アカシック・アーカイブ
FILE-69 策謀
総合魔術学院には総括区と呼ばれる学院の運営などを取り仕切る区画がある。
だが、そこが決して一枚岩ではないことは学院のトップである理事長が三人いることからもわかるだろう。そもそも創設者からして複数おり、彼らの意思を代々継承してきた末裔が現在の理事長たちである。
別に争っているわけではないが、彼らも人間。共同で経営していれば意見を違えることも少なくはない。特に現代の三人は能力こそ高いものの全くと言っていいほど馬が合わず、顔を合わせることも年に二度あれば多い方だという。
総括区内にまるでお互いを監視するように聳える三つの理事棟の一つに、ファリス・カーラは足を運んでいた。
本来であれば特待生と言えど立ち入りを許されない建物であるが、ここはワイアット・カーラ――元IAEの聖王騎士が一人であり、ファリスの父親でもある彼の理事棟だ。彼の権限が及ぶ範囲であれば、ファリスは自身の階級を無視して活動することが許されている。
「父上、なぜすぐに彼らを殲滅しないのですか!? 全知書を発見されてからでは遅いのですよ!?」
理事長室。
ファリスはアンティークな執務机に叩きつける勢いで両手を置き、向かいに座る男性に抗議した。
ファリスと同じ銀髪に精悍な顔つきをした男だ。年は四十をとうに越えているはずなのに、二十代と言っても通じそうなほど若々しく見える。もっとも、外見年齢が実際よりも若いことなど魔術界では珍しいことでもない。
銀髪の男――ワイアット・カーラは娘の鬼気迫る勢いに眉一つ動かさず返す。
「彼らとは、探偵部のことかね?」
「他になにがあると?」
「悪魔崇拝結社〈血染めの十字架〉、自然回帰の狂信集団〈ルア・ノーバ〉、中国マフィア〈蘯漾〉……全知書を狙って学院に潜入している輩はごまんといる」
ワイアットは書類に目を通しながらくだらなそうに告げた。全知書を狙い、学院に新入生として潜入している者は個人から組織までほぼ洗い出している。既に雑魚はいくつか排除しているが、今挙げられた組織はそう簡単にはいかないものばかりだった。
「その辺りは順次潰しているではありませんか! 探偵部は所在もメンバーも明らかだというのに、放置しておく意味がわかりません!」
BMAのエージェントにフランス王家の宮廷錬金術師、ファーレンホルスト家や土御門家まで関わっているとなると、ただの犯罪組織に比べて手を出しづらいのはファリスにもわかる。しかし、だからと言って手を出さない理由にはならない。
全知書は身に余る知識で人を惑わし世界を破滅に導く『悪魔の書』だ。絶対に表に出してはならない。これはワイアットだけではなく、IAEの総意でもある。
「彼らに害はない、とは言わん。だが仮にも学院を救った英雄だ。ただでさえ大勢の死者を出したせいで外からの声が煩いというのに、理由を公表せず彼らを追放するわけにもいくまい」
「しかし、こうしている今も奴らは全知書を調べているはず……」
「アレは探して見つかる物ではない。『調べている』段階であればまだ放置して構わん。万が一到達した場合も問題はない。こちらにはこちらの到達手段が存在している」
「父上は全知書へ辿り着けているのですか!?」
驚愕を隠し切れないファリスに、ワイアットはつまらなそうに鼻息を鳴らした。
「全知書が世に出そうになることを防ぐ手段が代々受け継がれているという話だ。とにかく探偵部に手を出すことはまだ許さん。それより、先日の事件を引き起こした〈血染めの十字架〉の幹部を捕らえることの方が優先とは思わないかね? 貴様の立場的にも、な」
「それは……」
IAE――国際祓魔協会は悪魔と戦うことが主だ。悪魔崇拝の〈血染めの十字架〉とは長年に渡る因縁すらある。
聖王騎士のファリスの立場からすれば見逃せる相手ではないし、他の事柄よりも優先すべき事案だ。
「いや、そもそもの話、なぜあのような者たちの入学を許したのですか!?」
「入学者の選定に私は関与していない。いや、例の件が影響して関われなかったと言うべきか。文句はオズウェルが戻って来たら直接彼に言いたまえ」
ファリスは唇を噛む。オズウェル・メイザース――ワイアット以外の理事長に特待生の自分が謁見できるわけがない。
「ファリスよ、貴様は聖王騎士となったばかりだが……まさか最高位に就いたせいで己の任務を忘れるほど愚かになったわけではあるまい? 学院に入学したのは例の件を追ってのことだろう。全知書を狙う輩の排除はあくまで私の手伝い――『ついで』だ」
「……承知しております」
そう、ファリスがIAEから派遣された理由は別件にある。学外遠征に出ていたのもそのためだ。全知書の件とは恐らく関係しない。その全知書を使えば簡単に解決するかもしれないが、それは流石に禁止である。
ワイアットが初めて顔を上げ、悔し気に歯噛みしている娘を見た。
「ただ、勘違いはするな。私とて野放しにするつもりはない。要は正当な理由をつけて排除すればよいのだ」
「正当な理由ですか?」
「入学式より二週間。もうすぐ毎年恒例の祭が催されるのだが、今回は私が運営を任されている」
ワイアットはそう告げると、書類の山の中から一枚のチラシを取り出した。
「『創立魔道祭』――そこでは毎年新入生歓迎の意味を込めて学年別魔術対抗戦という大会が行われる。今年は戦闘形式にするつもりだ。『学年別』という枠も外す」
カラフルなチラシを受け取ったファリスは、段々とワイアットの意図が読めてきた。
「釣り針につける餌ならばある。どうせだ。探偵部に〈血染めの十字架〉、他の全知書を狙う雑菌共もそこでまとめて駆除しようではないか」
