アカシック・アーカイブ

夙多史

FILE-85 世界樹の方舟

 数分後、コンスタン邸のリビング。
 アレクと共にフレリアが転移してきたところで、恭弥たちを助けた〈世界樹の方舟アーク・セフィラ〉を含めた全員の脱出が完了した。

「よかったです。みんなが無事で。私、もう心配で心配で」
「オレは大将たちなら大丈夫だって信じてたぜ」

 先に脱出していた白愛と土御門が安堵の表情を浮かべる。恭弥は室内を見回し、隅の方に屯している三人に視線をやった。

「彼らのおかげだ」

 少年が一人。少女が二人。三人とも十二歳前後と思われる子供だった。

「教えてくれ、なぜ〈世界樹の方舟アーク・セフィラ〉が俺たちを助けた?」

 孤児院組織〈世界樹の方舟アーク・セフィラ〉は犯罪魔術結社ではない。魔術的異能を持つ子供たちを保護し、生活する場を与えている公の機関である。その子供たちがどうして恭弥たちを助けたのか、聞いておく必要があった。

「お兄さんたちが悪人じゃないから、かな」

 少年が答えた。薄い赤色の髪に同色の瞳。制服の右袖が弾け飛んだように裂けているのは、彼の異能力のせいだろう。あの時は右腕が竜の腕のように変化していたが、今は人間の腕に戻っている。

「わたしたち〈世界樹の方舟アーク・セフィラ〉は、魔術管理局の後ろ盾があって設立できたと聞いています。それに管理局には何度も仲間を助けていただきました」

 彼の横に立つ白い髪に青い瞳をした少女が丁寧な口調で告げる。彼女はファリスたちを石化させた強力な魔眼を持っているが、今は発動していない。

「……」

 もう一人、茶髪の少女は無言で二人の後ろに隠れていた。

「お兄さんたちと面識があるわけじゃないけど、BMAの人たちなら助けないとって思ったんだ」
「正直に言いますと、わたしたちだけだと脱出できそうになかったこともあります」
「それであたしたちを援護してくれたわけね。〈世界樹の方舟アーク・セフィラ〉は魔術的な異能を持ってるって聞いたけど、アレらがそうなの?」

 レティシアが何気なく訊ねると、三人は一瞬表情を曇らせて顔を見合わせた。異能力のせいで親に捨てられた子供たちだ。あまり触れられたくない部分だろう。

「ええ、ぼくはフェイ。この右腕には生まれた時から竜が宿っているんだ」
「わたしはリノといいます。〈メドゥーサの魔眼〉を持って生まれました」

 それでも彼らは気丈にも微笑みを浮かべ、簡単に自己紹介をしてくれた。

「あなたは?」
「……ッ」

 茶髪の少女だけが黙ってわたわたしていた。なにかを伝えたいように手振りしているが、恭弥たちにはさっぱりわからない。

「あ、なにか書く物持ってない?」
「すみません、チェリルは声を出せないんです。その、声を出すと超音波になってしまう異能でして、普段は筆談で会話しています。自分の物もあったんですけど、さっきの騒動で落としてしまったようで」

 フェイとリノが申し訳なさそうに説明してくれた。

「じゃあ、あの奇声はお前だったのか」

 茶髪の少女――チェリルはコクリと頷いた。出した声全てが超音波になるのであれば肉声での会話など不可能だ。彼女はフェイとリノと違ってまだ自分の異能を制御できないのだろう。

