アカシック・アーカイブ

夙多史

FILE-104 夜の終わり

 中央エリア――湖からやや西に入った森の中。

「ようやく祓魔師が仕掛けてきたのか」

 幽崎及びアル=シャイターンと合流した恭弥たちは、急いで場所を移動しながら状況を聞いていた。
 襲ってきたのは一人。恭弥たちと交戦したことのある者たちではなく、五人目――ディオン・エルガーと名乗った歌うように喋る男だという話だ。
 幽崎は戦ったことがあるらしい。そいつの最大の力は〈無傷の聖剣エッケザックス〉による瞬間完全無敵化。厄介だが知っていれば対処できない力ではないだろう。

「あいつの場合は独断専行って感じだけどなぁ。チームの和を乱す困ったちゃんはさぞかし厄介だろうよぉ」
「あんたがそれを言うのね……」

 クツクツと笑う幽崎の盛大なブーメランにレティシアがジト目を向けていた。幽崎の性格からして自覚しつつもわざと言っているのだろうが。

「俺が言ってんのは味方にとっても敵にとっても厄介っつう意味だ。チーム行動できねぇバカがただのバカなら楽だろうよ。だが、そうじゃねぇから予想もつかねぇ奇襲を受けたりする。規律でガッチガチの連中よりよっぽど相手したくないぜ」
「お前が言うと逆に説得力があるな」

 確かに予測できない行動をする者が一人くらいいた方が最悪の事態になった時に突破口を開ける可能性はある。ファリス・カーラのチームはそのディオンとかいう祓魔師。恭弥のチームだと幽崎と静流とフレリアが該当する。多過ぎて頭が痛くなりそうな恭弥だった。

「それで我が主よ。これからはどう行動していくつもりじゃ?」

 恭弥の胸元から生えるように顔を出したアル=シャイターンが問う。

「祓魔師の連中を叩くってんなら、奴らの拠点は恐らく岩山エリアだ。ディオン・エルガーもしばらくは祓魔術を使えねぇ。俺はチャンスだと思うが?」

 幽崎はディオンに発信機のような力を持つ悪魔を憑かせたらしい。その逃走方向から考えて岩山エリアに他の祓魔師たちが集まっていることは間違いないようだ。
 今がチャンスというのは確かだろう。だが、ディオンも祓魔術が使えないだけで自身の魔力を介さない祓魔聖具などは使えたと聞いた。ならば決して四対四の戦いにはならない。それに拠点ということはそれなりの防衛策を講じているはずである。『相手のフィールドで戦う』ということはかなりの不利だ。特に魔術師にとっては。

「幽崎の発信機もすぐにバレる。ここで仕掛けるのは得策ではない。まずはフレリアと合流して、こちらに有利な条件の戦場に誘い出すべきだ」

 フレリア自身に戦闘能力がなくとも、彼女のルーン魔術は自陣を要塞化できるため非常に優秀だ。さらにとっくにアレクもこちらに来ているはずなので、合流するだけでチームの戦力は跳ね上がる。

「フレリアさんは無事なのかしら?」
「あの執事がいりゃあ問題ねぇだろ。俺としちゃあ、雑魚なお前が生き残ってた方が驚きだがな」
「今のあたしと前のあたしを一緒にしないでほしいわね。雑魚かどうか、試してみる?」
「面白ぇ。五秒はもってくれよ?」
「試合でござるか? ならば拙者も参戦したいでござる!」
「やめろ」

 火花を散らすレティシアと幽崎。戦闘の気配に表情を輝かせて日本刀を抜きかける静流。このまま放置していたら合流前にチームが自滅しそうだった。

        ☆★☆

 岩山エリア――祓魔師チームの野営地。

 再び集まった祓魔師たちも、後から合流してきたディオン・エルガーから状況を聞いていた。普通に一般参加者まで狩っていたこと、アル=シャイターン及び幽崎・F・クリストファーと交戦したこと、悪魔の毒により魔力を一時的に失っていること。彼の口調がアレなので全て聞き出すのに割と時間がかかってしまった。

