夢見まくら

触手マスター佐堂@美少女

第二話 図書館にて

 時計のアラームで目が覚めた。急いで騒音の元を止める。
 毎朝思うが、いちいちうるさくてたまらない。もう少しマシな起こし方はないものか。寝起きでまだぼんやりしている中で、ふとそんなことを思った。
「……あれ」
 そういえば皐月がいない。もう家に帰ったのだろうか。書き置きぐらい残していってもよさそうなものだが……。
 と、そこまで考えて気づいた。
 携帯のカレンダーを見てみる。表示された日付けは七月二十四日だった。夏祭りに行ったのは七月二十三日だ。つまり……。
「……夢か」
 なんてベタな。
 そうだ。冷静に考えて、あれが現実であるはずがない。

 前橋皐月はもう、この世にはいないのだから。

「しかし、夢にしてはえらくリアルだったな。一応自分で考えて行動してたような気がする」
 俗にいう明晰夢、ってやつかね? 詳しくは知らないが。
 とりあえずだるいのは、夢の中でバイトをしたのに見返りが何ひとつとしてないことだ。せこいとか言うな。
 今はバイトしてないんだから、夢の中でも気付けよ俺、とも思う。
「……今度同じような夢見たら絶対バイトはサボる」
 誰もいない部屋の中心で、俺は密かに決断したのだった。


