アカシック・アーカイブ
FILE-89 魔法少女の災難
ミレーナ・クレメンティは森の中に聳える一際高い木の天辺に立っていた。
フリルのたっぷりついたドレスのようなワンピースを纏い、天使の翼のような羽飾りで栗毛の髪をツインテールに結っている。キラキラした装飾が施された長めのステッキを右手に持ち、瞼を閉じて空気の流れを肌で感じる。
そんな日本のアニメに出て来そうな魔法少女のような格好をしているミレーナは、なにを隠そう魔術学院が誇るコスプレ部の部長である。日本のアニメ大好きである。
今回の大会はコスプレ部の名を広め、新入部員がっぽがぽを目的に部員たちと参加していた。無論、優勝賞金も超欲しい。
大会は戦闘形式だったが問題はない。寧ろ部員全員がコスプレを極め過ぎて、魔術でコスプレしたキャラの能力をある程度使えてしまうレベルだから望むところだった。
「探知魔術によるとー、近くに二人いるみたいですかね?」
部員たちが散り散りなってしまったのは痛かったが、どこも同じ状況ならば各個撃破しながら合流すればいいと考えていた。
フィクションの力をほぼそのまま操れる自分たち以上の実力者などそうはいない。
だから敵を呼び寄せることも承知で探知魔術を発動したわけである。
「こっちに近づいて来てるみたいですかね。むふふ、早速二人釣れて結晶二個ゲットですかね」
あえて目立つ格好で目立つ場所に立つ。ミレーナを見つけた向こうが仕掛けてきたら、コスプレしている魔法少女の『魔法』でド派手に返り討ち。地味な魔法は使わない。なるべく映像映えするように戦うべし。アニメのように。
「――むむ、速い。もう誰か一人来たみたいですかね」
杖に魔力を集中させる。一発目からド派手にビーム的な奴を撃つのだ。
気配は――真後ろ。
ニヤリと笑って振り返る。
「引っかかりまし――」
球体に一ツ目の触手うねうねな怪物がそこにいた。
「ぴ、ぴゃああああああああああああああああああああああああああああッ!?」
予想外のモンスターに悲鳴を上げて足を踏み外し、木の天辺から真っ逆様に落下するミレーナ。なんとか地面と激突する寸前に飛行魔法で緩和したが、勢いを殺し切れず結局地面に人型の穴を作ってしまった。
「え!? なに!? 今のアレなんですかね!? わたし魔法少女ですけど十八歳未満お断りのエッチィやつじゃないですがね!?」
頑丈にも土を被りながら這い上がる。あの化け物と戦う? いや無理無理無理。モンスターはモンスターでも魔法少女の敵と言えばもっとなんかこう、可愛い感じのやつだ。あんなグロキモイ生理的に受けつけない魔物なんかではない。決して。
と、ふっと周囲に影が落ちた。
恐る恐る顔を上げる。
裂けた口に無数の牙と頭部から一本の触覚を生やした二足歩行する提灯鮟鱇みたいな怪物がそこにいた。
「ぴぎぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!?」
飛び跳ねたミレーナは光速で後ろを向いてダッシュする。
「ここここんなモンスターが出るなんて聞いてないですがね!? 運営はちゃんとフィールド内の生体調査をしたんですかねぇえッ!?」
どん、と。
なんか弾力のある壁にぶつかった。
黒い体に白い縞模様をしたムカデに似た三頭の怪物がそこにいた。
「…………あうあう」
三度目は悲鳴もなかった。
三頭ムカデの口から零れたヨダレのような粘液を頭から被ったミレーナは――
「………………………………………………はうぅ」
口から魂が抜けたように、目を回して失神するのだった。
☆★☆
「おいおい、こんな下級悪魔に囲まれたくれぇでぶっ倒れる雑魚がなぁんで参加してんだぁ?」
いっそ相手を憐れむような調子でそう言いながら、森の陰から白金髪赤目の少年――幽崎・F・クリストファーは姿を現した。
彼の下に集まって来た悪魔たちも困ったように倒れたコスプレ少女を見下ろしつつ、やがて時間切れになったかのように一体ずつ闇に消えていく。