「貴様が逃げ帰ったことについてはなにも問わん。ダモンを失った今、これ以上の戦力低下は任務の支障が大き過ぎる。寧ろよく撤退したと労うべきか」

 ディオンの状態を見ればわかる。魔力のない状況で戦闘を続行していたら確実にやられていた。すぐに撤退を判断し実行したのは良策だろう。

「ここは勝手に行動しやがったことを怒るべきです」
「同意。ディオンは単独行動が過ぎると当方も考思します」

 ロロとベッティーナは許す気がないようだ。先の都市外遠征でもディオンは細かい指示を聞かず勝手に行動していた。二人の苛立ちはファリスにもわかる。

「心の~赴くままの行動~♪ それがおれ~♪」
「うっせいです! それをやめろとロロたちは言ってんです!」
「自由~自由~♪ おれは~おれに響くことしかする気はね~ぜ~♪」
「うぜえです!?」

 ロロがぬいぐるみを巨大化させて殴りかかる。ディオンは楽しそうに笑いながら軽やかなバック転で回避した。

「こいつが注意して治ると思うか?」
「……全く思わねえですね!」

 吐き捨てるロロに、ファリスは父親――ワイアット・カーラから聞いていたディオンの情報を思い出しながら告げる。

「ディオン・エルガーはこれでいい。ふざけているようで任務はしっかりこなすことは最近赴任した私より貴様らの方がよく知っているはずだ」
「肯定。任務遂行に関しては彼に不満はありません」

 ベッティーナが首肯する。付き合いは彼女たちの方が圧倒的に長い。だからこその不満もあるだろうが、今は身内に罰を与えている場合ではない。

「それに役に立ったことはある。黒羽や幽崎が具体的にどのように行動しているのか知れた」
「あいつらは~♪ ソロで各チームを襲撃していたぜ~♪」
「あの面子だ。チーム行動ができないのだろう。ならば各個撃破するチャンスが必ず来る」

 連携できない連中ならまとめて叩いた方が楽かもしれないが、奴らの個の強さを考えれば一人ずつ討ち取った方が賢い。特に幽崎・F・クリストファーなどは悪魔を何体召喚できるかわからないのだ。全員で事に当たるべき要注意人物で――

「待て、ディオン」

 そこでファリスは違和感に気づいた。いや、先程から微かに臭ってはいた。だがそれは戦闘の残り香だと思って無視していたが、どうやらそれだけではない。

「貴様、憑かれているな?」

 剣を抜く。一点の汚れもなく白銀に輝く西洋剣。ファリスはそれを、一欠片の容赦もなくディオンの肩口に突き刺した。

「――ッ!?」

 神速の一撃はディオンの俊敏さを持ってもかわせなかった。ビクリと痙攣した彼だが、刃が肩を貫いているのに血も流れていない。
 代わりに、剣の先端に三十センチほどの芋虫のような細長い怪物が串刺しにされていた。実態ではない。霊体だ。

「うわ、きも。悪魔ですかそれ?」
「ああ。恐らく我々の居場所を突き止めるための発信器だ。幽崎・F・クリストファー……やってくれる」

 芋虫の悪魔が霧散し、ファリスは剣をディオンの肩から抜いた。彼の肉体には傷一つついていない。 

「ま~じか~♪ 気づかなかったす~まね~♪」
「貴様は魔力を失っている。感知能力も低下しているだろう。気づかなくて当然だ」

 恐らく魔力を分解する毒を流し込んだのは戦闘力を削ぐためだけではなく、この悪魔を仕込んだことに気づかせないためだったのだろう。

「提案。場所を移動するべきかと」
「は? 向こうから来やがるなら迎え撃ちゃいいじゃねえですか?」

 ファリスは瞑目する。思考は数秒で終わった。こちらの居場所は既に割れていると思っていい。ダモンを欠いた状況まで把握されているかはわからないが、最悪のパターンを想定して行動するべきだ。

「拠点は移さない。魔術戦は基本的に攻めより守りが有利だ。ダモンがフレリア・ルイ・コンスタンに敗北したようにな」
「こっちから攻めるのか~♪ お~れ~はその方が好きだぜ~♪」
「そうだが、わざわざ向こうの拠点に乗り込みはしない。先程も言ったように、奴らが動いている時を狙って各個撃破する」

 と、珍しくロロが積極的に挙手をした。

「じゃあまだ合流してないフレリア・ルイ・コンスタンから潰すです」
「そうしたいが、奴はオアシスからとっくに移動していた。居場所が判明するのを待つしかない」

 チッ、と舌打ちが聞こえた。ダモンが自滅したのではなく、フレリアと交戦して敗北したことは既に判明している。ベッティーナがオアシスまでわざわざ確認しに行ってくれたのだ。

「今夜は休む。ディオン、朝までに魔力を回復しておけ」

 ファリスは白銀の剣を鞘に戻し、岩山から眺められる夜の森を睨んだ。

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