クリフエッジシリーズ第三部:「砲艦戦隊出撃せよ」

愛山雄町

第四話

 宇宙歴SE四五一七年七月一日。

 クリフォード・コリングウッド少佐は旗艦マグニフィセント08を後にし、第四砲艦戦隊司令部でもある砲艦支援艦グレイローバー05に向かった。
 グレイローバー型砲艦支援艦は全長約七百メートル、総重量約四百万トンに及ぶ大型艦である。その質量は三等級艦――巡航戦艦――に匹敵し、その巨体に相応しい防御力は二等級艦すなわち戦艦に匹敵すると言われている。しかしながら、武装に関しては貧弱というより皆無で、防御用の武装――ミサイル迎撃用パルスレーザー――以外、一切の攻撃手段は保有していない。
 この極端な設計思想を持つ砲艦支援艦は、砲艦の無理な設計――積載能力の低さや加速器等の整備性の悪さ――を考慮し、エネルギーや物資の補給、砲艦の主砲用加速器等の調整を行うことを目的として設計された。
 このため、砲艦を収容するための格納ベイが艦体中央部に設置されており、戦闘艦と比べるとかなり寸胴な艦体であった。なお、一応戦闘艦に分類されているが、その実態は補給艦や工作艦に近く、宙軍士官たちからは補助艦艇として認識されている。

 その樽のようなグレイローバーの艦体を見上げながら、クリフォードは舷門ギャングウェイをくぐっていく。

ようこそ本艦へウエルカムアボード少佐殿サー

 敬礼で迎える舷門当番兵に答礼し、戦隊司令エルマー・マイヤーズ中佐のもとに向かうことを告げると、すぐに案内の士官候補生がやってきた。
 その候補生は顔を紅潮させながら敬礼し、興奮した口調で歓迎の言葉を述べる。

ようこそ本艦へウエルカムアボード少佐サー! お会いできて光栄です!」

 その候補生はクリフォードの活躍を当然知っており、偶然出会えたことに感激していた。
 クリフォードは慣れてきたとはいえ、未だにこのような対応をされると戸惑いを覚えてしまう。

(もし、候補生時代に殊勲十字章DSCの略綬を付けた士官に出会っていたら、同じように興奮しただろうな。とは言ってもなかなか慣れないものだ……まあ、有名税とでも考えるしかないだろう……いずれにせよ、彼に失望されないようにしなければな……)

 苦笑を隠しながら、しきりに話しかけてくる候補生に相槌を打ち、五分ほどで艦長室に到着した。

 中に入るとそこには懐かしい顔があった。
 クリフォードが笑顔で敬礼し、「ご無沙汰しております。マイヤーズ艦長」というと、マイヤーズも僅かに笑みを浮かべて答礼を返す。

「元気そうで何よりだ」

 だが、マイヤーズの笑みはすぐに消え、疲れたような表情を垣間見せていた。

(マイヤーズ艦長は元々陽気な方ではなかったが、ブルーベル時代はここまで疲れた表情は見せなかったはずだ。相当気苦労が多いということか……)

 エルマー・マイヤーズ中佐はクリフォードが士官候補生時代に乗っていたスループ艦ブルーベル34の艦長だった。トリビューン星系におけるゾンファ共和国の通商破壊艦との戦闘により殊勲十字章を授章し、上級士官養成コースを経て、砲艦戦隊の司令となった。
 砲艦戦隊司令だが、砲艦自体の評価は低く砲艦戦隊に配属されることが一種の左遷と見られるが、この司令職だけはその評価に該当しない。砲艦戦隊は二十隻からなる砲艦と三等級艦並の大型の艦である砲艦支援艦により構成され、司令の指揮すべき人員は千名ほどになる。これはベテランの大佐が指揮する哨戒艦隊パトロールフリートの約六百名を大きく凌駕しており、組織運営能力を期待されていることを表しているからだ。
 一方で、砲艦戦隊は問題の多い士官、兵が多く配属されていることから、その管理を行う司令は気苦労が絶えない。このため、マイヤーズ中佐の表情に疲れが見えているとクリフォードは考えていた。

