夢見まくら

触手マスター佐堂@美少女

第十八話 怠惰に沈む少女と魔術師の蜜月

 ――気がつくと、わたしはそこにいた。
「…………」
 目を開くが、辺りは一面の闇。
 目を凝らしても、何も見えない。
 耳を澄ましても、何も聞こえない。
 鼻を利かせても、何も臭わない。
 舌に意識を集中させても、何も味がしない。
 視覚も、聴覚も、嗅覚も、味覚も、何の役にも立たなかった。
 ……だが、触覚から得られる情報はあった。
 背中側に直接、コンクリートのような硬くて冷たいものが触れている感触がある。
 どうやら、わたしは地べたに直接仰向けに寝かされているらしい。
 動こうとしたが、体に力が入らない。
 ……わかることは、それだけだった。
 自分が今、どうしてこんなことになっているのか皆目見当がつかない。
「…………」
 ……落ち着け、わたし。
 こういうときは、まず自分のことから確認したほうがいい。
 わたしは前橋皐月。十五歳。地元の公立中学に通う中学三年生で――高峰の一人。
 ……そうやって、自分で自分のことを再確認していく。
(……皐月様? 聞こえますか?)
 皐月様に呼びかけてみるが、反応がない。
「…………」
 そのことに言い知れぬ恐怖感を覚えながらも、ここで目を覚ます前の、自分の直前の行動を思い出そうと、あまり回っていない感じがする頭を必死で回転させ、
「――――!」
 思い出した。
 ――わたしは、屋上から落ちたのだ。
 差出人不明の手紙で屋上に呼び出された。……あのときは告白か何かだと思っていたので、皐月様にも他の誰にも告げず、大して警戒もせずに屋上へ向かったのだ。
 そこで、何か・・に突き落とされて……それで……。
 ……それでも一応生きているということは、ここは、
(病院……なのかな?)
 そう当たりをつける。
 だが、ここが病院だとすると不可解な点がある。
 背中側に触れている、冷たいコンクリートのような感触のことだ。
 普通、病院なら患者はベッドに寝かされているはずだ。
 間違っても、こんな硬くて冷たいモノの上に寝かされたりはしないだろう。
 ……楽観的に考えれば、あまりに寝相が悪くてベッドから転げ落ちた、という可能性もなくはない。
 だが、わたしの本能がその考えを是としなかった。
 わたしは……一応、高峰皐月だ。
 襲われる理由など、それだけで十分だった。

 おそらく、わたしは生きたまま拉致監禁されている。

「…………」
 しかも何故か、いつもわたしの中にいた皐月様とコンタクトを取ることもできないようだ。
 これはどう考えてもおかしい。
 皐月様がわたしの呼びかけに応じないことなど、今まで一度としてなかったのだ。
 皐月様がわたしの呼びかけに応じない理由はわからないが、皐月様がいないわたしの強さなど、たかが知れている。
 今、自分がどのような状態にあるのかわからない以上、皐月様に協力を仰ぐのが最良の選択肢だろう。
 そう結論づけたわたしは、皐月様への呼びかけを続けることにした。


 ◇


 ……皐月様への呼びかけを続けている間に、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
 相変わらず、皐月様の反応はない。
 ……最悪の可能性が頭をよぎる。
 皐月様はもう、わたしの中にはいらっしゃらないのではないか、と。
 ……いや、ありえない。
 高峰が転生先の肉体から消えることなど、決してない。
 必ず、わたしの中にいるはずだ。
 そんなことを考えていた時だった。
「――!」
 扉が開くような音がした。
 同時に、何者かの足音も。

「やぁ。はじめまして、サツキ」

 緊張で身を固めていたわたしの耳に届いたのは、男の声だった。
「…………」
 ……わたしの推測が正しければ、この男は高峰に敵対する人間だということになる。
 わたしが、どう返事したものか、と考えを巡らせていると、男が再び口を開いた。
「……聞こえていないのか、無視されているのか、ワタシの日本語が通じていないのか、あるいはワタシの……」
 男は、わたしが言葉を口にしないと思われる原因を抑揚のない声で羅列していく。
 その様子に少し危険なものを感じたわたしは、とりあえず言葉が通じている旨を伝えようと思って、
「……あ、あ……の……」
 ――わたしはここで、初めてその違和感・・・・・に気付いた。

