クリフエッジシリーズ第三部:「砲艦戦隊出撃せよ」

愛山雄町

第十三話

 宇宙歴SE四五一八年七月二十三日、標準時間〇一時〇〇分。
 ジュンツェン星系シアメン星系側ジャンプポイントJP

 ヤシマ解放作戦、作戦名“ヤシマの夜明け――Operation Yashima Dawn――”、通称YD作戦参加部隊のうち、キャメロット防衛艦隊司令長官、グレン・サクストン大将率いるジュンツェン進攻艦隊は、シアメン星系側JPの三十光秒の位置にあった。
 ジュンツェン防衛艦隊に大きな損害を与え、食糧生産基地を破壊したことにより、この星系における制宙権はアルビオン側が握っている。現状ではヤシマ星系にいるゾンファ艦隊と、ゾンファ本国との連絡線を遮断するため、このJPを封鎖していた。

 キャメロット防衛第三艦隊に所属する砲艦レディバード125号はJP付近に待機していた。艦長であるクリフォード・コリングウッド少佐は一ヶ月を超える、この状態に内心では辟易としている。しかし、部下たちの士気が低下し始めており、自らの感情を押し殺しながらメインスクリーンに映る虚空を眺めていた。

(もうそろそろのはずだが……この待機は辛い。それ以上に愚痴を言うことも難しいのが辛いな。これが“指揮官の孤独”か……)

 砲艦以外の戦闘艦は補給線を守るため、シアメンJPとアルビオン王国に繋がるハイフォンJPの間を何度も行き来しているが、加速力に劣り、航行中に戦闘能力を失う砲艦はシアメンJPに張り付き続けるしかなかった。更に敵の反攻を考慮し、数日前から主砲用のビーム集束用電磁コイルを展開しており、揶揄されるような“浮き砲台”と化していた。

 砲艦は小型の艦体ヴェッセルに無理やり主砲用の加速器を押し込んだことから、消耗品の保管庫が小さい。また、日常点検を行うスペースも限られているため、旗艦である砲艦支援艦で補給と整備を頻繁に行う必要があった。砲艦支援艦には砲艦乗組員のためのリフレッシュ施設が備えられており、長期間の作戦においても将兵の士気を保つ工夫もなされていた。しかし、集束コイルを展開した状況では砲艦支援艦とのドッキングも行えず、長期にわたる待機時間が砲艦乗りたちの心を蝕んでいた。


 七月二十三日、標準時間〇一時三○分。

 情報士を兼ねる戦術士マリカ・ヒュアード中尉が慌てた様子で報告を始めた。

「JPに所属不明艦のジャンプアウト確認! ゾンファの情報通報艦の模様……第五惑星に向け、通信波確認……ステルス機雷起動……敵情報通報艦轟沈!……脱出ポット射出なし……」

 クリフォードはヒュアード中尉のやや裏返った声を聞きながら、メインスクリーンに映し出されている映像を睨みながら、敵の行動について考えていた。

(情報通報艦が現れて通信を送った。人命軽視のゾンファらしい作戦だが、有効ではある。通信の内容が気になるが、恐らくヤシマから艦隊が戻ってくるという情報だろう……)

 一時間後、総司令部からの通信が各艦に入った。
 古代の剣闘士を髣髴とさせる分厚い胸板のサクストン提督の姿が、メインスクリーンに大きく映し出される。そして、その体格に見合った重々しい声で放送を開始した。

「YD作戦参加の各員に告ぐ。敵情報通報艦の通信を解析した結果、ゾンファ共和国軍のヤシマ侵攻艦隊が転進してきたことが判明した。敵の到達予定時刻は翌七月二十四日〇八〇〇。敵戦力の詳細は不明だが、我が方より少数であることは間違いない。作戦については追って総司令部より通知する。各員の責務を果たすことを希望する。以上!」

 短い訓示の後、小柄なアデル・ハース総参謀長の映像に切り替わる。常にコケティッシュな表情を崩さない総参謀長がいつも通りの笑顔を浮かべていることにクリフォードらは安堵する。

