アカシック・アーカイブ

夙多史

FILE-107 行動開始①

 岩山エリア――チーム『エクソシズム』の場合。

 地面に描かれた巨大な魔法陣。その中心を光の十字架が貫き、明滅する度に空中へ波紋を広げている。

「索敵。他七チームの位置を網羅。ほとんどのチームがフィールドの中央以降、南側に存在しています」

 探知術式を展開している義手義足の少女――ベッティーナ・ブロサールが機械的な声で結果を告げた。

「探偵部の位置は?」

 ファリス・カーラが問うと、ベッティーナは目を閉じてさらに探知の波紋を広げた。

「検索。詳細。中心部からやや南西よりです」
「となると、昨夜ディオンと戦闘した中央湖から大して移動していないのか」

 そこが奴らの拠点というわけではあるまい。どこかに戻るような動きではない以上、奴らは恐らく拠点を作っていないと思われる。

「フレリアもそこにいやがるですか?」

 ロロ・メルがツギハギだらけのぬいぐるみをぎゅっと抱き締めた。

「否定。フレリア・ルイ・コンスタンのみ探知にヒットしませんでした」
「はぁ? どういうことです?」
「不明。サーチを続行します」

 再び瞑目して探知術式の発動を続けるベッティーナ。ロロは舌打ちすると不愉快そうにその辺の石ころを蹴飛ばした。

 と、複数の波動が生温い風のような感覚で四人を過ぎ去った。

 ディオン・エルガーが笑う。

「こっちの位置も~♪ 全部のチームに把握されちまったみたいだぜ~い♪ ひゅ~♪」

 今にも踊り出しそうにテンションを上げるディオンに、ファリスは少し逡巡してから口を開いた。

「……ならば、このまま待っていても不利になるだけだな。我らがここにいると知られた以上、排除対象が徒党を組んで攻めて来るのも時間の問題だ」
「うぇーい♪ 進撃開始敵殲滅♪ だ~け~ど~まとめてかかって来た方が楽じゃね?」
「却下。ディオンの案は非合理的です」

 探偵部だけでも手古摺りそうなのだ。そこに〈蘯漾〉や〈ルア・ノーバ〉が加担するとなると、負けるつもりはないが骨は折れるだろう。
 ファリスは決断する。

「拠点を捨て、我々も南下する。各自三十秒で準備を済ませろ」

        ☆★☆

 森林エリア北――チーム『特待生ジェレーター』の場合。

 無数の数字の流れによって描かれた立体的な魔法陣が、四方八方へと微細な波動を放っている。
 数秘術による広域探知を苦もなく発動させたグラツィアーノ・カプアは、自分たちの位置関係の劣悪さに眉間に皺を寄せた。

「参ったね。三つのチームがほぼ等距離で点在しているようだ。しかも決して近くはない。下手すると今日は移動だけで終わってしまうかもしれないな」
「その三つがどこのチームかはわかるのか?」

 ランドルフ・ダルトンが筋肉質な腕を組んで訊ねてくる。木の上ではオレーシャ・チェンベルジーが猟銃を整備しながら耳を傾け、焚火の後始末をやっていたユーフェミア・マグナンティも今は手を止めている。孫曉燕だけ聞いているのかいないのか、見つけたモンシロチョウを追いかけていた。
 グラツィアーノは集中してより詳細な情報を抽出し、答える。

「一つは『シークレット・シックス』の先輩たち五人、一つは『原初の書オリジンロール』の一人、一つは『エクソシズム』の四人」

 グラツィアーノは独自の調査で『原初の書オリジンロール』と『エクソシズム』の正体は掴んでいる。だがそれを一般生徒である四人には伝えていない。
 祓魔師たちに狙われるとすればグラツィアーノ一人だ。そこに四人を巻き込むつもりはない……とは共に参加してしまった以上言えた義理ではないが、今のところグラツィアーノがマークされているようなことにはなっていないようだ。

 上手く一般生徒に溶け込んでいるためか。
 それともちっぽけ過ぎて無視されているのか。
 どちらにせよ、悪くない状況だ。

「狙うなら、やはり一人のところか?」
「たった一人と戦ってもつまんないよ! シャオなら五人のところに行くね!」
「いや、その一人を狙えば岩山エリアの四人ともかち合うことになりそうだ」
「三つ巴になるなら、ボクはそっちの方がやりやすいと思うよ」
「俺はお前たちの判断に任せる」

 この面子でのディスカッションは纏まらない。故に最終的な決定権はグラツィアーノに委ねられている。

「決めた。僕たちの行動は――」

        ☆★☆

 草原エリア――チーム『ノーブルナイツ』の場合。

「樹木は大地と繋がり、あらゆる情報を我らに提供してくれる」

 草原の中にポツリと立つ巨木に、騎士のようなマントを羽織った長身の青年が静かに手をあてて瞑目していた。

「水の流れは万物に通ず。それを追えば自ずと見えてくるものがある」

 その向こう、穏やかに流れる小川に片手を浸す女性もまた、同じような騎士風の衣装を纏っていた。

「わかる。ここから程近く、ワイアット理事長殿より討伐を命じられた敵が存在している」
「我らは二人。打って出るか、退くか」
「決まっている。我ら学院警察の威信にかけて」
「散っていった仲間へのせめてもの手向けに」

 男性は大木から手を放し、女性も小川に浸していた手を上げる。

「「我らだけでも、悪を滅ぼそう!」」

        ☆★☆

 中央エリア南東――チーム『シークレット・シックス』の場合。

 二つ目の太陽のような輝きが森の上空に浮かんでいた。輝きの中心には純白のワンピースを着た幼い少女が浮かんでおり、背中から広げられた天使のような光翼が神々しくフィールドを照らしている。
 その神の降臨と見紛うごとき探知術式をサングラス越しに見上げつつ、黒人の男子生徒は白い歯を見せてはにかんだ。

「ラッキーなことにミーたちは全員生き残ったわけデースが、さてどこから捻りクラッシュしてやりまショーウ?」
「少し黙れ。貴様の暑苦しい声は耳障りだ」

 彼のすぐ隣にある大岩に腰かけた金髪の女子生徒が不快そうに耳を塞いだ。

「オゥ! ミーのフィアンセは相変わらずストレッタなワーディングをしてマース!」
「誰がフィアンセだ!?」
「ユーですが?」
「私は認めてねーよ!? 何回フッたと思ってんだ!?」

 そんな夫婦漫才(?)をしている二人を一瞥だけし、眼鏡をかけた秀才風の男子生徒が上空に浮かぶ天使に問う。

「近いところから潰します。どこですか?」
「えっとねー」

 すると、天使のような光翼を羽ばたかせた少女は――にこぱっ! 天真爛漫な笑顔を咲かせて見た目相応の幼い喋り方で言葉を紡ぐ。

「ここから南西に下ったところかなぁ? あーでも、他にも近いチームがいっぱいいるよぅ。なんか戦争になりそうだね」
「戦争か、ハハッ! 上等だ!」

 パシン! と手を打ち鳴らしたのは、制服の裾を破いて筋肉質な腕を見せている男子生徒だった。背中に身の丈ほどの大刀を担ぎ、血に飢えているような好戦的な笑みを浮かべている。

「恐れるこたぁねぇ。そうだろう? なんたって俺らは学院にこの五人しかいない第六階生アデプタス・メジャーの精鋭チームだぜ」

 大刀を鞘から抜き放ち――一閃。
 オレンジ色の残像が空中に描かれたかと思えば、周囲の木々が軒並み炎上して吹き飛んだ。

「まとめて、消し炭にしてやんよ!」

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