闇渡りのイスラと蒼炎の御子

井上数樹

【番外編/闇渡り式クッキング レシピ①】

【エルシャ―リダ間の森の中】


イスラ「おいカナン。良いものが採れたぞ」

カナン「はーいー……って、何です? それ」

イスラ「あん? ハチの巣に決まってんだろ」

カナン「いや、決まってんだろって言われても。刺されませんでした?」

イスラ「舐めんな。何年闇渡りやってると思ってんだ」

カナン「いや、頬っぺた腫れてますけど……」

イスラ「そういうこともある」

カナン「はあ」

イスラ「気にすんな。これくらい唾つけときゃ治る。それよか飯だ、飯作るぞ」

カナン「わーい!」

イスラ「わーい、じゃねえよ。お前も手伝え。そこら辺からまき集めてこい」

カナン「はいっ、行ってきます!」ダッ

イスラ「……聞き分け良いんだか、悪いんだか、良く分かんねえなほんと……まあ良いか。ちゃちゃっと仕上げっか」


◇◇◇


三十分後


カナン「……」ワクワク

イスラ「顔が近い。邪魔」ベシッ

カナン「あうっ、お玉で叩かないで……」

イスラ「ったく、そんな珍しいモンでもないだろ」

カナン「いやあ、私、人が料理をしているところって、ほとんど見たことが無いんです。厨房は家の奥の方にあったし、料理なんて祭司のすることじゃないって言われて、見せてもらえなかったから」

イスラ「そういやお嬢さんだったな、あんた。馴染むの早いから忘れてたよ」

カナン「あはは……ところで、今は何を作ってるんです?」

イスラ「スープ。こっちはもう終わってる。適当に煮込むだけだしな。それより、今からパンを作るから手伝ってくれ」

カナン「パンですか。もちろん無発酵ですよね?」

イスラ「当然。パンが膨らむまで待っちゃいられないよ」

イスラ「……そういや、最初に会った時に食ってたパンも、無発酵のやつだったよな? 食いなれてるのか?」

カナン「ええ。下町にはよく出ていましたから」

イスラ「何で箱入り娘のあんたがそんな所に……まあ、いいや。どんなやつかは分かるよな? だったら手伝えよ」

カナン「はいっ」

イスラ「まあ、料理ってほどのモンじゃないんだけどな。あ、ちゃんと手は洗えよ?」

カナン「もちろんです」ジャバジャバ

イスラ「で、だ。空いた鍋に小麦粉と水、塩、それからハチの巣から採った蜜を入れて捏ねる。手の平に粉をまぶしておいたほうがやり易い」ギュムギュム

カナン「んしょ……んしょ……」ギュムギュム

イスラ「ベタつかなくなったら、今度は薄く伸ばす。薄めだぞ薄め、分かってるな?」

カナン「よ、欲張ろうとはしてませんよ!?」

イスラ「どうだか。で、伸ばした生地を鍋の蓋に乗せて焼く」ペタ

カナン「えいっ」ペタ

イスラ「終わり」

カナン「えっ、もう!?」

イスラ「後は焼くだけだ。野イチゴでも食って待ってろよ」

カナン「はーい」


さらに五分後


イスラ「出来たな。食えるぞ」

カナン「良い匂いですね」

イスラ「蜂蜜入れたからな。匂いだけじゃなくて味も良くなってるはずだ」

カナン「いただきます」パク

イスラ「どうだ?」

カナン「美味しいです! 塩と蜂蜜しか入れていないのに、こんなに味がはっきりするなんて……」

イスラ「あんたが自分の手で作ったんだ。そりゃ美味いと思うさ」

カナン「そうかもしれませんけど……やっぱり蜂蜜があるだけでも全然違いますね。こんなに美味しいものだったなんて知りませんでした」

イスラ「毎日食えるわけじゃねえぞ。今日は運が良かったんだ」

カナン「わはっへまふよお」モフモフ

イスラ「お前はネズミか何かか」

カナン「えふっ……失敬な。それよりスープはまだですか?」

イスラ「食い意地張りすぎだ。出来てるぞ」

カナン「わあ……って、いつも通り塩と野菜のスープですか……」

イスラ「嫌なら食うな」

カナン「食べる! 食べます!」ガツガツ

カナン「んん~……でも美味しいです。よく煮込んであるし……イスラの料理って、完成された手抜きって感じですね」

イスラ「舐めてんのかお前」

カナン「いえいえ、褒めてるんですよ」

カナン「ところで、いつも通りの味の中に、いつもと違う味と食感が……」

イスラ「不味いか?」

カナン「逆です! 美味しいですよ! ほろほろとしてるけど、まろやかというか……今まで食べたことの無い味です」

イスラ「そうか。喜んでもらえたようで何よりだ」

カナン「これ、何なんです?」

イスラ「こいつらだよ」ヒョイ

カナン「っとと……って」


蜂の子「やあ」


カナン「ひ、ひやあああ!?」

イスラ「うるせーぞ」ボリボリ

カナン「食べてる!?」

イスラ「食うっての。豆より身体に良いんだぞ」ボリボリ

カナン「あうう……不意打ち過ぎますよお……」

イスラ「何が出てきたって食う。そういう約束だったな?」

カナン「そうですけどお……」

イスラ「大食漢のボアズ曰く、選り好みは神への不敬と知れ、だ。一匹も残すなよ」

カナン「……はーいー……」モシャモシャ


◇◇◇


イスラ「…………次はサソリでも食うか」ぼそっ

カナン「ひっ!?」



終わり

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