 ◇


「オッス! オラ佐原さはら! よろしくな!」
「知ってるから。何回聞いたかわからないぐらい繰り返し言ってるからそのセリフ」
 俺は夏季休暇の課題であるレポートを作成するために、k大の図書館の三階に来ていた。
 k大の図書館は四階建てでかなり広い。蔵書も多く、学生が自習できるスペースや、許可制でパソコンが使用できる部屋もあり、なかなか充実した場所である。夏季休暇なので、俺と同じような目的でここを訪れたであろう学生の姿もちらほら見られた。
 ……その中に見慣れた顔を見つけ、話しかけてしまったのが運の尽きだった。
「いやーまさか海斗も課題をやりに図書館に来るとは。ここだけの話、海斗は課題とかやらない派の人間だと思ってたぜ」
「中学のときはやってなかったな。なんたら病ってやつだ。大学は単位取らないとどうにもならないしな」
「そこなんだよ! 講義ならスマホ弄ってたら終わるんだけど、課題はそうはいかないからなー。さっさとやっておくに越したことはない」
 スマホ云々のくだりで言っていることは最悪だったが、確かにその通りだ。
「で、今日は何の課題を持ってきたんだ?」
 俺がそう聞くと、佐原は得意げな顔で言った。
「ふっ。聞いて驚くなよ海斗! 何と俺は、教授から俺だけのための特別な課題をもらっているのだ!」
「特別な課題? なんだそれ」
「いやー、教授にもらったんだよ! 俺があまりにも賢すぎるからって」
 ……怪しすぎる。あと教授にもらったって今二回言ったぞこいつ。気づいてないっぽいが。
 そもそも教授が自分の意思で一人の学生に特別に課題を出すなんていうことがあり得るのだろうか?
「とりあえず見せてくれよ。気になるから」
「え? 気になる? もー、しょーがないなー海斗ちゃんは! そんなに見せてほしいなら見せてやるよ!」
 佐原はえらく上機嫌な様子で、それを俺に渡してきた。ウザい。
「どれどれ」
 ……というか、中身を確認するまでもなかった。
「……いや、あのー佐原ぁくん。これどっからどー見てもちょっと古いただのえろほんじゃね?」
「いやいや、それがただのエロ本じゃないんだよ! 自販機本!」
「いや、なんだそれ?」
「……な……に? 自販機本を知らんというのか貴様!?」
「んなことどうでもいいだろ……。で、結局お前の課題は何なんだ?」
 これじゃただエロ本渡されただけじゃねーか。
「それは参考文献として教授から受け取ったものだよ。エロの歴史を探求するための大切な資料さ」
 そう言ってハァハァしながらおもむろにエロ本のページを開く佐原ぁくん。……もはやただの変態である。その教授がいったいどんな人物なのかは知りたくもなかった。
「……なんかどっと疲れたから帰るわ」
「ん? おう、じゃーな海斗」
 佐原はエロ本から顔を上げることなく俺に手をふった。……なぜだろうか、その所作の一つひとつにすごくイライラする。
 階段を降りた俺は、課題に集中して取り組めそうな場所を探し始めた。
 帰るというのは嘘だ。課題にはまだ全く手をつけていない。このまま帰ったらここまで来た意味がなくなるし、家に帰ったら帰ったで、暑すぎてクーラーがないとやっていられない。電気代のことを考えると、家にいる時間はできるだけ短くしたほうがいだろう。
 ……そういえば昨日の夢の中では特に暑いとは感じなかったな。蝉の鳴き声も聞いた覚えがないし。所詮夢は夢、か。
「あれ? もしかして海斗くん?」
 そんなことを考えていると、不意に声を掛けられた。……こんなに耳に心地いい声を発する人物を、俺は一人しか知らない。
「こんにちは、涼子さん」
 谷坂涼子たにさかりょうこ。それが彼女の名前だ。黒髪ロングの美人で、初めて会ったときは思わず「お人形さんみたい」と、意味不明なコメントを残してしまった。
 ……未だに服部や二条にそのネタでからかわれ続けているのは秘密だ。
「涼子さんも課題ですか?」
「課題? ああ、いえ、今日は本を借りに来たんです。家にずっといるのも退屈で……」
「服部に遊びに誘われたりしないんですか?」
 服部はアウトドアが大好きで、休みの日はよく出かけているらしい。……初めに断っておくが、涼子さんは服部の彼女さんである。うらやまけしからん。
「翔太くんは昨日からどこかに出掛けてるみたいで、連絡が取れないんですよ……。明日は友人と会う約束をしてるんですけどね」
 そう言って涼子さんはふんわりと微笑む。本当にいい笑顔だ。こんなにできた人が服部の彼女をしているなんて未だに信じがたい。
 ああ、翔太くんというのは服部のことだ。服部翔太はっとりしょうた。それが服部君のフルネームである。
「そうですか。昨日は俺と二条と一緒に夏祭りに行ってたんですけどね。……ってあいつ、彼女さんほったらかして何をしてるんだ!?」
 可愛い彼女を連れて夏祭りに行くっていうのは、男の本懐だろう! ありえないぞ服部!
「あ、いや、昨日は翔太くんに誘われましたよ? でも私の予定が空いてなくて。また今月末に他のところで夏祭りがあって、そっちには誘われてます」
「ああ、そうでしたか。いや、この辺の夏祭りには初めて行ったんですけどね、なかなか面白かったですよ。他のところで夏祭りがあるなら、二条でも誘って行こうかな……」
「それもいいかもしれませんね。……あ、ちょっと失礼しますね」
 どうやら服部から電話がかかってきたようだ。……そろそろ潮時だろう。今日は課題を終わらせるために来たんだし。
 涼子さんに別れを告げ、しばらくウロウロしていると、ようやく集中して課題に取り組めそうな場所を見つけた。