「現れる敵の戦闘艦の数は最大で一万八千隻、最小で一万二千隻と想定しています……」

 ハース中将の説明を要約すると以下のようなものだった。
 敵は侵攻当初六個艦隊三万隻、うち戦闘艦は二万七千隻であったが、ヤシマ防衛艦隊との戦闘によって三千隻を喪っていることが確認されている。その後に戦力の補充を行った可能性は低く、また、自由星系国家連合軍との戦闘が発生したと推定され、その戦闘において希望的な観測を排した分析、つまり、ゾンファが完勝した場合においても、少なくとも一割の損害を受けると考えられている。更にゾンファのヤシマ侵攻艦隊は敵国に駐留していたため、本格的な補修を行うことができず、戦力の回復は極僅かと見込まれていた。
 仮にヤシマを完全に放棄したとしても、敵艦隊は二万四千隻以下と考えられ、そのうち戦闘艦は二万隻程度となるが、一割程度は超光速航行機関FTLD通常航行機関NSDに何らかの損傷を受け、ジュンツェン星系に突入することは困難であろうという分析結果を示した。

「……もちろん、敵はヤシマを完全に放棄することはできませんから、一個艦隊、最低でも三千隻程度はヤシマに駐留させたままにしているでしょう。あの国では咥えた獲物を勝手に放棄すれば、勝利しても処罰されてしまいますから……フフフ……」

 そう言って小さく笑い声を上げる。その笑いに各艦の戦闘指揮所CICでも笑いが起きていた。もちろん、レディバードのCICでも同様だった。
 ハースは「失礼しました。コホン」とわざとらしい咳払いをした後、再び説明を続けていく。

「敵は明日の〇八〇〇に突入してきます。欺瞞情報の可能性はありますが、敵将ホアン・ゴングゥル上将は姑息な手段は取らないでしょう……我々の採るべき方針ですが、二つあります。一つはホアン艦隊との戦闘を避け、キャメロット星系に向けて転進すること、もう一つがゾンファ艦隊と戦闘を行い、殲滅することです……」

 ヤシマからゾンファ艦隊が撤退してきたということは、戦略目的であるヤシマ星系の解放がなされたことを意味する。元々、今回の作戦はジュンツェン星系の奪取でもゾンファ艦隊の殲滅でもないため、キャメロット星系に帰還することは理に適っている。

「ですが、総司令部は敵と雌雄を決することを決断しました。戦略目的を達した以上、戦闘は無用な犠牲者を出し、国民の負担を増大させることになるという意見もありました。しかし、先の会戦で得た捕虜の情報から、ホアン艦隊はアルビオン政府関係者を捕虜とし本国ゾンファに移送する可能性があるという事実が判明しました。これは諜報部の見解とも一致します……」

 その言葉にクリフォードはゾンファならやりかねないと心の中で首肯する。
 ここでハースの表情が厳しいものに変わった。そして、いつものような弾むような口調から裁判で弾劾するような厳しい口調に変わる。

「……我々は自国民を決して見捨てません! 例え、僅かな人数であり、それ以上の犠牲者が出ることが分かっていても、アルビオン王国は自国民が拉致されることを座視することはないのです!」

 ハースは興奮気味にそう言うと呼吸を整えるため、言葉を切る。
 そして、更に説明を続けていく。
 彼女の説明では、捕虜はホアン艦隊の兵員輸送艦に収監されている可能性が高く、ジュンツェン星系には戦闘艦とは別に戦闘が終了してから、超光速航行に入ると予想されている。また、ヤシマに向かったフェアファックス艦隊に情報通報艦を派遣しているが、四十五パーセク以上離れたヤシマに情報が届くのは一ヶ月半以上先であり、未だに情報を受け取っていない可能性が高い。

「つまり、我々しか同胞を助け得ないのです……我々はホアン艦隊とマオ上将率いるジュンツェン防衛艦隊を排除し、シアメン星系にいる同胞を解放します。そのための策は考えてあります……不確定要素はマオ艦隊の動向ですが、この距離であれば十分に対応が可能です……」

 マオ・チーガイ上将率いるジュンツェン防衛艦隊は第五惑星軌道上にある大型要塞J5要塞に篭っている。その戦力は戦闘艦一万六千隻から一万八千隻と推定されており、アルビオン艦隊の三分の二以下と予想されていた。
 ホアン艦隊も一万五千隻程度と考えられ、いずれもアルビオン艦隊の三分の二以下に過ぎない。しかし、両艦隊が合流すればアルビオンの一・三倍になるため、マオ艦隊の動き如何によっては非常に危険な作戦と言える。

 ハース中将は一旦言葉を切り、僅かに間を置いた。そして、先ほどまでの厳しい表情からいつも明るい表情に変わっていた。

「ここで重要なことは、敵が連携を取ることは容易ではないことです。先ほどの通信で到着時刻が分かったとしても、独立した艦隊同士が完璧な連携を取ることは非常に難しいと考えられます。特にゾンファ共和国軍では……それにホアン上将とマオ上将は派閥が違います。恐らく円滑な連携は取れないでしょうね……」

