夢見まくら

触手マスター佐堂@美少女

第十一話 お姉さんの警告

「……何一つ、知らない?」
 俺はお姉さんに聞き返す。
「ええ。あ、海斗さんを責めているわけではないんですよ。ただ、意外でした。皐月が、自分のことをあなたに何一つ話さなかったことは」
 そう言うと、お姉さんは考え込むようなしぐさを見せた。
「……すみません。何一つ知らないなんていうのは言い過ぎでした。ご気分を害されましたよね」
「いや、大丈夫ですよ。……それに、俺が皐月のことをあんまり知らないというのは事実ですし」
 ちょっとムッとしたのも事実だが。
「そう言って頂けて安心しました。……海斗さんのお話を聞いて、少し私の話す内容を増やさなければいけないと思いました。海斗さん、約束して欲しいことがあります」
「何ですか?」
「これから私の話すことは、全て事実です。どうか信じて下さい」
「……そんな前置きをしないといけないほどややこしいんですか? 皐月の話は」
 お姉さんは頷いた。
「そうですね。少なくとも、この現代社会で生きている人間なら、私の話を荒唐無稽なものとして笑うか、私の頭がおかしいと思うでしょうね」
「分かりました。信じます」
「……随分と早い返事ですね。私があなたを騙すかもしれない、とは思わないのですか?」
「俺を騙そうとしている人なら、そんなことわざわざ聞かないと思いますけど……というか前置きが長過ぎますよお姉さん。俺はもうとっくに覚悟してます。お姉さんの口から皐月についてのどんな言葉が出てきても、それを事実だと受け止める覚悟を」
「……そうですか。いえ、そうですよね。すいません、年を取るとどうにも前置きが長くなってしまいましてね。では、まず皐月が今現在置かれている状況についてお教えします」
「その前に、何で今日は皐月じゃなくてお姉さんが俺の夢に出てきたのか、教えてもらえませんか?」
「それについても、ちゃんと後でお話しますので、ご安心ください」
「……わかりました」
 正直、先にそっちの方を知りたかったが、仕方ない。おとなしくお姉さんの話を聞くことにしよう。
 お姉さんは、さっきまでとは異なる、鋭い眼差しを俺に向けて、言った。
「前橋皐月は、今は生きています」
 その言葉を聞いて、俺は安堵した。
 生きている、ということは、皐月は自殺なんてしなかったということだ。……そうだ、よく考えたら皐月の葬式で遺体は出てこなかった。あの時は、遺体の損壊が激しかったせいだと思っていたが……皐月が死んだことにしたほうが、都合がいい人間がいたということか? 一体誰が?
 だが、すぐに気付く。
「……ちょっと待って下さいお姉さん。あなた今、今は生きている・・・・・・・って言いました?」
「はい、そう言いました。皐月は間違いなく、屋上から飛び降りたあの時、一度死にました」
「……どういう、ことですか?」
 意味が、わからなかった。
「つまり、皐月は一度自ら命を断ち、再びこの世に呼び戻された、ということです」
 …………は?
「…………すいません、ちょっと理解が追いついてなくて……え?」
 何言ってるんだこの人?
「そう思うのも無理はないと思います。しかし、私は実際にあったことを話しているんです」
 今さりげなく読心された。
「……じゃあ、とりあえず、皐月は今は生きているんですね?」
「はい。生きています」
 ……落ち着け。深呼吸だ。
「……俺は、まさかとは思ってましたけど、てっきり幽霊とか、そういう類のものなのかなと思っていました」
「なるほど。そう言うということは、海斗さんは私に会う前から皐月の存在を近くに感じていたということですか?」
「最近はほとんど夢に出てきてましたから。しかも内容が繋がって。夢の内容が三日も連続して繋がるなんて、まずあり得ないと思いますし……明らかにおかしいと思う出来事もありましたしね」
「それは、どんな?」
「確か、皐月の夢を見始めた最初の日に、二人で肉じゃがを作ったんですよ。もちろん夢の中の出来事です。俺は肉じゃがの作り方を知らなかったので、皐月に教えてもらいました。それはもう、一から全部、懇切丁寧に。でも、これって変ですよね? 俺が知らない肉じゃがの作り方を、夢に見るなんて。後で肉じゃがの作り方を調べてみたら、皐月に教えてもらったのとほとんど同じでした」
「……なるほど。自分が知らないはずのことを、夢に見た、と。確かにおかしいですね」
「はい」
「海斗さんは既に気付いていると思いますが、皐月には、他人の夢に干渉できる力があるんです。超能力の一種と考えて頂ければ問題ないかと。あ、ちなみに私にもこの能力はあります」
「他人の夢に、干渉できる力……」
「ええ。海斗さんが見た夢は、ほぼ間違いなく皐月によって操作されたものかと思われます」
「……なるほど」
 突飛もない話だが、なぜか納得できる部分のほうが多いと思った。お姉さんが皐月と同じような力を持っている、というのも。その力が無ければ、俺はお姉さんとこうして話すことはできなかっただろうから。
 でも、よかった。皐月は生きてるんだ。それを知ることができただけでも、この人の話を聞いてよかったと心底思う。
「……しかし、この世に呼び戻された、というのはどういうことなんですか? あと、生きてるなら何で俺の前に姿を現さないんでしょうか?」
 お姉さんはさらっと言ったが、死んだ人間を蘇らせる方法なんて、現代でも、もちろん存在しない技術のはずだ。
 また、夢に出てくるくらいなら、リアルで会ったほうが色々と都合がいいのではないだろうか。……そうでもないか?
「……なぜ、この世に皐月が呼び戻されたのか。それについては、正直、私にもわからないんです」
 お姉さんは、慎重に言葉を選んでいるように見える。
「手違い、というのが何より正しい答えなのかもしれません」
 ……少し、怪しい。
 本当は、お姉さんはまだ何か隠していることがあるんじゃないか。
 だが、それについて言及できる立場に、俺はいなかった。
「そもそも、さっきから簡単に言っていますが、死んだ人間を蘇らせることが可能なんですか? 俺の知ってる限り、そんなことは絶対に不可能だと思うんですが」
「もちろん、現代の医療技術で死んだ人間を蘇らせることは不可能です。皐月の夢のことがあるので、既にお察ししていると思いますが、この世界には科学では全く解明できていない力が、数多く存在します。皐月の、夢に干渉できる力もその一つです。皐月がこの世に呼び戻された方法も、科学技術とはかけ離れた外法と呼ばれるものであると思われます」
「その方法でなら、死んだ人間を、蘇らせることができると?」
 そんな俺の問いに、お姉さんは淀みなく答える。
「死んだ人間を、人間として・・・・・蘇らせることは、絶対に不可能です」
 ……何だって?
「…………それは、どういうことですか?」
「わかりませんか?」
 ……わかりたくなかった。
 わかってしまったら、さっきの皐月が生きていると知ったときの喜びが、無駄になる。そんな気がした。
 だが、無情にも、真実は告げられる。