 声が、うまく出せない。

「――『はい』か『いいえ』で答えなさい」
 男がわたしに尋ねる。
「ワタシの言葉が聞こえるかね? 意味が通じているかね?」
「…………は……い」
 わたしの声は、本当にこれが自分の声なのか疑ってしまうほど掠れていた。
 だが、男にとっては、わたしの『はい』という返事だけで十分だったようだ。
「ふむ。どうやら音は拾えているようだねェ。発声練習が必要か……」
 ……今、聞きなれない言葉が聞こえた。
 発声練習?
 どういうことだろうか。
 喉に何かされたのだろうか。
 ……その割に、声がハッキリと発音できないだけで、その他に痛みなどの違和感らしい違和感はないので、おそらく喉を潰されたりはしていないと思うのだが。
しばらくはそこで発声練習をしているといい。時間はたっぷりあるのだからねェ」
 そう言い残して、扉が開く音と共に、男が去っていく気配がした。
「…………」
 一人きりになった部屋の中で考える。
 さっきの落ち着き払った様子からして、あの男が、わたしを突き落とした人間と同一人物である可能性は、かなり高い。
 あの男が、皐月様に呼びかけても返事がないことに関係しているのか。
 ここはどこなのか。
 あの男は誰なのか。
 わたしの身体が今どういう状態なのか……など、聞きたいことは山ほどある。
 何にせよ、身体をまったく動かすことができない以上、わたしがまともに話せるようにならない限り、あの男から何の情報も引き出すことは出来ないのだ。
 それを考えると、発声練習をするというのは妥当な判断に思える。
「……よ…………し」
 よし、を言うだけでここまで時間がかかっていては、まともな会話など望めるはずもない。
 わたしは、発声練習をすることにした。


 ◇


 発声練習を始めてから、体感時間で数日が経った頃。
 再び扉が開く音が聞こえ、あの男がやって来た。
「おはよう。気分はどうかね?」
 言いながら、何かに腰掛けるような音が聞こえた。
 どうやら、この部屋には椅子のようなものもあるらしい。
「……おはよう、ございます」
 わたしはずっと発声練習をつづけ、会話をする上でほとんど問題ないほどまでに回復していた。
「おお、もう話せるようになったのかね。素晴らしいことだ」
 男は少し感心したような声を出した。
 ……注意深く聞くと、この男の日本語は少し変だ。外国人かもしれない。
「あの……」
「何かね?」
 男の声からは、ワタシに対する好意のようなものが感じられた。
「……色々と聞きたいことはあるのですが、まずはあなたのお名前を教えていただけませんか?」
 今のままでは情報が足りなさすぎる。
 相手のことを、少しでも知らなければ。
「勿論、構わないとも」
 男は咳払いをしてから、言った。
「ワタシの名前はヨーゼフ・カレンベルク。ヨーゼフさんと呼んでくれたまえ」
 やはり、日本人ではなかった。
 ……しかし、ヨーゼフ。
 ヨーゼフねぇ……。
「なんか、どっかの犬みたいな名前ですね」
「……犬? 日本では、犬にヨーゼフという名前をつけることが多いのかね?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど」
 アルプスの少女を知らないのか。
 どうやら、日本のサブカルチャーには疎いらしい。
「よくわからないが……とにかくワタシの名前はヨーゼフだよ」
 男――ヨーゼフは、わたしの言葉に対して少し釈然としない様子だったが、気にするほどのことでもないと判断したらしい。
 ……なら、質問の続きをさせてもらおう。
「ヨーゼフさん」
「何かね?」
「ここ、病院……じゃないですよね?」
「ああ。ワタシの家だよ。より正確に言うなら、日本にあるワタシの別荘だねェ」
 家。別荘。
 動かない身体。
「……つまり、わたしは今、あなたに拉致監禁されているという認識でいいんですかね?」
「ああ、その認識で問題ないとも」
 何の躊躇もなく、ヨーゼフはわたしを監禁していることを認めた。
「では、解放していただくことは可能でしょうか?」
「無理だねェ。ワタシの目的を達成するために、キミを監禁し続けることは必要不可欠なのだよ」
「あなたの、目的?」
 ヨーゼフは「ああ」と言ってから、

