クリフエッジシリーズ第三部:「砲艦戦隊出撃せよ」

愛山雄町

第六話

 宇宙歴SE四五一八年三月七日。

 クリフォード・コリングウッド少佐はゾンファ共和国のヤシマ侵攻に対し、アルビオン軍が取りうる作戦についての素案を作成した後、第四砲艦戦隊司令エルマー・マイヤーズ中佐に提出した。
 受け取ったマイヤーズは素案を読み進むうちに自らの表情が徐々に硬くなっていくことを自覚する。そして、一旦素案から視線を外し、大きく息を吸った。

 彼の手元にある素案の骨子は以下のようなものだった。

『……ヤシマ解放作戦の戦略目的は、ヤシマに侵攻し駐留しているゾンファ共和国軍の排除である。この戦略目的を達するためには、当然のことながらゾンファ共和国軍を殲滅するか、撤退させるしかない。そう考えた場合、ヤシマに直接進攻するという作戦は戦略目的を達成できない可能性が高い……戦略目的を達成できない最大の要因は、ヤシマに駐留するゾンファ共和国軍上層部の意思を変えられないことにある……』

 作戦計画の素案にしては珍しく、政治的な視点からの考察が詳細に記されていた。特に二年半前に発生したゾンファでのクーデター紛いの政変――穏健派のチェン軍事委員長を暗殺し、強硬派が政権を握った事件――の影響について詳しく考察していた。

『……今回のゾンファ共和国軍のヤシマへの侵攻作戦は、ゾンファ共和国の政変と深い関係にあると推察される……脆弱な政治基盤の政権が軍事的な成功を求めることは古今に例を待たない。すなわち、ゾンファの新政権及びその意向を汲む軍指導部は、現地部隊が壊滅的な損害を受けたとしても、この軍事的冒険の失敗を認めない可能性が高いということである。つまり、ヤシマに駐留するゾンファ軍を文字通り殲滅しなければ戦略目的を達し得ない……』

 そして、ゾンファの現地指揮官たちの思考原理についても考察していた。

『……更に、ヤシマに駐留する軍上層部も、作戦の失敗を認める可能性が低いと言わざるを得ない。このため敗北が必至となった場合、我々では行い得ないような暴挙に出る可能性を考慮する必要がある……彼らが取り得る最も可能性が高いものとして、ヤシマ国民を人質にし、進攻した我が軍もしくは自由星系国家連合軍に対し、撤退を迫ることだろう。彼らにとって人道上の問題など考慮することさえなく、ただヤシマの占領という目的を達することのみを追求すると考えられる……』

 この後にゾンファのヤシマ侵攻部隊が取りうる具体的な行動が予想されていた。そこには反ゾンファ活動を行う市民たちの逮捕と処刑の予告、衛星軌道上に配備された質量兵器――整形された小惑星などを落下させる――による恫喝などが記載されていた。

『……キャメロット星系からヤシマ星系への直接進攻は前述の理由により失敗する可能性が高い。これは戦力の多寡という問題ではなく、敵の意志の問題である。よって、我が軍の制御できるものではない……』

 素案はゾンファ共和国の軍人たちの思考を誘導する具体的な方策についても考察していく。

『……ならば、どのようにしてヤシマを解放するべきか。この答えは敵の意思を如何にして誘導するかにある。つまり、敵指導部に“ヤシマを放棄しても止む無し”と思わせればよい……敵軍の上層部が最も考慮しているのはゾンファ共和国の政治家の意向である。つまり、政治家が撤退を支持するような作戦を実施し、彼らの思考を誘導しなければならない……』

 ゾンファ軍の軍人は階級が上がるごとに政治との結びつきが強くなる。文民統制シビリアンコントロールなど、彼の国には建前上の存在でしかないのだ。

『……ゾンファ共和国の政治体制は国民統一党の独裁体制であるが、彼らも一枚岩ではない。特に先の政変で失脚したチェン・トンシュン派、すなわち穏健派と呼ばれる勢力が、彼の国でも問題となるような非合法な政権奪取に対し、どのように考えているかがポイントとなる。穏健派は歴史的に自国の安全保障に敏感である。つまり、自国の安全が脅かされる状況となれば、現状の不満が臨界点に達し、カウンタークーデターを企図する可能性すら否定できない……』