「殺しは反則らしいからよぉ。魂までは取らねぇよ。さっきの恐怖だけ貰っとくぜ。ヒャハハ、よかったなぁ」
幽崎はそう狂い笑いながら無遠慮に意識のない少女の服をまさぐり、目的の魔力結晶を回収する。
するとそこで――
「幽崎!」
知った声に名前を呼ばれた。
「よぉ、さっきのはてめぇだったか、黒羽恭弥」
大会が開始してすぐ、この魔法少女の探知魔術とは別に〈蘯漾〉で貰った宝貝が発動したのを感じたが……まさかいきなりチームメイトと合流できるとは思っていなかった。
そもそも合流する気もなかったが。
「そいつはお前がやったのか?」
「ああ、その通りだ。ま、勝手に自滅したよぉなもんだけどなぁ。安心しな。殺しちゃいねぇよ」
恭弥は倒れている魔法少女を見る。気絶しているだけと判断したようだが、奴の無表情からは特に安堵した感情は読めない。
――つまらない野郎だぜ。
なんなら幽崎が殺したと勘違いして激情のまま仲間割れに入られてもよかったが、流石に初日初っ端からそれも面白くない。
目的はあくまで優勝である以上、こいつをつつくのはそれが百パーセント達成できる見込みができてからだろう。
「女どもが見えねぇな。他の連中はどうした?」
「チームはバラバラに転送されたんだ。合流を優先している」
「あぁ? あー、だからこの魔法少女ちゃんも一人だったわけか。ヒャハハ! そりゃ楽しいことしてくれたじゃねぇか!」
幽崎は元々一人でいたから気づかなかった。ワイアット・カーラは開幕から文字通り引っ掻き回してくれたわけだ。
「で、どうする? 真っ先に俺なんかと合流しちまったわけだが?」
「三人を探す。手伝え」
「断る。てめぇと行動を共にするのは構わねぇよ。適当な場所でくたばっちまわれても困るからなぁ。だが、人探しならてめぇ一人で充分だ。同じ場所から同じ宝貝で探知したところで結果も同じだろ」
「なら、お前はなにをする?」
「決まってんだろぉ?」
無感情に問うてくる恭弥に、幽崎は凶悪な笑みを浮かべて楽しそうに告げる。
「敵を見つけて、ぶっ潰すんだよ!」
フリルのたっぷりついたドレスのようなワンピースを纏い、天使の翼のような羽飾りで栗毛の髪をツインテールに結っている。キラキラした装飾が施された長めのステッキを右手に持ち、瞼を閉じて空気の流れを肌で感じる。
そんな日本のアニメに出て来そうな魔法少女のような格好をしているミレーナは、なにを隠そう魔術学院が誇るコスプレ部の部長である。日本のアニメ大好きである。
今回の大会はコスプレ部の名を広め、新入部員がっぽがぽを目的に部員たちと参加していた。無論、優勝賞金も超欲しい。
大会は戦闘形式だったが問題はない。寧ろ部員全員がコスプレを極め過ぎて、魔術でコスプレしたキャラの能力をある程度使えてしまうレベルだから望むところだった。
「探知魔術によるとー、近くに二人いるみたいですかね?」
部員たちが散り散りなってしまったのは痛かったが、どこも同じ状況ならば各個撃破しながら合流すればいいと考えていた。
フィクションの力をほぼそのまま操れる自分たち以上の実力者などそうはいない。
だから敵を呼び寄せることも承知で探知魔術を発動したわけである。
「こっちに近づいて来てるみたいですかね。むふふ、早速二人釣れて結晶二個ゲットですかね」
あえて目立つ格好で目立つ場所に立つ。ミレーナを見つけた向こうが仕掛けてきたら、コスプレしている魔法少女の『魔法』でド派手に返り討ち。地味な魔法は使わない。なるべく映像映えするように戦うべし。アニメのように。
「――むむ、速い。もう誰か一人来たみたいですかね」
杖に魔力を集中させる。一発目からド派手にビーム的な奴を撃つのだ。
気配は――真後ろ。
ニヤリと笑って振り返る。
「引っかかりまし――」
球体に一ツ目の触手うねうねな怪物がそこにいた。
「ぴ、ぴゃああああああああああああああああああああああああああああッ!?」
予想外のモンスターに悲鳴を上げて足を踏み外し、木の天辺から真っ逆様に落下するミレーナ。なんとか地面と激突する寸前に飛行魔法で緩和したが、勢いを殺し切れず結局地面に人型の穴を作ってしまった。