「ワタシは魔術師だよ。サツキ」

「――――ッ!?」
 この男が、魔術師。
 よりによって、魔術師。
「キミはワタシの目的を達成する上で非常に重要な存在だからねェ。手荒に扱ったりなどしないとも」
 魔術師が、高峰を生け捕りにし、監禁する。
 それが意味することは――
「あなたまさか、高峰の超能力を……」
「…………」
 ヨーゼフは沈黙している。
「……喋らないですよ?」
 あまり舐めてもらっては困る。
 わたしにだってプライドというものがあるのだ。
 魔術師相手に、そう簡単に口を割ったりするものか。

「あはははは」

 ヨーゼフは笑っていた。
 何か面白いことを見たような、聞いたような、普通で、温かみのある笑い方だった。
「何がおかしいんですか」
「いやいや、キミから何か重要なことを聞きだせるなどとは思っていないとも」
「…………」
「キミがどこまで高峰について知っているのかは知らないが、不完全な高峰だったキミよりも、我々のほうがより多くの情報を持っていることは明白だ。それに――」
 そこでヨーゼフは一度言葉を切って、
「――我々の知らない情報を得たいなら、高峰皐月のほうが適しているしねェ」
「っ!?」
 わたしの動揺を読み取ったのか、ヨーゼフは諭すような口調で、

「ああ、安心したまえ。もう、キミの中に高峰皐月はいない」

「――――」
 そんなことを、言った。
「……え?」
「他でもない、キミが一番理解しているのではないのかね?」
 ヨーゼフはどこまでも優しげな口調で、告げる。
「キミの中にはもう、高峰皐月はいない。彼女には別室を与えてある」
 ――わけが、わからなかった。
「……だって、そんな……こと、どうやって」
 呼びかけに応じない時点で、おかしいとは思っていた。
 だが、わたしの中にもう皐月様がいらっしゃらないなど到底受け入れられるものではない。
 いや、問題はそこではない。
 今、ヨーゼフは何と言った?

 彼女には・・・・別室を与えてある・・・・・・・・

 高峰皐月に肉体はない。
 肉体が存在しないのに、別室を与えてある、というのは意味のわからない発言である。
 そもそも、高峰を転生先の肉体から分離させる方法など、存在しないはずなのだ。
「ワタシが、その方法をキミに喋るはずないだろう」
 さて、と言ってヨーゼフが立ち上がる気配がした。
「高峰という害虫が取り除かれた今のキミは、ワタシにとって客人のようなものだ。楽にしているといい」
 そして、心の底からわたしを慈しむような声色で、


「――ここに、キミを苦しめるモノは何もないのだよ、サツキ」


 その言葉に、わたしの中の何かが、揺れた。


 ◇


 ヨーゼフは、それからも毎日わたしのところにやってきた。

「……ふむ?」
 ヨーゼフの指らしきものが、わたしの目元に触れる。
「目を開いている感覚はあるのかね?」
「え? あ、はい」
「ふむ。しかし、キミの目は閉じたままなのだが」
「え?」
「どうやら、まだまだ馴染んで・・・・はいないようだねェ」
「……それは、感覚がうまく繋がっていない、とか、そういうことでしょうか?」
「恐らくは。……満足に動かせるのは今のところ口だけか。まあ、それも仕方ないことかねェ。動かしたくても動かし方がわからないか」


 ◇


「あのー、おしっことかはどうすれば……」
「そこでいくら出してくれても構わないよ」
「女子中学生に何言ってるんですかあなた!?」
「何を今更。だいたいキミ、前からずっと全裸じゃないかね」
「え!?」
 裸なのか、わたし!?
「というか、このまま出したら床汚れますよ」
「ああ、それは問題ない。言っていなかったかね? キミは床の上に直接寝転がっているわけではないのだよ」
「……え?」
 嫌な予感がした。
「キミが今乗っているそれは、こちらで言う……あー、何だったか……」
 ヨーゼフは適当な言葉を脳内で探していたようだったが、すぐに思い出したようで、
「そうそう、おまる・・・のようなものだからねェ」

 恥ずかしすぎて死にたくなった。


 ◇


「ヨーゼフさーん」
「どうしたのかね、サツキ? ……ああ、お腹が減ったのだね。ちょっと待っていなさい」
 少しして、口元に何かが当たる感触があった。
「口を開けなさい、サツキ」
「あ、ありがとうございます」
 口を開けて、入れられたモノを咀嚼する。
 今日のメニューは野菜炒めだ。
「……おいひいでふおいしいです
「それはよかった」
「お水もいただけますか?」
「……あまり急がないで、ゆっくり飲みなさい」
「はーい」