 ゾンファ共和国には伝統的に、アルビオン王国や自由星系国家連合への早期の進出を目指す、いわゆる“強硬派”と、国内の基盤強化を行い、地力を上げることを優先する“穏健派”と呼ばれる派閥があった。
 現政権は強硬派であるが、前政権は穏健派であった。今回の政権奪取は暗殺という非合法の手段を用いており、強硬派の中にすら批判がある。当然、穏健派に属する政治家、軍人は現政権を非難しており、機会さえあれば反撃することに躊躇いは感じない。

『……つまり、穏健派だけでなく、現政権も領土の安全を脅かす要因は看過し得ない。そのような状況を作り出すことで、穏健派の動向を注視する軍人たちの行動を制御することは可能である。特に現在の上層部のやり方に不満を持つ将官は“正当”な理由を求めていると考えられる……ヤシマを解放するための具体的な方策だが、先にも述べたとおり、直接的な進攻は逆効果である。そして、有効と考えられるのはゾンファ共和国に危機が迫ると“思わせる”ことである……』

 ここでヤシマに駐留しているゾンファ共和国軍の将兵の心理状態についても、考察を加えていた。

『……現在、ヤシマに駐留しているゾンファ軍は我が国と自由星系国家連合から派遣されるであろう艦隊に対し、不安を覚えていると考えられる。自由星系国家連合が動員可能な艦隊は最低十個艦隊、また、我が軍は八個艦隊程度と想定されるため、三倍以上の戦力と戦う可能性がある。もちろん、この状況は開戦前から想定されていることであり、対応策は考えてはずである。しかしながら、実際に現地にいる将兵たちが不安を抱えることがないということはあり得ない。秘密主義の彼の国では末端の兵たちに対応策を伝える可能性は低く、階級が下がるほど不安を覚えているだろう。そして、兵たちの不安は士官へ、更には将官へと伝染していく……』

 ここからアルビオン軍が取りうる作戦について言及していく。

『……本素案の骨子は、キャメロット星系からゾンファ共和国のジュンツェン星系へ進攻し、敵国を分断することにある。また、タイミングを合わせてヤシマを解放する……』

 クリフォードの提案は敵国の重要拠点ジュンツェン星系に進攻し、敵国の連絡線を分断するという大胆なものだった。
 ゾンファ共和国の支配星系から他の星系に向かうには必ずジュンツェン星系を経る必要がある。同星系はゾンファ共和国が外の世界へ向かうための“扉”に当たる。
 そして、その扉を強引に閉められれば、ヤシマに侵攻した六個艦隊は補給を受けることができなくなるだけでなく、祖国との連絡線を押さえられることになる。つまり、物資のみならず情報を遮断することで、ヤシマに侵攻した部隊を脅かすことが出来る。
 もちろん、ヤシマは豊かな星系であり、数十万人のゾンファ兵士が飢えることはない。しかしながら、祖国との連絡が途絶えることで精神的な不安は感じるだろう。クリフォードの策の目的は、ヤシマに駐留するゾンファ艦隊に祖国に戻る口実を作らせることにあった。

『……ジュンツェン星系に駐留するゾンファ艦隊は五個ないし六個艦隊と推定され、更に第五惑星軌道には大型の軍事施設が存在する。このため、仮に八個艦隊で進攻したとしてもジュンツェン星系を陥落させ、恒久的に占領することは困難である。しかしながら、ジュンツェン星系が侵攻されたという事実がヤシマにいるゾンファ艦隊に伝われば、祖国の危機であると認識する。更にジュンツェンでの戦闘により“傷付いた”我が軍を殲滅することができると都合よく考える可能性は高い。つまり、彼らに“正当”な理由を与え、危険な占領地からの“合法的”な撤退を促すことが今回の作戦の目的となる……』