「え!? なに!? 今のアレなんですかね!? わたし魔法少女ですけど十八歳未満お断りのエッチィやつじゃないですがね!?」
頑丈にも土を被りながら這い上がる。あの化け物と戦う? いや無理無理無理。モンスターはモンスターでも魔法少女の敵と言えばもっとなんかこう、可愛い感じのやつだ。あんなグロキモイ生理的に受けつけない魔物なんかではない。決して。
と、ふっと周囲に影が落ちた。
恐る恐る顔を上げる。
裂けた口に無数の牙と頭部から一本の触覚を生やした二足歩行する提灯鮟鱇みたいな怪物がそこにいた。
「ぴぎぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!?」
飛び跳ねたミレーナは光速で後ろを向いてダッシュする。
「ここここんなモンスターが出るなんて聞いてないですがね!? 運営はちゃんとフィールド内の生体調査をしたんですかねぇえッ!?」
どん、と。
なんか弾力のある壁にぶつかった。
黒い体に白い縞模様をしたムカデに似た三頭の怪物がそこにいた。
「…………あうあう」
三度目は悲鳴もなかった。
三頭ムカデの口から零れたヨダレのような粘液を頭から被ったミレーナは――
「………………………………………………はうぅ」
口から魂が抜けたように、目を回して失神するのだった。
☆★☆
「おいおい、こんな下級悪魔に囲まれたくれぇでぶっ倒れる雑魚がなぁんで参加してんだぁ?」
いっそ相手を憐れむような調子でそう言いながら、森の陰から白金髪赤目の少年――幽崎・F・クリストファーは姿を現した。
彼の下に集まって来た悪魔たちも困ったように倒れたコスプレ少女を見下ろしつつ、やがて時間切れになったかのように一体ずつ闇に消えていく。
「殺しは反則らしいからよぉ。魂までは取らねぇよ。さっきの恐怖だけ貰っとくぜ。ヒャハハ、よかったなぁ」
幽崎はそう狂い笑いながら無遠慮に意識のない少女の服をまさぐり、目的の魔力結晶を回収する。
するとそこで――
「幽崎!」
知った声に名前を呼ばれた。
「よぉ、さっきのはてめぇだったか、黒羽恭弥」
大会が開始してすぐ、この魔法少女の探知魔術とは別に〈蘯漾〉で貰った宝貝が発動したのを感じたが……まさかいきなりチームメイトと合流できるとは思っていなかった。
そもそも合流する気もなかったが。
「そいつはお前がやったのか?」
「ああ、その通りだ。ま、勝手に自滅したよぉなもんだけどなぁ。安心しな。殺しちゃいねぇよ」
恭弥は倒れている魔法少女を見る。気絶しているだけと判断したようだが、奴の無表情からは特に安堵した感情は読めない。
――つまらない野郎だぜ。
なんなら幽崎が殺したと勘違いして激情のまま仲間割れに入られてもよかったが、流石に初日初っ端からそれも面白くない。
目的はあくまで優勝である以上、こいつをつつくのはそれが百パーセント達成できる見込みができてからだろう。
「女どもが見えねぇな。他の連中はどうした?」
「チームはバラバラに転送されたんだ。合流を優先している」
「あぁ? あー、だからこの魔法少女ちゃんも一人だったわけか。ヒャハハ! そりゃ楽しいことしてくれたじゃねぇか!」
幽崎は元々一人でいたから気づかなかった。ワイアット・カーラは開幕から文字通り引っ掻き回してくれたわけだ。
「で、どうする? 真っ先に俺なんかと合流しちまったわけだが?」
「三人を探す。手伝え」
「断る。てめぇと行動を共にするのは構わねぇよ。適当な場所でくたばっちまわれても困るからなぁ。だが、人探しならてめぇ一人で充分だ。同じ場所から同じ宝貝で探知したところで結果も同じだろ」
「なら、お前はなにをする?」
「決まってんだろぉ?」
無感情に問うてくる恭弥に、幽崎は凶悪な笑みを浮かべて楽しそうに告げる。
「敵を見つけて、ぶっ潰すんだよ!」
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