 多くの懸案を抱えるマイヤーズのことを思い、すぐに着任の報告を行った。
 マイヤーズも彼の考えを歓迎し、すぐに実務の話に入っていく。

「……君は昔馴染みだから腹を割って話すが、君の指揮する艦、レディバード125は問題が山積している艦だ。副長のオーウェル大尉は優秀だが、反骨心が強い男だ。扱いを間違えぬようにな……ヒュアード中尉も要注意だ。彼女は砲艦に配属されたことに不満を持っている……」

 レディバードの士官は艦長の他に、副長兼航法長、戦術士兼情報士、機関長の三名しかいない。マイヤーズからの情報では、副長は上官に反抗することが多く、逆に戦術士は上官におもねるタイプだということだった。機関長は叩き上げのベテランだが、知識より経験を重視するタイプで前の艦長も扱い困ったという。
 クリフォードはマイヤーズの言葉に前途の多難さを感じていた。

砲艦ここに配属になるから覚悟はしていたが、やはり一筋縄ではいきそうにないようだ。せめてもの救いは准士官たちが優秀なことだけだな……)

 砲艦のような扱いの難しい艦には癖は強いが、優秀な准士官や下士官たちがいることが多い。本来なら一等級艦や二等級艦に乗り組んでもおかしくないようなベテランなのだが、協調性がなかったり、勤務態度がいい加減だったりと、規律の厳しい戦闘艦・・・には馴染めない者が流れついてくるためだ。

 他の艦長たちについては、さすがに直接的な言い方はしなかったが、マイヤーズの言葉の端々から、協調性がなかったり、やる気のなかったりする者が多いことが伺える。

「とにかく、まずはふねに慣れることだ。月並みな言葉だが、君ならやれるはずだ」

 そう言ってマイヤーズは立ち上がり、右手を差し出し握手を求める。
 クリフォードもすぐに立ち上がり、「ご期待に沿えるよう努力します」と言って右手を握り返した。

 グレイローバーを出た後、船渠ドックに向かった。
 彼の初めての指揮艦、レディバード125に会うために。

 レディバードを含め、砲艦は頻繁な整備が必要な艦種だ。グレイローバーのような支援艦でも整備が行えるが、巨大な主砲用加速器とビーム集束用電磁コイルの調整にはどうしてもドックでの整備が必要になる。

 大型兵站衛星プライウェンには千m級の大型戦艦の整備が可能な巨大なドックから、雑用艇ジョリーボートのような小型艇用の整備場のようなものまであり、レディバードは中型艦用のドックに入っていた。
 整備責任者に挨拶し、無重力状態を保ったドックの中に入っていく。

(いよいよか……さて、私の初めての指揮艦は……)

 気閘エアロックに入ると、吐き気を催すような感覚とともに重力が消える。

 鈍い銀色の重厚な気密扉がゆっくりと開かれていく。扉が開かれると、彼の視界は巨大な船殻に占められた。

(スペック的にはそれほど大きく無いのはずだが、ドックの中では大きく見えるものだな……)

 インセクト級砲艦は全長二百二十m、全幅五十m、全高四十mのやや扁平した円筒状の艦体を持つ。小型艦に分類されているが、狭いドック内の船台に載せられたその姿からは圧迫感のようなものが感じられていた。

 他の艦種、特に高機動戦闘艦のシルエットは美しい流線型であることが多い。前方投影面積を減らしながら、数段に及ぶ主砲用電磁コイルを収納するための合理的な形状なのだが、人間の目に機能美を感じさせる形状となっている。
 だが、砲艦のシルエットは戦闘艦とは大きく異なり、異様さを感じさせるものだった。

 艦の形状は艦首が断ち切られたような形で、ミルクポットを横にしたような寸胴な艦体となっている。これは陽電子加速器の加速空洞が艦尾から艦首に向けて螺旋状に設置されているためで、艦内部のほとんどが加速器と対消滅炉などのパワープラントPPで占められていることと、艦首から伸ばすビーム集束用電磁コイルが収納されているからだ。
 通常空間用航行装置NSD超光速航行システムFTLD、更には戦闘指揮所CICまでもが隙間に無理やり押し込められるように配置されていた。

 ドック内での作業中であることから、正式な舷門ギャングウェイからの乗艦はできない。そのため、雑用艇ジョリーボートの格納庫より艦の中に入っていく。
 格納庫の中に雑用艇はなく、作業スペースとして当てられているようで、多くの作業員たちが機器の調整や検査などを行っていた。

(中に入るとやはり狭いな。もっと小型のスループ艦でももう少し余裕があったが……雑用艇とはいえ、このスペースではギリギリなのではないだろうか?)