 素案を読み終えたマイヤーズ中佐は自らの署名を加えて第三艦隊司令部に送るとともに、総参謀長アデル・ハース中将に“戦術研究論文”と銘打って送信した。

(総参謀長は戦術に関する研究論文に興味をお持ちだ。ご自身の趣味なのかもしれないが、統合作戦本部の戦略・戦術研究部に優秀な若手士官を集めようとしているとの噂もある。クリフのこの素案をご覧になれば、必ず検討されるはずだ……)


 三月九日。

 キャメロット防衛艦隊では艦を指揮する士官による大会議が開催されることになった。
 大尉が務める戦闘艇の艇長スキッパーなどは除外されているが、出席する艦長の数はおよそ四万人となる。
 もちろん、これだけの人数の指揮官が一度に集まることは、物理的にも指揮命令系的にも不合理であり、バーチャル会議システムを用い、更に惑星間の距離を考慮し、二回に分けて行われることになった。
 一回目は第三惑星軌道上の要塞衛星アロンダイトで三月八日に行われている。艦長にのみ公開された議事録によると、ヤシマ解放作戦はヤシマへの直接進攻を前提に、派遣する艦隊の規模やヤシマでの戦闘方針などについて議論されていた。

 そして、本日、第二回の艦長会議が第四惑星軌道上の要塞衛星ガラティンおよび大型兵站衛星プライウェンを繋ぐ形で開催された。
 クリフォードも艦長室にあるバーチャル会議システムに接続し、会議の様子を傍観するつもりでいた。
 艦長会議といっても、通常は分艦隊司令以上、つまり中将以上の将官が発言するだけであり、大佐以下の艦長が発言する機会はほとんどない。まして、艦長になって一年に満たない少佐に発言する機会はない。

 防衛艦隊司令長官であるグレン・サクストン大将が議長となり会議の進行を行うのだが、彼は二m近い巨躯と強面の顔から剣闘士グラディエーターとか蛮人王バーバリアンキングとあだ名される猛将であり、こういったことは総参謀長であるアデル・ハース中将に一任することが多かった。この会議でも開口一番、「議事進行は総参謀長に一任する」と言って、椅子に深々と座り、目を瞑ってしまったほどだ。
 一任されたハース中将はサクストン司令長官とは対照的に小柄な女性士官だ。この二人は長年コンビを組んでおり、ハースはいつものことと全く気にせず、会議を進めていった。

 各艦隊の司令官が順に意見を述べていくが、艦隊の規模とヤシマ残存艦隊の処遇について意見を述べるだけで、大艦隊で進攻すれば敵を殲滅できると考えている。
 一時間ほどで議論は終わり、クリフォードにはそのまま会議が終了するかに見えた。

「……では、意見は出尽くしたようですね」

 そこでハースは何か思いついたかのようにサクストンに声を掛ける。

「折角ですから、若い艦長の意見も聞いてみてはどうでしょう? 閣下、それでよろしいでしょうか?」

 サクストンは目を開けることすらせず、「総参謀長に任せる」と承認する。

「ここで一番若いのは……そう言えば、有名な“崖っぷちクリフエッジ”がいたはずね。コリングウッド少佐。意見があれば聞くわよ。今はまさに“崖っぷち”なんだから」

 ハースは面白がるようにそう言い、艦隊司令官たちも“またか”と苦笑いしていた。
 彼女は四十六歳で総参謀長になった切れ者だが、大きな鳶色の瞳が特徴的で見た感じでは三十代後半にしか見えない。茶目っ気がある性格から、時々このような“サプライズ”を行うことがあった。以前は艦隊戦の会議であるにも関わらず、宙兵隊――艦隊に配属されている陸兵――の将官に意見を求めたり、艦の整備を行う工廠長に意見を言わせたりしている。
 皆、今回もその“サプライズいたずら”の一環だと認識し、興味半分、諦め半分という感じで見守っていた。

 指名された方はそういうわけにはいかなかった。
 クリフォードは突然の指名に驚愕した。

(なぜ、私に意見を……マイヤーズ中佐に出した作戦案の骨子が参謀長の手に渡ったのか? いずれにしても、何も言わないわけにいかないし……)