 ハース中将の説明にクリフォードは納得していた。

(確かに参謀長のおっしゃる通りだ。ヤシマ侵攻艦隊が戻ってくると分かっていても、こんな付け焼刃的な作戦では完全に信じることは難しい。特にゾンファの提督は功名に走るきらいがあるから……ジュンツェン防衛艦隊のマオ上将は慎重だ。だとすれば、要塞に逃げ込める位置で待機する……そうなると、我々の配置はJPと要塞の間ということになる。挟撃される危険はあるが、早期に合流されるよりマシだ……)

 クリフォードは以下のように考えた。
 慎重な性格のマオは功名心に逸るホアンを信用しきれない。このため、ホアンの指定したタイミングに合わせて、自らの艦隊を危険に曝すような賭けに出ることはない。但し、ホアン艦隊を見捨てるという選択肢も取れないため、一定の距離まで接近してくる。
 この場合、マオが取りうる選択肢はJ5要塞に逃げ込めるギリギリの距離で、かつ、ホアン艦隊が星系に突入してきた際にアルビオン艦隊を挟撃できるポイントで待機することしかない。それもタイミングを合わせつつ、ゆっくりと接近するしか手はない。
 マオが最も警戒していることは各個撃破されることだ。マオはホアンの一方的な通告により、行動の自由を失っているが、アルビオン側はホアンの行動を無視して自由に動くことができる。もし、マオがホアンの言葉に従い、ジャンプアウト時刻に間に合うように艦隊を接近させれば、アルビオン側はホアンが到着する前に、一・五倍の戦力をもってマオ艦隊を攻撃することができる。よって、マオはホアン艦隊が危険に曝されると分かっていても、完全な挟撃作戦に移れない。
 もし、ジュンツェンに残っている司令官がマオではなく猛将ホアンなら、このようなことは考えず敵の殲滅だけを考えて賭けに出るだろう。

 ゾンファのジュンツェン防衛艦隊はクリフォードの予想通り、J5要塞を進発したものの、ゆっくりとしたペースでヤシマ侵攻艦隊が出現するシアメンJPに向けて移動し始めた。


■■■

 七月二十三日、標準時間〇五時三○分

 ホアン・ゴングゥル上将からの連絡を受けたジュンツェン防衛艦隊司令官マオ・チーガイ上将は、彼の幕僚たちと今後の作戦について検討を行っていた。既に一ヶ月以上、要塞に篭っている状態であり、ヤシマ侵攻艦隊――ゾンファ側の呼び方ではヤシマ解放艦隊――が転進してくることは既定事項として捉えられていた。その上でどのようにアルビオン艦隊をここジュンツェン星系から排除するかを検討していたのだが、現状の戦力差では有効な作戦が立案できず、敵の補給線を脅かす程度のことしか考えられなかった。
 情報通報艦の決死の連絡により、三十時間後にホアン艦隊が戻ってくることが分かっているが、この状況をどう生かすかについても明確な方針が打ち出せないでいる。