 そんな感じで格納庫を眺めていたが、すぐに作業員の一人が気付き、声を掛けてきた。

「何のようですかね?……少佐サー

 作業員は少佐の徽章を見て慌てて「サー」と付け加えた。

「私はコリングウッド少佐だが、このふねの責任者を呼んでもらいたいのだが」

 作業員もクリフォードのことを知っているのか、すぐに敬礼して艦内放送を行う。

『Fデッキ作業班よりオーウェル副長へ! 艦長が到着されました! 直ちにFデッキにお越しください! 繰り返します!……』

 クリフォードは作業員に礼を言い、その場で待つことにした。内心ではここまで大事おおごとにしなくても良いとは思っていたが、自分がこの作業員であったとしても同じことをしただろうとも思っていた。

 艦長は非常に強い権限を持っている。
 作戦行動中は乗組員を処刑する権限すら持っているのだ。つまり、乗組員にとって艦長は神に次ぐ存在となる。
 これは広い宇宙そらを考慮し、単独航行時でも指揮権を確立するための措置だ。単独航行でなくとも超光速航行中は他の艦との通信は途絶し、艦は完全に孤立する。この時、艦長に強い権限がなければ不測の事態に対応できないと考えられていた。

 艦内一斉放送から二分ほどでがっしりとした体つきの士官がやってきた。艦内帽からはみ出る髪は赤銅色でやや太い眉と角ばった顎が意志の強そうな感じを醸し出している。
 その士官は敬礼しながら、「副長のバートラム・オーウェル大尉です」と言い、にこりと笑って歓迎の言葉を述べた。

「お待ちしておりました。コリングウッド少佐」

 クリフォードも答礼を返しながら、「コリングウッド少佐だ。よろしく頼む」といい、右手を差し出した。
 オーウェルはその手をとり、握り返す。だが、すぐに艦の話をし始める。

分解点検オーバーホール中で散らかっておりますが、艦長室に向かいましょう」

 オーウェルに従い、艦内を進む。
 途中で会う下士官や兵たちは副長が案内しているということで、彼が艦長であると気付くが、お座なりな敬礼を行うだけだった。

(やはり士気は高くないか。副長がやる気のある士官みたいだから何とかなるかもしれないな……)

 そんなことを考えながら、オーウェルが説明する艦のことを聞いていた。

「ご存知でしょうが、艦のほとんどが主砲用加速器の加速空洞なんですよ、この艦は。この辺りはマシですが、通常の艦と比べると甲板デッキの高さがかなり低いんで、頭を打たないように気を付けてください……」

 通路の高さは二mほど、幅も一mほどしかなく、すれ違うのがやっとという感じだ。クリフォードは通路というよりケーブル用のトレンチだなと思っていた。

「……艦尾スターン側にほとんど設備がありますから、後ほど案内しますよ。艦首バウにあるコイルは全部ばらしていますから……」

 そんな話を聞きながら五分ほどで艦長室に到着した。
 艦長室はBデッキにある戦闘指揮所CICのすぐ横にあった。

 クリフォードは自分の持っているインセクト級の知識と異なる説明に違和感を覚えた。

(確か艦長室はCデッキだったはずだが? 改造でもされているのか……)

 それでもこの艦に長くいる副長が間違うはずは無いと説明を聞き続けていた。

 オーウェルが個人用端末PDAを操作すると、幅一mほどの扉がスライドする。
 中は奥行き三m、幅二mほどの個室で艦長室とは思えない狭さだ。

「狭いですが、慣れていただくしかありませんな。この艦の主人は主砲なのですよ。我々はその主砲の隙間に生存圏を得ているに過ぎんのです……」

 オーウェルは真面目な表情でそう言うと、クリフォードも真面目な顔で応える、

「慣れるかしないだろう。だが、私の記憶ではここは艦長休憩室だったはずだが? 改造でもされたのだろうか。まあ、いずれにせよ、私にとっては十分に広い個室キャビンなのだが」