 クリフォードは腹を括り、持論を展開することにした。

「クリフォード・カスバート・コリングウッド少佐です。若輩者ですが、意見を述べさせていただきます」

 バーチャル会議システムにクリフォードの姿が大写しになる。会議に出席している士官たちは、思ったより堂々としている彼の姿を興味深げに見詰める。

「今回のヤシマ解放作戦は失敗に終わる可能性が高いと思われます……」

 その瞬間、バーチャルシステムであるにも関わらず、ざわめきが起きる。
 更に第三艦隊司令官ハワード・リンドグレーン大将がテーブルを叩き、立ち上がった。

「何を言い出すのだ! 始まる前から味方の士気を落とすような発言をする気か!……」

 更に続けようとするリンドグレーンを制するようにハースが割り込んできた。

「リンドグレーン提督。私が、いえ、司令長官閣下が意見を求めておられるのですよ。その邪魔はしないで頂けませんか?」

 その小柄な体から出た声は落ち着きがあるが、有無を言わせない貫禄があった。リンドグレーンはブツブツと謝罪の言葉をサクストンに向けて言ってから、着席する。
 ハースは「不規則発言は控えて下さい。では、続けてちょうだい、少佐」と言い、クリフォードに続けるよう促した。
 クリフォードは小さく頷いて説明を再開する。

「……ヤシマに直接進攻したとして、ゾンファ軍がヤシマ国民を人質にとって撤退を迫れば、我々は撤退せざるを得ません。もちろん、ヤシマ艦隊を同行させていなくても状況は同じでしょう。こちらは見殺しにすれば国際的な非難を必ず受けますが、敵は既に非難を浴びているので気にしません。そもそもゾンファ軍の上層部が他国からの非難など一顧だにしないでしょう……」

 クリフォードはマイヤーズに提出した作戦の骨子について、理由を含めて説明していった。

「……つまり、ヤシマに直接進攻する前に敵が退却したくなる状況を作る必要があると考えます。特に強硬派に属するホアン上将が“転進”したくなる状況が必要と考えます。私からは以上です!」

 三分ほど話し続け、最後に敬礼して着席する。
 クリフォードは目立たないようにふぅと息を吐きだした。

(言わなければならないことだが、さすがに緊張する。メディアに追い回されて度胸だけは付いたからな……こう考えると記者たちに感謝すべきなんだろうか……)

 彼の発言から十秒ほど沈黙が続いた。
 最初に沈黙を破ったのはハースだった。

「質問してもいいかしら? 少佐」

 クリフォードは思わず、「はい、中将イエス・マム!」と士官候補生のような応対をしてしまった。
 その姿に失笑が起きるものの、ハースはそれを気にすることなく、質問を行っていく。

「少佐の案ではジュンツェンに六個から八個艦隊を派遣して、同時にヤシマにも四個艦隊程度を派遣することになるわ。それではキャメロット防衛艦隊がすべて出払ってしまう。それではキャメロットががら空きになるけど、そこはどう考えるのかしら?」

「アルビオンからの増援が二個から三個艦隊と見込まれます。少なくともキャメロットから艦隊がいなくなる心配はありません。付け加えるなら、スヴァローグ帝国からの侵攻は考えなくても良いでしょう」

 ハースは小首を傾げ、

「どうしてかしら? タジボーグからキャメロットまでは三十パーセクほどよ。もし、諜報員が本国に伝えたら、危険ではないかしら?」

 クリフォードには想定内の質問だった。タジボーグはスヴァローグ帝国の前線基地がある植民星系であり、艦隊が航行可能な直行航路もある。また、タジボーグには六個艦隊程度が常駐しており、侮れない戦力があった。

「まず、キャメロットの状況をスヴァローグ帝国が知るには、ヤシマ星系を経る必要があります。しかしながら、ヤシマ星系は現在封鎖されていますから、その航路は使えません。また、キャメロット-タジボーグ間の直行航路がありますが、ご存知の通り民間船の航行は認められておりませんので、スヴァローグが情報を入手できるのはヤシマが解放された後になります」