 マオ艦隊は第一次ジュンツェン会戦によって、巡航戦艦、重巡航艦など高機動の主力戦闘艦を多数失っている。艦隊全体の加速度は三kGであり、敵高機動艦からの追撃を防ぐためには少なくとも三百光秒の距離を保つ必要があった。
 この三百光秒という距離が微妙なのだ。
 三百光秒、つまり六光分先の敵と戦闘を行うには敵が動かないと仮定すると、射程距離である三十光秒以内に接近するためには約二十分の加速、約三十分の慣性航行、約二十分の減速が必要になる。減速中に攻撃を受けないように機動する場合、更に二十分は考慮しておく必要がある。つまり攻撃位置に着くまでに一時間半もの時間を要するのだ。
 もし、ホアン艦隊の出現を確認してから攻撃位置に着こうとすれば、ホアン艦隊は一時間半という時間を、ステルス機雷を排除しつつ優勢な敵と単独で戦い続けなければならないことになる。
 逆に情報を信じて先に攻撃位置に着こうとした場合、敵が指を咥えて見ている可能性は低い。三百光秒ラインを越えたところで、自分たちに向けて動くと考えられる。仮にホアン艦隊がジャンプアウトする三十分前に接近を開始したとすると、アルビオン側が同時に動いたとして、交戦時のアルビオン艦隊の位置はJPから第五惑星側に百三十光秒の位置となり、交戦開始時刻はホアン艦隊ジャンプアウト後の十五分後となる。ホアン艦隊がアルビオン艦隊を攻撃できる位置に着くには千二百秒の加速と同じ時間の減速、つまり四十分の時間を要する。僅か二十五分単独で持ちこたえればよい計算になるが、実際にはホアン艦隊がステルス機雷を排除する時間が必要で、実際に艦隊として移動するには少なくとも一時間程度の時間余裕は見ておく必要がある。つまり、一時間半もの時間をマオ艦隊は単独で持ちこたえなければならないことになる。
 また、もしホアン艦隊が現れなかった場合、要塞に逃げる術を失うことになり、多大な損害を受けることは必至で、特に加速性能が劣る戦艦は全滅の危険があった。
 つまり、ホアンが考えたヤシマ侵攻艦隊とジュンツェン防衛艦隊による挟撃作戦は非常に分の悪い作戦だったのだ。もちろん、ホアンが楽観的に想定していたように、ジュンツェン防衛艦隊の兵力が二万隻を超えていれば、守りに徹することで一時間半程度は充分に稼げる時間ではある。
 しかし、マオの持つ兵力は一万七千隻とアルビオン側の二万七千隻に対して六割強しかなかった。更に作戦の幅を広げる高機動艦を失っている影響が大きい。高機動艦があれば艦隊を分離し、敵の側面を突くなり、ホアン艦隊と合流すると見せかけるなりの策が取れるが、鈍重な戦艦と脆弱な駆逐艦が主力では全艦が固まって動くしか選択肢はなく、更に戦艦以外が脆弱すぎて早期に艦隊としての秩序が失われる可能性があった。

(この状況を打破するにはホアン上将の策に乗るしかないが……いずれにせよ、大きな損害を被るだろう……いや、艦隊戦で勝つことはほぼ不可能だ。あとはいかにしてジュンツェンを守るかだ……)

 この時、マオは艦隊戦での勝利を諦めていた。その上で戦略的に祖国に最も有利になることを考えるしかないと腹を括る。

(ホアン艦隊がヤシマから転進したことが分かれば、アルビオンもジュンツェンに固執することはあるまい。ホアン艦隊には悪いが、ここで各個撃破されればJ5要塞すら失いかねない……我々はホアン艦隊が現れてから動くしかない。うまくいけば挟撃の形を作ることによって、敵が混乱することもありえる。いや、撤退する可能性も……)

 そこまで考えて、心の中で自嘲する。

(敵の失策を期待するような策は策とも呼べんな。敵はサクストン提督とハース中将だ。そのような愚かな失策を犯すとは到底思えん。それに我々が把握していない知将もいる……敵がジュンツェンを諦める程度の損害を与えることだけを考えるべきだろう……)

 マオは砲艦と戦艦を使った戦術を考え、それを実行させて人物が総参謀部にいると考えていた。常識的に考えれば、六個艦隊の砲艦と戦艦を使う戦術は総司令部の命令でしかありえない。このため、マオはハース以外の知将がいると思いこんでいたのだ。


 マオは幕僚たちに向かって、「ヤシマ解放艦隊と共同し、敵を殲滅する!」と宣言した。
 そして、「七月二十四日〇七三〇に、敵艦隊の後方三百光秒の位置に艦隊を展開させる」と命じた。
 マオは麾下の将兵に対し、演説を行うためマイクを握る。

「ゾンファ国民解放軍将兵諸君に告ぐ! 既に承知の通り、我が祖国は存亡の危機に立たされている。ここジュンツェン星系を失えば、我が祖国は外への扉を失うだけでなく、我らが故郷、ゾンファ星系すら失いかねない! 我々ジュンツェン防衛艦隊将兵は一丸となって祖国を守る! そのためには多くの犠牲を払うかもしれない……」

 そこでCICにいる将兵の様子を僅かに伺う。誰もが聞き入っていることに満足し、演説を続けていく。

「しかし、立ち止まることは許されない! 侵略者アルビオンを本星系から排除するまで、我々はどのような犠牲も厭うことは許されないのだ!……」

 マオはそこで言葉を切り、呼吸を整えた後、今までのような激しい口調ではなく、静かに語り始めた。

「小官は諸君らの上官である前に、兄であり父でありたいと思っている。小官の命令に理不尽なところもあるだろう。しかし、それはすべて侵略者の手から祖国を守るためだ……この一戦に祖国の存亡が懸かっていると小官は言った。そのためには隣にいる戦友たちの生命を見捨てねばならぬ決断を要求するかもしれない。今はそれほどまでの危機なのだ……」