 その言葉にオーウェルは目を見開き、そして小さく噴き出す。

「プッ……失礼。艦長は真面目な方と伺っておりましたが、ここまでとは思いませんでした」

 クリフォードが不審そうな顔をすると、オーウェルはいたずらを見付けられた悪童のような顔で説明を始めた。

「艦長のおっしゃられるとおり、ここは艦長休憩室です。艦長室はCデッキです。大変申し訳ないですが、試させてもらったのですよ」

 ここまで聞いてクリフォードにもオーウェルが何をしたのか理解できた。

「どの程度、事前に知識を得ているか試したのか……」

 そこで言葉を切り、にこりと笑う。

「……で、試験官たる君の評価はどうなのかな? 合格なら嬉しいのだが」

 オーウェルはクリフォードの言葉に僅かに目を見開き、声を上げて笑った。そのあと、表情を引き締め、背筋を伸ばして敬礼する。それも先ほどのようなお座なりの敬礼ではなく、教科書通りのきれいな敬礼だった。

「失礼いたしました! 十分に合格です!」

 そして、人好きのする笑顔で「改めまして、本艦へようこそウエルカムアボート艦長サー」と歓迎の言葉を述べた。

「しかし、意外でしたな。殊勲十字章DSCの受章者にして、二度の武勲を立てた英雄、“クリフエッジ”がこれほど話の判る方だったとは。今までの艦長なら“ふざけるな”と言って叱責されたものですが」

 クリフォードは苦笑しながら、

「できれば二度として欲しくないよ、副長ナンバーワン

 そう言いながら、右手を差し出した。
 オーウェルは再びその手を取り、しっかりと握り返し、真剣な表情に切り替える。
 その後、二人は艦長室に行き、指揮の引き継ぎを始めた。

 艦長休憩室だが、これは艦長室が戦闘指揮所から離れている艦に多く見られるもので、艦長が直ちにCICに赴けるよう考慮された部屋だ。インセクト級砲艦の場合、CICのある艦中央部付近は主砲用加速器と対消滅炉や推進システムなどが詰め込まれているため、居住スペースを確保できない。このため、艦長室、士官室、兵員室などは艦首側に設けられている。このため、艦長室とCICは直線距離で百m以上離れており、緊急時に艦長がCICに辿り付けない可能性があった。トラブルが起こりようのない超空間航行中ならともかく、通常空間を航行する場合、艦長は艦長休憩室に篭ることが多くなる。艦長室は艦長休憩室とは異なり、十分な広さがある個室キャビンだった。

 その後、オーウェル大尉とともに戦闘指揮所CIC機関制御室RCR主砲制御室MARC士官室ワードルーム兵員用食堂デッキメスデッキなどを巡っていった。
 レディバードはオーバーホール中ということもあり、乗組員たちの姿は少なく、作業を行っているのは、工廠の技術者ばかりだった。その技術者たちからも余り熱意は感じなかった。

(やはり、砲艦の整備など無駄だと思っているようだな。きちんと整備してくれればいいが、この狭さで対消滅炉リアクターや陽電子加速砲の調整がいい加減だと……その辺りは機関長チーフ掌砲長ガナーがチェックしてくれるはずだが……)

 艦内を一回りしたあと、レディバードを戦闘機械とするための重要人物、機関長チーフのラッセル・ダルトン機関少尉と掌砲長ガナーであるジーン・コーエン兵曹長と面談した。
 ダルトン少尉は白髪交じりの黒髪と深い皺が刻まれた顔で、如何にも叩き上げの機関長という男性士官だ。話し方も機関科らしく、略語と特性値などの具体的な数字が多く含まれ、門外漢のクリフォードには理解し難い部分が多かったが、機関長が職人の誇りをもって職務に当たっていることに満足する。
 コーエン兵曹長は化粧っ気のない陰気とも思える雰囲気の女性准士官で、今年二十九になったはずだが、さらに十歳以上老けて見える。話を聞いても“はい、艦長イエス、サー”と“いいえ、艦長ノー、サー”だけしか言わないと思えるほど寡黙な人物だった。だが、彼女が配属になってから、主砲のトラブルは皆無であり、掌砲長として十分以上の能力を発揮していることが伺えた。

