アカシック・アーカイブ

夙多史

FILE-88 開幕の猛者たち

 ファリス・カーラは砂漠のど真ん中に転送されていた。

 即座に周囲の状況を確認し、視認できる範囲には味方も敵もいないことを把握した。チームがバラバラになることは予め聞かされていたため慌てることはない。だがやはり、このような不公平はあまり気持ち的に面白くないファリスである。
 聖王騎士の称号を持っているファリスだが、敵対する相手は主に悪魔だ。そこに正々堂々を求めるような騎士道は存在しない。それでもルールの決められた大会である以上はフェアで戦いたいという感情もあった。

 だが、これは任務。最悪の書物を世に出さないための――正義の不正だ。

「――ファリス・カーラだ。お前たち、どこにいる?」

 チームメイトだけと通信できる魔道具を口に当てて囁く。
 返事はすぐにあった。

『ファリスたぁん、こちらダモン・ダールマンなんだな。たぶん西の方の砂漠地帯かなぁ。暑くて死にそうだから大岩の影に避難してるんだな』
『ロロ・メルです。大きな湖の近くに一般参加者が数人いやがったので早速交戦中です。フィールドマップからして中央よりかと』
『ベッティーナ・ブロサール。当方の記憶が正しければ北の山岳地帯に転移したと思われます。索敵。受信。近くに参加者の反応あり。交戦を避けて合流は難しいと判断します』
『お~れ~は~♪ ディオン・エルガー~♪ 南東の草原んんんん~♪ 獲物発見狩りを始めるぜ☆』

 チームメイトの四人は見事にバラバラだったが合流できないほどではない。

「私も砂漠だ。まずはダモンと合流する。全員、ロロのいる中央の湖を目指せ。そこを自陣とする。三時間以内に集合だ」

 了解の返事を聞き、ファリスはダモンと合流するため踵を返した。

        ☆★☆

 中国マフィア〈蘯漾トウヨウ〉の首領――王虞淵ワングエンは、山岳地帯に立つベッティーナ・ブロサールを視界に捉えていた。
 ただし、距離は彼女から一キロメートルほど離れている。それでも閉じられた瞼の裏には鮮明に敵の姿を捉えていた。
 ベッティーナだけではない。この山岳地帯にはもう数人ほど転送されている。そのうち味方と言えるのは〈ルア・ノーバ〉の兵隊が一人だけだった。

「うんうん、想定内だけど想定以上に引き離されちゃったねぇ。あの祓魔師に合流されるのも厄介だし、この近辺は僕一人で掃除しちゃうべきかな?」

 思考を声に出しているが、別に独り言を虚しく呟いているわけではない。
 彼の足下。
 そこには血塗れで倒れ、王虞淵の椅子となっている巨漢がいた。

「貴様……ごぶっ」

 吐血する巨漢を王虞淵は閉じた目で見据える。彼は不幸にも王虞淵と数十メートルの距離に転送されてしまった学院警察の刑事である。第五階生アデプタス・マイナーで実力も確かだったが、王虞淵からしてみれば所詮は学生の域だった。
 王虞淵は右手で摘まんだ薄青い半透明の宝石を見せる。

「ほら、君の魔力結晶だよ。そろそろ三分が経つけれど、取り返さなくていいのかい?」
「お……のれ……」

 無念そうに巨漢は呻くと、次の瞬間には光の膜に覆われて消えてしまった。敗者として判定され、学院都市に強制転移されたのだ。

「ほいっと」

 座っていた椅子がなくなって空中に放り出された王虞淵だったが、特にバランスを崩すようなこともなく軽やかに着地した。

「目下の強敵は祓魔師の彼女だねぇ。このままだと僕より先に〈ルア・ノーバ〉の兵隊君とバッティングしちゃうねぇ。まあ、彼には時間を稼いで貰えればいいかな」

 相変わらず目を閉ざしたまま、王虞淵は愉快そうに笑った。

「一般参加者も何人かいるし……ちょっと利用させてもらおうか」

        ☆★☆

「早速あちこちでバトってますなぁ」

 自然回帰の狂信集団〈ルア・ノーバ〉のリーダー格――九十九は空から地上を眺めていた。

 人間の姿ではない。
 燃えるような赤い毛並みを風に靡かせた、九尾の妖狐の姿だった。

「フィールドの範囲は高度含めてだいたい把握したし、あてらは合流を急ぐえ」

〈狐憑き〉――狐の霊や妖に守護霊のように取り憑かれた人間のことだ。一般人や力の弱い術者の場合は狐を制御できず、精神病患者のようになってしまうこともあるが、九十九は自分に取り憑いた強力な妖狐を逆に降して使役している。
 ガンド魔術やセイズ魔術に似た術式構造だが、既に憑依されている霊しか使役できない点では汎用性は低いだろう。
 しかし、常時憑依されているが故にその力を百パーセント以上に引き出すことができる。こうして〈紅の九尾〉に姿を変えることで空だって飛べるし、飛んでいる自分を味方以外に発見されないような妖術も並行して使っている。

 王虞淵から貸し与えられた宝貝を利用するまでもない。こちらはこちらで最善の方法でチームと合流させてもらう。

「まあ、あての予想やと、初日はどこも様子見やろうな」

 各地で勃発している戦闘の爆撃を視界に捉えつつ、九十九は空中を翔け走るようにして優雅に地上へと降りていった。

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