The Aquarium of PotatoFish and memories

ノコギリギリギリ

Ⅰ. Liar Witch of oasis

 気がつけば春を越え年も数度超え、ポテトフィッシュと名乗る奇妙な魚と出会って四年近くが過ぎていた。ポテトフィッシュは奇妙な魚で出会ったのが砂漠の海なのだから砂漠は勿論、地下に繋がる井戸から引き上げた水の中でも何ら変わらず生活をしている。
 言うには、「酸素など最初から必要ないのです。必要なのは確かな体と思い出です」らしい。全く答えになっていないが、肺などの器官が最初から存在しないのだからそれが一番適切な答えなのだろう。
「……」
 しかし、それ以来ポテトフィッシュは全くと言っていいほど喋らないし、本当に食事という食事も与えずに何を考えているか全く解らない表情で井戸水の中を泳いでいるし、最近昔のことが思い出せなくなってきた。
 いつだっただろうか、オアシスの魔女が釣り糸に引っかかったのは。
 巨大な水槽でポテトフィッシュが小石をくわ銜えたかと思うと、それを水槽のガラスへぶつけた。

 *

 ニンゲンの作り出した社会では、魔女とはほぼ罪人と同じ扱いだったらしい。それは祖父が興味本位で調べたニンゲン社会について書かれた書物にあったことだ。
 魔女は悪魔と契約をして、力を得る。その代償として悪魔の長に女子供の贄を捧げる。しかし、その魔女もやがては発見され、刑罰を受ける。それはニンゲンらしい、過信と盲目に満ちたもので、火には罪を浄化する作用があると信じられていたがために、火の中で命は絶たれていったという。祖父の言うには面白いことに、それがヨーロッパと呼ばれた地方のことであり、そこから遥か離れたジパング(ジャパン、だとかニホンとか呼ばれていたらしい)等にもこの『火が罪を浄化する』と信じられていたという文化があったらしい。こちらは死後の話であるが、地獄で亡者が火で焼かれている絵をたまたま見たからだという。この世界とは、最初から広いようで狭いものであったようだ。
 しかし、今は反転、とてもありがたい物として扱われている。魔女は薬草や医療の知識に加え、マジュツと呼ばれるものも心得ており、それでいて長生きだから知識が豊富である。この砂漠の果ての果ての地方では生きた図書館だとか呼ばれているらしい。
 とにかく、そんな魔女。
 ありがた迷惑という言葉があるように魔女もまたとてつもなくありがた迷惑なものであった。

 その日も夕食を吊り上げるために家の屋根から砂漠の海へ、釣り糸をたらしていた。砂漠とはいえ、もちろん例のポテトフォッシュの他にだって食べられる魚がいる。砂の中にテツ(とてつもなく硬く、熱で形を変えることが出来るという話だ)の破片でもあれば、激突した魚がスライスされて、それを勘付いた大型の魚が食らい付くのだが、最近は魚も学習したのか中々大型の獲物は掛からない。
 今日こそ大量に釣れたときに作っておいた魚の燻製を消費する日が来たのかと思い、釣れれば一日多く長生きできるのにと思っていたとき、さお竿が強く引かれた。
「きた!しかもデカい!」
 そのときの私の顔はきっと人生史上一番輝いていたことだろう。市に直面している時にはやはりどんな小さなことでもとてつもない幸せに思えてくるものだ。
 もちろん、釣れたのは魚ではなく大きな布の塊だったのだが。
「……布か。やけに引きが強かったな……」
 タコでもいないかと布に手をかけたとき、
「何をするのじゃー……」
 と布がか細い老婆の声で悲鳴のようなものを上げた。

