アカシック・アーカイブ

夙多史

FILE-83 交戦

 レティシアは壁際に追い詰められていた。

「『THE STAR』――『星』の正位置。希望。理想。奇跡。先を見据え、我が道を照らす標とならん!」

 タロットカードを構え、魔力を通し、その意味を攻撃魔術へと昇華させる。同じ『星』のカードを数枚空中へと投げ放ち、夜闇の中で輝き始めたそれらが敵の頭上へと光線を降らせる。

 敵――レティシアよりも五歳は年下に見える少女は、慌てる様子もなく熊と兎を足して二で割ったようなぬいぐるみを放り投げた。
 途端、ぬいぐるみが巨大化し、四つん這いの構えになって少女を守るように背中で光線を受け止めた。

「ぬるい攻撃してんじゃねえです。それともロロのお人形さんに傷一つつけられないこれが全力でやがりますか?」

 不愉快そうにロロと名乗った少女が口を開く。『星』のカードマジックによる光線雨は降り続けているが、彼女の言う通り巨大化したぬいぐるみには傷も焦げ跡もついていない。
 このまま続けても無駄だということは、術者のレティシアが一番よくわかっている。

「ふん、口の悪いガキね。殺さないように手加減してるに決まってるでしょ? 子供は早くお家に帰ってねんねしなさい」
「ロロは十八歳で第四階生フィロソファスです。お前より年上で上級生だから口の利き方に気をつけやがれです」

 むっと頬を膨らます仕草は見た目相応に可愛らしかった。本当に年上なのか怪しいところだが、そこは考察する意味はない。
 ロロはレティシアを舐めている。
 ならば、その隙に強烈な一撃を叩き込むまでだ。

「集中!」

 レティシアは腕を振るって上空のカードを操作し、一点に収束させた光の柱をぬいぐるみへと叩き込んだ。
 ぬいぐるみが弓なりに仰け反る。このまま照射し続ければ貫くことだって可能だろうが――

「最初からそうしろです」

 当たり前だが、ぬいぐるみが破壊されるまで大人しく待ってなどくれない。
 ロロはぬいぐるみを元のサイズに戻し、サイドステップで光線をかわしてレティシアへ向かって疾駆した。
 後ろは壁。レティシアはこれ以上後退できない。

「ぺしゃんこになりやがれです!」

 腕部分だけ巨大化したぬいぐるみがレティシアを襲う。その愛らしく柔らかそうな手から無数の剣が突き出したのを見た瞬間、レティシアはゾっとして反射的に身を屈めた。

 刹那――ドゴォンッ!! と。

 背後の壁がまるでおもちゃのブロックを崩すように易々と破壊されてしまった。

「うわっ、どんだけ物理威力高いのよ!? 祓魔師は霊体に強いんじゃないの!?」
「わかってねえですね」

 転がっ距離を取るレティシアにロロが嘲笑する。

「ロロたち祓魔師は悪魔を滅する力を持っているですよ? それを悪魔より弱っちい人間に向けてんですから当然の威力です」

 再び全身巨大化したぬいぐるみがオートで動いてレティシアを踏み潰しにかかってくる。

「祓魔師だから悪魔としか戦えないと思いやがったら大間違いです」

 ぬいぐるみの踏みつけを、パンチを、体中から生えてくる剣を、紙一重でかわしながらレティシアは逃げる。ぬいぐるみが通った後は、まるで地面が引っ繰り返ったかのようにボコボコだった。