(チーフは如何にも職人と言う感じだな。信頼を得られればいいのだが、失敗すると面倒なことになりそうだ……ガナーはよく分からないな。仕事はできそうだが、掌砲長としてどうやって掌砲手ガナーズメイトたちを統率しているのだろう……)

 この他、掌帆長ボースンのフレディ・ドレイパー兵曹長らと面談を行った。ドレイバー兵曹長は百九十cmを超える身長と分厚い胸板を持つレスラーのような体躯の男で、剃り上げた頭と潰れた鼻から、ならず者のような印象を受ける。だが、見た目とは異なり、この無理な設計の種々のシステムを熟知している優秀な掌帆長だった。

 クリフォードは艦長室で一人になったとき、安堵の息をそっと吐いていた。
 女好きの操舵長、逆にセクハラを受け一度軍を辞めた女性航法士、工学系学部を優秀な成績で卒業したが、なぜか軍に入った先任機関士……そのいずれもが一癖も二癖もある人物だったが、能力的には申し分ない人材だった。

(思ったより優秀な乗組員クルーたちだな。副長ナンバーワンは艦全体をよく把握しているし、機関長チーフはこの艦の動力システムパワープラントを自分の掌のように熟知している。掌砲長ガナー掌帆長ボースンもこの艦には勿体無いほど優秀な人材だ。もう少し、印象がよければ二等級艦――戦艦――の准士官となっていてもおかしくはないほどだ。後は下士官以下がどうかだが、勤務評定を見る限り、それほど問題になる者はいないような気がするのだが……)

 クリフォードとは逆に艦長室を後にしたオーウェル大尉は、通路に出たところで扉を見つめ、小さく呟いた。

「まだ、俺は完全に認めたわけじゃないんだぜ、“英雄殿”……“英雄”って呼ばれる奴は信用できんからな。あいつのように……これからも試させてもらいますよ、艦長殿……」

 そして、そのまま作業の監督に戻っていった。


 翌日、戦術士兼情報士のマリカ・ヒュアード中尉が艦に戻ってきた。彼女は明るい赤毛のボーイッシュな女性士官で艦長室に入るなり、不在であったことを謝罪した。

「お出迎えできず、申し訳ございませんでした」

「いや、問題はない。半舷上陸中なのだから気にする必要はないが」

 その言葉にヒュアード中尉は安堵の表情を浮かべた。
 クリフォードはその仕草に疑問を持ったが、今は聞くべき時ではないと仕事の話をしていく。
 ヒュアード中尉の砲艦に関する知識には曖昧な部分が多く、仕事に対する熱意もあまり感じられなかった。その一方で、クリフォードに対し媚びるような発言は少なくなかった。ただ、探るような視線も感じており、彼女の評価が定まらない。

(中尉は明らかに左遷だと思っている。ここから抜け出すために私の評価を欲しているのか、それとも私も同類だと思い、仲間意識を持っているのか……いずれにせよ、副長と比べるとかなり劣るところが問題だ。この艦にはCICで指揮を執れる士官が私を含め三人しかいない。彼女が指揮を執るということに不安が消えないのだが……いきなり強く言うのもはばかられる。難しいものだ……)

 彼はヒュアード中尉に対し、期待しているという言葉を掛け、面談を終えた。


 マリカ・ヒュアードは艦長との面談を終え、ホッと安堵の息を吐き出す。

(若き英雄か。私にはただの真面目な優等生にしか見えないけど……でも、彼はここから抜け出すための大事なよ。閣下・・からの指示通り、きちんと監視をしないと……でも、こういうのは性に合わないわ……)

 そして、個人用端末PDAを操作し、メモを作成していった。


■■■

 士官次室ガンルームでは、准士官たちが新たな艦長に対する評価で盛り上がっていた。

「フレディ、あんたはどう思っているんだい?」

 操舵長コクスンのレイ・トリンブル一等兵曹がニヤニヤとした笑みを浮かべながら、掌帆長ボースンのフレディ・ドレイパー兵曹長に問い掛ける。

「まだ、何も分からんな」

「そうかい? 俺には厄病神にしか見えんがね。殊勲十字章《DSC》持ちなっていったら、エリート中のエリートだぜ。どうせ、訳も判らんのにあれこれ口出ししてくるんだ、あの手の若造は」

