アカシック・アーカイブ

夙多史

FILE-100 脱落の報告

 二メートルを超える巨体が、いかつい曲刀を握った八本の腕を振り下ろす。

「くそっ……くそう……」

 既に万策が尽き、絶望の表情でそれを見上げる少年は、抵抗する気力もなく八本の峰で滅多打ちにされて意識を刈り取られた。
 動かなくなった少年をぜえぜえと息を切らしつつ見下ろし、阿藤横道は己の勝利を確信して歓喜に打ち震えた。

「や……やった……俺は、勝った」

 声が震える。手も震える。高まり切ったテンションを放出するように、阿藤は暗い森の中で吠える。

「俺は勝ったぞぉおおおおおおおおおおおおッ!!」

 相手は上級生だった。しかも二つも上の第三階生である。
 強敵だった。ヒンズー教の猿神――ハヌマーンの神話をベースに編み込まれた身体伸縮術式には苦戦を強いられたが、式神の〈八手羅刹〉だけでなく己自身にも肉体強化を施して戦ったおかげで辛勝できた。

「俺は強い! 上級生にだって勝てる! 今までのは……アレだ。なんかいろいろおかしかったんだ!」

 阿藤は自分が最強だなんて己惚れてはいない。だが同世代の魔術師の中ではレベルが高い方だと思っていた。
 この学院に来て負けが続くまでは。
 本当は自分なんて大したことなかったのでは? と考えてしまってからは出会う人間一人一人に怯えてしまう毎日だった。それがもう堪らなく嫌で、苦痛で、少しでも自信を取り戻そうと真面目に授業にだって出た。
 部屋に引き籠らなかったのは性分だ。たとえどんなに打ちのめされたとしても、うじうじとベッドの上で膝を抱える生活なんて阿藤にはできない。

 そんな時に見つけたのが魔術対抗戦のチラシだった。
 魔術を見せ合うだけの品評会的な祭りなら興味なかったが、戦闘が絡んでいるとなると話は別だ。この大会に出れば自分の実力が実際のところどうなのか知ることができる。これを逃せば一生惨めな思いを心に抱いて過ごさなければならない気がした。

 路地裏で屯していた不良仲間に声をかけ、なんとかチームを作って出場。
 そして今、なかなか手強かった上級生に打ち勝った。

「そうだよ。なにをビビってやがったんだ。俺は強い。強い。強いんだ」

 自己暗示をするように何度も言い聞かせながら、阿藤は倒した上級生から魔力結晶を奪った。本当なら今すぐに魔力結晶を破壊して勝利を確定したかったが、これは所持数が多ければ多いほど大会で有利になる。いわば命のストックだ。
 大会が始まって初めての魔力結晶。初めての勝利。
 阿藤はこの余韻をもう少し味わいたかったが――すぐ横を誰かが駆け去っていったため思考を現実に切り替えた。
 次の獲物だ。

「だが待て。落ち着くんだ俺」

 調子に乗ってはいけない。そうなれば今までの自分と同じであり、敗北は必至。まずは今逃げていった奴を尾行して情報を集める。戦いはこちらが有利になったところで仕掛けるべきだ。
 阿藤も学習している。情報さえあれば今までだってあっさり負けはしなかった。今回の勝利も事前に相手の得意魔術を知っていたからが大きい。
 そうと決まれば早速追いかけて――

「邪魔。どきやがれです」

 不意に背後から少女の声がした。実はさっきからドシンドシンという重たい足音も響いていたのだが、思考に耽っていた阿藤の耳には入っていなかった。
 振り返る暇はなかった。
 真横から凄まじい衝撃が阿藤の身体を羽虫のごとく薙ぎ飛ばしたからだ。

「おっぶぁ!?」

 木に叩きつけられる。せっかく勝利した証の魔力結晶が自分の物と一緒に砕け散る光景が見えた。
 そしてその先に、巨大なぬいぐるみに乗ってかけていく幼い少女の背中があった。

「あんな……ガキに……」

 舞い戻ってきた自信がガラスのように粉々に割れ、阿藤の意識は真っ白に染まった。

        ☆★☆

 ぬいぐるみの上に乗って疾走しながら、ロロ・メルは唐突にかかってきた通信に顔を顰めた。

「はい、こちらロロ・メルです。今〈地獄図書館ヘルライブラリ〉の司書を追っているとこですから後にしやがれです」

 ロロたちは三人で秘密結社〈グリモワール〉と〈地獄図書館ヘルライブラリ〉の混成チームを襲った。だが奴らは面倒なことに散り散りに逃げて行ったのだ。仕方なく手分けして追いかけたのだが、いつまでも続く鬼ごっこにロロは苛立っていた。

『聞け。緊急事態だ』
「ロロの緊急はあいつをブチ潰すことです。そっちで勝手に対処しやがれです」

 本当は舌打ちもしたいところだったが、相手はリーダーのファリス・カーラであるため不機嫌な口調だけに留めた。

『ダモンがやられた』
「はぁ!?」

 ロロは思わずぬいぐるみの足を止めた。

「あの肉団子、一番トロそうなフレリア・ルイ・コンスタン相手になにしてやがんですか!? それともオアシスに向かう途中で流砂にでも嵌っちまったんですか!?」

 前者なら無能。後者ならマヌケである。

『状況はわからん。だがダモンの反応がロストしたことは間違いない。〈グリモワール〉は四人とも片づけた。今はこれで撤退するぞ』
「〈地獄図書館ヘルライブラリ〉の司書は?」
『次の機会で仕留めろ。逃げに入られたら奴には恐らく追いつけん』

 ロロが延々と縮まりも開きもしない鬼ごっこを続けさせられていたのには、なにか術式が絡んでいるのだろうとは薄々感じていた。手が届きそうで届かない感じがよりロロを苛立たせ、そこまで考えが至るに少し時間がかかってしまったことは否めない。

「……」

 衝撃の報告を聞かされ、立ち止まったことでロロの頭は急速に冷えた。

「チッ、幻術ですか」

 目の前で走っていた〈地獄図書館ヘルライブラリ〉の司書の姿がフッと消える。一体どこから幻術を展開されたのか。今となってはわからないし、術者は近くにいるだろうが完全に見失っている。

「わかったです。ここは一旦退いてあげるです」
『拠点で待っている』

 通信が切れる。ロロはすぐには動こうとせず、しばらくその場に立ち尽くしていた。

「くそったれがです!!」

 癇癪を起したようにぬいぐるみの腕を振るい、すぐ傍の大木を圧し折った。〈地獄図書館ヘルライブラリ〉の司書におちょくられたことに対する怒りもあるが、それ以上に別の怒りがロロの心を支配していた。

「フレリア・ルイ・コンスタン、もしあいつがダモンを倒しやがったのならロロがぶっ潰してやるです!」

 口ではよく罵ってしるが、ロロは割とダモン・ダールマンのことを気に入っていた。あの高さと横幅は乗り心地がいいのだ。自分より一つ年下のくせにでかぶつで、どれだけロロが酷いことを言っても笑って流してくれる存在。仲間想いで、一番体の小さいロロをいつも心配してくれていた。
 出来の悪い弟のようにロロは思っていた。

「まあ、叩き潰す前に、実際どうだったのか知る必要があるですね」

 頭の冷静な部分がそう判断する。もしもダモンを倒してしまえるような戦闘力がフレリアにあるのであれば、ロロとて簡単には勝てないだろう。それにダモンの自滅という可能性もある。
 その場合は、あとでたっぷりいびり倒してやろうと心に決めるロロだった。

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