 *

 魔女はとにかく容赦なく我が家の食料を食べつくした。我が家の食材とは、大量の時に作っておいた魚の燻製である。私の明日の食料は見る見るうちに魔女の口へと吸い込まれていく光景は絶望と呆れと悲しみともうなんだかよく解らない怒りがこみ上げてくるのは仕方のないことだろう。
「おい」頭があるであろう部分の布を引っ張る。
「なんじゃ?」
「なんじゃ、じゃない!よくも私の夕食を……!」
 ここまで言って、ため息で先をにご濁した。
 この布の塊は何を言ったって恐らく人の話など受け流すに決まっている。人の夕食の云々のあたりにはもう食事に戻っていたからだ。それにしたってあんな乱暴な食事など見たことがない。
 はっきり言って、汚い、みっともない、はしたない。ついでに食べすぎ。老婆なのに、ありえない。
 母親の顔も殆ど記憶にないが、女とはこんなに汚い食べ方をする生き物なのだろうか。それとも単純に、この布の塊が汚いだけなのか。
「ふぅ、お腹いっぱいじゃ。主には感謝せねばの」
 勝手に釣り上げられて勝手に飯を食べて行って勝手に感謝するのか、この老婆は。なんて迷惑な奴なんだ。
「なにか礼に三つ願いを叶えてやろう」布の塊がブイサインを送ったあたりでとうとう堪忍袋の緒が切れ頭から種痘を振り下ろしてやる。
「願いなんざいいから私の夕飯を返せ!」強いて言うなら私の願いなどこれくらいである。欲張ってはいないぞ、もともと備えで置いておいたものを食べられてしまったのだから。
「えー……もっとこう、長生きしたいとか……」
「長生きするにも栄養必要だろうが!」
 叫ぶと同時に頭に乗っていた布を後ろへ引いた。

 その顔には目だけがなかった。

「    」
 金色の髪で目があったとしてもほとんど隠れているが、髪がなければ完全に解ってしまう。
「お前、砂漠の海に落ちたのか?」
「散歩してたら流されておった」
 アホなのか?アホなのか?なんで盲目なのにひとりで散歩しようとするの。
「どこから来た」
「オアシスとか言ってたのう」
 オアシス在住の盲目老婆が、いったい何が悲しくてこんなところまで流れ着いて来るんだ。
「外にいろ。オアシスに戻るぞ。オアシスでうまいもの食わせろ」
 家に入ると巨大水槽のポテトフィッシュはちょうど逆さまになって遊んでいるところだった。
「ちょっくらオアシスまで出かけるぞ」
 当たり前だが特に何も言わず、近くにある井戸のおけ桶に入るとその重さで自然と桶が降下していく。奴を抱えていくには重過ぎるし、大きすぎる。なにせ私の身長の半分近くあるのだ。そんなに若くない私に持ち上げて砂漠に戻す力があるわけがない。
 戻りたくないのう……、と、そう聞こえたのはきっと幻聴だろう。

 *

 身長が半分とはいえ、長さが身長の半分であるとは限らない。つまり二人乗りなんて事は余裕であり、ポテトフィッシュらしいとてつもない速度の航海は相変わらずであった。食事も必要としない奴の体は一体どういう構造をしているのか、生物はその様な進化をするべきだろう。
 日が傾いて空が赤くなる頃にはもうオアシスについており、夕日のよく映えるその風景は絵になっていた。
 オアシスについて解ったのは、あの盲目老婆が魔女であったことと、オアシス中で魔女がいなくなって混乱が起きていたことである。
「おいバーさん、うまい飯くれや」
「……」
 なんだ、今更「やっぱりなしで!」とか言うんじゃないだろうな。今度こそ砂漠を流刑にするぞ。
「主、名は?」
「フィッシャー」
「そうか……フィッシャーか。フィッシャー……」
 しばらく憶えるかのように魔女は唱えていた。
「料理屋でわしの名前を出せば無料で食べたいだけ食べれるじゃろう。市場にも行くがよい」
「で、バーさんの名前は?」

 *

「オジサン見ねぇ面してんな!え、支払いは魔女様持ち?スミにおけないねぇ!あ、でもこの話は知らねぇだろ?魔女様には双子のネーちゃんがいたんだ。でもそのネーちゃんも死んじまった。それで渋々魔女を次ぐことになったんだけどよ、魔女様ってのは自由が利かないんだ。それが嫌で嫌でしょっちゅう魔女様は姿をくらませるんだよ。違和感なかったのか?目がないのに道をまっすぐ歩けることに」

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