だが、そこが決して一枚岩ではないことは学院のトップである理事長が三人いることからもわかるだろう。そもそも創設者からして複数おり、彼らの意思を代々継承してきた末裔が現在の理事長たちである。
別に争っているわけではないが、彼らも人間。共同で経営していれば意見を違えることも少なくはない。特に現代の三人は能力こそ高いものの全くと言っていいほど馬が合わず、顔を合わせることも年に二度あれば多い方だという。
総括区内にまるでお互いを監視するように聳える三つの理事棟の一つに、ファリス・カーラは足を運んでいた。
本来であれば特待生と言えど立ち入りを許されない建物であるが、ここはワイアット・カーラ――元IAEの聖王騎士が一人であり、ファリスの父親でもある彼の理事棟だ。彼の権限が及ぶ範囲であれば、ファリスは自身の階級を無視して活動することが許されている。
「父上、なぜすぐに彼らを殲滅しないのですか!? 全知書を発見されてからでは遅いのですよ!?」
理事長室。
ファリスはアンティークな執務机に叩きつける勢いで両手を置き、向かいに座る男性に抗議した。
ファリスと同じ銀髪に精悍な顔つきをした男だ。年は四十をとうに越えているはずなのに、二十代と言っても通じそうなほど若々しく見える。もっとも、外見年齢が実際よりも若いことなど魔術界では珍しいことでもない。
銀髪の男――ワイアット・カーラは娘の鬼気迫る勢いに眉一つ動かさず返す。
「彼らとは、探偵部のことかね?」
「他になにがあると?」
「悪魔崇拝結社〈血染めの十字架〉、自然回帰の狂信集団〈ルア・ノーバ〉、中国マフィア〈蘯漾〉……全知書を狙って学院に潜入している輩はごまんといる」
ワイアットは書類に目を通しながらくだらなそうに告げた。全知書を狙い、学院に新入生として潜入している者は個人から組織までほぼ洗い出している。既に雑魚はいくつか排除しているが、今挙げられた組織はそう簡単にはいかないものばかりだった。
「その辺りは順次潰しているではありませんか! 探偵部は所在もメンバーも明らかだというのに、放置しておく意味がわかりません!」
BMAのエージェントにフランス王家の宮廷錬金術師、ファーレンホルスト家や土御門家まで関わっているとなると、ただの犯罪組織に比べて手を出しづらいのはファリスにもわかる。しかし、だからと言って手を出さない理由にはならない。
全知書は身に余る知識で人を惑わし世界を破滅に導く『悪魔の書』だ。絶対に表に出してはならない。これはワイアットだけではなく、IAEの総意でもある。
「彼らに害はない、とは言わん。だが仮にも学院を救った英雄だ。ただでさえ大勢の死者を出したせいで外からの声が煩いというのに、理由を公表せず彼らを追放するわけにもいくまい」
「しかし、こうしている今も奴らは全知書を調べているはず……」
「アレは探して見つかる物ではない。『調べている』段階であればまだ放置して構わん。万が一到達した場合も問題はない。こちらにはこちらの到達手段が存在している」
「父上は全知書へ辿り着けているのですか!?」
驚愕を隠し切れないファリスに、ワイアットはつまらなそうに鼻息を鳴らした。
「全知書が世に出そうになることを防ぐ手段が代々受け継がれているという話だ。とにかく探偵部に手を出すことはまだ許さん。それより、先日の事件を引き起こした〈血染めの十字架〉の幹部を捕らえることの方が優先とは思わないかね? 貴様の立場的にも、な」
「それは……」
IAE――国際祓魔協会は悪魔と戦うことが主だ。悪魔崇拝の〈血染めの十字架〉とは長年に渡る因縁すらある。
聖王騎士のファリスの立場からすれば見逃せる相手ではないし、他の事柄よりも優先すべき事案だ。
「いや、そもそもの話、なぜあのような者たちの入学を許したのですか!?」
「入学者の選定に私は関与していない。いや、例の件が影響して関われなかったと言うべきか。文句はオズウェルが戻って来たら直接彼に言いたまえ」
ファリスは唇を噛む。オズウェル・メイザース――ワイアット以外の理事長に特待生の自分が謁見できるわけがない。
「ファリスよ、貴様は聖王騎士となったばかりだが……まさか最高位に就いたせいで己の任務を忘れるほど愚かになったわけではあるまい? 学院に入学したのは例の件を追ってのことだろう。全知書を狙う輩の排除はあくまで私の手伝い――『ついで』だ」
「……承知しております」
そう、ファリスがIAEから派遣された理由は別件にある。学外遠征に出ていたのもそのためだ。全知書の件とは恐らく関係しない。その全知書を使えば簡単に解決するかもしれないが、それは流石に禁止である。
ワイアットが初めて顔を上げ、悔し気に歯噛みしている娘を見た。
「ただ、勘違いはするな。私とて野放しにするつもりはない。要は正当な理由をつけて排除すればよいのだ」
「正当な理由ですか?」
「入学式より二週間。もうすぐ毎年恒例の祭が催されるのだが、今回は私が運営を任されている」
ワイアットはそう告げると、書類の山の中から一枚のチラシを取り出した。
「『創立魔道祭』――そこでは毎年新入生歓迎の意味を込めて学年別魔術対抗戦という大会が行われる。今年は戦闘形式にするつもりだ。『学年別』という枠も外す」
カラフルなチラシを受け取ったファリスは、段々とワイアットの意図が読めてきた。
「釣り針につける餌ならばある。どうせだ。探偵部に〈血染めの十字架〉、他の全知書を狙う雑菌共もそこでまとめて駆除しようではないか」
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