「これヤバ……本気でやらないとあたしが死ぬヤツだわ!?」

 小手先の魔術だけでは無意味。どこかで大技を決める時間を稼ぐ必要があるだろう。
 その隙を、あの小さな祓魔師が与えてくれるとは思えないが……。

        ☆★☆

 激しい剣戟の音が屋敷の中庭に響く。
 日本刀と刃の義手が衝突し、火花を散らし、お互いを弾き合う。

「驚愕。当方と近接戦で渡り合える人間は久々です」

 半機械の少女――ベッティーナ・ブロサールは僅かに目を見開いて甲賀静流を賞賛した。

「お主は強者でござるな。全力でお相手願いたいところでござるが、拙者たちは急いでいる故、道を開けてもらうでござる!」

 静流はわくわく半分、残念半分でそう言うと、大きく後ろに跳び退って胸の前で印を結んだ。


「甲賀流忍術奥義――〈八方分身ノ術〉」


 静流の身体がブレる。一人、二人、三人、四人と彼女と全く同じ姿をした分身が増えていく。そして合計八人となった静流がベッティーナの周囲を取り囲んだ。

「分身。話に聞いていた通り、残像ではなさそうです」

 ベッティーナは落ち着いた口調……というより機械的な口調で分析すると――

「しかし、当方に数の有利は無意味」

 機械の義手である右手で空中を一薙ぎした。


「抜剣。聖具――〈フラガラッハ〉」


 瞬間、ベッティーナの周囲の空間に無数の魔法陣が展開し、それぞれから片刃の湾曲剣が出現した。
 片刃剣は空中に浮遊し、ベッティーナの手振りによる指示で一斉に静流たちへと襲いかかる。
 静流たちは日本刀で襲い来る片刃剣を次々と弾いた。が、片刃剣は弾いた傍から体勢を立て直し、まるで達人が剣を振るうような挙動で再度静流たちへと向かってきた。

「剣が勝手に戦ってるでござる!?」

 静流は驚きつつも片刃剣の群れを両手の日本刀で捌く。

「正解。〈フラガラッハ〉は『回答者』の意。持ち主の意思に応答し、自動で抜き、自動で敵対者と戦闘を行います」
「面白い武器でござるな」

 片刃剣の一本一本が透明人間にでも握られているように連撃を繰り返す。これはベッティーナの魔術ではなく、剣自体の特性だ。ベッティーナ自身は少しの魔力も消費していない。

「当方はこの剣を千二百本所持しております。先方がそれ以上に分身しない限り、当方を数で押し切ることは不可能です」
「それはどうでござろうな?」
「?」

 小首を傾げたベッティーナに、静流たちは好戦的な笑みを浮かべて同時に印を結んだ。

《甲賀流五行忍術――〈熔遁轟瀑陣〉》

 静流たちが一斉に日本刀の一本を地面に突き刺した。次の瞬間、日本刀を刺した部分から灼熱の溶岩が噴火した。
 指向性のある溶岩は静流たちを避け、浮遊する〈フラガラッハ〉だけを呑み込み熔解させる。
 氾濫する溶岩をベッティーナは邸の屋根に飛び上がってかわす。

「想定外。これほどの火のエレメントを操るとは」
「火剋金。火は金属を熔かす、でござる」

 静流たちは攻撃の手を止めない。熔解を免れた片刃剣と交戦しつつ、屋根を駆けるベッティーナに追撃の忍術を放つ。

《木は天へと聳え、天は雷を木に落とす。甲賀流五行忍術――〈召雷樹〉》

 轟ッ! と。
 大樹の枝のように迸った雷撃がベッティーナを襲う。ベッティーナは屋根から屋根へと飛び移ってそれらを寸でのところでかわし続けた。

「理解。そして驚愕。分身一体一体が本体と同等の戦闘力を持っているようです」
「アレを全部避けるでござるか! やっぱりお主は強者でござる! わくわくが止まらないでござるよ!」
「強敵。認識。全ての分身が本体と仮定し、相応の対応にて排除を行います」

 心の底から楽しそうに笑う静流たち。対するベッティーナはどこまでも機械的な無表情だった。

 溶岩に焼かれ、雷撃に貫かれ、中国マフィア〈蘯漾トウヨウ〉の豪邸は無残にも崩壊していく。

        ☆★☆

 そんな彼女たちの戦闘を、物陰に隠れて見守る三つの人影がいた。

「……」
「……」
「……」

 まだ十代前半の子供と思われる小さな人影たちは、互いに顔を見合わせると、静かに頷き合ってその場から動いた。

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