夢見まくら

触手マスター佐堂@美少女

第九話 休息と最後の晩餐

 1mほどの段差を下り、湖のほとりに辿り着いた。辿り着いたと言っても、段差から水辺までは10mも離れていないが。
 この辺りにはそんなに大きな木が無いからだろうか、蝉の鳴き声が遠くに聞こえる。水面は太陽の光を反射して、キラキラと輝いていた。
 湖のすぐそばまで来てみて気付いたが、何故か少しだけ波がある。どこかで海と繋がっているのだろう。
 ……それでは湖と呼ぶのは語弊があるような。まあいいか。
「なぁ」
「ん? どうした服部?」
「あの人、何してんだろ?」
 服部の指差す方向を見ると、浜辺で女性がしゃがんでいるのを見つけた。
 麦わら帽子をかぶっているので顔は見えないが、亜麻色のショートヘアーで、黒いサンダルに白いワンピースという、非常に簡単な服装である。
 手元で何かやっているようだが、ここからではよく見えない。
「お前らはここで待っててくれるか? ちょっと話しかけてくる」
「お、早速ナンパか。成功を願ってるぞ」
 佐原が茶化す。
「いや、単純に何してるのか気になっただけだよ。こんな大人数でいきなり行ったらびっくりされるだろ」
「……お前って変なところで気いつかうよな」
「そうか?」
 まあ何でもいい。
 けっこう五月蝿くしていた自覚はあるが、女性がこちらに気づいた様子はない。
 近づいて見ると、思ったより小柄のようだ。高校生、下手したら中学生の可能性すらある。
「えい……ほー」
 謎の言葉を呟く女性の足元には、モゾモゾと動く指先ほどの大きさの甲殻類の姿があった。
 ヤドカリである。
 周りの小石を集めて、壁のようにして周りを囲い、その中にヤドカリを閉じ込めているようだ。
 その小石の要塞とも呼べなくもない空間の中で、ヤドカリと女性の指が熱戦を繰り広げていた。
 女性の指がヤドカリを押すと、ヤドカリは住まいである貝の中に戻っていく。
 しばらくして、ヤドカリが周囲の安全を確認するかのように顔を出し、もそもそと外に出てくる。
 そして、また女性の指がヤドカリを押す。
 ……そんな、不毛とも言える動作を、何度も何度も繰り返していた。
 これ、声かけて大丈夫なのかな、俺? 大丈夫だよね? ちょっと暇だからヤドカリと戯れてるだけの普通の女の子だよね?
 そんなことを考えていると、
「ねえ、キミ。こんなとこで何してるの?」
 ……二条に先を越された。華麗に。
「わっ!」
 その声に驚いたのか、女性はバランスを崩し、彼女が築き上げた要塞に突っ込んだ。麦わら帽子も宙を舞う。
 その隙を突いて、ヤドカリが湖のほうへ逃げていく。
「あー! ちょっと待ってよ!」
 女性が手を伸ばしたが、もう遅い。
 ヤドカリは波に呑まれ、湖の中へと消えていった。
「……あー、何だ、その……ごめんな?」
 二条は少しバツが悪そうにしている。
「……いえ、大丈夫です。わざとじゃなかったんでしょう?」
 そう言って、いや、言い繕って帽子を拾いながら微笑む彼女の顔を、俺は初めて見た。
 少し幼さを残しながらも、整った顔立ちをしている。
 かくして、俺たちとその女性は出会ったのだった。


 ◇


前田まえだ玲子れいこと申します。以後お見知り置きを」
「何でそんなかしこまった言い方なのかよくわからないけれど、俺は二条琢。こっちの中肉中背が兼家海斗。ガタイのいいツンツン頭が服部翔太。あ、服部は彼女持ちだから名前覚えなくていいよー。て、このひょろ長いのが佐原太陽だ」
「えーと、二条さんに兼家さん、佐原さんですね、覚えました!」
「いや待って俺の名前入ってないから玲子ちゃん」
「うるさいぞ服部リア充。何さりげに名前で呼んでやがる。爆発しろ。迅速かつ丁寧に爆発しろ」
「今日はいつになく攻撃的ですね海斗君!」
「おっと、すまん。何かイライラして、つい……」
 自分でもどうしてなのかわからないが、何かこの前田玲子という少女に、思うところがあるのは確かだ。
 というかぶっちゃけ、玲子さんが好みのタイプなのである。
 それが、他の男と楽しそうに話していれば、気分が悪いだろう。
 ……うん、小さいな、俺よ。
「えっと……服部、リア充さんですね、覚えました」
「ああ」
「腹立つから肯定するなよ」
「海斗が言い出したのに!」
「……なんか、息ピッタリですね」
「今日は海斗のテンションが高いからな。いつもはもっとこう……陰気な感じ?」
「誤解を与えるようなことを言うのはやめたまえよ佐原ぁ君」
「事実だろ」
「そういえば、玲子ちゃんは一緒に来た友達とかいないの?」
「……あー、私はこの近くに住んでるので、ここへはよくお散歩しに来るんです。二条さん達は旅行ですか?」
「おう、正確に言うとキャンプにな。主催はそこのリア充だ。あ、昼飯食べた? まだ食べてないなら一緒にどう? 金なら服部が出すからさ」
「割り勘な」
 恐ろしい勢いで二条が攻める。服部の一言は二条の中で無視されたようだ。
「あ、いや、もう帰らないといけないので……すいません」
「そうかー。俺らあと二日はこの辺にいるから、もしよかったら声かけてよ」
「はい。それじゃあ、また明日に」
 玲子さんが微笑む。
「おう、じゃあな」
 二条の甘いフェイスとその他三人に見送られながら、玲子さんはその場を後にした。
「……散歩するには少し暑過ぎる気もするが、そこんとこどうなんだろ?」
「麦わらガードがあるし、水辺だし、割と大丈夫なんじゃね? つか海斗、そんなにあの娘のこと気になるのか?」
「気にならないと言うと嘘になるな。……玲子さんずっとお前と喋ってたけど」
「おお! ついにうちの童貞野郎海斗ちゃんにも春がやって来たのね!」
「少し黙ろうか佐原ぁ君」
 何だよ春がやって来たって。ちょっと気になる女の子と知り合っただけだろ。主に二条が。
 あと童貞童貞うるさい。
「琢じゃないけど、そろそろ昼飯食べようぜ。腹減ったわ」
「さんせーい」
 服部の提案はすぐに可決された。
「じゃあ、近くまで車出すか」