「どうぞ、ペンとメモ用紙になります」

 アレクが邸のどこからか筆記用具を持ってきてチェリルに渡した。チェリルは会釈でお礼すると、即座にメモ用紙にペンを走らせる。

『チェリル。あの時は酷い声を聞かせてしまってごめんなさい』

 そして何度もペコペコと頭を下げながら、彼女は英語でそう書かれたメモ用紙を見せてくれた。

「いや、おかげで助かったんだ。謝らなくていい」

 彼女の『声』がなければ、もしかすると恭弥はあの場で斬り伏せられていたかもしれないのだ。

「にしてもこんな子供まで入学してるんだな」

 土御門が感心したように言う。するとレティシアが呆れた視線を彼に向けた。

「別に不思議じゃないわ。学院の入学資格は十歳以上よ。パンフレットとかに書いてあったから知ってるでしょ?」
「オレ、説明書は読まないタイプだから」

 とはいえ新入生の平均年齢は十五歳だ。学院では基本的に親の庇護下を離れて生活しなければならないため、ある程度独立できる年齢になってから入学する者が多いのである。

「子供なのに強者でござるか! むむむ、これは手合わせしておくべきでござろうか?」
「えっと、静流さん、今はやめておきましょうね」

 なんかウズウズし始めた静流を白愛が苦笑しながら宥めていた。

「お前たちはなぜ『全知の公文書アカシック・アーカイブ』を狙っている?」

 孤児院組織に必要なものとは思えない。それとも彼らが個人的に求めているのだろうか。

「ぼくたちは、ぼくたちの呪いを――この異能を取り除く方法を探すために入学したんだ。異能があるだけで魔術なんてさっぱりだったけど、この学院で学んでいけば、いつかぼくたちみたいな子供が生まれて来ないようにする方法も見つかるかもしれないって」
「最初は『全知の公文書アカシック・アーカイブ』なんて知りませんでした。でも、いろいろ調べているうちに噂程度の情報を訊いて……それで探していたら〈ルア・ノーバ〉のお姉さんに声をかけられたんです」

 九十九だ。こんな子供たちまで取り込もうとしたとは、奴らも必死だったのかもしれない。

『怪しかった。でも、どうしても知りたかった』

 異能のせいで苦しんできた彼らが、それを消し去りたいと願うのは当然のことだ。犯罪組織に関わってでもその方法を探したい。こちらを棚に上げることになってしまうが、それは少々やり過ぎだ。

「今回の件でわかったと思うが、これ以上は関わらない方がいい。学院側は本気で俺たちを潰すつもりだ。〈蘯漾トウヨウ〉や〈ルア・ノーバ〉も、用済みになれば消しに来るだろう」

 元々一般生徒だったのなら戻るべきだ。恭弥たちとの年の差は四~五歳程度しか離れていないが、それでも彼らは子供なのだ。

「……そうだろうね」
「わたしたちも考えなかったわけじゃありません。このまま続けていいのかどうか」
『お兄さんの言う通り、やめるべき』

 三人とも、恭弥が言わずともわかっているようだ。わかっていて、これからどうするのか既に決めている目をしている。

「さっきも言ったけど、ぼくたちは異能があるだけで魔術は素人だ。ぼくの竜腕も、リノの魔眼も、チェリルの声も、一度対策されてしまったら終わり。もうあの祓魔師のお姉さんたちとは戦えないね」
「だから大会には出ません。人数も足りていませんし。でも、わたしたちの夢もそう簡単に諦められるものじゃありません」
『今後はお兄さんたちのサポートをする。そう三人で話し合った』
「それでも関わることになるぞ」
「覚悟は入学した時からできてるよ」

 フェイが恭弥を見上げてくる。その瞳は揺れることなく真っ直ぐ恭弥を映していた。決意は本物だ。

「これはこれは、心強い仲間ができましたね」
「わたしは歓迎ですー」
「まあ、いいんじゃない? 九条さんとチャラ男もそんな感じだし。あ、探偵部入る?」
「勧誘するな。本当なら二人にも降りてもらいたいんだがな」
「それは嫌です」
「というわけだ。いい加減諦めな、大将」

 ほぼ全員が歓迎ムードだった。恭弥と、恭弥の肩に乗ったハツカネズミのエルナだけが揃って溜息をつくのだった。
 と、その時――

「なんだぁ? そいつら使わねぇのかぁ?」

 リビングの床に黒い水溜りが広がり、そこから白金髪の少年が浮かび上がってきた。

「幽崎!?」

 反射的に身構えてしまった恭弥だが、彼が今は敵ではないことを思い出して構えを解く。

「使えそうな異能があんなら使い潰しちまえよぉ!」
「お前、無事だったのか」
「ああ、イカれた祓魔師の野郎とバトってたが……あの野郎、途中でどっか行きやがった」

 不満そうに舌打ちする幽崎。こいつもこいつで静流とは違うタイプの戦闘狂だ。

「こっちの戦力はずいぶんと減らされちまったが、まあ、雑魚が残ったところでしょうがねぇか。いい振るいになったな」

 一応仲間が潰されたというのに、幽崎はクツクツと愉快そうに嗤っている。乱戦に紛れて魂を回収したのかもしれない。

「どれだけ残ってるかわかるか?」
「さぁな。俺が見た中じゃ、〈燃える蜥蜴座〉と〈DD団〉と〈天顕宗〉は全滅してたぜ」

 それだけでも手痛い被害だろう。無論、学院側の被害も決して小さくはないはずだ。

「じゃ、チームメイトの無事も確認したし、俺は帰るぜ」

 幽崎は踵を返す。わざわざそのためだけにここへ転移してきたのか。

「学院ももう大会までは手を出さねぇだろ。せいぜい俺の足を引っ張らねぇようにてめぇの魔術を磨いとくんだなぁ!」

 ヒャハハハ、と嗤いながら、幽崎は律儀に玄関から出て行った。

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