 ◇


 この部屋で目が覚めて、半年ほどが経過した。

 わたしは、ヨーゼフさんと仲良くなっていた。

 わたしには、まったくと言っていいほど、やることがない。
 その代わり、時間ならいくらでもあった。
 中学生だった頃とは真逆だ。
 そしてヨーゼフさんは、わたしに娯楽を与えることを躊躇しなかった。
 テレビ。
 音楽。
 ヨーゼフさんの話。
 それらは常にわたしの退屈を紛らわしてくれた。
 目が見えないせいで映像は見れなかったものの、テレビのおかげで、今、世の中がどうなっているのか中学生の頃よりも詳しくなっているほどだった。
 ヨーゼフさんは、寝るとき以外ほとんどずっとわたしと一緒にいた。

 そして、今日も。

「日本の音楽は実に興味深いねェ」
 部屋の中でヨーゼフさんが何かの曲を流しながら、わたしに話しかける。
「ヨーゼフさんって、ヨーロッパのほうの生まれなんですよね? もしかして、音楽も嗜んでたりするんですか?」
「ああ、実はワタシもたまーに演奏するのだがねェ……どうにもしっくりこないときが多いのだよ」
「演奏!? すごい! 今度やってくださいよ!」
「もちろん構わないとも。少し準備に時間はもらうけどねェ」
「ありがとうヨーゼフさん! あー、楽しみだなぁー!」
「ははは。まあ、楽しみにしていたまえ」
 わたしが笑い、ヨーゼフさんも笑う。
 部屋の中は、温かな空気で包まれていた。


 ◇


 正直に言おう。

 ヨーゼフと過ごしたあの日々は、幸せだった。

 わたしは、ずっと、孤独だった。
 『高峰皐月』としてのわたしを知っている者たちは皆、“わたし”のことを“高峰皐月”として扱った。
 一番身近な存在であるはずの、親ですら。
 他の親類など、言うまでもない。
 わたしと本当の意味で親しくしてくれる者など、いなかった。

 そんなとき、海斗と出会った。

 海斗は、わたしとずっと一緒にいてくれた。
 海斗と一緒にいない日など、ほとんどなかった。
 海斗の友達たちとも一緒に、鬼ごっこしたり、かくれんぼしたり、ゲームしたりした。
 海斗たちと一緒に、たくさん、たくさん遊んだ。
 わたしは、ひとりじゃなくなったのだ。
 海斗がわたしを孤独から救い出してくれたのだ。
 海斗のことが大好きだった。
 ずっとずっと一緒にいられるのだと思っていた。

 ……海斗が、小学生だった頃は。

 海斗は中学生になったのを境に、急に疎遠になった。
 寂しかった。
 どうして海斗がわたしを避けるようになったのかわからなかった。
 わたしが何か悪いことをしたのか。
 わたしが何か気に入らないことをしたのか。
 わからなくて、何もわからなくて、辛くて、悲しくて、いっぱい泣いた。
 そしてそのまま、わたしも中学生になった。
 だが、小さい頃から海斗に依存しきっていたわたしに、心から信頼できる新しい友達など作れるはずもなかった。

 そうして、わたしはまた、ひとりになった。


 高峰としてのわたしに過度な期待をかける親も。
 高峰としてのわたしの能力の低さを嗤う奴らも。
 物心ついた頃からわたしの中にいた高峰皐月も。
 ……わたしの前から姿を消した、幼なじみも。
 わたしを悲しい気持ちにさせる人間が、わたしを苦しめる人間が、誰もいないあの部屋は、まさにわたしにとっての楽園だったのだ。
 そして、わたしのことを慈しみ、わたしとずっと一緒にいてくれるヨーゼフに心を許してしまった。
 ……ああ。
 本当に楽だった。


 何も考えずに、怠惰に沈んでいるのは。


 わたしは、ヨーゼフ・カレンベルクという人間を、まったく理解していなかった。
 あいつが何者なのか忘れていた。
 どうしてわたしにここまでしてくれるのか、まったく考えなかった。
 忘れていたほうが、考えないほうが、楽だったから。

 ――でも、怠惰のツケは必ず回ってくるのだ。
 そして、あの頃のわたしは、そんなことにすら目を背けていたのだ。

 ……あの日。
 わたしの目が、再び見えるようになった、あの日から。


 楽園は、地獄に変わった。

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