アカシック・アーカイブ
FILE-103 幽崎の仕掛け
「師匠! 見てほしいでござる! 魔力結晶を七つも手に入れたでござるよ!」
恭弥たちが集合場所に戻ると、先に帰って来ていた静流が両手一杯に魔力結晶を抱えて駆け寄ってきた。彼女に犬の尻尾がついていたらパタパタと振っていそうな勢いだった。
「静流さんも心配するまでもなく無事のようね」
「レティシア殿! 無事でござったか!」
静流は今レティシアに気づいたようで、収穫した魔力結晶を恭弥に押しつけると彼女の手を取ってぶんぶんと縦に振り回した。どうも騒がしい忍者である。
「これは自分で持ってろ。チーム内の再分配は後でやる」
恭弥は魔力結晶を突き返した。嵩張るから嫌でござる、と静流は不満そうにするが問答無用だ。嵩張るのは恭弥だって同じ。所有権を失うことになるが、過分な結晶はどこかに隠しておいた方がいいだろう。
「幽崎はまだか?」
辺りを見回すが、もう一人のチームメイトの姿はどこにもない。
「拙者が戻った時にはまだ誰もいなかったでござるよ」
となると戦闘が長引いているのか、戻っている途中か。……いや、奴が素直に作戦に従うとは思えない。もしかすると残り二チームを襲撃しに――
ドゴォオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
湖の方角から火山でも噴火したような爆発音が轟いた。
「なに!? 今なんかすっごい音がしたんだけど!?」
レティシアが目を白黒させる。とてつもない魔力の放出があったようだ。この絡みつくような禍々しい魔力には覚えがある。
「……アル=シャイターンだろう」
「え? アルちゃん放し飼いにしてるの?」
敵は殺すなと言っておいたし、アル=シャイターンも理解していた。だからこれほどまでの力を使うとなると……相当な敵が残り二チームの中にいたということだ。
もしくは、その二チーム以外の何者か――例えば祓魔師と遭遇したのか。
「幽崎も近くにいるな」
気配を感じたわけではない。ただの勘だが、今の爆音を聞いたなら奴は喜び勇んで飛んでいくはずだ。
「移動しよう。向こうで合流した方が早い」
☆★☆
湖から飛び出したディオン・エルガーは、肩口に噛みついたままだった毒蛇を引き剥がして斬り捨てた。
「幽崎・F・クリストファー~♪ おれになにを入れた~♪」
「安心しろ。死ぬような毒じゃねぇからよぉ」
幽崎はカマキリの悪魔に指示を出す。カマキリの悪魔はその凶悪な鎌で挟み込むようにディオンを襲った。だが、ディオンは鉤爪で両脇からの挟撃を受け止め、そのまま滑らせるようにカマキリの悪魔の懐に入って斬り刻んだ。
崩れ去って消滅するカマキリの悪魔など既に眼中にないとでも言うように、幽崎は好戦的に笑いながら一歩一歩前に出る。
ディオンが跳んだ。
「なんともないなら構わね~♪ お前を斬って悪魔の王も斬る~♪」
「斬れるもんなら斬ってみろ!」
鉤爪――ディオン・エルガーの祓魔聖具である〈無傷の聖剣〉が閃く。幽崎はそれを防ごうとするように左腕を振り上げ――
ガキィン! と。
幽崎の挙動に合わせて地面から生えた、鞭のように撓る刃が鉤爪を受け止めた。幽崎は続いて右腕を振るう。うねる刃がもう一本生えてディオンに襲いかかった。
「新手の悪魔~♪ 潜んでいるのは地面の中~♪」
刃をかわし、ディオンは数本の短剣を取り出して投擲する。それは幽崎を狙ったものではなく、その足下。刃の鞭が生えている地面へと突き刺さった。
「おれの~祓魔の術を発動するぜ~♪」
ディオンがパチンと指を鳴らす。恐らく短剣を通して地面の中にいる悪魔にダメージを与えようとしたのだろうが――なにも起こらなかった。
「毒が回ったな」
幽崎が嗤う。
「てめぇら祓魔師も結局は魔術師だ。術を使うにゃ魔力を体内で練らねぇといけねぇ。てめぇに注入したのはなぁ、その魔力を分解しちまう毒だ。つまりどういうことか、馬鹿じゃねぇならわかるだろぉ?」