 将兵たちに自分の言葉をかみ締める時間を与えた後、更に演説を続けていく。

「既に知っていると思うが、我が軍の補給物資はあと一月で尽きる。もし、ここで死を躊躇い逃亡を図ったとしても、生き延びることは不可能だ。そのような不名誉な死より、祖国のために共に戦い、共に死んでいこうではないか。小官に、いや、私に力を貸してほしい……もう一度言おう。祖国の存亡はこの一戦にあり! 諸君らの健闘を期待する! 以上!」

 ゾンファの上級将校が自軍の不利な情報をあえて明かしたことに、兵士たちは驚きを隠せなかった。確かに補給部隊の兵たちから漏れ伝わってきた情報から、食糧は一ヶ月分しかないことは知っている。マオ以外の指揮官なら、その事実を隠し、ただ従順に命令に従うことだけを求めただろう。兵士たちもそう考えており、実直に事実を話した上で、自分たちのような下級兵士に力を貸してほしいと言ったマオに感動すら覚えていた。

 マオの演説の後、各艦では「共和国万歳!」という叫びが響き渡り、静まるまで十分以上の時間を要したという。

 士気が上がったジュンツェン防衛艦隊は直ちに出撃準備を開始した。


 七月二十三日、標準時間一〇時〇〇分

 マオ上将率いるジュンツェン防衛艦隊はシアメン星系側ジャンプポイントJPに向けて進軍を開始した。
 その数一万七千隻。
 戦艦と駆逐艦が主力といういびつな編成であるものの、祖国の存亡を賭けた一戦というマオの演説により士気は高かった。
 マオは出撃前にもう一度マイクを取った。

「今回の作戦は敵に出血を強い、本星系から排除することである。そのためにはどのような状況にあっても司令部からの命令に従い、全力を尽くしてほしい……祖国のために! 共和国万歳!」

 一万七千隻の戦闘艦の中で再び万歳の嵐が吹き荒れる。
 興奮の坩堝にある将兵たちを見ながらも、マオは冷静さを失っていなかった。

(あの演説で兵たちを奮い立たせることができたとはな。だが、重要なのはこれからだ。ホアン艦隊を囮にして敵に出血を強いる。少なくとも三割は沈めねば、敵は引かぬだろう。敵が引けば、ホアン艦隊の補給艦が戻ってくる。恐らく食糧などは満載しているはずだ。そうなれば敵が再び戻ってきたとしても、持久戦に持ち込める……)

 そして、最悪の事態についても考えていた。

(我ら防衛艦隊が全滅すれば、要塞しか残らない。しかし、要塞の将兵だけなら補給がなくとも持久戦に持ち込める。アルビオンの現有戦力では対要塞戦は行えない。仮に増援があったとしても、多大な犠牲を払ってまで確保する気はないだろう。だとすれば、アルビオンはそのまま自国に戻る……敵を排除できればいい。仮に我々が全滅してもジュンツェンを守るという戦略目的は果たし得るのだ。これは参謀たちにも言えぬことだな……)

 マオはアルビオン王国の戦略を正確に理解していた。アルビオン王国はアルビオン星系とキャメロット星系という二つの豊かな星系を保有し、その星系も開発の余地は十分にある。そのため、支配星系を増やすことにより、安全保障上の負担が増えることを嫌っている。対ゾンファ戦略においてもそのことは明確に示され、キャメロット星系とジュンツェン星系を結ぶ航路においては、中間点に当たるターマガント星系を緩衝地帯とする戦略であり、あえてハイフォン星系に進出していない。

(今回のヤシマ作戦は無謀だった。分かっていたが、ここまでの犠牲を強いられるとは……この会戦で我々が勝つにしろ、負けるにしろ、本国で政変が起きることは必至だ……いずれにしても、私がそれを見ることはないだろう……)

 彼はこの戦いが終わった後、自分が生きていられるとは考えていなかった。
 負ければ戦死しているだろうし、勝ったとしても、ホアン上将のような強硬派がヤシマを放棄せざるを得なくしたのは、ジュンツェン星系を危険に曝したマオのせいだと訴えるはずだ。そうなれば処刑は避け得ない。
 割に合わないと思っているが、いずれにしても死しか待っていないなら、思う存分戦って死のうと考えていた。

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