「今生きている前橋皐月は、もう人間ではないということです」

「……人間じゃ、ない?」
 口の中がカラカラに乾いていた。
「ええ。言い方は悪いですが、今の皐月の姿は、化物そのものです。できるなら、皐月の姿は見ないであげてください。あの子も、あなたに自分の姿を見られることを望んでいませんので」
 つまり、俺に見られたくないほどにひどい姿をしているということ。
「……そういう、ことか……」
 会いたくても、会いに来られなかったのか。
 今の自分の姿を、俺に見られたくないから。
 いや、それだけじゃない。具体的にどんな姿をしているのかはわからないが、化物の姿では満足に外出もできなかっただろう。
「皐月は、夢の中なら自分の姿を好きなように変えることもできるはずです。海斗さんが今まで夢の中で見てきた皐月は、仮の姿だったというわけです」
「仮の、姿……」
 そういうことに、なるのか。
 そうだよな。
「大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが」
 お姉さんが俺を気遣う言葉をかけてくる。
「大丈夫です。ただ……俺って本当に皐月のこと、知らなかったんだなって、考えてました」
「……後悔、していませんか? 私の話を聞いたことを」
「後悔なんて、するわけないですよ。これでまた、皐月に一歩近づけたんですから」
 そうですか、とお姉さんは言って、
「……最後に、正直、私があなたにここまで話していいのか悩みましたが、お話ししたいことがあります」
「……何ですか?」
 正直、色々なことを言われ過ぎて、頭がオーバーヒートしているようだ。今なら何を言われても驚かないような気さえする。

「海斗さん。このままだと、あなたは明日、死にます」

「……え?」
 今何て言ったこの人。
「このままなら、あなたは明日死ぬ。そう言いました」
「……明日死ぬって……ええ? ……何でそんなことがわかるんですか?」
 俺は狼狽していた。
「いや、実は私が直接見た訳じゃないんです。皐月があなたの死を見たんです」
「皐月が?」
「ええ。先ほど、皐月には他人の夢に干渉できる力があることは話しましたよね?」
「はい」
 それはさっき聞いた。
「実は、皐月の力は他にもあります。いや、ありました、の方が適切でしょうか」
「夢に干渉できる力の、他にも?」
「そうです。その力のうちの一つが、未来予知能力です」
「未来予知能力……つまり、それで俺が明日死ぬ未来が見えたと?」
「はっきりしたものは見えなかったようですが。ただ、寿命でもなければ事故死でもなく、他殺です。だからこそ、皐月はあなたを助けるために、夢に干渉する力を使って、あなたに近づいたのです」
 皐月が俺を助けるために動いてくれたのは素直に嬉しく思う。
 ……でも正直、信じられない気持ちが強い。誰かに殺されるようなレベルの恨みを買った憶えは無いし。
「私と皐月は、海斗さんの友人の中に、海斗さんに恨みを持つ人物がいると考えています」
「え?」
 ……それは、もしかして。
「ええ。つまり、海斗さんと一緒にキャンプに来ている、服部さん、佐原さん、二条さんのうちの誰かが――」
「あいつらはそんなことをする人間じゃない!」
 俺は声を荒げていた。
「あ……すいません」
「……いえ、こちらこそ、すみませんでした。ですが、覚えておいてください。皐月の、あなたを死なせたくないという想いは、間違いなく本物だということを」
 さて、と言って、お姉さんは立ち上がった。
「何とか時間内に話し終えることができました。海斗さん、本当にありがとうございました」
「時間内……ああ、もう朝が近いのか」
「そういうことです。最後にあなたと話せてよかった」
「……最後って」
「最後ですよ。明日には全て終わるんですから」
「……それは、どういう意味ですか?」
「だから、皐月はもう…………きれ……」
 お姉さんの姿が、一瞬ブレた。
「え? ……すいません、よく聞こえな……」
 次の瞬間。
 お姉さんの姿が、消えた。
 どうやら、時間が来てしまったらしい。
「……っ」
 そして、俺の意識も深い闇の底に沈んでいった。

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