 クリフォードはアルビオンからの増援に期待すると言いながらも、キャメロット星系を空にしても問題ないと思っていた。キャメロットに侵攻してくる可能性がある勢力は、ゾンファ共和国とスヴァローグ帝国だが、ゾンファはヤシマ侵攻で手一杯であり更にキャメロットまで手を伸ばす戦力は無い。
 スヴァローグ帝国だが、現在は戦争状態にないが、友好的な関係とは言い難く、常に仮想敵国として警戒している勢力だ。
 現在、ほとんど国交のないスヴァローグ帝国がキャメロット星系の情報を得るには、民間船を利用するしかない。その民間船の航行だが、ゾンファがヤシマ星系のジャンプポイントをすべて封鎖しており、現状では民間船の航行は一切認められていない。つまり、スヴァローグはキャメロット星系の状況を知るすべを失った状態なのだ。そして、情報が回復するということはヤシマ星系が解放されたことと同義であり、仮にキャメロットに戦力がないと判っても、既に手遅れになっているということになる。
 また、スヴァローグ帝国もアルビオン王国が重要拠点であるキャメロット星系を無防備な状態にするとは考えないだろう。仮に無防備である可能性を考慮したとしても、キャメロットにある戦力が不明な状態で攻撃を仕掛けてくる可能性は非常に低い。

「つまり、スヴァローグがこちらの状況を知るのは、完全に“こと”が終息してからということね」

 ハースはうんうんという感じでわざとらしく納得した仕草をしていた。

(総参謀長ならこの程度のことは十分に分かっているはずなのだが? いや、ここにいる先任の艦長たちも分かっているはずだ。総参謀長は何を考えておられるのだろうか……)

 クリフォードがそんなことを考えていると、ハースは更に質問を口にする。

「では、もう一つ質問させてもらえるかしら。ジュンツェンに向かうとして、あそこの防備は万全よ。八個艦隊程度では陥落させることはできないわ。研究では最低十個艦隊と要塞攻略部隊が必要だったはず。ジュンツェンでは何をするのかしら?」

「ジュンツェンを陥落させる必要はありません。“陥落するかもしれない”と思わせれば良いだけです」

 ハースは再び小首を傾げ、

「でも、それでは無為に八個艦隊をジュンツェンに置いておくということ? 補給だけでもかなりのものよ」

 クリフォードはその質問も想定しており、小さく頷くと流れるように説明していった。

「確かに補給の問題はあります。ですが、補給路の確保は容易ですし、アテナ星系のアテナの盾ⅡイージスⅡの物資も流用すれば、三ヶ月程度は十分に賄えます。ジュンツェンでの艦隊の行動ですが、第一に敵艦隊への打撃、第二にヤシマ側JPの確保、第三に敵の兵站の破壊が目的となります」

「分かりました。とても参考になったわ、少佐」

 そう言ってにっこりと笑った。
 クリフォードは艦長たちからの視線から解放され、安堵の息を静かに吐き出した。

(それにしても参謀長にはどんな意図があったのだろう? この程度の検討は司令部で検討済みのはずなのだが……もしかしたら、ヤシマに直接進攻を強硬に主張する将官でもいたのかもしれないな。私のような若輩者が主張する分には角は立たないからな……)