「……」
ディオンが笑みを消す。テンションが上がっていたせいか、言われて初めて自分の異常に気がついたらしい。
「ふん。祓魔術の使えぬ祓魔師なぞ、ただの聖具を持った人間ということかの。ああ、その聖具の発動すらできぬのか。つまらんことをしてくれたのう、小僧」
「くそ弱ぇ抵抗しかできねぇ雑魚を甚振るのも、けっこう楽しいんだぜ?」
こちらも興が醒めた様子のアル=シャイターンに幽崎はそう言うと、嗜虐心を隠そうともしない笑顔で腕を振るった。
ボコリ、と地面から生えた刃の鞭がさらに六本増えた。合計八本となった刃は、幽崎の手の動きに従って触手のようにうねりながらディオンに殺到する。
「ピ~ンチ♪」
身体能力は衰えていないディオンは飛び跳ねて刃をかわし、懐からピンポン玉サイズの球体を取り出して投げつけた。
「祓魔の術は使えずとも~♪ 使える聖具はあるのです~♪ ザ☆ディオンフラッーシュ!!」
ディオンが妙なポーズで叫んだ途端、ピンポン玉が弾け、凄まじい閃光が周囲の夜闇を吹き飛ばして真っ白に染め上げた。
祓魔師が持っていた道具だ。ただの閃光弾ではない。その証拠に幽崎の周囲で蠢いていた刃の鞭が溶けるように崩れて消えた。
幽崎とアル=シャイターンにも灼熱に晒されたような痛みが突き刺さって思わず顔を顰めた。純粋な悪魔だったなら、もしくは王クラスの悪魔でなかったなら、刃の鞭と同じ運命を辿っていただろう。
そして閃光に堪え切った時、ディオン・エルガーの姿は影も形もなかった。
「ヒャハハ! やってくれたなあの野郎!」
「追うのかや?」
「いいや、実は毒の他にもう一つ仕込んでたんだ。寧ろあの毒は奴が撤退することを見越して打ち込んだわけで、もう一つの方が本命だ」
幽崎は顔の前で人差し指を立てる。すると、そこにどこからともなく飛んできた一匹の蛾が止まった。
「祓魔師どもの居場所、黒羽にも教えてやらねぇとなぁ」
幽崎は楽しそうに独りごちると、蛾を指先に止めたままステップを踏むように踵を返すのだった。
恭弥たちが集合場所に戻ると、先に帰って来ていた静流が両手一杯に魔力結晶を抱えて駆け寄ってきた。彼女に犬の尻尾がついていたらパタパタと振っていそうな勢いだった。
「静流さんも心配するまでもなく無事のようね」
「レティシア殿! 無事でござったか!」
静流は今レティシアに気づいたようで、収穫した魔力結晶を恭弥に押しつけると彼女の手を取ってぶんぶんと縦に振り回した。どうも騒がしい忍者である。
「これは自分で持ってろ。チーム内の再分配は後でやる」
恭弥は魔力結晶を突き返した。嵩張るから嫌でござる、と静流は不満そうにするが問答無用だ。嵩張るのは恭弥だって同じ。所有権を失うことになるが、過分な結晶はどこかに隠しておいた方がいいだろう。
「幽崎はまだか?」
辺りを見回すが、もう一人のチームメイトの姿はどこにもない。
「拙者が戻った時にはまだ誰もいなかったでござるよ」
となると戦闘が長引いているのか、戻っている途中か。……いや、奴が素直に作戦に従うとは思えない。もしかすると残り二チームを襲撃しに――
ドゴォオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
湖の方角から火山でも噴火したような爆発音が轟いた。
「なに!? 今なんかすっごい音がしたんだけど!?」
レティシアが目を白黒させる。とてつもない魔力の放出があったようだ。この絡みつくような禍々しい魔力には覚えがある。
「……アル=シャイターンだろう」
「え? アルちゃん放し飼いにしてるの?」
敵は殺すなと言っておいたし、アル=シャイターンも理解していた。だからこれほどまでの力を使うとなると……相当な敵が残り二チームの中にいたということだ。
もしくは、その二チーム以外の何者か――例えば祓魔師と遭遇したのか。
「幽崎も近くにいるな」
