどきよまさ。これでも由緒正しい陰陽師の本家血筋なんだぜ。あんたがやらなきゃオレが阿藤の馬鹿をとっちめてたとこだ」

 見ていただけのくせによく言う。
 だが、土御門家は日本の陰陽師の最高峰である。やろうと思えば阿藤程度の術者ならどうにでもできたのかもしれない。

「ここへ来たのはまあ、なんつうか、ちょろっとお勉強不足を通告されちまってなぁ。――あんたは?」

 茶髪ピアスの少年――土御門清正は少々照れ臭そうに自己紹介をしてから右手を差し出した。握手を求めているようだが、フードの少年は返さず彼を睨みつける。

「馴れ馴れしいな。お前も魔術師なら得体の知れない相手に軽はずみに名乗らない方が身のためだぞ」
「いいじゃないの。別に今から殺し合おうってわけじゃないんだ。同じ学院に通うわけだし、ダチってのは早めに作っとくべきなんだよ」
「なら俺じゃなくてもいいだろう?」
「いいや、あんたは他の奴らみたいな素人とは違う。そういう奴とのコネクションは大事なのさ……てのは建前だ。本音を言えばオレ様の直感があんたとはいいダチになれそうだって言ってんのよ」
「それ、本音と建前が逆じゃないか?」

 わざとらしくおどけた様子で「おっとしまった」なんて言う土御門清正に、フードの少年はようやく口元を緩めた。
 フードの少年の入学目的からすれば、警戒するべきだ。特に土御門は初見でガンド魔術を見破った術者。只者ではない。
 けれどそれは内側だけでいい。警戒心を外に勘付かれるのもよくない。
 それに、打算的な奴は割と嫌いじゃない。
 フードの少年は土御門清正の手を取った。

「俺は黒羽恭弥くろばねきょうやだ。学院で同じクラスになれるかはわからんが、同じ新入生としてよろしく頼む、土御門」

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