 ◆


 前橋皐月は目を覚ました。
 ……暑い。本当に暑い。窓とドアがちゃんと閉まっているせいで、蒸し風呂のような状態になっている。一階だから多少はマシなのだろうが、それにしても暑かった。
 外からは蝉の鳴き声が聞こえてくる。わたしは蝉の鳴き声があまり好きではなかった。できれば耳を塞ぎたいが、耳栓のようなものはなさそうだ。わたしは嘆息した。
 時計を見ると、既に午後三時を回っている。寝すぎだ。
 欠伸をしながら、伸びをする。海斗はどこかへ出掛けているようだ。今は夏休みのはずだから、友人と遊びに行っているのかもしれない。
 家主がいないなら好都合だと、わたしはエアコンの電源を入れた。……そして、すぐに消した。
 冷静になれ皐月。誰もいないはずの家に帰ってきて、部屋が涼しかったらあまりにも不自然だ。
 どうやら暑さのせいで、多少頭の回転が悪くなっているらしい。しかし、この暑さは尋常ではない。さすがのわたしでもなかなかにつらかった。
 と、いうわけで、少し小腹も空いていたので出かけることにした。鍵を持っていないので、窓から出ることにする。この部屋の窓はマンションの外を囲んでいる雑木林に面しており、人の気配はなかった。
 外に出て、窓を閉める。鍵はかけられないが、場所が場所だけに空き巣に入られるとも考えにくい。不用心であることには間違いないが、これも全てエアコンを付けっ放しで出ていかなかった海斗が悪い、と自分を納得させた。
 辺りを見回すと、一匹の猫がコンクリートの上で寛いでいた。ちょうど日陰になっているその部分は、寝転がるとひんやりして気持ちいいのだろう。
 しかし、わたしが少し近づいた途端、その猫はそそくさと逃げてしまった。……なんだか少し悲しくなったが、いちいち気にしてもいられない。
 空腹感はどんどん増している。そもそもこんな時間に目覚めてしまったのが間違いだったのかもしれない。いくらこの辺りの人通りが少ないとはいえ、今のわたしの姿のことを考慮すれば、昼に外出するなど言語道断である。
 ……やっぱり思考力が低下しているようだ。
 とんでもないことをやらかしてしまう前に家に戻ることにした。再び窓を開け、家の中に入る。窓はしばらく開けっ放しにしておいて大丈夫だろう。というか、せめて窓くらい開けておかないと熱中症になりそうだ。
 そう思い、窓を開けたのはいいものの、やはり暑い。何か涼めるものはないものかと辺りを見回していると、扇風機があるのに気づいた。
 これは使える、と思ったわたしは、扇風機をつけることにした。扇風機をつけるだけなら、室温に大した変化は起きないはずだ。扇風機をつけると、心地いい風がわたしの顔を撫でた。
 しばらく風に当たって涼んだ後、牛乳あるかな、と思い冷蔵庫を開けた。冷蔵庫の中を見るのは初めてだったが、スカスカだった。
 昨日、おばさんに料理は教わった、みたいなことを言っていたが、普段から自炊していた訳ではないらしい。そういえば昨日海斗が、まともな飯を食べたのは久しぶり、みたいなことを言っていたような気がする。
 牛乳はすぐに見つかった。賞味期限を確認する。大丈夫そうだ。棚からコップを取り出し、一杯いった。
 ……ずいぶん長い間、リアルで牛乳を飲んでいなかったような気がする。昨日夢の中で飲んだはずなのに、その味がひどく懐かしく感じられた。
 牛乳を飲んでコップを洗い、完全にまったりモードになったわたしは、暇を持て余していた。お腹は空いていたが、昼に外出するのは危険だと、さっき結論づけたし、さすがにあんなスカスカ冷蔵庫から食糧をいただく勇気はなかった。
 ふと、部屋の角を見ると、携帯ゲーム機が置いてあった。たしかプレイなんとかという機種だ。最近はスマートフォンの携帯アプリなどのせいで下火になっている印象を受けていたが、海斗は持っていないのだろうか。
 ……どうせ暇なので、少し弄ってみることにした。ゲームの画面を開くと、どうやらレース系のゲームのようだ。どこかで見たことがあるような気もする。ゲームタイトルに見覚えは無いが、昔、海斗とやったことがあるのかもしれない。わたしはうれしくなった。
 

 ◇
 

 ……気がつくと、六時を回っていた。あれから三時間近くゲームをしていたことになる。やりすぎた。夏なのでまだ外は明るいが、何となく損をした気分になった。     
 ちなみにゲーム機の画像フォルダには、健全な男の子の好きな画像が大量に入っていた。ちょっとイラっとしたが、消したら流石に気づかれると思ったので放置した。
 意味もなくゲーム機のボタンを連打していると、遠くから足音が聞こえた。……その音はどんどん大きくなっている。
 部屋の場所から考えて、海斗以外の人がここまでくる可能性は極めて低い。わたしは急いでゲーム機をもとの位置に戻し、扇風機の電源を切り、窓を閉めた。撤収だ。


 ドアの前に家主の気配を感じたわたしは、まくらの中へと姿を隠した。


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