気配を感じたわけではない。ただの勘だが、今の爆音を聞いたなら奴は喜び勇んで飛んでいくはずだ。
「移動しよう。向こうで合流した方が早い」
☆★☆
湖から飛び出したディオン・エルガーは、肩口に噛みついたままだった毒蛇を引き剥がして斬り捨てた。
「幽崎・F・クリストファー~♪ おれになにを入れた~♪」
「安心しろ。死ぬような毒じゃねぇからよぉ」
幽崎はカマキリの悪魔に指示を出す。カマキリの悪魔はその凶悪な鎌で挟み込むようにディオンを襲った。だが、ディオンは鉤爪で両脇からの挟撃を受け止め、そのまま滑らせるようにカマキリの悪魔の懐に入って斬り刻んだ。
崩れ去って消滅するカマキリの悪魔など既に眼中にないとでも言うように、幽崎は好戦的に笑いながら一歩一歩前に出る。
ディオンが跳んだ。
「なんともないなら構わね~♪ お前を斬って悪魔の王も斬る~♪」
「斬れるもんなら斬ってみろ!」
鉤爪――ディオン・エルガーの祓魔聖具である〈無傷の聖剣〉が閃く。幽崎はそれを防ごうとするように左腕を振り上げ――
ガキィン! と。
幽崎の挙動に合わせて地面から生えた、鞭のように撓る刃が鉤爪を受け止めた。幽崎は続いて右腕を振るう。うねる刃がもう一本生えてディオンに襲いかかった。
「新手の悪魔~♪ 潜んでいるのは地面の中~♪」
刃をかわし、ディオンは数本の短剣を取り出して投擲する。それは幽崎を狙ったものではなく、その足下。刃の鞭が生えている地面へと突き刺さった。
「おれの~祓魔の術を発動するぜ~♪」
ディオンがパチンと指を鳴らす。恐らく短剣を通して地面の中にいる悪魔にダメージを与えようとしたのだろうが――なにも起こらなかった。
「毒が回ったな」
幽崎が嗤う。
「てめぇら祓魔師も結局は魔術師だ。術を使うにゃ魔力を体内で練らねぇといけねぇ。てめぇに注入したのはなぁ、その魔力を分解しちまう毒だ。つまりどういうことか、馬鹿じゃねぇならわかるだろぉ?」
「……」
ディオンが笑みを消す。テンションが上がっていたせいか、言われて初めて自分の異常に気がついたらしい。
「ふん。祓魔術の使えぬ祓魔師なぞ、ただの聖具を持った人間ということかの。ああ、その聖具の発動すらできぬのか。つまらんことをしてくれたのう、小僧」
「くそ弱ぇ抵抗しかできねぇ雑魚を甚振るのも、けっこう楽しいんだぜ?」
こちらも興が醒めた様子のアル=シャイターンに幽崎はそう言うと、嗜虐心を隠そうともしない笑顔で腕を振るった。
ボコリ、と地面から生えた刃の鞭がさらに六本増えた。合計八本となった刃は、幽崎の手の動きに従って触手のようにうねりながらディオンに殺到する。
「ピ~ンチ♪」
身体能力は衰えていないディオンは飛び跳ねて刃をかわし、懐からピンポン玉サイズの球体を取り出して投げつけた。
「祓魔の術は使えずとも~♪ 使える聖具はあるのです~♪ ザ☆ディオンフラッーシュ!!」
ディオンが妙なポーズで叫んだ途端、ピンポン玉が弾け、凄まじい閃光が周囲の夜闇を吹き飛ばして真っ白に染め上げた。
祓魔師が持っていた道具だ。ただの閃光弾ではない。その証拠に幽崎の周囲で蠢いていた刃の鞭が溶けるように崩れて消えた。
幽崎とアル=シャイターンにも灼熱に晒されたような痛みが突き刺さって思わず顔を顰めた。純粋な悪魔だったなら、もしくは王クラスの悪魔でなかったなら、刃の鞭と同じ運命を辿っていただろう。
そして閃光に堪え切った時、ディオン・エルガーの姿は影も形もなかった。
「ヒャハハ! やってくれたなあの野郎!」
「追うのかや?」
「いいや、実は毒の他にもう一つ仕込んでたんだ。寧ろあの毒は奴が撤退することを見越して打ち込んだわけで、もう一つの方が本命だ」
幽崎は顔の前で人差し指を立てる。すると、そこにどこからともなく飛んできた一匹の蛾が止まった。
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