 クリフォードの予想はほぼ正しかった。
 総参謀長であるアデル・ハース中将はクリフォードと同じように、ヤシマへの直接進攻では目的を達し得ないと考えていた。だが、頭の固い艦隊司令官たちの反対にあっていたのだ。
 彼らの主張は、ヤシマにいるゾンファ艦隊の排除なくして、ヤシマの解放はあり得ないというものだった。クリフォードの主張した内容と同じく、彼らもゾンファ共和国軍の上層部は決して失敗を認めないと考えていたが、クリフォードと決定的に違う点は敗北なくして失敗を認めることはないとした点だ。そのため、ヤシマ星系において会戦で大勝利を収めなければゾンファは居座り続けると主張していた。
 彼らの主張にはもう一つの考えがあった。
 ヤシマ防衛艦隊が自由星系国家連合ではなく、アルビオン王国に亡命してきたのは、ゾンファ艦隊が自由星系国家連合側のジャンプポイントJPへの航路を押さえていたこともあるが、アルビオン王国の参戦を促す意味があるという考えだ。
 ゾンファがヤシマを完全に手に入れて困るのはアルビオンも同じであり、戦後のことを考慮すれば、サイトウ少将を首班とする亡命政権を樹立し、彼を旗頭にいち早くヤシマ星系に進攻する必要があるというのだ。
 事実、サイトウは実戦経験が少なく連合軍という弱みのある自由星系国家連合軍の実力をあまり評価していなかった。逆に十年前にゾンファ軍の奇襲を退け、最終的には有利な条件で停戦したアルビオンの実力を買っていた。そのため、隣国であり自由星系国家連合の一員であるヒンド共和国やロンバルディア連合に向かわなかったのだ。

 今回、ヤシマへの進攻を強く主張していたのは第三艦隊司令官ハワード・リンドグレーン大将だった。彼はクリフォードの提案を握りつぶすだけでなく、全く逆のことを主張していたことになる。
 リンドグレーンは統合作戦本部の後方参謀や軍務省職員としての経験が長く、軍人というより官僚に近い。このため、政治が戦略に影響を及ぼすことを身をもって理解していた。その彼がこのような強硬な作戦を主張したのには理由があった。
 彼は元キャメロット第一艦隊司令官であり現軍務次官であるコパーウィート元大将と、長年にわたる確執があった。コパーウィートはリンドグレーンに指揮官としての能力がないことを本能的に理解しており、彼が艦隊司令官となることを妨害していたのだ。現在、コパーウィートは軍務次官であるが、ノースブルック伯――現財務卿でクリフォードの義父――が首班となるであろう次期政権では軍務卿――国防長官に相当――になると噂されていた。更にリンドグレーンは現在野党である民主党のナンバーツー、シェイファー伯爵と縁戚関係にあり、与党保守党の政権が続く限り、自分は艦隊司令官止まりだと危機感を持っていた。そのため、退役後の政界進出を念頭に、ヤシマ解放という華々しい作戦を支持した。
 同じようにヤシマ進攻作戦を支持する将官は多かった。今回の作戦では自由星系国家連合軍が大艦隊を派遣することは確実であり、数倍の戦力で敵を圧倒できると楽観視する者が多かったのだ。

 アデル・ハース中将はリンドグレーンやその他ヤシマへの直接進攻を支持する将官たちの思惑は理解していたが、クリフォードが指摘するまでも無く、危機感を抱いていた。
 彼女はサイトウと同じく自由星系国家連合軍の実力を過大に評価することはなく、逆にヤシマ解放の障害となる可能性すらあると考えていた。
 自由星系国家連合軍は多国籍軍であるにも関わらず、数年に一度しか演習を行っていなかった。また、一ヶ国の軍として見た場合でも実戦経験が皆無であり、練度が低く実力はアルビオンの六十パーセント程度であろうと評価していた。ヤシマ防衛艦隊が数に劣るとはいえ、有利な自国内での戦闘であるにも関わらず、ゾンファ艦隊にあっさりと敗れ去ったことはそれを如実に表している。
 ハースはヤシマへの進攻の主力を自由星系国家連合軍とし、アルビオン軍は亡命政権を守護してヤシマに入るシナリオを描いていたのだ。
 今回のヤシマ解放だけでなく、その先のスヴァローグ帝国との紛争も念頭にしており、アルビオンがヤシマに肩入れしすぎれば、スヴァローグに介入する口実を与え兼ねないと警戒していたのだ。


 艦長会議は無事に終了し、三月九日中にアルビオン本国に提案する作戦案を決定し、各艦隊司令官に通知することになった。

 そして、三月九日の深夜。
 サクストン司令長官が承認した作戦案は、ほぼクリフォードの案に沿ったものだった。但し、その作戦案は彼が提案する前にハース中将が立案していたものだった。


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