 ◇


 その後、昼食を食べた俺たちは、日頃の鬱憤を晴らすかのごとく遊んだ。第一回四人対抗のボートレースは、二条が勝利を収めた。ガタイのいい服部が二条に苦戦していたのは意外だった。
 大騒ぎする俺たちの近くでゆっくりボートを漕いでいたカップルの視線が痛かったが、気にしないことにした。
 服部が持ってきたものの中には、釣り用具もあったので、俺と佐原は釣りも楽しんだ。……ちっちゃいフグばかり釣れて、食事の足しにはならなかったが。
 つつくと膨れるのが面白くて何度もやってしまったが、フグにしてみればいい迷惑だったに違いない。もちろん釣ったフグは全てリリースした。
 ちなみに、服部と二条はまだボートを漕いでいるようだ。あいつらのタフさには恐れ入る。何時間漕いでるんだよ……。
 釣り用具を片付けた俺たちは、夕日を受けて茜色に染まる湖を見つめている。周りを見ると、先ほどのカップルがいた。奴らも湖を見ているようだ。女のほうがやたらとはしゃいでいた。……遠くのほうでばちゃばちゃやっている二人の男がいなければもっといい絵になったに違いない。
「そろそろあいつら呼んでこないとな。佐原、俺あいつら呼んでくるから野菜とか出しといて」
「ああ」
 佐原の返事を聞いた俺は、服部と二条を迎えに行こうと……いや、叫んだほうがいいか? あそこまでボートて行くのなんて面倒臭いしなぁ……。
「……なぁ、海斗」
「ん? どうした?」
「……野菜ってクーラーボックスに入ってるんだよな?」
「ああ。つか他に入れるようなところ無いだろ」
「そうだよな……わかった」
 ……気のせいか?
 今、一瞬佐原が言葉に詰まったように見えたような。
 ……まあいいや。さっさと服部と二条を呼んでこよう。


 ◇


「キャンプを知らない奴は、人生の半分を無駄にしていると思うんだ」
「……どうした急に」
 夕食であるバーベキューを心ゆくまで堪能し、しっかりと片付けを終えた俺たちは、安物の発泡酒を飲んでいた。
「満天の星空。虫の鳴き声。波の音。それ以外何も聞こえない。人がたくさんいる場所じゃ決して味わえないものだと思わないか?」
 服部がいつになく饒舌だ。酔いが回ってきたのだろうか。確かに蚊がまとわりついてくる以外は快適だ。気温も夜になってだいぶ下がった。
「おいおい、まだまだ宵の口だぞ。酔うには早いと思うが」
 二条が小馬鹿にしたように笑うが、俺にはどうしても機嫌が良さそうにしか見えない。
「おい佐原、大丈夫か?」
「らいじょうぶれすよぉ〜」
 隣を見ると、ベロンベロンに酔った佐原がいる。目の焦点が合っていないし、呂律も回っていない。……これ割とマズイんじゃないだろうか。
「俺ちょっとトイレいって来るわ」
 そう言って服部が立ち上がる。
「なんだ? 吐きそうなのか?」
「いや。腹の調子が怪しい」
「いってらー」
 俺がひらひらと手を振ると、服部は小走りでトイレに向かった。……さっきまで星空がどうとか言っていたのが嘘のようだ。
「海斗。昼間会った女のことだが」
「……? 急にどうした、二条」
「あの女には注意してくれ。あれからは妙な感じがした」
「……え? あの人幽霊だったの?」
「いや、そういうわけじゃないが……あー、まぁいいや。忘れてくれ」
「えー……めちゃ気になるんだけど」
「アタックするのは好きにすればいいが、手痛く噛まれないように注意しろってことだ」
「ますますわからん……」
 そうか、と二条は呟いて、
「あ、ここだけの話だが、服部に背後霊憑いてるんだぜ? スタンド使いの素質あるなアイツ」
「話題の切り替え早過ぎィ! あとさらっと恐ろしいこといってんじゃねーよ俺今日は服部の隣に寝るんだぞ!」
「だから言ったんじゃねーか」
「くっ! この悪魔め!」
 そうこうしているうちに、トイレから服部が戻ってきた。佐原も少しは酔いが覚めたようだ。
「よし、まだまだいけるな! 飲めーじゃんじゃん飲めー」
「げほっげほっ! ちょ、やめろ二条! そんなに入らないから、ちょ、やめーー」
「あはははは! 根性見せろやぁ!」
 バカたちが大騒ぎしながらも、夜は更けていく。


 そして、この晩餐が、彼ら四人が食事を共にする最後の機会となった。


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