 ドレイパーはギロリとトリンブルを睨むが、すぐにぶっきらぼうな口調で、

「少なくともお前さんの仕事にゃ、口は出さんさ。砲艦の操艦で口を出すことなどないんだからな」

 自分の仕事を馬鹿にされたトリンブルは意趣返しに出る。

「あんたの仕事はどうなんだ? 砲艦じゃ、掌砲長ガナー機関士かまたき以外は添え物みてぇなもんだろ」

 ドレイパーは特に気にすることなく、

「口など出させんよ、うちの副長がな。俺らの仕事が回るようにしてくれるさ」

 トリンブルは「そんなもんかね」と言いながらも、否定しなかった。
 准士官たちは副長であるバートラム・オーウェル大尉と良好な関係が築けており、今までも艦長より副長に信頼を寄せていた。副長もまた、自分たちと同じく、このふねに飛ばされてきた者であったからだ。

「あたしは嫌いじゃないわね。あの坊や」

 航法士マスターズメイトのレベッカ・エアーズ兵曹長がそう言って妖艶な笑みを浮かべる。彼女は一度退役した後、商船の航法士となったが、船主オーナーから言い寄られ、それに嫌気が差し軍に舞い戻ってきた変わり種だ。彼女自身は周りが思うほど色恋沙汰に興味があるわけではないのだが、船主金持ちが愛人にしようと思うほどの美貌と、常に艶めかしい雰囲気を醸し出しているため良く誤解される。

 トリンブルは「ほう」と声を上げ、ニヤニヤとエアーズの顔を眺める。

「マスコミ受けする色男だが、ああいうのが好みなんだな」

「少なくともあんたよりはましね。まあ、あんたよりましって言うのは掃いて捨てるほどいるけど」

 言葉は辛辣だが、雰囲気が嫌味を感じさせず、場の雰囲気は穏やかなままだ。

「だが、戦闘になるとガラリと雰囲気が変わるそうだ」

 それまで聞き役だった先任機関士のレスリー・クーパー一等兵曹がそう呟く。
 トリンブルが「何か知っているのか、レスリー?」と話を振ると、

「サフォーク5の機関科の連中と研修コースで一緒になったことがある。その中にターマガントの戦闘の時に、戦闘指揮所CICにいた奴がいたんだ……」

 普段はそう言う話になると軽口を叩くトリンブルでさえ、有名なターマガント星系の戦い――ゾンファ共和国が仕掛けた謀略により不利な状況で勃発した戦闘。第二部参照――の話が聞きたかったのか横槍を入れることなく、次の言葉を待つ。

「そいつが言うには、あの不利な状況で終始冷静だったそうだ。それだけじゃなく、ブルっちまう下士官連中を奮い立たせるために自分の失敗を笑い話にして聞かせたそうだ」

 ドレイパーは「ほぅ。あの真面目そうな艦長がか」と感心するが、

「まあ、すぐに変わるだろうよ。この砲艦ふねに来たってことは落後ドロップアウトしたってことだからな。俺としちゃ、さっさと出て行ってくれるのが一番なんだが、司令官に嫌われた奴は長居するからな……」

 他の准士官たちも頷くことはなかったが、それを否定する者は誰もいなかった。
 マスコミ等で報道されている一般的なクリフォードの評価とは別に、キャメロット防衛艦隊内では、彼が第三艦隊司令官リンドグレーン提督の不興を買っていると認識されていた。未だに確執が続くコパーウィート軍務次官がクリフォードの後見人扱いであること、更にはクリフォードの義父であるノースブルック伯爵とリンドグレーンの縁戚が政敵であるなど、彼自身が不興を買う事態を起こしたわけではないが、情報通でないものでも知っている理由で不興を買っており、ノースブルック、コパーウィートという庇護者がキャメロット星系に戻るか、リンドグレーンが退役するかしなければ、クリフォードに未来はないと思う者が多かった。

「ここに来る艦長連中は自棄やけになるか、やる気を無くすかのどっちかだ。どちらにしても、今と変わることはないから、どうでもいいんだが」

 トリンブルの言葉に全員が溜息混じりに同意する。
 戦隊司令がマイヤーズ中佐に代わり、待遇は改善したものの、未だに艦隊内での砲艦戦隊の地位は低く、配属される士官の質は低く、中核となる准士官や先任下士官たちの苦労は耐えなかった。

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